御大尽与力と稲荷神使

克全

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第一章

蛇の弥五郎1

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 七右衛門が初出仕してから一ケ月、その優秀さは奉行所でも評判になっていた。
 だが、どれほど優秀でも、初出仕から一ケ月で要職を任されるはずもない。
 まして七右衛門は元商人だ。
 一生才能を奉行所内で埋もれされる事も有り得たのだ。
 だが、江戸を覆った悪夢が七右衛門に機会を与えた。

 七右衛門の初出仕から丁度十日後、凶悪な盗賊が江戸を荒らし始めた。
 蛇の弥五郎と言う名の盗賊に率いられた一団は、まさに凶盗だった。
 番所や大木戸をものともせず、何時の間にか江戸の町に入り込み、
 狙った商家の雨戸を強引に外して押し込み、騒がれる前に皆殺しにして金銀財宝を奪い取るのだ。

 本格の盗賊から嫌われる急ぎ働きだが、成功すれば驚くほど儲かる。
 本格の盗賊は、引き込みを入れて土蔵のかぎ型を取るなど手間暇をかける。
 何年もかけて準備するので、盗み自体も数年に一度となる。
 しかも有り金全て盗んだりはしない。
 店が潰れないようにある程度の金は残していく。

 だが当世そのような本格の盗賊はとんと耳にしなくなった。
 江戸に現れる盗賊の多くは、蛇の弥五郎一味のような凶盗ばかりとなっていた。
 だがその弥五郎一味の暴れようは激し過ぎた。
 毎日のように江戸市中を荒らしまわり、多くの人を殺した。
 町奉行所や火付け盗賊改めの無能を非難する、江戸町民の声が日に日に大きくなっていた。

 幕閣もこの事態を憂慮した。
 南北両町奉行はもちろんだが、特に火付け盗賊改めに厳しい言葉があった。
 だが幕閣も口出しするだけではなかった。
 火付け盗賊改めを増やしたのだ。

 通常火付け盗賊改めは、任期一年の本役加役二名体制である。
 火災の多い秋冬(九月から三月)に、任期半年の当分加役二名が増員される。
 今は五月だから、普通なら二名体制なのだが、当分加役二名が加えられた。
 だがそれでも弥五郎一味の跳梁跋扈は収まらなかった。
 押し込みの頻度は減ったが、逮捕には至らなかった。

 幕閣も幕府の威信にかけて弥五郎一味を逮捕しようとした。
 このまま逮捕できなければ、たかが盗賊に幕府が負けたことになる。
 幕府は火付け盗賊改めに増役二名を増やし、六名体制とした。
 南北町奉行所も必死の捜索を続けた。
 厳重な体制を敷いたお陰で、弥五郎一味に即発された模倣犯は次々と逮捕された。

 南町奉行所も、弥五郎一味以外の盗賊四組を逮捕し面目を保った。
 だが、幕閣が捕らえたい弥五郎一味に関しては、一人も逮捕できないでいた。
 ついに南町奉行の根岸肥前守鎮衛は思い切った手を打つ事にした。
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