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拠点確保
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「まずはその方の役目と名前を聞いておこうか」
「私くしめは、アゼス宿場で迎役を務めさせていただいております、ミックと申すものでございます」
俺の事は騎士家の若造と思っているのだろうが、それでも一人でフランク達五人を取り押さえる実力があるのは、十分理解しているのだろう。
さっきは一瞬怒りを抑えきれなかったようだが、それ以外は礼儀正しい態度と言葉づかいで、丁寧に対応してくれている。
「余は本陣に泊まるつもり故、この件の相談に宿場役人全員で訪ねて参れ」
「それは、フランク様達をこのまま拘束すると言う事ですか」
「代官達が国王陛下を欺き不正をしていると知った以上、王家に仕える騎士家の者として、断じて見過ごすわけにはいかんのだ」
「しかしながら若殿様、若殿様の御実家は、王都におられる大蔵省の役人や目付と戦えるのですか」
迎役は王都の役人達を恐れているようだが、迎役の話が本当なら、少なくとも二家族が皆殺しになっているから、それも仕方がないことなのだろう。
嘘をつくのは嫌だが、ここで安心させてやらないと、家族の為に代官一味に味方してしまうかもしれない。
そんなことになったら、処罰しなくてもよかった宿場の者達まで、重い罪に問わなければいけなくなるかもしれないから、ここは多少話を盛っておこう。
それに俺の傅役の爺は、親代わりと言っても嘘とは言えない。
「余の実家は無役で大して力はないが、親しくしている遠縁は国王陛下の御覚えめでたく、王子殿下の傅役を務めさせていただいておる」
「ふぇ。王子殿下の傅役でございますか」
「そうだ。もとは我が家から分かれて平民になった方なのだが、冒険者としての実績と武名によって騎士に取り立てられただけでなく、次々と武功を立てて男爵まで叙爵陞爵した方だ」
「あの、その男爵様の家名は何と申されるのでしょうか」
「ウィギンス男爵だ」
「ふぇ。あのウィギンス男爵閣下さまでございますか」
おいおい、敬語がおかしくなっているぞ。
「ベン・ウィギンス男爵に間違いはないが、それがどうかしたのか」
「ベン・ウィギンス男爵閣下様と申せば、ドラゴンダンジョンの最深部記録を持たれる、英雄中の英雄でございます。そのような方が、若殿様の御親戚にあたられるのですか」
「本家が分家に爵位を追い抜かれてしまっているから、恥ずかしいと言えば恥ずかしい話だが、余としては一族の誉れだと思っておる。それにその御陰で、このような不正の現場に行き当っても、見て見ぬ振りすることなく、正義を行うことが出来る」
「では我々も安心させていただけるのでしょうか」
「ああ、大船に乗った心算で安心するがよい」
宿場役人達を安心させ、宿場内での安全を確保するために、時間をかけて話をでっちあげていたのだが、幸か不幸かチンピラ共が集まってきた。
「やいやいやい、フランク様達に何てことしてやがる」
それなりの装備に身を包んでいるが、真っ当な冒険者にはとても見えない。
どう見ても、冒険者の振りをしたチンピラにしか見えない、屑共が絡んできた。
「エリック、直ぐに助けるのだ」
「へい、お任せください」
「おいこら、俺様はフランク様の若党を務めるエリック様だ。さっさとフランク様達を放しやがれ。さもないとぶち殺すぞ」
「若党風情が何言ってんだい。こちらにおられるのは、騎士家の若殿様だよ。卒族風情がそのような口を利いて、ただで済むと思っているのかい」
「へん。貧乏騎士家の若増が何ほどの者かい。フランク様の御父上は、この辺一帯を治められる御代官様だ。俺達は、その御代官様の御子息様に御仕えしているんだ。騎士家の若造など怖い者か」
「馬鹿が。若殿様は、あのベン・ウィギンス男爵閣下の本家筋にあたられるんだよ。たかだか代官ごときを恐れる必要はないね」
「「「「「な」」」」」
ふむ。
爺の武名は前々から聞き及んでいたが、このような愚か者共が恐れて思わず後退るほど、下々まで武名が広がっているとは思わなかった。
ここは、俺と姉御が宿場町を留守にした時も、狼獣人母子の安全を確保するために、宿場役人達の前で武力を示しておくべきだな。
俺は、絡んできたチンピラ卒族共の死角をつく素早い足捌きで移動し、ほとんど同時に十人全員を叩きのめした。
下手に手加減して、後々宿場の人々に八つ当たりするようなことになれば、俺のしたことで取り返しのようのない傷を、心身に負う人が出てしまう。
いや、命さえ奪われる人が出てしまうかもしれない。
自己満足の独善的な慈悲を示して、チンピラを許すのは簡単だし、自分が善良だと思い込み、悦楽に浸ることも出来るだろう。
そんなことをすれば、チンピラ卒族は俺に御追従を言い、ちやほやと俺のすることを誉めそやすだろう。
そして俺の目の届かないところで、多くの人達を虐げて乱暴狼藉の限りを尽くすだろう。
俺はこの宿場町に一生おられるわけでもないし、チンピラ卒族を監視し続けられるわけでもない。
チンピラ卒族が人を殺しているのなら、その命で償わせなければ、殺された人の命が踏みにじられたことになる。
百万円盗んでも、一万円返せば罪が許されてしまうのなら、このようなチンピラ共は繰り返し盗みを行うだろう。
百万盗んだのなら最低百万円返させるのでなければ、それは罰とは言えない。
人を殺して十年や二十年の罪で済むのなら、平気で人殺しを繰り返す者がいる。
犯罪者の命が尊ばれ、被害者の奪われた命が、死んだ後まで踏みにじられるなど、断じて許すわけにはいかない。
王子として特権を有している俺が言うのはおかしいが、犯罪者貴族制の世の中にするわけにはいかないのだ。
だが、罪が証明されるまでは殺すわけにはいかない。
それに爺や先生達からも、身の汚れになるような殺生はするなと、繰り返し指導されてきた。
だから四肢の骨を粉砕するだけにしてやった。
両肘両膝を粉々に砕いてやったから、もう二度と人を傷つけることは出来ないだろう。
「若殿様」
「なんだ」
「この一瞬で、十人もの相手を叩きのめされたのですか」
「さっきも言ったろ。本家の人間が、分家に爵位を越されるのは恥だと。真っ当な行いで、ベン・ウィギンス男爵の爵位を超えるような武名を上げないと、ゴールウェイ騎士家の誇りにかかわるのだよ」
「そうなんですね、それでドラゴンダンジョンの最深部記録に挑まれるんですね」
「そうだよ。そのために幼い頃から鍛錬を繰り返してきたのだよ」
「ぜひ御供させてください」
「ドラゴンダンジョンで、同じように武名を上げたい、騎士家の部屋住みと合流する約束をしているのだ。俺の独断で、姉御をパーティーに参加させるわけにはいかない」
「そのパーティーには、斥候役の方がおられるのですか」
「いや、騎士家の子弟だけで作ったパーティーだから、斥候も盗賊もおらんよ」
「斥候も盗賊もいないパーティーでは、ダンジョンで満足な活動は出来ません。どうか私を御加え下さい」
「仲間の承諾を得ずに、俺の独断では決められないと言っているだろ」
「申し訳ありません」
俺の苛立ちが伝わったのだろう。
姉御は少し顔を蒼褪めさせて謝ってきた。
「ですがチャンスを頂けないでしょうか」
流石に歴戦の冒険者だ。
少々の困難では諦めないようで、何とかパーティーに参加しようと、何か工作する心算らしい。
「若殿様の一存でパーティーに参加させてくださいとは、もう二度と申しません。その代わりと言っては何ですが、ここからドラゴンダンジョンまでの旅を御一緒させていただき、私の斥候としての腕を見ていただけないでしょうか。私の腕を見たうえで、御仲間方に私をパーティーに参加させるかどうかを試す、実力を披露させる機会を与えていただけませんか」
「姉御も粘るね」
「冒険には粘りも見切りも必要ですが、ここは粘り時と判断いたしました」
「分かったよ。これからの旅、宜しく頼むよ」
「はい、どうか宜しくお願い致します」
「それで姉御」
「はい、何でございましょうか」
「まだ姉御の名前を聞いていなかったと思うのだが」
「これは、失礼いたしました。私はヴィヴィと申します」
「ヴィヴィの姉御、宜しく頼むよ」
「御任せ下さい。若殿様に満足していただける仕事をして御覧に入れます」
「あの、若殿様。そろそろ本陣に行かれた方がいいのではありませんか」
俺とヴィヴィは暢気に話しているが、俺達の周りは阿鼻叫喚の状態で、十人のチンピラ卒族は四肢を砕けれ、天下の往来でのたうち回っている。
先に捕らえた不良騎士冒険者は、今度何かあれば自分達も四肢を砕かれると悟ったのだろう。
何も言わずに小さくなって震えている。
「そうだな。すまぬが余計な荷物が増えてしまったので、人手を集めて本陣まで運んでくれるか」
「はい。どうか御任せ下さい。本陣には先に人をやり、牢の準備をさせておきます。荷物の方は、問屋場の人足を使って運ばせていただきます」
まさに手のひら返しの態度だが、まあこうなるように武力を示したのだから、宿場役人の態度が変わったことを怒るのもおかしいだろう。
「そうしてくれ」
色々と事が起こっている間に、迎役だけでなく、問屋等の宿場役人全員がこの場に集まっているようだが、迎役以外は俺に近づこうとはしない。
触らぬ神に祟りなしではないが、俺が勝つか代官が勝つか、決着がつくまでは下手な態度をとらないようにしているのだろう。
迎役に案内されて、ぞろぞろと金魚の糞のように宿場の人々を引き連れて、貴族士族専用の宿泊所である本陣に辿り着いた。
先触れから俺達の話を聞いたのか、それとも本陣に仕える者が亭主や女将に知らせたのか、狼獣人親子がいるにもかかわらず、一番上等の奥座敷に一緒に案内された。
普通なら、獣人が本陣の中に入れるはずはないのだが、今俺に逆らうわけにはいかないと思ったのだろう。
「ヴィヴィの姉御、一仕事頼みたいのだが」
「代官所を探るのでございますか」
「ああ、普通に代官所の悪行を探ると同時に、俺達の事が代官所に伝わっているかも探ってくれ」
「代官の手先が、まだ宿場町に潜んでいるかを探るんですね」
「そうだ、頼めるか」
「御任せ下さい。私が若殿様の御役に立つ事を、ここで証明させていただきます」
「そうか、頼んだぞ」
「はい。では早速行って参ります」
「無理するなよ。無事生きて帰ることが一番重要なのだぞ」
「はい」
俺はヴィヴィの気配が本陣から消えたのを確認して、次の手を打つことにした。
「ギネス、僕は庭に曲者が潜んでいないか確認してくる」
「はい、御気をつけて下さいませ」
「大丈夫だよ。マギーは御母さんの言う事を聞いて、いい子にしているのだよ」
「おにいちゃんでていくの」
「ああ、ちょっと外の様子を見てくるから、マギーは御母さんと一緒にいるのだよ」
「いっしょにいっちゃだめなの」
「今は駄目だけど、後で一緒に庭を見ようね」
「あとならいいの。ならいいこにしてる」
「そうだね。後でならゆっくり一緒に御散歩できるよ」
「うん、あとでね」
俺は一人で本陣の庭に出て、ブラッドリーの配下が接触してくるのを待つことにした。
俺は庭の風情を楽しむように歩きながら、意識して庭木や塀の陰に入り、本陣の者達から見えないようにした。
「殿下、御呼びでございますか」
「情報収集はどうなっている」
「今現在殿下の影供についている者全員を動員して、代官所、魔境、宿場町、王領地の情報を集めております。同時に王都にも人を走らせ、代官の汚職に関係している者共を調べるように指示いたしました」
「人数は足りるのか」
「殿下が家を興される前提で、王家に仕える騎士家の優秀な次男三男を選抜しておりましたので、少し早くなりますが、その者共をこちらに呼び寄せることに致します」
「王都の有力者を調べ切れるのか」
「中には大物過ぎて網を破ってしまう者もいるでしょうが、一度危険を感じたら、しばらくは大人しくするでしょうから、その間に王国の御政道を正すことが出来ます。それに手先となる者を全て始末いたしましたら、いずれ有力者も身動きできなくなります」
「好機と見たら、危険を顧みず踏み込まねばならん」
「はい」
「余を囮にすれば、有力者を釣り出し成敗できると判断したら、臆することなく申し出よ」
「それは拙速と申すものでございます。殿下の御年齢を考えれば、慌てて動くこと事こそ愚かでございますぞ」
「だから、そちから見て好機と判断したらと申しておる。千載一遇の好機を見逃し、後で臍を噛むようなことにはしたくない。それにな、そちが徹底的に鍛えてくれたのだ。そう容易く殺されたり傷つけられたりせぬ実力はあるつもりだぞ、ブラッドリー先生」
「しかしながら、殿下の才能と気性は、王家王国にとってかけがえのない宝でございます。そうそう賭けに使えるようなモノではございません」
「そう言ってくれるのは嬉しいが、父王陛下に仕える忍者頭として、冷徹に好機を判断せよ」
「は。承りました」
「それと貴様の判断とは別に、余も独自で好機を判断し、必要とあれば攻め込むと心得よ」
「承りました。その時は遅れることなく、御前に参じさせていただきます」
「頼み置くぞ。それで今までに集まった情報はどういうモノなのだ?」
俺はこの短時間でブラッドリーが集めてくれた情報を聞いたが、それはどれもこれも代官とその背後にいる者の不正を裏付ける物だった。
恐らく直ぐに、代官達に有無を言わさぬ証拠が集まるだろう。
今聞いた話だけでも、王子の立場なら、代官だけは直ぐに処刑すること可能だろう。
不正の実行犯を取り締まり、背後の有力者に警告を与え、王国内の悪影響を少なく御政道を一時的に正すのなら、その方法が一番なのだろう。
だが俺がその程度で満足できる性格なら、そもそも父王陛下に願い出て、独力で一家を興そうなどと思わない。
根本的な解決を望む性格であり、その目標を達成するための、事前の努力と根回しをするだけの忍耐力もあり、時が至れば、目標を実現するために行動にでる積極性があると自負している。
今回の件で、黒幕の有力者まで処罰しようと思えば、父王陛下にも決断して貰わなければならないことも多いだろう。
汚く保身を図る有力者を根こそぎ処分するためには、父王陛下の信頼厚い爺とブラッドリーはもちろん、王家筆頭魔導士のデイヴィット・ヨーク宮中伯の賛成が必要になる。
「爺と連絡を取り、協力してデイヴィット・ヨーク宮中伯の助力を得て、王国に巣くう寄生虫を根絶やしにする準備をしてくれ」
「承りました。それと殿下、牢の方は誰も近づかぬように、手の者に警備させております」
「余の手抜かりであったか」
「今の殿下の手勢では仕方ございませんが、代官一味の者がポーションを使ったり、回復魔法使いを送り込んだりすれば、せっかく捕まえた犯人や生き証人を、むざむざ逃がすことになります。まあ殿下の実力なら、余程の手練れでない限り、牢に近づく前に殿下に察知されるでしょうが」
「いや、よく手配してくれた」
「私が配下を手配することを察しておられたのですね」
「宿場町の入り口で、ブラッドリーの配下が接触してきた時点で、こうすると決めていたよ」
「左様でございましたか。ふむ、本陣にも代官一味が紛れ込んでいたようですな」
「今牢に近づいた者の処置は、ブラッドリーに任せる」
「承りました」
ブラッドリーと今後の事を話し合った後で、奥座敷に戻ったのだが、俺に気付いたマギーの顔が、パッと花が咲いたように明るくなった。
俺に会えることで、こんなに素直に喜んでもらえると、俺もうれしくなってくる。
「曲者はどこにもいなかったよ。安全が確認できたから、約束通り庭を歩こうか」
「うん、おにいちゃん。おかあさんもいっしょ」
「ああそうだね、御母さんも一緒に歩こうね」
「私が一緒でも宜しいのですか」
「大丈夫ですよ、行きましょう」
代官一味だと思われる曲者の気配は、ブラッドリーの配下が駆除してくれたようだし、十五人の馬鹿者共の気配は本陣に残ったままだし、後はヴィヴィの姉御が戻ってから考えよう。
「私くしめは、アゼス宿場で迎役を務めさせていただいております、ミックと申すものでございます」
俺の事は騎士家の若造と思っているのだろうが、それでも一人でフランク達五人を取り押さえる実力があるのは、十分理解しているのだろう。
さっきは一瞬怒りを抑えきれなかったようだが、それ以外は礼儀正しい態度と言葉づかいで、丁寧に対応してくれている。
「余は本陣に泊まるつもり故、この件の相談に宿場役人全員で訪ねて参れ」
「それは、フランク様達をこのまま拘束すると言う事ですか」
「代官達が国王陛下を欺き不正をしていると知った以上、王家に仕える騎士家の者として、断じて見過ごすわけにはいかんのだ」
「しかしながら若殿様、若殿様の御実家は、王都におられる大蔵省の役人や目付と戦えるのですか」
迎役は王都の役人達を恐れているようだが、迎役の話が本当なら、少なくとも二家族が皆殺しになっているから、それも仕方がないことなのだろう。
嘘をつくのは嫌だが、ここで安心させてやらないと、家族の為に代官一味に味方してしまうかもしれない。
そんなことになったら、処罰しなくてもよかった宿場の者達まで、重い罪に問わなければいけなくなるかもしれないから、ここは多少話を盛っておこう。
それに俺の傅役の爺は、親代わりと言っても嘘とは言えない。
「余の実家は無役で大して力はないが、親しくしている遠縁は国王陛下の御覚えめでたく、王子殿下の傅役を務めさせていただいておる」
「ふぇ。王子殿下の傅役でございますか」
「そうだ。もとは我が家から分かれて平民になった方なのだが、冒険者としての実績と武名によって騎士に取り立てられただけでなく、次々と武功を立てて男爵まで叙爵陞爵した方だ」
「あの、その男爵様の家名は何と申されるのでしょうか」
「ウィギンス男爵だ」
「ふぇ。あのウィギンス男爵閣下さまでございますか」
おいおい、敬語がおかしくなっているぞ。
「ベン・ウィギンス男爵に間違いはないが、それがどうかしたのか」
「ベン・ウィギンス男爵閣下様と申せば、ドラゴンダンジョンの最深部記録を持たれる、英雄中の英雄でございます。そのような方が、若殿様の御親戚にあたられるのですか」
「本家が分家に爵位を追い抜かれてしまっているから、恥ずかしいと言えば恥ずかしい話だが、余としては一族の誉れだと思っておる。それにその御陰で、このような不正の現場に行き当っても、見て見ぬ振りすることなく、正義を行うことが出来る」
「では我々も安心させていただけるのでしょうか」
「ああ、大船に乗った心算で安心するがよい」
宿場役人達を安心させ、宿場内での安全を確保するために、時間をかけて話をでっちあげていたのだが、幸か不幸かチンピラ共が集まってきた。
「やいやいやい、フランク様達に何てことしてやがる」
それなりの装備に身を包んでいるが、真っ当な冒険者にはとても見えない。
どう見ても、冒険者の振りをしたチンピラにしか見えない、屑共が絡んできた。
「エリック、直ぐに助けるのだ」
「へい、お任せください」
「おいこら、俺様はフランク様の若党を務めるエリック様だ。さっさとフランク様達を放しやがれ。さもないとぶち殺すぞ」
「若党風情が何言ってんだい。こちらにおられるのは、騎士家の若殿様だよ。卒族風情がそのような口を利いて、ただで済むと思っているのかい」
「へん。貧乏騎士家の若増が何ほどの者かい。フランク様の御父上は、この辺一帯を治められる御代官様だ。俺達は、その御代官様の御子息様に御仕えしているんだ。騎士家の若造など怖い者か」
「馬鹿が。若殿様は、あのベン・ウィギンス男爵閣下の本家筋にあたられるんだよ。たかだか代官ごときを恐れる必要はないね」
「「「「「な」」」」」
ふむ。
爺の武名は前々から聞き及んでいたが、このような愚か者共が恐れて思わず後退るほど、下々まで武名が広がっているとは思わなかった。
ここは、俺と姉御が宿場町を留守にした時も、狼獣人母子の安全を確保するために、宿場役人達の前で武力を示しておくべきだな。
俺は、絡んできたチンピラ卒族共の死角をつく素早い足捌きで移動し、ほとんど同時に十人全員を叩きのめした。
下手に手加減して、後々宿場の人々に八つ当たりするようなことになれば、俺のしたことで取り返しのようのない傷を、心身に負う人が出てしまう。
いや、命さえ奪われる人が出てしまうかもしれない。
自己満足の独善的な慈悲を示して、チンピラを許すのは簡単だし、自分が善良だと思い込み、悦楽に浸ることも出来るだろう。
そんなことをすれば、チンピラ卒族は俺に御追従を言い、ちやほやと俺のすることを誉めそやすだろう。
そして俺の目の届かないところで、多くの人達を虐げて乱暴狼藉の限りを尽くすだろう。
俺はこの宿場町に一生おられるわけでもないし、チンピラ卒族を監視し続けられるわけでもない。
チンピラ卒族が人を殺しているのなら、その命で償わせなければ、殺された人の命が踏みにじられたことになる。
百万円盗んでも、一万円返せば罪が許されてしまうのなら、このようなチンピラ共は繰り返し盗みを行うだろう。
百万盗んだのなら最低百万円返させるのでなければ、それは罰とは言えない。
人を殺して十年や二十年の罪で済むのなら、平気で人殺しを繰り返す者がいる。
犯罪者の命が尊ばれ、被害者の奪われた命が、死んだ後まで踏みにじられるなど、断じて許すわけにはいかない。
王子として特権を有している俺が言うのはおかしいが、犯罪者貴族制の世の中にするわけにはいかないのだ。
だが、罪が証明されるまでは殺すわけにはいかない。
それに爺や先生達からも、身の汚れになるような殺生はするなと、繰り返し指導されてきた。
だから四肢の骨を粉砕するだけにしてやった。
両肘両膝を粉々に砕いてやったから、もう二度と人を傷つけることは出来ないだろう。
「若殿様」
「なんだ」
「この一瞬で、十人もの相手を叩きのめされたのですか」
「さっきも言ったろ。本家の人間が、分家に爵位を越されるのは恥だと。真っ当な行いで、ベン・ウィギンス男爵の爵位を超えるような武名を上げないと、ゴールウェイ騎士家の誇りにかかわるのだよ」
「そうなんですね、それでドラゴンダンジョンの最深部記録に挑まれるんですね」
「そうだよ。そのために幼い頃から鍛錬を繰り返してきたのだよ」
「ぜひ御供させてください」
「ドラゴンダンジョンで、同じように武名を上げたい、騎士家の部屋住みと合流する約束をしているのだ。俺の独断で、姉御をパーティーに参加させるわけにはいかない」
「そのパーティーには、斥候役の方がおられるのですか」
「いや、騎士家の子弟だけで作ったパーティーだから、斥候も盗賊もおらんよ」
「斥候も盗賊もいないパーティーでは、ダンジョンで満足な活動は出来ません。どうか私を御加え下さい」
「仲間の承諾を得ずに、俺の独断では決められないと言っているだろ」
「申し訳ありません」
俺の苛立ちが伝わったのだろう。
姉御は少し顔を蒼褪めさせて謝ってきた。
「ですがチャンスを頂けないでしょうか」
流石に歴戦の冒険者だ。
少々の困難では諦めないようで、何とかパーティーに参加しようと、何か工作する心算らしい。
「若殿様の一存でパーティーに参加させてくださいとは、もう二度と申しません。その代わりと言っては何ですが、ここからドラゴンダンジョンまでの旅を御一緒させていただき、私の斥候としての腕を見ていただけないでしょうか。私の腕を見たうえで、御仲間方に私をパーティーに参加させるかどうかを試す、実力を披露させる機会を与えていただけませんか」
「姉御も粘るね」
「冒険には粘りも見切りも必要ですが、ここは粘り時と判断いたしました」
「分かったよ。これからの旅、宜しく頼むよ」
「はい、どうか宜しくお願い致します」
「それで姉御」
「はい、何でございましょうか」
「まだ姉御の名前を聞いていなかったと思うのだが」
「これは、失礼いたしました。私はヴィヴィと申します」
「ヴィヴィの姉御、宜しく頼むよ」
「御任せ下さい。若殿様に満足していただける仕事をして御覧に入れます」
「あの、若殿様。そろそろ本陣に行かれた方がいいのではありませんか」
俺とヴィヴィは暢気に話しているが、俺達の周りは阿鼻叫喚の状態で、十人のチンピラ卒族は四肢を砕けれ、天下の往来でのたうち回っている。
先に捕らえた不良騎士冒険者は、今度何かあれば自分達も四肢を砕かれると悟ったのだろう。
何も言わずに小さくなって震えている。
「そうだな。すまぬが余計な荷物が増えてしまったので、人手を集めて本陣まで運んでくれるか」
「はい。どうか御任せ下さい。本陣には先に人をやり、牢の準備をさせておきます。荷物の方は、問屋場の人足を使って運ばせていただきます」
まさに手のひら返しの態度だが、まあこうなるように武力を示したのだから、宿場役人の態度が変わったことを怒るのもおかしいだろう。
「そうしてくれ」
色々と事が起こっている間に、迎役だけでなく、問屋等の宿場役人全員がこの場に集まっているようだが、迎役以外は俺に近づこうとはしない。
触らぬ神に祟りなしではないが、俺が勝つか代官が勝つか、決着がつくまでは下手な態度をとらないようにしているのだろう。
迎役に案内されて、ぞろぞろと金魚の糞のように宿場の人々を引き連れて、貴族士族専用の宿泊所である本陣に辿り着いた。
先触れから俺達の話を聞いたのか、それとも本陣に仕える者が亭主や女将に知らせたのか、狼獣人親子がいるにもかかわらず、一番上等の奥座敷に一緒に案内された。
普通なら、獣人が本陣の中に入れるはずはないのだが、今俺に逆らうわけにはいかないと思ったのだろう。
「ヴィヴィの姉御、一仕事頼みたいのだが」
「代官所を探るのでございますか」
「ああ、普通に代官所の悪行を探ると同時に、俺達の事が代官所に伝わっているかも探ってくれ」
「代官の手先が、まだ宿場町に潜んでいるかを探るんですね」
「そうだ、頼めるか」
「御任せ下さい。私が若殿様の御役に立つ事を、ここで証明させていただきます」
「そうか、頼んだぞ」
「はい。では早速行って参ります」
「無理するなよ。無事生きて帰ることが一番重要なのだぞ」
「はい」
俺はヴィヴィの気配が本陣から消えたのを確認して、次の手を打つことにした。
「ギネス、僕は庭に曲者が潜んでいないか確認してくる」
「はい、御気をつけて下さいませ」
「大丈夫だよ。マギーは御母さんの言う事を聞いて、いい子にしているのだよ」
「おにいちゃんでていくの」
「ああ、ちょっと外の様子を見てくるから、マギーは御母さんと一緒にいるのだよ」
「いっしょにいっちゃだめなの」
「今は駄目だけど、後で一緒に庭を見ようね」
「あとならいいの。ならいいこにしてる」
「そうだね。後でならゆっくり一緒に御散歩できるよ」
「うん、あとでね」
俺は一人で本陣の庭に出て、ブラッドリーの配下が接触してくるのを待つことにした。
俺は庭の風情を楽しむように歩きながら、意識して庭木や塀の陰に入り、本陣の者達から見えないようにした。
「殿下、御呼びでございますか」
「情報収集はどうなっている」
「今現在殿下の影供についている者全員を動員して、代官所、魔境、宿場町、王領地の情報を集めております。同時に王都にも人を走らせ、代官の汚職に関係している者共を調べるように指示いたしました」
「人数は足りるのか」
「殿下が家を興される前提で、王家に仕える騎士家の優秀な次男三男を選抜しておりましたので、少し早くなりますが、その者共をこちらに呼び寄せることに致します」
「王都の有力者を調べ切れるのか」
「中には大物過ぎて網を破ってしまう者もいるでしょうが、一度危険を感じたら、しばらくは大人しくするでしょうから、その間に王国の御政道を正すことが出来ます。それに手先となる者を全て始末いたしましたら、いずれ有力者も身動きできなくなります」
「好機と見たら、危険を顧みず踏み込まねばならん」
「はい」
「余を囮にすれば、有力者を釣り出し成敗できると判断したら、臆することなく申し出よ」
「それは拙速と申すものでございます。殿下の御年齢を考えれば、慌てて動くこと事こそ愚かでございますぞ」
「だから、そちから見て好機と判断したらと申しておる。千載一遇の好機を見逃し、後で臍を噛むようなことにはしたくない。それにな、そちが徹底的に鍛えてくれたのだ。そう容易く殺されたり傷つけられたりせぬ実力はあるつもりだぞ、ブラッドリー先生」
「しかしながら、殿下の才能と気性は、王家王国にとってかけがえのない宝でございます。そうそう賭けに使えるようなモノではございません」
「そう言ってくれるのは嬉しいが、父王陛下に仕える忍者頭として、冷徹に好機を判断せよ」
「は。承りました」
「それと貴様の判断とは別に、余も独自で好機を判断し、必要とあれば攻め込むと心得よ」
「承りました。その時は遅れることなく、御前に参じさせていただきます」
「頼み置くぞ。それで今までに集まった情報はどういうモノなのだ?」
俺はこの短時間でブラッドリーが集めてくれた情報を聞いたが、それはどれもこれも代官とその背後にいる者の不正を裏付ける物だった。
恐らく直ぐに、代官達に有無を言わさぬ証拠が集まるだろう。
今聞いた話だけでも、王子の立場なら、代官だけは直ぐに処刑すること可能だろう。
不正の実行犯を取り締まり、背後の有力者に警告を与え、王国内の悪影響を少なく御政道を一時的に正すのなら、その方法が一番なのだろう。
だが俺がその程度で満足できる性格なら、そもそも父王陛下に願い出て、独力で一家を興そうなどと思わない。
根本的な解決を望む性格であり、その目標を達成するための、事前の努力と根回しをするだけの忍耐力もあり、時が至れば、目標を実現するために行動にでる積極性があると自負している。
今回の件で、黒幕の有力者まで処罰しようと思えば、父王陛下にも決断して貰わなければならないことも多いだろう。
汚く保身を図る有力者を根こそぎ処分するためには、父王陛下の信頼厚い爺とブラッドリーはもちろん、王家筆頭魔導士のデイヴィット・ヨーク宮中伯の賛成が必要になる。
「爺と連絡を取り、協力してデイヴィット・ヨーク宮中伯の助力を得て、王国に巣くう寄生虫を根絶やしにする準備をしてくれ」
「承りました。それと殿下、牢の方は誰も近づかぬように、手の者に警備させております」
「余の手抜かりであったか」
「今の殿下の手勢では仕方ございませんが、代官一味の者がポーションを使ったり、回復魔法使いを送り込んだりすれば、せっかく捕まえた犯人や生き証人を、むざむざ逃がすことになります。まあ殿下の実力なら、余程の手練れでない限り、牢に近づく前に殿下に察知されるでしょうが」
「いや、よく手配してくれた」
「私が配下を手配することを察しておられたのですね」
「宿場町の入り口で、ブラッドリーの配下が接触してきた時点で、こうすると決めていたよ」
「左様でございましたか。ふむ、本陣にも代官一味が紛れ込んでいたようですな」
「今牢に近づいた者の処置は、ブラッドリーに任せる」
「承りました」
ブラッドリーと今後の事を話し合った後で、奥座敷に戻ったのだが、俺に気付いたマギーの顔が、パッと花が咲いたように明るくなった。
俺に会えることで、こんなに素直に喜んでもらえると、俺もうれしくなってくる。
「曲者はどこにもいなかったよ。安全が確認できたから、約束通り庭を歩こうか」
「うん、おにいちゃん。おかあさんもいっしょ」
「ああそうだね、御母さんも一緒に歩こうね」
「私が一緒でも宜しいのですか」
「大丈夫ですよ、行きましょう」
代官一味だと思われる曲者の気配は、ブラッドリーの配下が駆除してくれたようだし、十五人の馬鹿者共の気配は本陣に残ったままだし、後はヴィヴィの姉御が戻ってから考えよう。
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