御大尽与力と稲荷神使

克全

文字の大きさ
上 下
30 / 49
第一章

蛇の弥五郎23

しおりを挟む
 七右衛門と源四郎の捕り物は、僅かな混乱ですんだ。
 二人が先頭に立って妖狸と戦ったからだ。
 王入道や鬼に怯むことなく立ち向かった。
 手先の者達もそれに続いた。
 王入道や鬼も、刃引きの刀や十手で叩き伏せられると、元の妖狸の戻った。
 七右衛門と源四郎は厳重に縄で縛った。

 だが問題は七右衛門と源四郎がいない三組だった。
 王入道や鬼の姿に驚き、腰を抜かしたばかりか、失禁脱糞する者までいたのだ。
 とてもではないが、捕縛などできる状況ではなかった。
 騎乗していた二騎の与力は、驚き棹立ちになった馬から落馬して重傷を負った。
 歴戦の火付け盗賊改め方長官だけが、何とか馬を宥めて落馬を逃れた。

 だがその混乱を突いて、一部の妖狸は捕縛網を突破した。
 七右衛門の手先は心構えができており、混乱する与力同心や奉行所中間に邪魔されながらも、何とか数頭の妖狸を捕縛した。
 人の姿形ならば捕縛し易いのだが、元の妖狸に戻られると、捕縛するのが難しいのだ。

 殺し事が許可されていたのなら、まだ簡単だった。
 だが殺してしまったら、単に狸を殺して蛇の弥五郎と偽ったと言われるだけだ。
 普通に考えれば、蛇の弥五郎一味を捕まえる事ができず、狸を捕まえて濡れ衣を着せたとか、手柄をでっちあげたと言われるだけだ。
 何としても生け捕りにして、幕閣や町民の前で人に化けさせなければならなかった。

 結局、七右衛門の組が蛇の弥五郎を含む二十数頭の妖狸全てを捕縛した。
 源四郎が、副頭目を含める二十数頭を捕縛した。
 他の三組は、七右衛門の手先が数頭を捕縛するも、六十数頭を逃してしまった。
 七右衛門の手先が奮戦し、王入道や鬼が狸に変化し、捕縛網から逃げ出すのを見た火付け盗賊改め方長官と与力同心は、今更ながら七右衛門の話を思い出した。

 だが、今更後悔しても始まらない。
 決して取り返しのつかない大きな失態であった!
 嘘の報告をして、七右衛門と源四郎を陥れる事も一瞬考えた。
 だが諦めた。
 今の江戸で二人を陥れるのは不可能だった。

「七右衛門。
 正直に言って、そちの言う事は荒唐無稽で信じられん。
 だが今までの功績を考えれば、嘘偽りと決めつける訳にもいかん。
 よってこのように、特別に評定所に余と三奉行が集まって審議することになった。
 町方の事件ゆえ、留役に代わって取り調べ、全てを明らかにせよ」

 七右衛門は少々緊張していた。
 本来ならば、町奉行所で自分が取り調べ、町奉行に採決してもらえば済む事件だ。
 だが、捕らたのが人間に化けた妖狸で、今は狸の姿なのだ。
 幕閣も町奉行も扱いに困り果てた。
 そこで、担当老中と三奉行だけでなく、全老中と全若年寄までが検分の上で、全てを明らかにしなければいけなくなった!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

厄介叔父、山岡銀次郎捕物帳

克全
歴史・時代
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

立見家武芸帖

克全
歴史・時代
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 南町奉行所同心家に生まれた、庶子の人情物語

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

許婚に婚約解消を告げた女武芸者は富豪同心の用心棒になる。

克全
歴史・時代
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 百俵取りの貧乏御家人の沢田家の長女・深雪は許嫁の佐々宗治郎に婚約の解消を伝えた。どうしても持参金を用意できなかったからだ。だが、自分はともかく妹たちは幸せにしたたい。だから得意の薙刀を生かして女武芸者として生きていく決断をした。

御伽噺のその先へ

雪華
キャラ文芸
ほんの気まぐれと偶然だった。しかし、あるいは運命だったのかもしれない。 高校1年生の紗良のクラスには、他人に全く興味を示さない男子生徒がいた。 彼は美少年と呼ぶに相応しい容姿なのだが、言い寄る女子を片っ端から冷たく突き放し、「観賞用王子」と陰で囁かれている。 その王子が紗良に告げた。 「ねえ、俺と付き合ってよ」 言葉とは裏腹に彼の表情は険しい。 王子には、誰にも言えない秘密があった。

捨てる旦那あれば拾うホテル王あり~身籠もったら幸せが待っていました~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「僕は絶対に、君をものにしてみせる」 挙式と新婚旅行を兼ねて訪れたハワイ。 まさか、その地に降り立った途端、 「オレ、この人と結婚するから!」 と心変わりした旦那から捨てられるとは思わない。 ホテルも追い出されビーチで途方に暮れていたら、 親切な日本人男性が声をかけてくれた。 彼は私の事情を聞き、 私のハワイでの思い出を最高のものに変えてくれた。 最後の夜。 別れた彼との思い出はここに置いていきたくて彼に抱いてもらった。 日本に帰って心機一転、やっていくんだと思ったんだけど……。 ハワイの彼の子を身籠もりました。 初見李依(27) 寝具メーカー事務 頑張り屋の努力家 人に頼らず自分だけでなんとかしようとする癖がある 自分より人の幸せを願うような人 × 和家悠将(36) ハイシェラントホテルグループ オーナー 押しが強くて俺様というより帝王 しかし気遣い上手で相手のことをよく考える 狙った獲物は逃がさない、ヤンデレ気味 身籠もったから愛されるのは、ありですか……?

処理中です...