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第一章

第34話:狩りと製薬

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 俺はシスターの聖女スキルの壊れっぷりにため息のつく思いだった。
 シスターは手ずから母猪にエサを与え、タイミングを見計らって回復魔術をかけて、わずか一時間で母猪を完全に回復させてしまった。
 そのお陰で魔術防御の持続時間以内に、猪家族と一緒に馬車の所に戻れた。
 ほんの少し困ったのは、熟睡する子猪たちを起こす事くらいだった。

「さあ、みな元気になれましたし、王都に向かいましょう」

 シスターの言葉に反対する理由など何もないから、俺は先頭の馬車に戻って王都方面に向かったのだが、気持ちは複雑だった。
 どう考えても、もめ事なしに王都まで行けるとは思えない。
 虎や豹、野犬や狼の群れなら、人間が現れたら素早く隠れることができる。
 だが巨大なファングジャイアントボアが、人間から隠れられるとは思えない。

★★★★★★

「恐れ入りますが、馬車か荷車を売っていただけませんか。
 とても賢いファングジャイアントボアを手に入れることができたので、輓馬の代わりに牽かそうと思うのです」

 シスターは道沿いにある村に立ち寄るたびに村人に声をかけていた。
 だが小さな村に余分な馬車や荷車があるわけがない。
 しかし、シスターが輓馬代わりに使おうと思うくらい賢いファングジャイアントボアだと説明する事で、村人が大騒ぎする事は防げた。
 現に村人たちの前でファングジャイアントボアがシスターに懐いているのだから。
 まあ、そのお陰もあって、仲良くなった村人に余剰食糧を売ってもらえた。

 大喰らいのファングジャイアントボアのエサを確保するのは大変なのだ。
 シスターと俺の魔法袋には莫大な量の物資が入っている。
 だができる事なら、それを使うことなく、現地で食料を調達したいのだ。
 それはそれとして、毎度シスターが口にしていた荷車を何とか手に入れられた。
 それは街と言えるくらい人の多い場所に立ち寄った時だったが、相場よりも高い金額を請求されてしまった。

 高かったが、荷車だけではなく、予備の輓馬装備も手に入れることができた。
 魔法袋の中にも予備の装備は入っているのだが、悪い偶然は重なるものだ。
 購入する機会があって資金もあるのなら、予備は使わず買った方がいい。
 だが荷車なので、ファングジャイアントボア夫婦が並んで牽くほどの幅はない。
 夫婦交代で荷車を牽く事になる。
 お陰で子猪が歩き疲れた時に馬車に乗せる必要がなくなった。

 リウドルフィング王国に入国してから十五日が経っていた。
 その途中の旅は、信じられないくらい何事もなく無事に旅が続けられた。
 俺は急いでノルベルト公爵領に行きたかったのだが、シスターが動物たちのために狩りをしようと言ったり、放牧して休ませてあげたいと言ったりしたのだ。
 シスターの言う通り、食料確保も休息も大切だから、どうしても時間がかかった。
 だから十五日も経ったわりには、あまり進めていない状態だった。

 だがその分、動物も子供たちも疲れる事なく元気だ。
 誰よりも元気を取り戻したの、心身がボロボロになっていた女性たちだった。
 前世の動物セラピーではないが、シスターは女性一人一人に癒しになる動物と友達の関係を築かせたのだ。
 女性一人に対して、野生馬一頭と犬や狼の小さな群れを仲間にしたのだ。

「まあ、まあ、まあ、まあ、よく来てくれたわね。
 先輩たちのやる事をよく見て、早く慣れてね」

 そんな事ができたのは、シスターが手当たり次第に野犬と狼を集めたからだ。
 だが単に犬狼を集めただけではあまり役には立たない。
 集めた犬狼を軍用犬につけて、人間のパートナーとなる基礎を学ばせるのだ。
 この国に入る頃には、最初に集めた犬狼たちは十分人間に慣れていた。
 飼い犬どころか猟犬が務まるくらいの能力を持っていた。
 そして今では軍用犬と同じくらいの能力を備えているのだ。

 そんな犬や狼たちに、お手や伏せ等を身をもって手本にして教えてもらえるのだ。
 続々と集まる犬と狼たちの成長が早いのも当然だろう。
 ましてシスターと心を通わせているのだ。
 女性たちを大切に護りスキンシップを取ってくれる。
 女性たちは、シスターたち以外の人間には極端におびえるところは変わらないが、他の人間がいない場所でなら、動物たちに笑顔を見せるようになっていた。

 そんな姿を見せられたら、旅を急ごうなんて口が裂けてもいない。
 ノルベルト公爵領に入ってしまったら、俺はこんな暮らしができなくなる。
 シスターの聖女スキルを考えたら、とても危険すぎて、俺からシスターを離して、シスターに彼女たちを預けるような暮らしはできない。

 シスターだけを俺の側に置いて、彼女たちは誰かに預ける事になる。
 俺が保護する形になる女たちは、大勢の人に囲まれて暮らす事になってしまう。
 そうなったら、元の心が壊れた状態に戻ってしまうかもしれない。
 女性たちの子供たちも俺の側に置きたいが、公爵家が王女だけでなく王国と敵対している状況では、家族も家臣たちも許してくれないだろう。

「いいですか、可哀想ですが、私たちも生きていかなければいけません。
 犬や狼に狩りをしてもらって、食料を手に入れなければいけません。
 犬と狼が狩ってくれた動物の毛皮や角を売って、お金に変えなければいけません。
 だから心を鬼にしても、狩りの仕方を覚えてください。
 狩るの仕方を覚えられたら、あなた方だけで森の中でひっそりと暮らすことができるのです、がんばりましょう」

 徐々に症状が改善している女性たちの中には、シスターの言葉が理解できる人もいるので、積極的に犬と狼の群れを使っての狩りを覚えようとしていた。
 俺は恩人とはいえ男なので、彼女たちのトラウマを刺激しないように、できるだけ近づかないようにしていた。
 だから俺が教えるのは子供たちだった。

 犬や狼が優秀なのもあるが、子供たちの成長の速さはとても素晴らしい。
 今ではもう子供たちと犬狼の群れだけで十分狩りができる。
 小さな兎や狸ていどを狩るのではなく、大きな鹿や猪まで狩れるのだ。
 特に肉以外の素材が薬の原料となるメディカルディア、メディカルボア、メディカルベアを狩ることができるので、一頭狩るだけで家族が一年は楽に暮らせる。
 自分たちで薬が作れるのなら、十年は楽に暮らせるのだ。

「大丈夫ですよ、薬の作り方は私が教えて差し上げます。
 平和な国なら、一人で薬売りをすれば大きな利益を得られます。
 乱れた国なら、直ぐに逃げだせばいいのです。
 狩りができて薬を作れるのなら、どこでも受け入れてくれます」

 おい、おい、おい、まさか聖女スキルには製薬スキルまで含まれているのか。
 自分だけが製薬できるのではなく、他人に技術を伝えられるとでも言うのか。
 いくらなんでも、教師スキルまでオマケについていると言わないだろうな。
 頼む、お願いだ、製薬技術は教会で教わったと言ってくれ。
 そう言ってくれないと俺の精神がもたないよ。

「バルド様、申し訳ありませんが、この国でゆっくりしたいのです。
 バルド様が私たちの事を思って急いでおられるのは分かっているのですが、お願いできませんでしょうか」
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