第十六王子の建国記

克全

文字の大きさ
上 下
19 / 142
本編

ズマナ・フォン・アラス士爵

しおりを挟む
「いかにアレクサンダー殿下の御言葉でも、それを聞くことはできません」
「それはボニオン公爵家が、王家王国に叛乱すると言う事だな」
「いいえそうではありません。王家王国の為に、悪徳代官の搾取で疲弊した村々を救済すると申し上げているのでございます」
「その代官の悪政は、ボニオン公爵の謀叛資金に使われたのだろうが」
「それは根も葉もない噂でございます。いくらアレクサンダー殿下の近習衆とは言え、公爵殿下に言われなき汚名を着せるのであれば、剣にかけて名誉の挽回をさせていただきますが、その覚悟が御有りかな?」
「おお、何時でも受けて立ってくれるは。謀叛人の一味に後れを取る俺ではないは」
 やれやれ、ロジャーとボニオン公爵の刺客が舌戦を続けている。
 公爵家としては、少々強引に論破してでも、余達を殺してサウスボニオン魔境の実効支配を続けたいのだろう。
 いや、もしかしたらあの噂は本当だったのかもしれない。
 サウスボニオン魔境の代官は、ボニオン公爵に加担はしていたが、信用はしておらず、ボニオン公爵に送った横領品の証拠を残しているという噂だ。
 それとこれはもっと重要な噂だが、ボニオン公爵家が証拠封じに殺したと言われている代官が、サウスボニオン魔境の奥深くに隠れていると言う。
 馬を潰すぎりぎりまで早駆けした甲斐があった。
 ボニオン公爵家が王都に上る際には、天気にも左右されるが、大体五十日から六十日かかる。
 それを街道の宿場町に設置された王国の伝馬を利用し、宿場毎に馬を替え、夜明け前から日暮れ直後まで駆けに駆け、五日でサウスボニオン魔境代官所に到着したのだ。
 謀叛未遂を裁くのに、王都での会議と貴族家への根回しに四十日もの日数がかかった。
その後急転直下で、余がサウスボニオン魔境騎士団団長に就任する事が決定した。
全てが手遅れになっていると思っていただ、この件に関してだけは、何とか間に合ったようだ。
「では本当に宜しいのですな」
「私は構わんぞ。ボニオン公爵家が王家王国への謀叛の心底を明らかにしたという事だな」
「何を言われる。それは冤罪でござる」
「先程から何度も申し上げているであろう。王家王国が新たに任命された、サウスボニオン魔境騎士団の統治を邪魔すると言うのなら、それは謀叛以外の何者でもない」
「だから、今まで一度も領地を治めたことのないアレクサンダー殿下には、魔境の統治は難しいでしょうから、ボニオン公爵家で肩代わりして差し上げると申し上げているのですよ」
 やれやれ、よく調べているな。
 余が微妙な立場に立たされたと言う情報を手に入れ、味方に引き込むための脅しであったか。
 だが油断出来んな。
 これほど急いで駆け付けたのに、余達よりも早く情報が届いてしまっている。
 ボニオン公爵家は危険だ。
「ズマナ・フォン・アラス士爵と申したな」
「はい。ようやく責任ある方と直接御話が出来ますな」
「なんだと!」
「ロジャーは黙っていろ」
「しかし男爵閣下」
「いいから黙っていろ」
 やれやれ、パトリックに叱責されてようやくロジャーが黙ってくれた。
「さて、余は各家の武官名簿は諳んじているのだが、ボニオン公爵家にズマナ・フォン・アラスと言う士爵は記載されていなかった。王家王国へ提出する武官に記載していない士卒を召し抱えることは、謀叛の準備と言う事とで固く禁じられておる。士爵がボニオン公爵家家臣だと言い立てるのは、ボニオン公爵家謀叛の証拠になるが、それで構わないのだな」
「いえ謀叛の準備ではございません。ですが新規召し抱えは仕方ない事でございます」
「何が仕方ないのだ」
「公爵家は王家王国にいわれなき謀叛の疑いをかけられ、著しく名誉を損ねられてしまいました。その名誉を回復する為には、武に訴える必要が出るかもしれません。その為私のような者達が、新規に召し抱えられたのでございます」
「ズマナ・フォン・アラスと言う名は、アリステラ王国には珍しい氏名だ。余の記憶でネッツェ王国に同姓の士族がいたはずだが、貴君にはネッツェ王国訛りがあるが、ネッツェ王国から仕官したのかな」
「私は流浪の騎士として色々な国で腕を磨いてきました。アリステラ王国の入る前は、ネッツェ王国で腕を磨いていましたから、その時の訛りが残っているのでしょう」
「そのような言い訳が通じると本当に思っているのか?」
「言い訳などではございませんよ」
「恐らく底辺から努力と才能で士爵まで登ってきたのだろう」
「私を下賤の出と馬鹿にされるか!」
「余も冒険者から男爵に叙勲された」
「なんだと?!」
「だから貴君と同じように、爵位に拘る没落貴族の末裔は嫌と言うほど見てきた」
「黙れ! 私は貴殿と違う! 私は先祖代々士族の出だ」
「だが貴君の代には平民になっていたのではないか」
「黙れ! これ以上私を愚弄するなら殺す!」
「出身貴族の姓に拘るあまり、他国への潜入にも関わらず、本名を名乗ってしまう哀れな本性がな」
「黙れ!」
 余程痛いとこを爺に指摘だれたのだろう。
 それと自分の腕にも自信があったのだろう。
 配下の将兵に指示することなく、自分一人で斬りかかってきた。
 だが爺相手に単独で斬りかかるなど、愚か者以外の何者でもない。
 いや、隠し玉を持っているな。
 それくらい慎重に対処すべきだな。
「火炎魔法!」
 ズマナ・フォン・アラス公爵家陪臣士爵は、全身全霊の剣を振るった。
 体重と腕力を剣に込めた、一撃必殺の大上段からの斬り落としは、鈍らな剣で受ければ剣を折られて頭部に致命傷を受けるほどの破壊力がある。
 しかも剣の攻撃と同時に、千人に一人しかいない魔法使いとして、火炎魔法を叩きつけてきた。
 それは並の騎士が相手なら、全身をプレートアーマー覆った戦時装備であっても、致命傷を与えられただろう。
 だが残念ながら、相手は爺だ。
 既に各種身体強化魔法に加え、防御魔法も展開済みだ。
 ズマナ・フォン・アラス公爵家陪臣子爵が余を怒らせようとしていたように、爺とパトリックもズマナ士爵を怒らせ、情報を引き出そうとしてロジャーに相手をさせていたのだ。
 ロジャーは多少愚かな所もあるが、正義を信じる愛すべき所が有る。
 敵対した者がどれほど甘言を弄しようとも惑わされることはないし、巧みな弁舌で誘導しようとしても、正義を翻すことなどない。
 まあ、正義の言葉に騙され利用されてしまう可能性はあるが、それは側にいるものが助けてやればいい。
 王子の余を、公爵家へ内応するように誘い、それば無理なら個人的な喧嘩にして殺してしまえと、公爵から命じられていたのだろう。
 いや、もしかしたらズマナ士爵が献策したのかもしれない。
 ズマナ士爵は、己の才能に酔っていたのだろう。
 自己顕示欲を抑えられなかったのだろう。
「眠れ」
 爺に火炎魔法を無効にされ、一撃必殺の剣も容易く受け止められ、絶対的な自信が完膚なきまで打ち砕かれ、精神的に衝撃を受けた所に眠りの魔法を受けて、簡単に眠ってしまった。
 ズマナ士爵が率いていた百人の兵も、同時に睡眠魔法を受けてその場に崩れ落ちた。
 雑兵とは言え、ボニオン公爵家から百人の兵を離脱させられたのは大きい。
「爺、ズマナ士爵はネッツェ王国の加担を自白するかな?」
「それはなかなか厳しいと思われますが、この兵士たちの中には、ネッツェ王国から送り込まれたものがいるかもしれません」
「尋問するのか?」
「それは専門家に任せましょう」
「ブラッドリー先生が来ているのか?」
「ブラッドリー殿かどうかは分かりませんが、影供は付いていると考えられます」
 やれやれ、どちらなのだろうな。
 父王陛下が付けてくれたブラッドリー先生がそのまま影供を務めてくれているのか?
 それとも正妃殿下が、監視の為に新たな忍者頭配下の影供を付けたのか?
 どちらにしても、余に野心がない事を証明する為にも、ズマナ士爵達は影供の尋問させた方がいいだろう。
「出てこい。こいつらの尋問を任せたい」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。

克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

ガチャと異世界転生  システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!

よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。 獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。 俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。 単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。 ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。 大抵ガチャがあるんだよな。 幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。 だが俺は運がなかった。 ゲームの話ではないぞ? 現実で、だ。 疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。 そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。 そのまま帰らぬ人となったようだ。 で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。 どうやら異世界だ。 魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。 しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。 10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。 そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。 5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。 残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。 そんなある日、変化がやってきた。 疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。 その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

家族全員異世界へ転移したが、その世界で父(魔王)母(勇者)だった…らしい~妹は聖女クラスの魔力持ち!?俺はどうなんですかね?遠い目~

厘/りん
ファンタジー
ある休日、家族でお昼ご飯を食べていたらいきなり異世界へ転移した。俺(長男)カケルは日本と全く違う異世界に動揺していたが、父と母の様子がおかしかった。なぜか、やけに落ち着いている。問い詰めると、もともと父は異世界人だった(らしい)。信じられない! ☆第4回次世代ファンタジーカップ  142位でした。ありがとう御座いました。 ★Nolaノベルさん•なろうさんに編集して掲載中。

処理中です...