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第一章
与力株4
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河内屋善兵衛は、元坪内家の譜代中間を重視していた。
格之助か弓太郎が当主となる、同心家の小者(御用聞き)に育てようとしていた。
格之助を三廻り同心の役につけ、犯罪者を逮捕させようとしていた。
七右衛門を出世させるつもりの善兵衛は、分家待遇になるその同心家を活躍させることで、商家から養子に入った不利を補おうとしたのだ。
当然それは、新たに送り込んだ若党二人と中間六人を厳選した事にも通じる。
若党二人が一刀流の達人で、河内屋選りすぐりの用心棒だ。
本来は木刀しか持てない中間も、いざと言う時のために長脇差を差している。
皆一刀流の達人で元は河内屋の用心棒だ。
彼らが身体を張って七右衛門を護り、手足となって働くのだ。
だが彼らのように善兵衛から付けられた者だけが、ついて行ったわけではない。
七右衛門自身が望んで連れて行ったと、周りが思い込んでいる者がいた。
それは七右衛門の身の回りの世話をする奥女中だった。
周りの皆は、その奥女中を七右衛門の愛妾だと思っていた。
だがそれは間違いだった。
「神使様。
本当に私に付いてきていいのですか?
いえ、河内屋をお見捨てになるのですか?」
「そんなつもりはありませんよ。
私は心から稲荷神を信心する善兵衛殿を助けるために使わされました。
しかしながら、もう善兵衛殿は助けを必要とされていません。
御自身の力で河内屋を守られれるでしょう」
河内屋善兵衛が日本一の商人になれたのは、本人の才能と努力の結果だ。
だがそれだけではなかった。
とてつもない幸運にも助けられていた。
そしてその幸運は、真摯に稲荷神を信心してきた事でもたらされたのだ。
紀伊国屋文左衛門と田沼意次を尊敬していた善兵衛は、意次が信心していた稲荷神を信心し、大切にしていたのだ。
大阪の両替商河内屋本店と江戸の札差河内屋本店だけではなく、各地の支店や分家の商家内にも、稲荷神を祀らせ大切にしていた。
本家分家を問わず、家訓の第一に稲荷神を崇め大切にするように命じていた。
その信心が強く多くなるほどに、稲荷神の御加護が強くなり、遂には神使が善兵衛と商家と護るようになっていた。
しかし、当主善兵衛に命じられたからと言って、信心が育つわけではない。
商売の才能があればあるほど、自身を頼み、神を侮る心が育ってしまっていた。
善兵衛には数多くの子や孫がいたが、善兵衛と同じくらいの信心があるのは、七右衛門だけだったのだ。
「そうは申されますが、私は神使殿がいなくなった河内屋が心配なのです。
商家から婿入りした私は、実家の支援がなければ、何時暗殺されるか分かりません」
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彼らが身体を張って七右衛門を護り、手足となって働くのだ。
だが彼らのように善兵衛から付けられた者だけが、ついて行ったわけではない。
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だがそれは間違いだった。
「神使様。
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「そんなつもりはありませんよ。
私は心から稲荷神を信心する善兵衛殿を助けるために使わされました。
しかしながら、もう善兵衛殿は助けを必要とされていません。
御自身の力で河内屋を守られれるでしょう」
河内屋善兵衛が日本一の商人になれたのは、本人の才能と努力の結果だ。
だがそれだけではなかった。
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そしてその幸運は、真摯に稲荷神を信心してきた事でもたらされたのだ。
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その信心が強く多くなるほどに、稲荷神の御加護が強くなり、遂には神使が善兵衛と商家と護るようになっていた。
しかし、当主善兵衛に命じられたからと言って、信心が育つわけではない。
商売の才能があればあるほど、自身を頼み、神を侮る心が育ってしまっていた。
善兵衛には数多くの子や孫がいたが、善兵衛と同じくらいの信心があるのは、七右衛門だけだったのだ。
「そうは申されますが、私は神使殿がいなくなった河内屋が心配なのです。
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