34 / 142
本編
領主館
しおりを挟む
ブラッディベアーの脚力は強靭で、時速六十キロメートルで走ることが出来る。
しかも持久力にも長けていて、一日中走っても平気なのだ。
そんなブラッディベアーを追い立て、公爵領を縦横無尽に走り抜けた。
勿論余と爺は気配を消す魔法や透明になる魔法を使い、誰からも気づかれないように姿を隠していた。
民を傷つけないように。
民の住む家を破壊しないように。
だが民が魔境から出た魔獣に恐怖を感じるように。
最も近い領主館までの全ての村を、ブラッディベアーに襲わせた。
襲わせたとはいっても、村の真ん中を走り抜けさせただけだ。
六つの村を抜けたところに、小さな領主館があった。
自分一人だけが出陣義務を負う、最下級の士族なのだろう。
総人数が二百人程度になるように区割りされた村を支配しているのだろう。
もしかしたら自分や家族も農作業に従事しているのかもしれない。
館の周りには一メートルほど掘り下げた、幅一メートルほどの濠があり、その中側に掘り下げた時の土を盛った土塁で守りを固めている。
だがそんな濠も土塁も、ブラッディベアーを妨げる役には立たない。
濠と土塁の中に領主館があるのだが、館の基礎は石造りだが、他の材料は魔境から切り出された木材が使われている。
ブラッディベアーの剛力をもってすれば、材木で造られた館など一撃で粉砕することが出来る。
魔法探知で人のいない場所を探り、ブラッディベアーに壁の大穴を開けさせた。
一階は倉庫と下僕の住居なのが普通で、下僕に十分恐怖を与えた後で、一旦ブラッディベアーを外に出し、二階への階段を探した。
領主館に設けられた領主の私室は、村人が非常用に食料を運び込む一階からは登れないようにしてある。
村人の謀叛を警戒した間取りなのだ。
情けない話だが、領主館は敵襲の警戒をしていなかった。
本来二階に上る階段の上で警備するはずの下僕が、一階の私室で眠りこけていたのだから、ここの領主が魔境の非常事態を知らないか、知っていて何の対応もしていないのかのどちらかだ。
どちらにしても士道不覚悟だ!
階段を登ったブラッディベアーは、閉じられた門を一撃で粉砕し、領主館の広間に入り込んだ。
「ア~ン」
広間の奥に領主の私室があるのが、最下級領主館の基本構造なのだが、そこからはあられもない言葉が聞こえてくる。
事もあろうに、この非常時に真昼間から艶事を行うとは、士道不覚悟も極まれりだ!
ブラッディベアーをけしかけて、広間と私室の間にある結構頑丈な門を破壊させた。
村人の謀叛や、他の領主の襲撃ならある程度の防御力を持つ門ではあるが、ブラッディベアーを相手にしては無力だった。
ドーン!
轟音と共に、周囲の壁も一緒に門が粉砕された。
私室はいくつかに区切られていたが、艶事の為に老人や子供は遠ざけられていたのだろう。
奥の区画のベッドの上にいたのは、多少は鍛えた身体をした壮年の男と、豊満すぎるほど豊満な身体をした若い娘だった。
「うわ~!」
「ギャー」
情けない!
裸で抱き合っていた男と女は、耳をつんざくような悲鳴を上げて、ベッドの上にへたり込んでいる。
あ~あ、小便まで漏らしている。
領主で騎士なのだろうに、剣を持って戦おうともせず、ただただ恐怖に震えている。
本当に情けない。
だが男が本当に領主かどうかの確証がない。
もしかしたら領主の娘が連れ込んだ男かもしれないし、領主婦人が咥え込んだ間男かもしれない。
だが恐怖だけは身体の芯まで叩き込んでおきたい。
末端の士族とは言え、公爵家の一翼を支える領主館が魔獣の襲撃で破壊されたとなれば、公爵家の権威は地に落ちるだろう。
だから魔法防御で二人に被害が及ばないようにしたうえで、ブラッディベアーを領主館内で大暴れさせた。
誰からも、どこからでも、領主館が破壊されたのが理解できるように、内部から何カ所も四面の壁に大穴を開けさせた。
「殿下、一旦魔境に戻りませんか」
「何故だ、爺」
「殿下の魔力が心配です」
「常に新たな魔力を錬っているから、魔力の心配はいらん」
「もう日が暮れます。闇夜に敵地を移動するのは危険です」
「魔境からここまでの現状を見ると、公爵家の武威は著しく低いのではないか?」
「そうは思いますが、油断は禁物でございます」
「油断はせん。だが闇の中に魔獣が潜んでいると言う噂が広まれば、公爵領は騒然とするのではないか?」
「確かにそうなりましょう」
「だったらほとんど可能性のない公爵家の迎撃など恐れずに、公爵家に魔獣の恐怖を知らしめるべきではないか?」
「余り殿下に危険な事をさせたくはないのですが」
「爺もだいぶ常識が狂っておるな」
「私のどこが常識知らずと言われるのですか」
「怒るな。だがな、爺。魔境の中で野営するのと、公爵領を移動するのと、どちらが危険だと思っているのだ?」
「これは一本取られましたな!」
「それにな、爺」
「はい?」
「魔獣が公爵領内を暴れまわり、しかも夜になっても魔境の戻らず、領都に向けて移動続けていると言う噂が立てば、領内が混乱してベイル達の家族を救出しやすくなるのではないか?」
「それは! 確かに混乱した方が助けやすいでしょう」
「だったらいいな」
「はい!」
そして余と爺は、崩れない程度に領主館を破壊させ、次の領主館を目指して移動することにした。
しかも持久力にも長けていて、一日中走っても平気なのだ。
そんなブラッディベアーを追い立て、公爵領を縦横無尽に走り抜けた。
勿論余と爺は気配を消す魔法や透明になる魔法を使い、誰からも気づかれないように姿を隠していた。
民を傷つけないように。
民の住む家を破壊しないように。
だが民が魔境から出た魔獣に恐怖を感じるように。
最も近い領主館までの全ての村を、ブラッディベアーに襲わせた。
襲わせたとはいっても、村の真ん中を走り抜けさせただけだ。
六つの村を抜けたところに、小さな領主館があった。
自分一人だけが出陣義務を負う、最下級の士族なのだろう。
総人数が二百人程度になるように区割りされた村を支配しているのだろう。
もしかしたら自分や家族も農作業に従事しているのかもしれない。
館の周りには一メートルほど掘り下げた、幅一メートルほどの濠があり、その中側に掘り下げた時の土を盛った土塁で守りを固めている。
だがそんな濠も土塁も、ブラッディベアーを妨げる役には立たない。
濠と土塁の中に領主館があるのだが、館の基礎は石造りだが、他の材料は魔境から切り出された木材が使われている。
ブラッディベアーの剛力をもってすれば、材木で造られた館など一撃で粉砕することが出来る。
魔法探知で人のいない場所を探り、ブラッディベアーに壁の大穴を開けさせた。
一階は倉庫と下僕の住居なのが普通で、下僕に十分恐怖を与えた後で、一旦ブラッディベアーを外に出し、二階への階段を探した。
領主館に設けられた領主の私室は、村人が非常用に食料を運び込む一階からは登れないようにしてある。
村人の謀叛を警戒した間取りなのだ。
情けない話だが、領主館は敵襲の警戒をしていなかった。
本来二階に上る階段の上で警備するはずの下僕が、一階の私室で眠りこけていたのだから、ここの領主が魔境の非常事態を知らないか、知っていて何の対応もしていないのかのどちらかだ。
どちらにしても士道不覚悟だ!
階段を登ったブラッディベアーは、閉じられた門を一撃で粉砕し、領主館の広間に入り込んだ。
「ア~ン」
広間の奥に領主の私室があるのが、最下級領主館の基本構造なのだが、そこからはあられもない言葉が聞こえてくる。
事もあろうに、この非常時に真昼間から艶事を行うとは、士道不覚悟も極まれりだ!
ブラッディベアーをけしかけて、広間と私室の間にある結構頑丈な門を破壊させた。
村人の謀叛や、他の領主の襲撃ならある程度の防御力を持つ門ではあるが、ブラッディベアーを相手にしては無力だった。
ドーン!
轟音と共に、周囲の壁も一緒に門が粉砕された。
私室はいくつかに区切られていたが、艶事の為に老人や子供は遠ざけられていたのだろう。
奥の区画のベッドの上にいたのは、多少は鍛えた身体をした壮年の男と、豊満すぎるほど豊満な身体をした若い娘だった。
「うわ~!」
「ギャー」
情けない!
裸で抱き合っていた男と女は、耳をつんざくような悲鳴を上げて、ベッドの上にへたり込んでいる。
あ~あ、小便まで漏らしている。
領主で騎士なのだろうに、剣を持って戦おうともせず、ただただ恐怖に震えている。
本当に情けない。
だが男が本当に領主かどうかの確証がない。
もしかしたら領主の娘が連れ込んだ男かもしれないし、領主婦人が咥え込んだ間男かもしれない。
だが恐怖だけは身体の芯まで叩き込んでおきたい。
末端の士族とは言え、公爵家の一翼を支える領主館が魔獣の襲撃で破壊されたとなれば、公爵家の権威は地に落ちるだろう。
だから魔法防御で二人に被害が及ばないようにしたうえで、ブラッディベアーを領主館内で大暴れさせた。
誰からも、どこからでも、領主館が破壊されたのが理解できるように、内部から何カ所も四面の壁に大穴を開けさせた。
「殿下、一旦魔境に戻りませんか」
「何故だ、爺」
「殿下の魔力が心配です」
「常に新たな魔力を錬っているから、魔力の心配はいらん」
「もう日が暮れます。闇夜に敵地を移動するのは危険です」
「魔境からここまでの現状を見ると、公爵家の武威は著しく低いのではないか?」
「そうは思いますが、油断は禁物でございます」
「油断はせん。だが闇の中に魔獣が潜んでいると言う噂が広まれば、公爵領は騒然とするのではないか?」
「確かにそうなりましょう」
「だったらほとんど可能性のない公爵家の迎撃など恐れずに、公爵家に魔獣の恐怖を知らしめるべきではないか?」
「余り殿下に危険な事をさせたくはないのですが」
「爺もだいぶ常識が狂っておるな」
「私のどこが常識知らずと言われるのですか」
「怒るな。だがな、爺。魔境の中で野営するのと、公爵領を移動するのと、どちらが危険だと思っているのだ?」
「これは一本取られましたな!」
「それにな、爺」
「はい?」
「魔獣が公爵領内を暴れまわり、しかも夜になっても魔境の戻らず、領都に向けて移動続けていると言う噂が立てば、領内が混乱してベイル達の家族を救出しやすくなるのではないか?」
「それは! 確かに混乱した方が助けやすいでしょう」
「だったらいいな」
「はい!」
そして余と爺は、崩れない程度に領主館を破壊させ、次の領主館を目指して移動することにした。
0
お気に入りに追加
233
あなたにおすすめの小説
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。
克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位
異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。
星の国のマジシャン
ファンタジー
引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。
そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。
本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。
この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ガチャと異世界転生 システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!
よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。
獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。
俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる