上 下
6 / 8
第一章

第6話:場末

しおりを挟む
 私の唄に涙を流し懐かしんでくれる男達がいる。
 最底辺で働く男達が集まる安酒場、ここには女がいない。
 女がいない場所なら、まだ私の演奏も唄も喜んでもらえる。
 安酒場に集まる男達が祝儀に渡せる金など小銅貨一枚くらいしかない。
 それでも、女がいる酒場よりは稼ぎになる、それがこの国の現状だ。

「よお兄ちゃん、いい曲だった、本当にいい唄だった。
 若い頃に死に別れたあいつを思い出したよ、一杯飲んでくれよ」

 とても不味い安酒なのだが、乏しい酒代から奢ってくれるという想いを、無視する事などできない。
 
「ありがとうございます、遠慮せずに飲ませていただきます。
 永遠の恋人に、乾杯!」

 俺の言葉に、老齢の男がむせび泣きだした。
 死に分かれた恋人を思い出して泣いているのか?
 それとも今の境遇に悔し涙を流しているのか?
 俺にはこの男の本心は分からないが、奢ってもらった酒代分の恩義がある。
 追放前にもらっていた金とは比べものにならないが、重みで言えば酒代の方が心にずしりと来る。

「なあ、聞いたか、若の奴が臨時税を徴収すると言っているようだぞ」

「何だと、ついこの前、女が王家の舞踏会に着ていくドレスが必要だと、領都中の家から集めたばかりじゃないか!」

「それが今度はベゴニア王国の舞踏会まで行かなければいけないから、前回の三倍の臨時税を徴収するだってよ」

「若の奴、女に狂って俺達を殺す気か!」
 
 演奏が終わって、宿の戻ろうとする私の耳に、最後まで粘っていた若い男達の会話が耳に入って来た。
 若というのは、神殿の祭壇を封鎖している領主の息子の事だろうか?
 だとすれば、詳しく聞いておかなければいけない。
 日数をかけて、金にならない酒場を巡り、息子の情報を集めてきた。
 ここで大きな臨時税を集めるなら、襲撃する好機だ!

「それは大変だね、貴男達は臨時税が課せられても大丈夫なのかい?」

 俺は二人のうち声をかけやすそうな黒髪の男に声をかけてみた。

「大丈夫なモノかよ、以前の臨時税だけでも満足な食事ができなくなったんだ。
 三倍もの臨時税がかけられたら、それこそ何日か食事を抜かなきゃならねえ」

 黒髪の大事は憤慨して色々と話してくれたが、領主の息子は、前はそれほど悪い男ではなかったようだ。
 他領の次男と恋仲で、正式な配偶者として迎える話も進んでいたそうだ。
 それが、友好関係を結びたいと、ベゴニア王国から使者がやって来て、その使者一行の中にいた女と恋仲になり、今では情けなくも女の歓心を買おうと言いなりになっているそうだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勘違いの婚約破棄ってあるんだな・・・

相沢京
BL
男性しかいない異世界で、伯爵令息のロイドは婚約者がいながら真実の愛を見つける。そして間もなく婚約破棄を宣言するが・・・ 「婚約破棄…ですか?というか、あなた誰ですか?」 「…は?」 ありがちな話ですが、興味があればよろしくお願いします。

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

薬師は語る、その・・・

香野ジャスミン
BL
微かに香る薬草の匂い、息が乱れ、体の奥が熱くなる。人は死が近づくとこのようになるのだと、頭のどこかで理解しそのまま、身体の力は抜け、もう、なにもできなくなっていました。 目を閉じ、かすかに聞こえる兄の声、母の声、 そして多くの民の怒号。 最後に映るものが美しいものであったなら、最後に聞こえるものが、心を動かす音ならば・・・ 私の人生は幸せだったのかもしれません。※「ムーンライトノベルズ」で公開中

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

どうしてこうなった?

サツキ
BL
浮気現場を目撃して泣いてしまった僕と、僕の泣き顔に欲情した生徒会長の話。 基本みんな馬鹿。 ギャグです(小声)

ざまぁ?違います。お前が好きなだけです。

天災
BL
 ざまぁ?違います。お前が好きなだけです。

どうして卒業夜会で婚約破棄をしようと思ったのか

中屋沙鳥
BL
「カトラリー王国第一王子、アドルフ・カトラリーの名において、宣言する!本日をもって、サミュエル・ディッシュウェア公爵令息との婚約を破棄する。そして、リリアン・シュガーポット男爵令嬢と婚約する!」卒業夜会で金髪の王子はピンクブロンドの令嬢を腕にまとわりつかせながらそう叫んだ。舞台の下には銀髪の美青年。なぜ卒業夜会で婚約破棄を!そしてなぜ! その日、会場の皆の心は一つになった/男性も妊娠出産できる前提ですが、作中に描写はありません。

処理中です...