少年騎士

克全

文字の大きさ
上 下
34 / 47
第一章

第34話:製薬と食事

しおりを挟む
 冒険者組合のお姉さんは直ぐ帰って行きました。
 私たちが厳しく言いましたから、怖くなったのかもしれません。

 今はまだ副組合長しか捕まっていませんが、本格的な取り調べが始まれば、冒険者組合にまで捜査の手が入るのは確実です。

 2日くらいしか話していないので、本当のところは分かりませんが、お姉さんは組合長派だと思われます。

 お姉さんは、今が副組合長派を潰す好機だと思っているのかもしれません。
 私たちを利用して、組合長の独裁状態にしたいと思っているのかもしれません。
 まあ、出張中だという組合長がまだ生きていればの話ですが。

「面倒だけど、獲物を狩るための準備は、手を抜けないのよね」

 冒険者組合のお姉さんがスイートルームを出て直ぐにソフィアが言いました。
 言っただけでなく、製薬のための道具をコネクティングルームから食堂にテキパキと運びます。

 私もアーサーも一緒に運びます。
 朝飯前に神聖術を鈦剣に使いましたが、その程度の魔力はもう回復しています。

 魔力を無駄にするくらいもったいない事はありませんから、常に何かに魔力を使う習慣がついているのです。
 
 狩りのできない人だけの家で食糧が不足しているのなら、できるだけ魔力を使わないようにして、お腹が空かないようにするかもしれません。

 ですが、私たちは狩りができるのです。
 お腹が空こうと魔力を使って狩りをして、食べられる獲物を手に入れるか、食糧を買うための貨幣を手に入れた方が良いのです。

 私たちの前には20リットル製薬甕が1個ずつあります。
 私が中級魔力回復薬、ソフィアが中級体力回復薬、アーサーがケガを治す中級の薬を作るのです。

 先ず甕に材料となる薬種を放り込みます。
 次に薬効を抽出できる純粋な魔術水を創って入れます。
 甕の底と側面に刻み込まれている呪文に魔力を注いで薬を作っていきます。

 昔は、製薬職人が自分の知識と経験に従って薬を作っていたそうです。
 ですがそれでは、作り手によって薬の効果に大きな差が生まれてしまいます。
 最悪の場合は、薬作りに失敗して貴重な薬種が無駄になってしまいます。

 それを憂いた偉い製薬職人が、自分の知識と経験を惜しみなく明かして、魔力さえあれば誰でも最高の薬が作れる甕を作ってくれたのです。

 とは言っても、本当に誰でも薬が作れるわけではありません。
 注ぐ魔力量が一定以上でなければいけません。
 しかも多くもなく少なくもない魔力を10分間注ぎ続けないといけません。

 私たち3人にはそれだけの魔力量があり、細やかな魔力操作もできます。
 幼い頃から自給自足の大切さを叩き込まれていますので、使う薬種を間違う事も、質の悪い薬種や偽物をつかまされる事もありません。

 偉い製薬職人が、私欲を捨てて簡単に薬種を作れる甕を作ってはくれましたが、それでも最低限の知識と経験がなければ、薬は作れないのです。

 まあ、私たちなら甕などなくても最高の薬を作れますが、薬種商店が売ってくれる薬種の基準と量が、20リットル製薬甕に合わせてありますのでしかたありません。

 魔境で集めた薬種なら、作り手が数と質に合わせて応用できますが、決まった数と質の薬種があるなら、製薬甕で作った方が楽です。

 限界まで溜まっている魔力を惜しみなく注いで魔力薬を作ります。
 甕に刻まれている呪文は10個もあります。
 それぞれに10分間魔力を注ぐので、合計100分かかります。

「結構魔力を使えたんじゃない?」

「そうですね、これで魔力を無駄にしなくてすみました」

「ハリー様、お聞きしていた食事をお持ちして宜しいですか?」

 製薬に必要な時間は分かっていましたから、逆算して朝食の準備を頼んでいたのですが、計ったように持っていてくれました。

 今日は、荷運び役の冒険者を連れてダンジョンで狩りをする事になっています。
 全員に多くの武器を持たせる予定なのです。
 予定では36人になっていますが、それで収まるとは限りません。

 36人で収まったとしても、それなりの時間がかかります。
 その間に魔力や体力が下がり過ぎると、欲に狂った冒険者に襲われるかもしれまいので、常に魔力と体力を回復させる事になります。

 ただ、魔力回復薬と体力回復薬なら、少量の薬の中に必要な素材を入れられるのですが、ケガを治す薬の場合は違います。
 骨、筋肉、皮膚の材料になるモノが数多く必要となります。

 それを薬の中に全て入れようとすると、薬の量自体が多くなっていまいます。
 それに、ケガの程度によって薬の量が変わってきます。
 そこで必要な材料は、体にある余分な部分を削って使う事が考えられたのです。

 早い話が、皮下脂肪や内臓に溜められている脂肪が使われます。
 胃腸に残っている食べ物や、血液に流れている栄養素が使われるのです。
 何より1番必要になるのが水分です。

 ですが、体に溜めて置ける材料には限りがあります。
 不足する材料は、食べて補う事になります。
 
 1番良いのは、多めの食糧を持ってダンジョンに潜る事です。
 薬を飲む前にしっかりと飲み食いする事です。

「う~ん、やっぱりここの料理はおいしいわね」

「おほめに預かり光栄でございます」

 ソフィアがほめるのに対して、給仕をしてくれている部屋係が答えます。
 私たちの事を最上級の客と判断してくれているのでしょう。

 徐々に待遇が良くなってきて、今では部屋係だけでなく、慣れた給仕を2人もつけてくれています。

 子羊と子牛のローストでも特に美味しいと言われているロースの部分。
 鴨の中でも1番美味しいと言われている胸肉のロースト。
 リンゴとチーズ、ワインとリンゴ酒、宿の冷凍庫で保存していたという白ブドウ。

 これでもかというくらい高価な料理が次々と出される。
 支配人は私たちが大量の鉄剣を売ったのを知っているだけではありません。
 大量の鈦剣を持ち帰ったのも知っています。

 その気になれば、この高級宿を買える事を知っているのです。
 最高のもてなしをして、それにふさわしい料金を要求する気なのでしょう。

「ハリー様、ダンジョンに持って行かれる食事なのですが、鴨や子羊のコンフィもご用意できるのですが、本当に硬い塩干肉と硬いチーズで宜しいのですか?」

「はい、今日の狩りは特別なのです。
 美味しい料理ではなく、固く詰まった食材をできるだけ多く持って行かないと、万が一の時に不覚を取るかもしれないのです」

「私には理解できませんが、ハリー卿がそこまで言われるのでしたら、とても大切な事なのですね。
 硬く詰まった塩干肉とチーズ、干した果物と甘いワインをご用意させていただいておりますの、後でご確認ください」

「あ~あ、必要だと分かっていても、不味い物を持ってダンジョンに潜るのは嫌ね」

「僕も嫌ですが、今回はしかたありませんよ」

「できれば今日1日で済ませるようにするよ。
 どれほど脅かされても、どれほど大金を積まれても、私たちに逆らう気にならないように、思い知らせてやろう」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

運よく生まれ変われたので、今度は思いっきり身体を動かします!

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞」重度の心臓病のため、生まれてからずっと病院のベッドから動けなかった少年が12歳で亡くなりました。両親と両祖父母は毎日のように妾(氏神)に奇跡を願いましたが、叶えてあげられませんでした。神々の定めで、現世では奇跡を起こせなかったのです。ですが、記憶を残したまま転生させる事はできました。ほんの少しだけですが、運動が苦にならない健康な身体と神与スキルをおまけに付けてあげました。(氏神談)

天距離恋愛

ましまろん〜自称・暇潰しに最適ラブコメ〜
児童書・童話
短い童話です。 お茶のお供にどうぞ!

勇者ぴよ

まめお
児童書・童話
普通に飼育されてた変な動物。 それがぴよ。 飼育員にある日、突然放り出されて旅に出る話。

異世界子供会:呪われたお母さんを助ける!

克全
児童書・童話
常に生死と隣り合わせの危険魔境内にある貧しい村に住む少年は、村人を助けるために邪神の呪いを受けた母親を助けるために戦う。村の子供会で共に学び育った同級生と一緒にお母さん助けるための冒険をする。

村から追い出された変わり者の僕は、なぜかみんなの人気者になりました~異種族わちゃわちゃ冒険ものがたり~

めーぷる
児童書・童話
グラム村で変わり者扱いされていた少年フィロは村長の家で小間使いとして、生まれてから10年間馬小屋で暮らしてきた。フィロには生き物たちの言葉が分かるという不思議な力があった。そのせいで同年代の子どもたちにも仲良くしてもらえず、友達は森で助けた赤い鳥のポイと馬小屋の馬と村で飼われている鶏くらいだ。 いつもと変わらない日々を送っていたフィロだったが、ある日村に黒くて大きなドラゴンがやってくる。ドラゴンは怒り村人たちでは歯が立たない。石を投げつけて何とか追い返そうとするが、必死に何かを訴えている. 気になったフィロが村長に申し出てドラゴンの話を聞くと、ドラゴンの巣を荒らした者が村にいることが分かる。ドラゴンは知らぬふりをする村人たちの態度に怒り、炎を噴いて暴れまわる。フィロの必死の説得に漸く耳を傾けて大人しくなるドラゴンだったが、フィロとドラゴンを見た村人たちは、フィロこそドラゴンを招き入れた張本人であり実は魔物の生まれ変わりだったのだと決めつけてフィロを村を追い出してしまう。 途方に暮れるフィロを見たドラゴンは、フィロに謝ってくるのだがその姿がみるみる美しい黒髪の女性へと変化して……。 「ドラゴンがお姉さんになった?」 「フィロ、これから私と一緒に旅をしよう」 変わり者の少年フィロと異種族の仲間たちが繰り広げる、自分探しと人助けの冒険ものがたり。 ・毎日7時投稿予定です。間に合わない場合は別の時間や次の日になる場合もあります。

踊るねこ

ことは
児童書・童話
ヒップホップダンスを習っている藤崎はるかは、ダンサーを夢見る小学6年生。ダンスコンテストに出る選抜メンバーを決めるオーディション前日、インフルエンザにかかり外出禁止となってしまう。 そんな時、はるかの前に現れたのは、お喋りができる桃色のこねこのモモ。キラキラ星(せい)から来たというモモは、クローン技術により生まれたクローンモンスターだ。どんな姿にも変身できるモモは、はるかの代わりにオーディションを受けることになった。 だが、モモはオーディションに落ちてしまう。親友の結衣と美加だけが選抜メンバーに選ばれ、落ちこむはるか。 一度はコンテスト出場を諦めたが、中学1年生のブレイクダンサー、隼人のプロデュースで、はるかの姿に変身したモモと二人でダンスコンテストに出場することに!? 【表紙イラスト】ノーコピーライトガール様からお借りしました。 https://fromtheasia.com/illustration/nocopyrightgirl

盲目魔女さんに拾われた双子姉妹は恩返しをするそうです。

桐山一茶
児童書・童話
雨が降り注ぐ夜の山に、捨てられてしまった双子の姉妹が居ました。 山の中には恐ろしい魔物が出るので、幼い少女の力では山の中で生きていく事なんか出来ません。 そんな中、双子姉妹の目の前に全身黒ずくめの女の人が現れました。 するとその人は優しい声で言いました。 「私は目が見えません。だから手を繋ぎましょう」 その言葉をきっかけに、3人は仲良く暮らし始めたそうなのですが――。 (この作品はほぼ毎日更新です)

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

処理中です...