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第一章

第29話:国境

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 俺たちは急いで国境に向かった。
 降りかかる火の粉として、コンラディン侯爵家の騎士隊は皆殺しにした。
 だが、これ以上ハインリヒ将軍のために命懸けで戦う気などない。
 俺が何よりも優先するのは、シスターたちの安全だ。
 今ではシスターたちに加えて可哀想な女たちまで抱えているのだ。
 余計な戦闘なんかしている余裕などまったくない。

 だから急いでリウドルフィング王国との国境に向かった。
 グリンガ王国とは反対側にある国で、それなりの国王に統治されているらしい。
 内乱の激しかったイェシュケ皇国から逃げ出すのなら、奴隷制を導入しているグリンガ王国より、比較的治安がいいというリウドルフィング王国を選ぶのは当然だ。
 だがイェシュケ皇国からすれば、税を納め兵士として徴用できる民を他国に出すわけにはいかない。
 
 当時は皇族が皇位を争い戦っていたが、そういう事では意見が一致していた。
 皇帝を僭称する皇族たちの意見ではなく、各皇族を担いでいる有力貴族たちが、自分たちの利益になる民を逃がさないのだ。
 貴族たちは、敵側から集めてきた民など道具以下の存在だと考えていたのだろう。
 表向きは皇国に奴隷制度などないが、実質は奴隷と同じ待遇にしていた。
 だからこそ民は、生きるためにスキル適正に関係なく冒険者になっていたのだ。

「貴方たちはもう自分の住処に戻りなさい」

 リウドルフィング王国との国境に近づくと、シスターが鳥たちに話しかけた。
 小鳥たちは、元の住処から遠く離れた場所に連れて行くわけにはいかない。
 子育て中の鳥はもちろん、縄張り争いの激しい鳥も遠くには連れて行けない。
 連れて行けるのは、孤独な渡り鳥か、まだ若く縄張りを持たない鳥だけだ。
 それ以外の鳥たちは、少し移動する度にシスターが自由にしてあげていた。

「貴方たちは関所を通る訳にはいかないから、山を越えてね。
 国境を超えたらまた集まってね」

 シスターが野犬や狼や野生馬の群れ、虎や豹などに話しかけている。
 獲物でもない野生動物を、生きたまま連れて関所を越える事などできない。
 だから、人が近づけないような険しい山や谷を越えさせるのだ。
 しかし、本当に理解してくれているのだろうか。
 いや、今までの事を考えれば、理解してはくれているのだろう。
 だが、計画通りにリウドルフィング王国の道で出会う事ができるのだろうか。

 さっきお腹一杯のエサをあげたから、空腹で人間を襲う事はないと思う。
 だが予定通り一日で再会できなかったら、空腹で仲違いするかもしれない。
 飢えが激しいと、最悪の想像をするなら、人里襲う可能性もあるのだ。
 人間の死体は全部途中の川に流したから、まだ人間の味は覚えていないと思う。
 だが、過去に人間を食べた事がないとは言い切れないのだ。

 こんな荒れた国だから、野垂れ死にした死体を食べた事があるかもしれない。
 肉食獣から見れば、全身に毛が生えていない人間は食べやすいのだ。
 前世でも今生でも、人間は肉食獣のご馳走だと言いている。
 だからこそ、魔法袋に入れていた人間の死体は食べさせなかった。
 少しもったいない気もしたが、俺たちも食べることができる、ラットやリザードの肉を、全ての肉食獣に仲良く分けて食べさせていた。

「貴方たちは私たちと一緒に来てね。
 大丈夫、何があってもバルド様が護ってくれるわ」

 そんな重大な事を、相談もなく口にしないでくれ、シスター。
 ハインリヒ将軍の手配で購入した軍用犬や軍馬は、購入した時の領収書があるから大丈夫だが、敵に襲われた時にシスターが魅了した軍馬にそんなモノはない。
 一頭や二頭なら誤魔化しようもあるが、良質な軍馬が百五十二頭もいるのだ。
 とても誤魔化す事などできないだろう。

 まあ、俺たちは誰にも追い抜かれていないから、コンラディン侯爵家が早馬を使って関所に知らせているとは思えないから、絶対に不可能ともいえない。
 だが、通信手段が馬だけとは限らないのだ。
 シスターが聖女スキルの一つに、動物と心通わせるスキルがあるのだ。
 下位互換ではないが、鳥と心通わせるスキルを持つ者がいるかもしれない。
 そんなスキルがなくても、俺のように伝書鳩を使っている奴がいるかもしれない。
 
「なんだ、なんだ、なんだ。
 これほどの軍馬をリウドルフィング王国に持ち出すなど絶対に許されんぞ。
 いや、一頭であろうと軍馬を持ち出すこと、あいならん!」

 こういう理由を言われて、関所で止められる事は分かっていた。
 それを口八丁手八丁で丸め込み、何事もなく通過するのが俺の役目だ。
 ありがたい事に、忍者スキルには話術も含まれている。
 他国に潜入して敵から情報を集めるのも、忍者の大切な役目だからな。
 さて、予定していた話で切り抜けられるだろうか、少し心配だ。

「まあ、まあ、まあ、まあ、これを見てくださいよ。
 砦の総隊長だけにしか話せない、重大な話があるのですよ」

 最初の言葉は、誰にも好かれる朗らかな笑みと調子で砦の門番に話しかける。
 後半はハインリヒ将軍からもらった密偵の証を見せながら、他の誰にも聞こえないような小声で話しかける。
 これで俺が皇国の密偵だと思ってくれれば万々歳だ。
 完全に信じられなくても、門番の独断で俺たちを処分する事だけはなくなる。

「なっ、分かった、直ぐに報告させてもらう」

 俺が思っていた以上に、この国でのハインリヒ将軍の名声は高いようだ。
 一瞬で顔色を変えた門番が『ちょっと待ってくれ』と言って砦の奥に駆けだした。
 問題はそのハインリヒ将軍の名声が吉と出るか凶と出るかだ。
 砦の総隊長がハインリヒ将軍のシンパなら、大した取り調べもなく通過できる。
 だが、砦の総隊長がハインリヒ将軍の敵対派閥に属していたら、命懸けで戦って砦を突破しなければいけない。

 ここはリウドルフィング王国との国境を護り、犯罪者だけでなく、民まで逃げださないように厳しく取り調べするための砦だ。
 国境を行き来する商人から税を取立てるための重要な収入源でもある。
 有力貴族が資金源にするために、総隊長を取り込んでいる可能性が高いのだ。
 さらに言えば、万が一リウドルフィング王国が侵攻してきた場合には、味方が迎撃態勢を整えるまで時間稼ぎをしなければいけない、最重要軍事拠点でもある。

 そんな場所を強行突破するのはとても難しい。
 上手く皇国側の国境砦を突破できたとしても、リウドルフィング王国側にも同じように、国境を護る重要な砦があるのだ。
 リウドルフィング王国側が皇国との争いを避ける気だったら、国境を騒がした俺たちを逮捕して、皇国に引き渡す事だろう。

 国境の砦を二カ所も強行突破して、お尋ね者としてリウドルフィング王国に入る。
 とてもではないが、シスターたちを連れてやれる事ではない。
 ここは何としてでも、砦の総隊長を言いくるめなければいけない。
 シスターの動物と心通わせるスキルが、人間相手にも使えればいいのだが、そんな事ができるのなら、シスターが教会を出るはずがない。
 ここは俺が踏ん張るしかない。

「お待たせしました、私がこの砦の総隊長を務める、アンノ・サンガースハウゼンです、ハインリヒ将軍の密偵という話ですが、詳しい話しを聞かせてもらえますか」
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