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第三章:天下統一
第110話:親子団欒と悪逆非道な兵糧攻め
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天文十七年(1549)7月21日:越中富山城:俺視点
「父上、おはようございます」
「ちちうえ、おはよございます」
「だぁああああ」
「おはよう景太郎、熱は無いか、痛い所は無いか?」
「はい、どこも悪くないです」
「熱を測らせていただきましたが、どなたも平熱でございました」
奥で医師役を務める女官が報告する。
景太郎、虎次郎、龍三郎の乳母も補助役の女官も自信を持って頷いている。
「虎次郎も大丈夫なのだな、急に気分が悪くなったりしていないな?」
「はい、げんきです」
「龍三郎はどうだ?」
俺が龍三郎の顔を覗き込むと、乳母が見やすいようにしてくれる。
俺が毎日子供達の体調を確認する事を知っている。
医療の未発達なこの時代では、早期発見が生死を分ける。
それに、いつまた子供達を殺そうとする者が現れるか分からない。
絶対に人任せにはできない。
少なくとも朝晩は俺の目で子供達の健康を確かめる!
「だぁああああ」
龍三郎が元気に返事をしてくれる。
俺が差し出す指を掴もうと、ぎこちなく手を伸ばすしぐさが可愛い。
「二人とも此方に来なさい」
「はい、父上」
「はい、ちちうえ!」
「どうれ」
右手で景太郎を、左手で虎次郎を抱き上げる。
戦国武将として鍛え続けている身体は、六歳児と四歳児を楽々と抱き上げられる。
この時代の武将教育とは違うかもしれないが、愛情だけは前世並みに注ぐ。
「勉強は難しくないか?」
「難しいですが、父上にようになるためにがんばっています」
「わたしも、わたしもがんばっています」
「人には得意不得意があるから、できない事があっても気にしなくていい。
不得意な事は、得意な家臣に任せればいい。
ただ、努力はしなければいけない。
何の努力もしない主君に忠誠を尽くす家臣などいないからな」
「「はい」」
六歳や四歳の子供に、大人のような努力を求めても無理がある。
前世の記憶と知識があった俺と比べるのは、あまりにも可哀想すぎる。
重臣達の子供と同じ程度で良いのだが、それが結構厳しいのが問題だ。
景太郎だけでなく、虎次郎も手習い歌を覚え、習字の練習を始めている。
俺がまだ一般的でなかった算盤を広めたのも悪かった。
天一地五の算盤を作って教えてしまったから、勘定方の家臣は算盤ができて当たり前になっている。
「御飯を食べに行こう」
「「はい!」」
城にいる限り、出来るだけ一緒に御飯食べるようにしている。
一家団欒の記憶、家族に愛されている記憶が、苦しい時の支えになる。
いや、俺自身が家族で御飯を食べたいのだ。
家族でゆっくり食事をしてから、三之丸の政所に行く。
奥で休んでいる間に届いた知らせを確認する。
「殿、石山本願寺内で流行っている病はかなり酷いそうでございます」
重要な内容は当番重臣が口頭で知らせてくれるが、重複している事や些細な内容の知らせは、確認不要の山に分けられている。
「ほう、どれくらいの人間が死んだのだ?」
その山も、できる限り全部目を通さないと、重臣や側近の恣意で握りつぶされてしまう情報があるので、時間のある限り全部目を通す、心算ではいる。
いるのだが、半分も目を通せない日々が続いている。
「半分とは申しませんが、三割に当たる三万人は死んだそうでございます」
現実的に不可能なのは分かっている、どうしても読み切れない文が数多く出るが、僅かでも読まれる可能性があれば、重臣や側近が握り潰せなくなる。
「ああ、これだな、その知らせは、これだけか?}
確認不要な文の山から、俺が重大だと思う文が出てきたら、当番に当たっていた重臣と側近は無能の烙印が押されるからだ。
「いえ、複数の者から知らせが届いております」
当番重臣の山村右京亮が重複文の山から数十の文を纏めて取り出した。
「ふむ、死体の運び出しを断っているのだな」
「はい、兵糧攻めの最中ですので、遺体とはいえ、運び出しは許可しておりません。
殿の命に逆らって許可する者は誰もいません」
「それでいい、疫病が流行るのは、兵糧攻めが成功しているからだ。
遺体の運び出しを許可したら、連中が楽になる。
文に書いてある通り、周りの河口に遺体を放り出せば、腐った遺体からこれまで以上の疫病が広がるだろう」
「はい」
「ただ、その疫病は、包囲している我が軍勢にも悪影響を及ぼす。
包囲している者達には、これまで以上に気をつけさせろ。
手を洗う為の石鹸と口を漱ぐための焼酎を、これまで以上に送れ。
生水や生煮えの料理は絶対に食べさせるな」
「はっ、直ぐに送らせます、文も今直ぐ書かせます」
「三百人足軽大将以上には直筆の文を書く、用意しろ。
書いている間は文を読んでくれ」
「はっ、只今直ぐに」
高酒精の焼酎は、飲まずにうがいに使えと命じてあるが、飲んでいるのだろうな。
それは仕方がない事だが、酔って不衛生な事をしなければ良いのだが……
「京の内裏では、古式に則った行事の復活に、多くの者が喜んでおります。
ただ極一部の公家と地下家の者が、役目を奪われ不服を申しております。
京の諜報衆が、必要なら密かに殺すと申しております」
「殺す必要はない、放って置け、それも直筆で文を書く、渡せ」
「はっ、この文でございます」
「小島弥太郎殿から、配下の者達の武功を称える文が届いております。
真田源太左衛門殿の武功が特に秀でており、侍大将に取立てたいとの事です。
詳しい内容は……」
「そうか、弥太郎が保証するなら間違いないだろう。
感状は祐筆達に任せるが、昇進状は直筆で書く、渡せ」
「はっ、この文でございます」
この調子だと、昼飯までに全ての文を書き終えられそうにないな。
直筆の文は千人侍大将以上にすれば良かった。
「出雲の尼子 三郎の側室が、懐妊したかもしれないそうでございます。
殺してもよいかと諜報衆が確認しております」
「危険を犯さなくても、自然に子が流れるかもしれない。
無事に生まれたとしても、直ぐに死ぬかもしれない。
奥にまで入り込んだ者に、危険な真似をさせる必要はない。
しばらく様子を見るように直筆の文を書く、渡せ」
「はっ、この文でございます」
「三好孫次郎の正室が懐妊したそうでございます。
殺すべきか確認の文が届いております」
「駄目だ、絶対に駄目だ、三好孫次郎は子殺しの謀略を断っている。
そのような者の子供を殺す事は、絶対に許さん。
直ぐに禁じる文を書く、寄こせ!」
「はっ、この文でございます」
俺の事を想っての事だろうが、こんな風にやり過ぎる者が現れる。
今回は許可を貰おうと文を寄こしたから止められたが、忠誠心が過ぎて独断専行する者が現れたら困る。
「俺が命じていない事をやる者が現れては困る。
大きな考えで戦略を考えているから、勝手な事は絶対に許さん。
三百人足軽大将以上の者に、改めて独断専行を禁ずる文を書く」
「はっ、この文でございます」
「殿、五百隻水軍大将の壱岐陰陽允殿が湊に戻られました。
航海の報告をしたいと申されておられますが、いかがなされますか?」
「会おう、直ぐに謁見の間に案内してくれ。
右京亮、直筆と言っていた足軽大将の分は署名だけにする。
内容は祐筆達に書かせておいてくれ」
「御意」
「父上、おはようございます」
「ちちうえ、おはよございます」
「だぁああああ」
「おはよう景太郎、熱は無いか、痛い所は無いか?」
「はい、どこも悪くないです」
「熱を測らせていただきましたが、どなたも平熱でございました」
奥で医師役を務める女官が報告する。
景太郎、虎次郎、龍三郎の乳母も補助役の女官も自信を持って頷いている。
「虎次郎も大丈夫なのだな、急に気分が悪くなったりしていないな?」
「はい、げんきです」
「龍三郎はどうだ?」
俺が龍三郎の顔を覗き込むと、乳母が見やすいようにしてくれる。
俺が毎日子供達の体調を確認する事を知っている。
医療の未発達なこの時代では、早期発見が生死を分ける。
それに、いつまた子供達を殺そうとする者が現れるか分からない。
絶対に人任せにはできない。
少なくとも朝晩は俺の目で子供達の健康を確かめる!
「だぁああああ」
龍三郎が元気に返事をしてくれる。
俺が差し出す指を掴もうと、ぎこちなく手を伸ばすしぐさが可愛い。
「二人とも此方に来なさい」
「はい、父上」
「はい、ちちうえ!」
「どうれ」
右手で景太郎を、左手で虎次郎を抱き上げる。
戦国武将として鍛え続けている身体は、六歳児と四歳児を楽々と抱き上げられる。
この時代の武将教育とは違うかもしれないが、愛情だけは前世並みに注ぐ。
「勉強は難しくないか?」
「難しいですが、父上にようになるためにがんばっています」
「わたしも、わたしもがんばっています」
「人には得意不得意があるから、できない事があっても気にしなくていい。
不得意な事は、得意な家臣に任せればいい。
ただ、努力はしなければいけない。
何の努力もしない主君に忠誠を尽くす家臣などいないからな」
「「はい」」
六歳や四歳の子供に、大人のような努力を求めても無理がある。
前世の記憶と知識があった俺と比べるのは、あまりにも可哀想すぎる。
重臣達の子供と同じ程度で良いのだが、それが結構厳しいのが問題だ。
景太郎だけでなく、虎次郎も手習い歌を覚え、習字の練習を始めている。
俺がまだ一般的でなかった算盤を広めたのも悪かった。
天一地五の算盤を作って教えてしまったから、勘定方の家臣は算盤ができて当たり前になっている。
「御飯を食べに行こう」
「「はい!」」
城にいる限り、出来るだけ一緒に御飯食べるようにしている。
一家団欒の記憶、家族に愛されている記憶が、苦しい時の支えになる。
いや、俺自身が家族で御飯を食べたいのだ。
家族でゆっくり食事をしてから、三之丸の政所に行く。
奥で休んでいる間に届いた知らせを確認する。
「殿、石山本願寺内で流行っている病はかなり酷いそうでございます」
重要な内容は当番重臣が口頭で知らせてくれるが、重複している事や些細な内容の知らせは、確認不要の山に分けられている。
「ほう、どれくらいの人間が死んだのだ?」
その山も、できる限り全部目を通さないと、重臣や側近の恣意で握りつぶされてしまう情報があるので、時間のある限り全部目を通す、心算ではいる。
いるのだが、半分も目を通せない日々が続いている。
「半分とは申しませんが、三割に当たる三万人は死んだそうでございます」
現実的に不可能なのは分かっている、どうしても読み切れない文が数多く出るが、僅かでも読まれる可能性があれば、重臣や側近が握り潰せなくなる。
「ああ、これだな、その知らせは、これだけか?}
確認不要な文の山から、俺が重大だと思う文が出てきたら、当番に当たっていた重臣と側近は無能の烙印が押されるからだ。
「いえ、複数の者から知らせが届いております」
当番重臣の山村右京亮が重複文の山から数十の文を纏めて取り出した。
「ふむ、死体の運び出しを断っているのだな」
「はい、兵糧攻めの最中ですので、遺体とはいえ、運び出しは許可しておりません。
殿の命に逆らって許可する者は誰もいません」
「それでいい、疫病が流行るのは、兵糧攻めが成功しているからだ。
遺体の運び出しを許可したら、連中が楽になる。
文に書いてある通り、周りの河口に遺体を放り出せば、腐った遺体からこれまで以上の疫病が広がるだろう」
「はい」
「ただ、その疫病は、包囲している我が軍勢にも悪影響を及ぼす。
包囲している者達には、これまで以上に気をつけさせろ。
手を洗う為の石鹸と口を漱ぐための焼酎を、これまで以上に送れ。
生水や生煮えの料理は絶対に食べさせるな」
「はっ、直ぐに送らせます、文も今直ぐ書かせます」
「三百人足軽大将以上には直筆の文を書く、用意しろ。
書いている間は文を読んでくれ」
「はっ、只今直ぐに」
高酒精の焼酎は、飲まずにうがいに使えと命じてあるが、飲んでいるのだろうな。
それは仕方がない事だが、酔って不衛生な事をしなければ良いのだが……
「京の内裏では、古式に則った行事の復活に、多くの者が喜んでおります。
ただ極一部の公家と地下家の者が、役目を奪われ不服を申しております。
京の諜報衆が、必要なら密かに殺すと申しております」
「殺す必要はない、放って置け、それも直筆で文を書く、渡せ」
「はっ、この文でございます」
「小島弥太郎殿から、配下の者達の武功を称える文が届いております。
真田源太左衛門殿の武功が特に秀でており、侍大将に取立てたいとの事です。
詳しい内容は……」
「そうか、弥太郎が保証するなら間違いないだろう。
感状は祐筆達に任せるが、昇進状は直筆で書く、渡せ」
「はっ、この文でございます」
この調子だと、昼飯までに全ての文を書き終えられそうにないな。
直筆の文は千人侍大将以上にすれば良かった。
「出雲の尼子 三郎の側室が、懐妊したかもしれないそうでございます。
殺してもよいかと諜報衆が確認しております」
「危険を犯さなくても、自然に子が流れるかもしれない。
無事に生まれたとしても、直ぐに死ぬかもしれない。
奥にまで入り込んだ者に、危険な真似をさせる必要はない。
しばらく様子を見るように直筆の文を書く、渡せ」
「はっ、この文でございます」
「三好孫次郎の正室が懐妊したそうでございます。
殺すべきか確認の文が届いております」
「駄目だ、絶対に駄目だ、三好孫次郎は子殺しの謀略を断っている。
そのような者の子供を殺す事は、絶対に許さん。
直ぐに禁じる文を書く、寄こせ!」
「はっ、この文でございます」
俺の事を想っての事だろうが、こんな風にやり過ぎる者が現れる。
今回は許可を貰おうと文を寄こしたから止められたが、忠誠心が過ぎて独断専行する者が現れたら困る。
「俺が命じていない事をやる者が現れては困る。
大きな考えで戦略を考えているから、勝手な事は絶対に許さん。
三百人足軽大将以上の者に、改めて独断専行を禁ずる文を書く」
「はっ、この文でございます」
「殿、五百隻水軍大将の壱岐陰陽允殿が湊に戻られました。
航海の報告をしたいと申されておられますが、いかがなされますか?」
「会おう、直ぐに謁見の間に案内してくれ。
右京亮、直筆と言っていた足軽大将の分は署名だけにする。
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