念願の異世界転生できましたが、滅亡寸前の辺境伯家の長男、魔力なしでした。

克全

文字の大きさ
上 下
4 / 45
第一章

第4話:エレファントマン

しおりを挟む
「エレファントマンだ、エレファントマンが近づいてきたぞ」

 城壁守備の兵卒が恐怖を隠しもせずに大声で叫んでいる。
 大型の魔族、エレファンマンは確かに見るからに恐ろしい存在だ。
 だが、俺が学んだ範囲では、突進力や俊敏さでライノーマンより劣っている。
 城壁をよじ登る事もできなければ、城門を破壊する事もできない。
 今回のエレファントマンの役目は、腕力で大岩を引き出す事だろう。
 城門内に詰め込まれた大石をどかさなければ、城門の中には入れない。

「問題はエレファントマンが持っている大盾です。
 表面にドラゴンの皮が張られているように見えます。
 厚みのある手袋をして張り付けたのか、それとも人間にやらせたのか……」

 俺の考えなどアレキサンダーには手に取るように分かるのだろう。
 余計な事は口にせず、1番大切な事を伝えてくれる。
 人間ではとても扱えない、それこそ家の壁を1面剝がしたような大きく厚い盾だ。
 アーノルドの強弓でも貫通させられるかどうか分からない。
 まして表面にドラゴンの皮を張り付けてあるのだ。
 ドラゴンの牙で作った鏃でも、少しでも弱い膂力なら弾かれてしまうだろう。

 最後に珍しくアレキサンダーが言い淀んだ人間の事。
 これはあくまでも噂でしかないが、魔族は人間を飼育しているという。
 魔族にとって柔らかくて美味しいご馳走である人間。
 その人間を喰い尽くしてしまわないように、食用に飼育繁殖させているという。
 反吐がでるような話だが、噂に聞く皇太后が変化したオーククィーンなら……

「弩砲で直接エレファントマンを狙う。
 当てられるようなら、亜竜種の骨を使った大矢を使うぞ。
 急いで準備しろ」

 指揮官騎士が決断をしたようだ。
 曾祖父が亡くなり、もう二度と手に入れる事ができなくなったドラゴン素材。
 属性竜の牙や爪を使うのはさすがに難しいが、亜竜の骨ならまだそれなりにある。
 それに、弩砲の強力な破壊力なら、あの大盾を貫通できるかもしれない。
 問題は大盾に張られている皮が亜竜種の物なのか属性竜種の物なのかだ。

「エレファントマンを斃せると思うか、アレキサンダー」
 
 俺は我慢できずに聞いてしまった。
 本当は俺が指揮官騎士の命令に疑問を挟むような事を口にしてはいけないのだ。
 四代目ドラゴン辺境伯になる可能性が高い俺がそんな事を言うと、指揮官騎士が冷静な命令を下せなくなる可能性がある。
 それを危惧したからこそ、祖父はなかなか初陣を認めてくれなかったのだ。
 今回も見学だけという条件でここに来ているのだから。

「何の心配はありません、カーツ様。
 指揮官はとても優秀だと思われます。
 亜竜種の骨で様子を見て、効果がなければ爪や牙に切り替えるでしょう。
 それでもダメなら、属性竜の骨や爪、牙を使う事でしょう」

 ガッァアアアアン。

 頭が痛くなるほど大きな音を響かせて、弩砲の大矢が大盾を直撃した。
 だが、これほど大きな音をたてながら、大矢は大盾を貫通できなかった。
 魔族は大盾に属性竜の皮を張っていたのだろう。
 曾祖父だけしか狩れなかったという属性竜だ。
 とても貴重で、持っているのは我が家と皇室だけだ。
 欲深いと聞くオーククィーンが、将兵に貸し与えるとは思えないのだが。

「恐らくですが、ナイト城やマジシャン城に張られていた皮を回収したのでしょう」

 俺の疑問を正確に読んでアレキサンダーが答えてくれた。
 確かに、曾祖父が居城としていた城にはドラゴンの皮がふんだんに使われていた。
 曾祖父の爵位があがり、護るべき領民が増えるたびに、本拠地を移転したと聞く。
 それらの城には、領民を護るために惜しげもなくドラゴンの素材が使われていた。
 今はもう失われてしまった、ドラゴン山脈西側にある我が家の本拠地だ。

「取り返したいな、何としてでも取り返したい」

 俺は思わず想いを口に出してしまっていた。

「今の辺境伯家に、ドラゴン山脈を越えて城を取り返す力はありません」

 俺が無謀な事をやらないように、冷たく突き放すように言い切られてしまった。
 確かに今のドラゴン辺境伯家には、魔族が支配する地域に侵攻する力はない。

「せめてここに持ち込まれた分だけでも回収できないだろうか」

 俺はアレキサンダーに食い下がってみた。
 方法が思い浮かばない訳ではない。
 だがその方法はとても危険で、やれる人間を選ぶのでとても難しい。
 不確定要素も多く、優秀な家臣を無駄死にさせてしまう可能性もとても高い。
 その方法をアレキサンダーは俺に伝えるだろうか。

「私を試すのは止めていただきたいです、カーツ様。
 カーツ様なら危険な方法を思い浮かべる事ができるでしょう。
 ですが同時に、安全な方法も思い浮かべておられるはずです。
 2つの安全な方法を思い浮かべながら、危険な方法を口にするか試されました。
 そのような事をすれば、家臣の忠誠心を失いますよ」

「すまなかった、アレキサンダー。
 試したわけではなく、確認したかったのだ。
 思い浮かべた3つの方法だけなのか、それとも他に方法があるのかを」

「そう言う事ならしかたありませんね。
 私にも3つしか方法が思い浮かびません。
 では、今度は私から質問させていただきましょう。
 カーツ様なら3つの策のうち、どれを1番最初に行われますか」

 俺が家臣を試しているのと同じように、家臣も俺を試している。
 仕えるに値する主君かどうかを。
 今はドラゴン辺境伯家の興亡が人類の興亡に直結してしまっている。
 平和な時代なら長男継承が1番領内を乱さない。
 だがこの危急存亡の秋は、無能な長男が継ぐことで破滅につながりかねない。

 皇位継承問題が今の状態の遠因だと学んだ。
 だからドラゴン辺境伯家は後継者争いはできるだけ避けようとしている。
 祖父も父もその方針で俺や一族に接している。
 だが、俺と同世代に魔力持ちが生まれて来た以上、争いなしにはいかないだろう。
 俺が魔力持ちを正室に迎えられたらいいのだが、倫理上不可能だからな。
 いや、今はそんな事を考えている場合ではないな。

「私なら獣の血を詰めた樽を投石機で投げる策を1番先に行うだろう。
 そうすれば魔境に住む強力な獣やドラゴンたちが集まってくる。
 いくら魔族でも、周りを猛獣やドラゴンに囲まれたら平気ではいられないはずだ。
 それに、ドラゴンたちは魔山から外には出られないが、猛獣は違う。
 まだ魔物化していない猛獣なら、魔境の外に出てくる可能性が高い。
 城壁前に高く積み上げられた魔族の遺体を見れば、猛獣はむさぼり喰うはずだ。
 これでどうかな、アレキサンダー」

「大正解です、カーツ様」

「投石隊、獣の血を詰めた樽を放て。
 できるだけ遠く、魔族の連中の真ん中に落とすんだ。
 ただし、お前たちも猛獣には注意しろ」
 
 俺がアレキサンダーに答えた直後に、指揮官騎士が正にその策を命じた。

「「「「「はっ」」」」」

 普段から繰り返し訓練していたのだろう。
 辺境伯領防衛の要であるブラッド城駐屯部隊だ。
 どのような状況で、どんな対処策を使うかは身体に染み付かせている。
 問題は、敵がこの防衛策を読んでいる可能性と、指揮官騎士が口にしていたように、勢い余った猛獣が人間にまで襲いかかってくることだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~

土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。 しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。 そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。 両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。 女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

異世界人生を楽しみたい そのためにも赤ん坊から努力する

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前は朝霧 雷斗(アサギリ ライト) 前世の記憶を持ったまま僕は別の世界に転生した 生まれてからすぐに両親の持っていた本を読み魔法があることを学ぶ 魔力は筋力と同じ、訓練をすれば上達する ということで努力していくことにしました

欲しいものはガチャで引け!~異世界召喚されましたが自由に生きます~

シリウス
ファンタジー
身体能力、頭脳はかなりのものであり、顔も中の上くらい。負け組とは言えなそうな生徒、藤田陸斗には一つのマイナス点があった。それは運であった。その不運さ故に彼は苦しい生活を強いられていた。そんなある日、彼はクラスごと異世界転移された。しかし、彼はステ振りで幸運に全てを振ったためその他のステータスはクラスで最弱となってしまった。 しかし、そのステ振りこそが彼が持っていたスキルを最大限生かすことになったのだった。(軽い復讐要素、内政チートあります。そういうのが嫌いなお方にはお勧めしません)初作品なので更新はかなり不定期になってしまうかもしれませんがよろしくお願いします。

最強の赤ん坊! 異世界に来てしまったので帰ります!

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
 病弱な僕は病院で息を引き取った  お母さんに親孝行もできずに死んでしまった僕はそれが無念でたまらなかった  そんな僕は運がよかったのか、異世界に転生した  魔法の世界なら元の世界に戻ることが出来るはず、僕は絶対に地球に帰る

転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!

nineyu
ファンタジー
 男は絶望していた。  使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。  しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!  リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、  そんな不幸な男の転機はそこから20年。  累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!

~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます

無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

処理中です...