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第1章

第1話:トカゲを助ける

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「「「「「カァ、カァ、カァ、カァ、カァ」」」」」

 いつもの散歩道、住宅地から山に入った場所にあるブドウ畑跡に行く細道。
 沢に沿って登る急な農道を歩いていると、異様な数の鴉が群がっている。
 恐怖を感じるほどの鴉の群れに、農道を逃げ下りたくなった。

 だが、幼い頃に可愛がっていた犬たちを思い出してしまった。
 亡父が2頭の先住犬を散歩させていると、自由にさせていた1頭が、ブドウ畑に捨てられていた子犬を見つけて助けた事があった。

 助けた子犬を含めた3頭との思い出は、数少ない宝物の1つだ。
 保護猫活動をしている患者さんから、カラスに襲われている猫を助けた話を聞いた事もあったので、なけなしの勇気を振り絞って助けに入った。

「こら、何をしている、あっちに行け!」

 これで捨て猫も捨て犬もいなければ、とんだドンキホーテだ。
 動物愛護活動をしている人から見れば、登山用のステッキを振り回して鴉を追い払う俺は、動物を虐待する大悪人だろう。

 カラスは、子育ての時期には人間すら襲うと聞いている。
 とても賢くて、危害を与えた人間を覚えていて、繰り返し襲うとも聞いている。

 それが、カラスよりももっと狂暴で危険な鴉が20羽くらいいるのだから、恐ろしくてたまらない。

 それでも、愛犬や愛猫との思い出を胸に勇気を振り絞った。
 鴉にステッキを当てないように気を付けながら振りまわした。

 腰を抜かしそうになった!
 黒山の人だかりのようになっていた、鴉の集まりの下には、犬も猫もいなかった。
 想像もしていなかった、目に痛いほど鮮やかな緑の塊があった。

 二度見してしまうほど想像とは違うモノがいた。
 思わず逃げ帰りたくなるくらい大嫌いなモノがいた。
 見間違えようのない、存在感のあるトカゲがいた。

 子供の頃によく見た、ニホントカゲやニホンカナヘビのような、小さなトカゲでも怖気を振るうくらい大嫌いなのだ、本能的に爬虫類と両生類が怖いのだ。

 それなのに、頭胴長だけで中型犬くらい大きな緑色のトカゲがいるのだ。
 大の大人が背中を向けて逃げたって恥ではない、と思う。
 思うが、鮮やかな緑の身体の所々が喰い千切られ、真っ赤な血を流していると……

「あああああ、もう、運が悪すぎる!」

 文句を垂れ流しながら、咬みやがったら鴉の餌にしてやると心に誓いながら、毒々しいと感じるくらい鮮やかな緑と赤のトカゲを抱きしめた。

 覚悟していた心算なのに、十分覚悟していたのに、念のために大型犬を想定して抱き上げたというのに、ギックリ腰になりそうなくらい重かった。

 プルプルと震える腕を叱咤激励して、ギックリ腰にならないように気を付けながら、急な農道を急いで駆け下りた。

 置いて行かなければならない登山用ステッキの事なと、背後に迫る鴉の殺気で思い出しもしなかった。

「いて!」

 鴉に頭を蹴られた、血が流れる感じがする!
 蹴られただけで出血するなら、本気で突かれたら頭蓋骨に穴が開く!

「シャアアアアア!」

 助けたトカゲが急に声を出した!
 恐怖の余りトカゲを落としそうになるが、必死で耐える。
 恐怖を感じたのは俺だけではないようで、背後にあった鴉の気配が消える。

 ズシリとかかる腕の重み、上がらず躓きそうになる脚、抜けそうになる腰を叱咤激励して、細くて急な農道を駆け下りる。

 住宅地にまで降りれば鴉も襲ってこないかもしれない。
 希望的観測に頼って必死で脚を動かす。

「シャアアアアア!」

 トカゲが再び声を上げた。

「カァ、カァ、カァ、カァ、カァ」

 後頭部の直ぐ近くで鴉の声がする。
 悔しそうな気配を感じるのは、俺の思い過ごしなのだろうか?

 トカゲが俺を助けるために声を出したと思うのは、ラノベの読み過ぎとアニメの観過ぎなのだろうか?

「「「「「カァ、カァ、カァ、カァ、カァ」」」」」

 頭上で複数の鴉が鳴き声を上げる、しつこく追いかけているようだ。
 人家の有る場所まで降りたら逃げきれると思ったのだが、しつこい!

 休みなく全力で駆けても家まで20分はかかる。
 頭に穴を開けられる事無く、逃げ帰られるだろうか?
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