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第三章:天下統一
第101話:愚者流転
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天文十六年(1548)7月2日:越中富山城:俺視点
長尾景虎改め長尾維虎が堺御所から叩き出されたという、鳩の情報を得たので、早馬と早船を出して詳細で確かな情報を集めさせた。
早馬は、表に出ている拠点を繋ぐ整備された伝令網だ。
半里十八町毎に早馬用の厩と宿を整備して、馬を変えて一日三十里を駆ける。
東京駅からなら日光や富士宮まで行ける距離だ。
富山城から京の御所までなら、日中だけ駆けさせたら二日半で行ける。
昼夜関係なく駆けさせたら一日と少しで駆け抜けられる。
一方の早船は、小型の小早船を水手が不眠不休で漕いで富山津から小浜まで行く。
小浜からは早馬で京まで駆ける。
海が荒れていなければ、向かい風に逆らって漕ぐのではなく追い風に乗って漕げるなら、早馬よりも早船の方が早く情報を届けられる。
だが天候によっては全く使い物にならないので、両方整備している。
そんな早馬と早船の報告によると、晴景兄上に踊らされて実相院を出て行った長尾維虎は、堺御所で兵を集めて実相院を襲撃する気でいた。
だが、足利義維も側近達も、長尾維虎のような馬鹿ではない。
実相院に兵を向け、俺を敵に回す事が死につながる事くらい分かる。
俺が帝を弑逆して朝廷を滅ぼす事まで考えている事を、近衛や二条といった連中が広めているからだ。
近衛や二条は、俺の不遜や不忠を言い立てて、討伐に立ち上がる武家を糾合したいと考えていたのだろうが、そんな武家は殆どいない。
武家が心から帝や朝廷に忠誠心を持っているなら、平家の安徳天皇が弑逆される事はなかったし、南北朝に分かれて争う事もなかった。
武家にとって帝や朝廷は、利益を手に入れるための大義名分でしかない。
だから多くの武将が、南朝についたり北朝についたりした。
少しでも利の多い方、勝てる方にころころと陣営を変えたのだ。
俺に対する武家の態度も同じだ。
俺に従うと領地を削られる国人以外は、陪臣から俺の直臣に成れる利がある。
圧倒的な強者である俺に忠誠を誓う事で、家を保ち利益が得られる。
どうしても俺に敵対しなければいけない者だけが、近衛や二条に同調したり、都落ちした流れ公方や堺公方への忠義を理由にするが、極少数だ。
思惑が外れた近衛や二条は、俺に殺されるのを怯えながら暮らしている。
隠居して詫びる形をとっているが、それで俺が許す確証がないので怯えている。
苦しめてから報復する気なので、処罰するとも許すとも言っていない。
地方の大名を頼って京を離れたら、敵対したと言われるかもしれないので、都落とする事もできず、屋敷の奥深くで震えている。
そんな近衛や二条の失敗を知っている堺公方足利義維は、愚かな長尾維虎を味方につけて、俺を確実に謀殺しようとしたのだろう。
だが、維虎が想像以上に馬鹿で自分勝手だった。
維虎は足利義維の意図を全く理解していなかった。
はっきり言葉にしたり、書面に書いたりしたら、露見した時に誤魔化せなくなる。
だから遠回しに言ったのだろうが、維虎は何事も自分に都合の良いように曲解する性格なのを、全く分かっていなかった。
維虎は、足利義維にも家臣にも相談せず、晴景兄上と喧嘩して宣戦布告した。
そんな長尾維虎を堺御所に受け入れたら、即座に大和の屯田兵が攻め込んで来る。
足利義維と側近達はそう思って、長尾維虎を堺から叩き出したのだろう。
せめて維虎が五千くらいの兵を引き連れていれば別だが、維虎について行ったのは、俺がつけた諜報衆だけだ。
そんな落ち武者のような長尾維虎を迎えて、屯田軍に攻め込まれたら笑い話にもならないどころか、命まで失う事になる。
ただ、大和に駐屯している屯田部隊は、何が起きても堺を襲わない。
俺の命令も無しに摂津に攻め込む事はない。
堺が僅かでも大和に領地を接していれば別だが、堺が接しているのは摂津、和泉、河内の三カ国だ、屯田部隊が許可を与えていない国に攻め込む事はない。
堺を襲ったのは他の誰でもない、晴景兄上だ。
実相院にいた全兵力、一万五千兵を率いて堺に迫った。
山城に侵攻した屯田部隊は使わずに、ずっと率いていた実相院の兵だけを使った。
晴景兄上が徐々に変わられたのは、諜報部隊の報告で知っている。
正室腹の猿千代に加えて、側室にも子供が生まれている。
越後上杉家の養子という鎖がなくなって、若い側室を迎える事も、越後上杉家の血を受け継がない子供を作る事も、誰に憚る事無くできるようになっていた。
晴景兄上が猿千代を可愛がっていない訳ではない。
愛していな訳でもなく、嫡男して厳しくも愛情を込めて育てている。
だがそれとは別に、男としての情欲がある。
少しでも多くの子供を残したいという本能がある。
縛りがなくなり情欲と本能に従えば、側室を置き子供を作るのは当然の事だ。
生まれてくれた無垢な幼子を抱いていると、どのような手段を使ってでも守らなければいけない、そんな思いが心の底から湧き上がってくるのが正常な人間だ!
晴景兄上は子供達のために武功を立てたかったのだろう。
俺に忠誠を尽くすと態度で示したのだろう。
堺を囲んで足利義維を脅して、義維を力づくで阿波に追放した。
更に堺の会合衆を脅して、矢銭十万貫文を差し出させ、代官も置いた。
独断で行った訳ではなく、神余隼人佑と相談してやった。
あれだけ正義に凝り固まっていた晴景兄上が、戦国武将らしくなった。
表立っては賞せないが、陰に隠れて頑張ってくれた者に報いないといけない。
晴景兄上に付けた福王寺掃部助と福王寺兵部少輔親子には、十分な褒美を与えないといけない。
代々長尾家に仕えてくれた忠臣なのに、晴景兄上という当主から降ろされた者を見張り導くという、損な役割をさせてしまった。
領地も感状も扶持も渡せない影働きだが、心から感謝している。
誰にも知られる事なく俺の自由にでき良質な淡水真珠を五千個ほど渡そう。
「維虎につけた諜報衆からの知らせはどこだ?」
「これでございます。
虎千代殿に係わる文はこちらに纏めておきます」
近習の一人が山と積まれた伝令文を片付け始めた。
思いついた全ての情報伝達網を整備した結果、毎日届く文が一人では処理できない量になってしまい、重臣や祐筆に手分けさせなければいけなくなった。
叛意はもちろん、信用できない者を重臣や側近に加えてしまったら、大切な情報を途中で隠されてしまっても分からない。
「維虎は愚かだが、異常に感が良い時がある。
自分に都合の悪い事には極端に鈍感だが、都合の良い事には敏感だ。
何より問題なのは、戦術と武芸に秀でている事だ。
諜報衆が俺の手の者だと気がつかれたら、命に係わる。
俺が口頭で言う事を、最近役目に就いた祐筆に書かせろ」
「はっ!」
諜報衆に送る俺の指令は重要だから、文面を他人任せにはできない。
だが、維虎は俺の筆跡を知っているから、万が一見られたら危険だ。
長年祐筆を務めている者の筆跡も危険だ。
堺御所から追い出された維虎は、実相院から持ち出した銭で兵を集めていた。
京周辺では俺を恐れて集まらなかったが、中国地方逃げた事で少し集まるようになっていた。
合戦になれば戦いもせずに逃げ出すような兵だろうが、合戦にならない間は飯を食うために維虎に従う。
そんな卑怯な連中が手柄を上げようとする場合は、密告が多い。
足軽等に素性を見抜かれてしまうような諜報衆はいないが、卑怯下劣な連中は、嘘を言って他人を陥れてでも利を得ようとするから危険なのだ。
そんな足軽達に囲まれて、定刻の連絡ができないと焦った諜報衆が無理をしないように、手助けする者を送り無理な連絡を禁じなければならない。
「殿、新たな知らせが届きました!」
近習の一人が鳩伝令を持ってやってきた。
『三好長慶、石山本願寺を襲撃』
長尾景虎改め長尾維虎が堺御所から叩き出されたという、鳩の情報を得たので、早馬と早船を出して詳細で確かな情報を集めさせた。
早馬は、表に出ている拠点を繋ぐ整備された伝令網だ。
半里十八町毎に早馬用の厩と宿を整備して、馬を変えて一日三十里を駆ける。
東京駅からなら日光や富士宮まで行ける距離だ。
富山城から京の御所までなら、日中だけ駆けさせたら二日半で行ける。
昼夜関係なく駆けさせたら一日と少しで駆け抜けられる。
一方の早船は、小型の小早船を水手が不眠不休で漕いで富山津から小浜まで行く。
小浜からは早馬で京まで駆ける。
海が荒れていなければ、向かい風に逆らって漕ぐのではなく追い風に乗って漕げるなら、早馬よりも早船の方が早く情報を届けられる。
だが天候によっては全く使い物にならないので、両方整備している。
そんな早馬と早船の報告によると、晴景兄上に踊らされて実相院を出て行った長尾維虎は、堺御所で兵を集めて実相院を襲撃する気でいた。
だが、足利義維も側近達も、長尾維虎のような馬鹿ではない。
実相院に兵を向け、俺を敵に回す事が死につながる事くらい分かる。
俺が帝を弑逆して朝廷を滅ぼす事まで考えている事を、近衛や二条といった連中が広めているからだ。
近衛や二条は、俺の不遜や不忠を言い立てて、討伐に立ち上がる武家を糾合したいと考えていたのだろうが、そんな武家は殆どいない。
武家が心から帝や朝廷に忠誠心を持っているなら、平家の安徳天皇が弑逆される事はなかったし、南北朝に分かれて争う事もなかった。
武家にとって帝や朝廷は、利益を手に入れるための大義名分でしかない。
だから多くの武将が、南朝についたり北朝についたりした。
少しでも利の多い方、勝てる方にころころと陣営を変えたのだ。
俺に対する武家の態度も同じだ。
俺に従うと領地を削られる国人以外は、陪臣から俺の直臣に成れる利がある。
圧倒的な強者である俺に忠誠を誓う事で、家を保ち利益が得られる。
どうしても俺に敵対しなければいけない者だけが、近衛や二条に同調したり、都落ちした流れ公方や堺公方への忠義を理由にするが、極少数だ。
思惑が外れた近衛や二条は、俺に殺されるのを怯えながら暮らしている。
隠居して詫びる形をとっているが、それで俺が許す確証がないので怯えている。
苦しめてから報復する気なので、処罰するとも許すとも言っていない。
地方の大名を頼って京を離れたら、敵対したと言われるかもしれないので、都落とする事もできず、屋敷の奥深くで震えている。
そんな近衛や二条の失敗を知っている堺公方足利義維は、愚かな長尾維虎を味方につけて、俺を確実に謀殺しようとしたのだろう。
だが、維虎が想像以上に馬鹿で自分勝手だった。
維虎は足利義維の意図を全く理解していなかった。
はっきり言葉にしたり、書面に書いたりしたら、露見した時に誤魔化せなくなる。
だから遠回しに言ったのだろうが、維虎は何事も自分に都合の良いように曲解する性格なのを、全く分かっていなかった。
維虎は、足利義維にも家臣にも相談せず、晴景兄上と喧嘩して宣戦布告した。
そんな長尾維虎を堺御所に受け入れたら、即座に大和の屯田兵が攻め込んで来る。
足利義維と側近達はそう思って、長尾維虎を堺から叩き出したのだろう。
せめて維虎が五千くらいの兵を引き連れていれば別だが、維虎について行ったのは、俺がつけた諜報衆だけだ。
そんな落ち武者のような長尾維虎を迎えて、屯田軍に攻め込まれたら笑い話にもならないどころか、命まで失う事になる。
ただ、大和に駐屯している屯田部隊は、何が起きても堺を襲わない。
俺の命令も無しに摂津に攻め込む事はない。
堺が僅かでも大和に領地を接していれば別だが、堺が接しているのは摂津、和泉、河内の三カ国だ、屯田部隊が許可を与えていない国に攻め込む事はない。
堺を襲ったのは他の誰でもない、晴景兄上だ。
実相院にいた全兵力、一万五千兵を率いて堺に迫った。
山城に侵攻した屯田部隊は使わずに、ずっと率いていた実相院の兵だけを使った。
晴景兄上が徐々に変わられたのは、諜報部隊の報告で知っている。
正室腹の猿千代に加えて、側室にも子供が生まれている。
越後上杉家の養子という鎖がなくなって、若い側室を迎える事も、越後上杉家の血を受け継がない子供を作る事も、誰に憚る事無くできるようになっていた。
晴景兄上が猿千代を可愛がっていない訳ではない。
愛していな訳でもなく、嫡男して厳しくも愛情を込めて育てている。
だがそれとは別に、男としての情欲がある。
少しでも多くの子供を残したいという本能がある。
縛りがなくなり情欲と本能に従えば、側室を置き子供を作るのは当然の事だ。
生まれてくれた無垢な幼子を抱いていると、どのような手段を使ってでも守らなければいけない、そんな思いが心の底から湧き上がってくるのが正常な人間だ!
晴景兄上は子供達のために武功を立てたかったのだろう。
俺に忠誠を尽くすと態度で示したのだろう。
堺を囲んで足利義維を脅して、義維を力づくで阿波に追放した。
更に堺の会合衆を脅して、矢銭十万貫文を差し出させ、代官も置いた。
独断で行った訳ではなく、神余隼人佑と相談してやった。
あれだけ正義に凝り固まっていた晴景兄上が、戦国武将らしくなった。
表立っては賞せないが、陰に隠れて頑張ってくれた者に報いないといけない。
晴景兄上に付けた福王寺掃部助と福王寺兵部少輔親子には、十分な褒美を与えないといけない。
代々長尾家に仕えてくれた忠臣なのに、晴景兄上という当主から降ろされた者を見張り導くという、損な役割をさせてしまった。
領地も感状も扶持も渡せない影働きだが、心から感謝している。
誰にも知られる事なく俺の自由にでき良質な淡水真珠を五千個ほど渡そう。
「維虎につけた諜報衆からの知らせはどこだ?」
「これでございます。
虎千代殿に係わる文はこちらに纏めておきます」
近習の一人が山と積まれた伝令文を片付け始めた。
思いついた全ての情報伝達網を整備した結果、毎日届く文が一人では処理できない量になってしまい、重臣や祐筆に手分けさせなければいけなくなった。
叛意はもちろん、信用できない者を重臣や側近に加えてしまったら、大切な情報を途中で隠されてしまっても分からない。
「維虎は愚かだが、異常に感が良い時がある。
自分に都合の悪い事には極端に鈍感だが、都合の良い事には敏感だ。
何より問題なのは、戦術と武芸に秀でている事だ。
諜報衆が俺の手の者だと気がつかれたら、命に係わる。
俺が口頭で言う事を、最近役目に就いた祐筆に書かせろ」
「はっ!」
諜報衆に送る俺の指令は重要だから、文面を他人任せにはできない。
だが、維虎は俺の筆跡を知っているから、万が一見られたら危険だ。
長年祐筆を務めている者の筆跡も危険だ。
堺御所から追い出された維虎は、実相院から持ち出した銭で兵を集めていた。
京周辺では俺を恐れて集まらなかったが、中国地方逃げた事で少し集まるようになっていた。
合戦になれば戦いもせずに逃げ出すような兵だろうが、合戦にならない間は飯を食うために維虎に従う。
そんな卑怯な連中が手柄を上げようとする場合は、密告が多い。
足軽等に素性を見抜かれてしまうような諜報衆はいないが、卑怯下劣な連中は、嘘を言って他人を陥れてでも利を得ようとするから危険なのだ。
そんな足軽達に囲まれて、定刻の連絡ができないと焦った諜報衆が無理をしないように、手助けする者を送り無理な連絡を禁じなければならない。
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