第十六王子の建国記

克全

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本編

領主館

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 ブラッディベアーの脚力は強靭で、時速六十キロメートルで走ることが出来る。
 しかも持久力にも長けていて、一日中走っても平気なのだ。
 そんなブラッディベアーを追い立て、公爵領を縦横無尽に走り抜けた。
 勿論余と爺は気配を消す魔法や透明になる魔法を使い、誰からも気づかれないように姿を隠していた。
 民を傷つけないように。
 民の住む家を破壊しないように。
 だが民が魔境から出た魔獣に恐怖を感じるように。
 最も近い領主館までの全ての村を、ブラッディベアーに襲わせた。
 襲わせたとはいっても、村の真ん中を走り抜けさせただけだ。
 六つの村を抜けたところに、小さな領主館があった。
 自分一人だけが出陣義務を負う、最下級の士族なのだろう。
 総人数が二百人程度になるように区割りされた村を支配しているのだろう。
 もしかしたら自分や家族も農作業に従事しているのかもしれない。
 館の周りには一メートルほど掘り下げた、幅一メートルほどの濠があり、その中側に掘り下げた時の土を盛った土塁で守りを固めている。
 だがそんな濠も土塁も、ブラッディベアーを妨げる役には立たない。
 濠と土塁の中に領主館があるのだが、館の基礎は石造りだが、他の材料は魔境から切り出された木材が使われている。
 ブラッディベアーの剛力をもってすれば、材木で造られた館など一撃で粉砕することが出来る。
 魔法探知で人のいない場所を探り、ブラッディベアーに壁の大穴を開けさせた。
 一階は倉庫と下僕の住居なのが普通で、下僕に十分恐怖を与えた後で、一旦ブラッディベアーを外に出し、二階への階段を探した。
 領主館に設けられた領主の私室は、村人が非常用に食料を運び込む一階からは登れないようにしてある。
 村人の謀叛を警戒した間取りなのだ。
 情けない話だが、領主館は敵襲の警戒をしていなかった。
 本来二階に上る階段の上で警備するはずの下僕が、一階の私室で眠りこけていたのだから、ここの領主が魔境の非常事態を知らないか、知っていて何の対応もしていないのかのどちらかだ。
 どちらにしても士道不覚悟だ!
 階段を登ったブラッディベアーは、閉じられた門を一撃で粉砕し、領主館の広間に入り込んだ。
「ア~ン」
 広間の奥に領主の私室があるのが、最下級領主館の基本構造なのだが、そこからはあられもない言葉が聞こえてくる。
 事もあろうに、この非常時に真昼間から艶事を行うとは、士道不覚悟も極まれりだ!
 ブラッディベアーをけしかけて、広間と私室の間にある結構頑丈な門を破壊させた。
 村人の謀叛や、他の領主の襲撃ならある程度の防御力を持つ門ではあるが、ブラッディベアーを相手にしては無力だった。
 ドーン!
 轟音と共に、周囲の壁も一緒に門が粉砕された。
 私室はいくつかに区切られていたが、艶事の為に老人や子供は遠ざけられていたのだろう。
 奥の区画のベッドの上にいたのは、多少は鍛えた身体をした壮年の男と、豊満すぎるほど豊満な身体をした若い娘だった。
「うわ~!」
「ギャー」
 情けない!
 裸で抱き合っていた男と女は、耳をつんざくような悲鳴を上げて、ベッドの上にへたり込んでいる。
 あ~あ、小便まで漏らしている。
 領主で騎士なのだろうに、剣を持って戦おうともせず、ただただ恐怖に震えている。
 本当に情けない。
 だが男が本当に領主かどうかの確証がない。
 もしかしたら領主の娘が連れ込んだ男かもしれないし、領主婦人が咥え込んだ間男かもしれない。
 だが恐怖だけは身体の芯まで叩き込んでおきたい。
 末端の士族とは言え、公爵家の一翼を支える領主館が魔獣の襲撃で破壊されたとなれば、公爵家の権威は地に落ちるだろう。
 だから魔法防御で二人に被害が及ばないようにしたうえで、ブラッディベアーを領主館内で大暴れさせた。
 誰からも、どこからでも、領主館が破壊されたのが理解できるように、内部から何カ所も四面の壁に大穴を開けさせた。
「殿下、一旦魔境に戻りませんか」
「何故だ、爺」
「殿下の魔力が心配です」
「常に新たな魔力を錬っているから、魔力の心配はいらん」
「もう日が暮れます。闇夜に敵地を移動するのは危険です」
「魔境からここまでの現状を見ると、公爵家の武威は著しく低いのではないか?」
「そうは思いますが、油断は禁物でございます」
「油断はせん。だが闇の中に魔獣が潜んでいると言う噂が広まれば、公爵領は騒然とするのではないか?」
「確かにそうなりましょう」
「だったらほとんど可能性のない公爵家の迎撃など恐れずに、公爵家に魔獣の恐怖を知らしめるべきではないか?」
「余り殿下に危険な事をさせたくはないのですが」
「爺もだいぶ常識が狂っておるな」
「私のどこが常識知らずと言われるのですか」
「怒るな。だがな、爺。魔境の中で野営するのと、公爵領を移動するのと、どちらが危険だと思っているのだ?」
「これは一本取られましたな!」
「それにな、爺」
「はい?」
「魔獣が公爵領内を暴れまわり、しかも夜になっても魔境の戻らず、領都に向けて移動続けていると言う噂が立てば、領内が混乱してベイル達の家族を救出しやすくなるのではないか?」
「それは! 確かに混乱した方が助けやすいでしょう」
「だったらいいな」
「はい!」
そして余と爺は、崩れない程度に領主館を破壊させ、次の領主館を目指して移動することにした。
 
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