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第一章

第24話:信頼

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 オードリーの言葉を信じるか信じなかと問われれば、信じると即答できる。
 だから俺は迷うことなく伝家の宝刀を振るう事ができた。
 だが俺は、何も考えずに無防備で突っ込むような愚者ではない。
 リザード種の瞬発力を予測しながら、攻撃が通用しなかった時にどう逃げるかも考えて、シルバーリザードの目に向けて剣を突き出した。
 頭の骨格を考えて、一撃で目から脳に届く角度と強さで刺突した。

 シャアアアアア

 リザード種の出せる声は限られているのか、威嚇音と同じだった。
 だが、確実な手ごたえがあった。
 シルバーリザードは俺の刺突の速さに対応して瞼を閉じた。
 強固な鱗と皮は瞼にもある。
 人間でいう額の部分に巻き上げられる形になっているから、防御力が落ちる訳ではなく、他の表皮部分と同じなのだ。

 なのに、俺が当初予測していた抵抗が全くない。
 易々とシルバーリザードの鱗と皮を突き破って、眼球を抜けて脳まで剣が届いた。
 しかも剣を引き抜くと、刃こぼれする事もなく攻撃前と同しだ。
 明らかにオードリーのスキルによる支援だと思う。
 攻撃力を強化するスキルなのか、それとも剣の強度を上げるスキルなのか。
 信じられない話だが、両方を向上させるスキルという事も考えられる.

 シャアアアアア

 もう脳は死んでいるはずだが、身体だけが動いている。
 リザード種特有の生命力と言うべきなのだろうか。
 このまま脳が再生するとは思えないのだが、いつまで暴れるのだろうか。
 もう俺を狙うことなく、単にのたうちまわっているだけなのだが、気になる。
 少しでも知能的な動きをするようなら、心臓も止めた方がいいだろう。
 問題はオードリーのスキルがいつまで効果があるかだが。

 振り返った俺の目に映ったのは、優しく微笑むオードリーだった。
 俺の考えを正確に理解してくれているようだ。
 この微笑みはまだまだスキル効果が続くという事だろう。
 こんな強力なスキルを使えるなんて、絶対に誰にも知られるわけにはいかない。
 目立つのは苦手なのだが、俺の能力にしておくしかない。
 攻撃力を上げるのではなく、剣の強度を上げるスキルにした方が穏やかだな。

 ★★★★★★

 分かっていた事だが、ハインリヒ将軍は戦術家としても優秀だった。
 普通なら攻撃が通じないシルバーリザードを、幾種もの兵を駆使して斃していた。
 速さを誇るスキル持ちにシルバーリザードの目を惑わせて攻撃をかわした。
 内臓や肉、骨などの素材をきっぱりと諦めて、打撃攻撃を重視した。
 剣を強化するスキルには頼らず、打撃力を上げるスキルを重視したのだ。
 もしかしたら、権力者に渡る素材を少なくしたかったのかもしれない。

 ハインリヒ将軍は、自身をも囮に使ったそうだ。
 少なくとも速さを強化するスキルはあるのだろう。
 もしくは速さを強化する支援魔術を使える人間を抱えているかだ。
 多くの武術スキル持ち孤児を助けて抱えていると聞いている。
 そんな連中を上手く使っているのかもしれない。
 いや、間違いなく上手く使っているのだろう。

 そうでなければ、片手でシルバーリザードを撲殺できるはずがない。
 片手で撲殺できる力があるのなら、素材を傷めない刺突でも狩れたはずだ。
 こうして考えると、明らかにシルバーリザードの素材をダメにしたと分かる。
 まだ権力者にシルバーリザードの素材を渡さない選択はできない立場なのだ。
 だが、その立場に甘んじる気がないから、皮と鱗以外の素材をダメにした。
 それが皇帝のためなのか、それとも自分のためなのかまでは分からないが。

「バルド殿、内密で話したいのだが、いいだろうか」

 シルバーリザードを狩ったハインリヒ将軍は、休む間もなく俺に会いに来た。
 二頭目のシルバーリザードから護ってくれたお礼だと言うのが表向きの理由だ。
 だが本当に話したい事が別にあるのは、会って目を見ただけで分かった。
 俺が表情を読んだのではなく、ハインリヒ将軍の方が伝えようとしたのだ。
 そして他の誰にも分からないような小声で話しかけてきた。
 大体の内容は分かっていたが、確認はすべきだから、俺に異存はない。

「分かった、では上手く取り巻きを遠ざけてくれ」

 小声でそう返事したが、言う必要などない言葉だ。
 内密で話したいのはハインリヒ将軍の方で、俺ではないのだ。

「今からシスターとバルド殿に味方になってくれるように説得する。
 条件交渉もあるから、お前たちは外してくれ」

 金や地位に関係する事だから、あまりに厚遇だと古参に妬み嫉みがでてしまう。
 自分よりも有能だと頭では分かっていても、心が納得しない。
 忠誠を尽くして功を上げているほど、そんな気持ちになってしまう。
 それをなくそうと思えば、内密で話すしかない。
 目に見える地位や権限ではなく、表にでない金や素材を渡して味方に引き入れる。
 そんな方法で引き抜かれた者が多いのだろう、直ぐに離れてくれた。

「単刀直入に話す、手に入れたシルバーリザードなどの素材を譲って欲しい。
 対価はこの国の小売り相場で支払う。
 冒険者ギルドの買取価格や卸価格ではないから得だぞ」

 確かに俺たちの立場ならいい条件だが、もう一声欲しいな。

「売値に問題はないが、別の条件も飲んでもらいたい」

「別の条件だと、無理を言ってくれる」

 よく言うわ、俺がどう交渉するかくらい分かっていただろう。

「馬車と輓馬、この国を出るために必要な物を売ってくれ。
 皇国軍の命令で商人から安く買い取り、一割ほどの利益を取って俺たちに売ってくれれば、お互い利益になるだろう」

 驚いているようだな。
 ただで寄こせと言うと思っていたようだな。
 甘く見るなよ、俺はそんな愚か者じゃない。
 今後の事も考えて、いい取引相手だと思わせたいのだよ。
 互いに利益が出る交渉ができる相手だと思わせられたら、今後もそういう付き合いができるのだから。

「ふっふふふふ、意表を突かれたぞ。
 なるほど、そう来たか。
 バルド殿は本当にこの国の人間なのか。
 隣国から入り込んだスパイなのではないか」

「俺がスパイなら、こんな交渉はしないし、シスターたちと出国などしない。
 俺がこんな交渉をするのは、単に頭がいいからだ。
 それと、将軍が必ず生き残られる人間だと思ったからだ。
 他国に行ったとしても、平穏に生きられるとは限らない。
 嫌でもこの国に戻らなければいけなくなるかもしれない。
 だから将軍と敵対する関係になるのは悪手だし、暴利をむさぼる相手だと思われるのも悪手だ。
 互いに利を得られる相手だと思われるのが最善だからだよ」

「分かった、その条件でいい、よろしく頼む、バルド殿」

「こちらこそよろしく頼みますよ、ハインリヒ将軍」
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