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第一章

第28話:コンラディン侯爵家騎士隊

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 圧し潰されそうな重圧に耐えながら、国境を目指した。
 シスターの期待を裏切らなように、自信満々に振舞わなければいけない。
 子供たちに不安を与えないように、笑顔を絶やさないようにしなければいけない。
 シスターはこんな苦しい思いに耐え続けていたのだ。
 男の俺が、責任感と不安に圧し潰されるわけにはいかない。
 俺にだって、ちっぽけだけど、男のプライドがあるのだ。

 盗賊団を壊滅させてから五日が経っていた。
 特に何事もなく旅を続ける事ができていた。
 子供たちに武術の訓練をつける事は、時間はかかるがとても大切な事だ。
 子供たちの中には、数年後にスキルを与えられる歳になる子がいる。
 もし武術や魔術のスキルを与えられる子がいたら、シスターの親衛隊になる。
 無条件の信頼と愛情を持つ親衛隊がいれば、シスターも少しは安全になる。

 そんな事を思っていたが、それまでには長い道のりがあるのだと思い知った。
 分かっていた事だが、改めて思い知った。
 今回の事件が起きたのは、シスターの聖女スキルが知られたからではない。
 俺が色んな所を挑発してしまったのが原因で、俺の責任だ。
 言い訳させてもらえるのなら、あの時はまだ、シスターのスキルがここまで非常識なスキルだと思っていなかったのだ。

「その馬車止まれ、コンラディン侯爵家の改めだ。
 止まらなければ問答無用で皆殺しにするぞ」

 こいつらが近づいてくるのは分かっていた。
 だから先頭の馬車を子供たちに任せて、俺はシスターと同じ馬車にいる。
 前方からの襲撃に備えて、軍用犬と軍馬は前に移動させている。
 他にも狼と野犬の群れ、虎や豹も前方に移動させている。
 鳥たちには遠くの情報を集めてもらっているから、奇襲されることはないだろう。

 ハインリヒ将軍の情報で、シルバーリザードを狩るように迷宮冒険者ギルドに圧力をかけたのが、コンラディン侯爵家だと言う事が分かっていた。
 同時に、将軍を殺したいと思っているのもコンラディン侯爵家だと分かっていた。
 だから、俺たちを殺しに現れる事は分かっていたのだ。
 領地も皇都も、迷宮ダンジョン都市からみてリウドルフィング王国の反対側にあるから、追撃に時間がかかったようで、思っていたより出会うのに日数がかかった。

「シスター、支援魔術をお願いします」

「分かりました、攻撃力向上と武器強化の支援魔術を使います」

 本当に聖女スキルはとんでもないモノだ。
 攻撃力スキルや武器強化スキルを単独で持っているだけでも、軍や冒険者パーティーでとても優遇されるのに、その両方がオマケのように使えてしまう。
 羨ましいと思うよりも、天から与えられた重圧に圧し潰されそうだ。
 もしその聖女スキルを、バディスキルで俺も使えるようになってしまったら、シスターの信頼を失わないようにしながら、大陸平和に動かなければいけなくなるから。

 俺はその重圧を振り切るように弓を引き絞った。
 俺用に作られた、長年使い慣れた愛用の弓だ。
 支援魔術をかけてもらったからと言って、筋力自体が増強するわけじゃない。
 放った弓の貫通力が強化されるのと、矢自体の硬度が高まっているのだ。
 盗賊団の時には防具を避けて矢を射たが、今回はそんな必要はない。

「ぐっがっ」

 まずは俺たちに止まれて言った指揮官を射殺した。
 予想通り、ホーンリザード製の革鎧を楽々と貫いて、心臓止めた。
 鋼鉄製の鎧よりも防御力がある革鎧を、易々と貫いてくれる。
 指揮官が射殺された事で、配下の騎士たちが驚き慌てている。
 即死して落馬した指揮官に躓いた軍馬のせいで、落馬する騎士も数多くいる。
 さらに恐慌状態になった軍馬が暴れるので、大混乱になっている。

 それに加えて、俺が手を抜くことなく弓を射っているのだ。
 上手く落馬した騎士たちを避け、暴れる軍馬を操っている馬術の名手。
 恐らくだが、槍術も剣技も巧みなのだろう騎士たち。
 そんな連中を真っ先に射殺しておくのだ。
 強敵になりそうな連中を見逃す気など毛頭ない。
 殺せるときに確実に殺しておく、それが戦場の鉄則だと叩き込まれている。

 ピュウウウウウウウ

 俺は指笛で軍馬に合図を送った。
 一番スタミナがあり調教もされている葦毛の軍馬を、後方に残していたのだ。
 敵前衛が壊滅状態になったので、敵本陣に突っ込んで攻撃を続ける。
 せっかくシスターが支援魔術をかけてくれたのだ。
 効果が続く間は戦い続ける。
 俺はひらりと軍馬に飛び移り、敵本陣に向かって軍馬を駆けさせた。

 だが何もせずに敵本陣に向かう訳ではない。
 曲馬のように身体を左右に移動させて、死体を魔法袋に回収する。
 死体が欲しいわけではなく、騎士の装備を手に入れたいのだ。
 常に戦い続けてきたこの国の貴族軍の装備は、実戦に対応している。
 命がかかっているので、資金のある限り強化もしてある。
 公爵家に戻った時に役に立つ武具を回収しておくのだ。

 それは適性が必要なうえに調教に時間がかかる、とても高価な軍馬も同じ事だ。
 敵に回収させるなんてありえないし、野生馬に戻す事もない。
 シスターの動物と心を通わすスキルがあるのだから、俺たちの愛馬にする。
 致命傷となる骨折をしていたとしても、シスターのエリアパーフェクトヒールで完璧に癒す事ができるのだから、何の問題もない。
 だからこそ、俺は馬を狙わずに騎士を狙ったのだ。

 だから俺は安心して敵本陣に突っ込むことができた。
 まだ死んでいない騎士は、戻る時に回収すればいい。
 死んでいる敵騎士を魔法袋に回収した後で、ほんの少し軍馬を駆けさせただけで、敵本陣先頭が見えてきた。
 もう十分矢の射程に入っている、気合の言葉など必要ない、ただ射殺せばいい。
 俺は先程と同じように次々と矢を射て敵を殺した。

 コンラディン侯爵家は、俺たちを殺すために、想像以上の騎士を派遣していた。
 よほどハインリヒ将軍が邪魔で、何が何でも殺したいのか。
 それとも、ハインリヒ将軍が敵の勢力を削るために俺たちを囮にしたか。
 まあ、たぶん、ハインリヒ将軍の策略の結果だろう。
 もし俺がハインリヒ将軍の立場なら、俺たちがまだシルバーリザードなどの素材を持っているという、偽情報を流しただろう。

 コンラディン侯爵家は、あれほどシルバーリザードの素材を欲しがっていたのだ。
 他の部位が駄目になった、皮だけのシルバーリザードでは満足できないだろう。
 コンラディン侯爵家なら、内臓も肉も骨も完璧にそろっているシルバーリザードを、正当な持ち主たちを皆殺しにしてでも手に入れようとするに決まっている。
 持ち主は貴族から見れば虫けら同然の冒険者と孤児なのだから。
 だが、その冒険者にも牙がある事を思い知らせてやる。

 そんな事を思いながら、俺は矢を射続けている。
 今回はもう正確な狙いをつける事が最優先事項ではない。
 今一番優先している事は、早く矢を射る事だ。
 矢継ぎ早に矢を射て、誰一人逃がさない。
 少々狙いがそれて腹に刺さったとしても、味方に治癒魔術が使える者がいなければ、内臓が腐ってもだえ苦しみながら死ぬことになる。

 ここがコンラディン侯爵領に近かい場合や、皇都に近かい場合だったら、治癒魔術の使い手を素早く手配する事ができただろう。
 だがここは、その両方から遠く離れているのだ。
 軍馬を奪われた騎士は、そのどちらにも生きてたどり着くはできない。
 百五十二騎の騎士には、ここで死んでもらう。
 この恩は必ず返してもらうからな、ハインリヒ将軍。
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