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第三章:天下統一
第99話:閑話・愚者
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天文十六年(1548)6月20日:実相院:上杉晴景視点
「兄上、何故我らがこのような事をしなければならないのです!?」
不肖の弟、景虎、いや維虎が不服を隠そうともせずに言う。
三条長尾家の戦に巻き込まれて殺された民を弔う事が嫌なのだろう。
手に入れたばかりの領地の民の心を掴む。
それがどれほど大切な事なのか、名君と呼ばれる領主は全員分かっている。
だが維虎は、そんな当たり前の事も分からない愚か極まりない奴だ。
当たり前のことが分かるのなら、堺公方から諱を貰ったりしない。
諱を貰う事で、晴龍から疑いの目を向けられる事も分かっていない。
まあ、愚かな言動に関しては、私も偉そうには言えないが……
「嫌なら出て行け、無理にやる必要はない」
「家臣が絶対にやらなければならないと言うから、しかたなしに来たのです。
兄上がやらなくて良いと言うなら、よろこんで屋敷に帰ります」
「そうか、だったらさっさと堺に行け。
殿の命に従えず、不服ばかり言うような者に戻る屋敷などない。
弟の扶持で養われているのに、感謝もせず文句ばかり言う者はさっさと出て行け」
「それは兄上も一緒でしょう!
一度は当主に成ったのも関わらず、弟に負けて当主の座を奪われた。
恥を知っているなら長尾家を出て再起しろ!」
「ふん、私は自分の分をわきまえている。
無能が家を継いでも滅ぼすだけだと思い知った。
弟に負けたにもかかわらず、未だに負けを認めず、文句ばかり言っているお前よりはずっとましだ」
「私は晴龍に負けていない、卑怯な家臣に裏切られただけだ!」
「家臣に裏切られるのは信望がないからだ!」
「それは晴龍が卑怯下劣な方法で家臣を誑かしたからだ!
私の方が正しい、その証拠に公方様から越後と越中の守護に任じられた!」
「正しいだと、仕えるべき帝の居られる御所を攻める公方のどこが正しい?!
お前自身が、御所に攻めかかる公方の軍勢を討ち破ったのだろう!」
「それは……公方様の気の迷いだ、信じていた者に裏切られて乱心されていたのだ。
今では心から反省され、公方の座を譲られ都落ちされた。
これ以上先の公方様を責めるべきではない!」
公方の座を譲られただと?!
こいつの頭の中では、足利家の家督争いどう考えているのだ?
「公方の座を譲られただと、帝に刃を向けた事に激怒された殿に殺されそうになって、恥も外聞もなく逃げ出しただけではないか。
帝の刃を向ける逆賊として逃げ出しただけではないか!」
「それこそ晴龍が不遜極まりない証拠だ!
公方様に仕える武家なのに、公方様に刃を向けるなど絶対に許されない!」
「ならば御所を襲った公方の軍勢を討ち破たお前も不忠だろう!」
「私は、公方様の命もなく、勝手に御所を襲った謀叛人を破っただけだ!
主君を不忠者にするような、勝手な戦をする悪臣を討っただけだ!」
「さっき、公方が命じて御所を襲わせたと言っていたではないか!
一時の気の迷い、公方の乱心が原因だと言っていたではないか!?」
「そんな事は言っていない、公方様は帝を守ろうとされていた。
一部の悪臣が勝手に御所を襲ったのだ」
こいつこそ乱心している。
言っている事がころころと変わって支離滅裂だ。
話している間に自分に都合が良い事を思いつくと、直ぐに言う事を変えるのか?
「お前が誰よりも乱心している、自分の都合の良い事ばかり言っている。
さっきも言ったが、殿の命に従えないなら出て行け」
「ああ、いいとも、今直ぐ出て行ってやる!
堺の公方様から仕えるように言われているのだ!
越後と越中に加えて、山城、近江、大和、伊賀、若狭の守護に任じられた。
直ぐに幕府軍を率いて戻って来る。
私を馬鹿にした事、後悔させてやる!」
殺意の籠った嫌な目で睨みながら悪態をつきやがった。
半分とはいえ、こんな奴と血がつながっていると思うと嫌になる。
久三郎達が護衛してくれていなかったら、この場で斬りかかって来ただろう。
……私も汚くなったな、もう天下が晴龍の物なのは私にもわかる。
逆らっても晴龍に滅ぼされるだけだと分かる。
自分だけなら、己の正義のために戦うのも良いだろう。
だが、子供達の事を考えれば、そんな愚かな事はできない。
晴龍が意外と情に脆い事は、鶴千代と竜千代の扱いを見れば分かる。
実子の邪魔になるからといって、私の子供達を謀殺するような奴ではない。
僧にして長尾家から追い出すような事もしないだろう。
子供達が明らかな叛意を見せない限り、一門として遇してくれる。
天下を治める者の一門だ、かなりの領地をもらえるだろう。
足利家も庶兄の家は別格の名門として扱っていた。
まして私は先代当主で、両親を同じくする同母兄だ。
私の子供達が吉良、斯波、渋川のように扱われる可能性は高い。
問題は、私が晴龍と家督を争ってしまった事だ。
子供達を足利直冬や足利直義のようにしてはならない!
晴龍の重臣達に、子供達を讒言する隙を与えてはならない!
今の晴龍は情に脆いが、老齢になって猜疑心が強くなるかもしれない。
まだ晴龍が明晰な内に、誰もが認める武功を立てておくのだ。
晴龍と争った事を覆い隠せるほどの武功を立てておくのだ!
問題は、晴龍の側に仕える重臣達、特に三条長尾家の譜代ではない連中だ。
家臣達が、目障りない一門を潰そうとするのはよくある事だ。
高師直、高師泰兄弟のような家臣が、私の子供達を狙うかもしれない。
晴龍が、私に大軍を預けて武功を立てる機会を与えるとは思えない。
私が武功を立てる機会は、もうほとんど残されていない。
今預かっている兵で大きな武功を立てなければならない。
だから、景虎、いや、維虎を挑発して叛意を露わにさせた。
維虎が堺公方の軍勢を率いて京に攻めて来てくれたら、武功を立てられる。
……まあ、そんな都合の良い機会はないだろう。
堺の公方も馬鹿ではない、表立って長尾家に喧嘩を売ったりはしない。
堺公方の誤算は、維虎の馬鹿さ加減を知らなかった事だ。
維虎を飼い慣らして、晴龍が上洛した時に謀叛させる。
その為には、維虎は晴龍に忠義を尽くして信用されなければいけない。
こんな簡単な事、言わなくても分かると思っていたのだろうが、維虎の愚かさは並大抵ではないのだ。
兄の俺ですら、ここまで馬鹿だとは今の今まで分からなかった。
晴龍は、維虎がここまで馬鹿だと分かっていたのだろうか?
分かっていて、今回の供養を始めたのだろうか?
まあ、いい、考えてもしかたがない事だ。
維虎の叛意を明らかにした武功を、晴龍と重臣達に認めさせる!
「越中の殿に維虎が謀叛したと知らせよ!」
「兄上、何故我らがこのような事をしなければならないのです!?」
不肖の弟、景虎、いや維虎が不服を隠そうともせずに言う。
三条長尾家の戦に巻き込まれて殺された民を弔う事が嫌なのだろう。
手に入れたばかりの領地の民の心を掴む。
それがどれほど大切な事なのか、名君と呼ばれる領主は全員分かっている。
だが維虎は、そんな当たり前の事も分からない愚か極まりない奴だ。
当たり前のことが分かるのなら、堺公方から諱を貰ったりしない。
諱を貰う事で、晴龍から疑いの目を向けられる事も分かっていない。
まあ、愚かな言動に関しては、私も偉そうには言えないが……
「嫌なら出て行け、無理にやる必要はない」
「家臣が絶対にやらなければならないと言うから、しかたなしに来たのです。
兄上がやらなくて良いと言うなら、よろこんで屋敷に帰ります」
「そうか、だったらさっさと堺に行け。
殿の命に従えず、不服ばかり言うような者に戻る屋敷などない。
弟の扶持で養われているのに、感謝もせず文句ばかり言う者はさっさと出て行け」
「それは兄上も一緒でしょう!
一度は当主に成ったのも関わらず、弟に負けて当主の座を奪われた。
恥を知っているなら長尾家を出て再起しろ!」
「ふん、私は自分の分をわきまえている。
無能が家を継いでも滅ぼすだけだと思い知った。
弟に負けたにもかかわらず、未だに負けを認めず、文句ばかり言っているお前よりはずっとましだ」
「私は晴龍に負けていない、卑怯な家臣に裏切られただけだ!」
「家臣に裏切られるのは信望がないからだ!」
「それは晴龍が卑怯下劣な方法で家臣を誑かしたからだ!
私の方が正しい、その証拠に公方様から越後と越中の守護に任じられた!」
「正しいだと、仕えるべき帝の居られる御所を攻める公方のどこが正しい?!
お前自身が、御所に攻めかかる公方の軍勢を討ち破ったのだろう!」
「それは……公方様の気の迷いだ、信じていた者に裏切られて乱心されていたのだ。
今では心から反省され、公方の座を譲られ都落ちされた。
これ以上先の公方様を責めるべきではない!」
公方の座を譲られただと?!
こいつの頭の中では、足利家の家督争いどう考えているのだ?
「公方の座を譲られただと、帝に刃を向けた事に激怒された殿に殺されそうになって、恥も外聞もなく逃げ出しただけではないか。
帝の刃を向ける逆賊として逃げ出しただけではないか!」
「それこそ晴龍が不遜極まりない証拠だ!
公方様に仕える武家なのに、公方様に刃を向けるなど絶対に許されない!」
「ならば御所を襲った公方の軍勢を討ち破たお前も不忠だろう!」
「私は、公方様の命もなく、勝手に御所を襲った謀叛人を破っただけだ!
主君を不忠者にするような、勝手な戦をする悪臣を討っただけだ!」
「さっき、公方が命じて御所を襲わせたと言っていたではないか!
一時の気の迷い、公方の乱心が原因だと言っていたではないか!?」
「そんな事は言っていない、公方様は帝を守ろうとされていた。
一部の悪臣が勝手に御所を襲ったのだ」
こいつこそ乱心している。
言っている事がころころと変わって支離滅裂だ。
話している間に自分に都合が良い事を思いつくと、直ぐに言う事を変えるのか?
「お前が誰よりも乱心している、自分の都合の良い事ばかり言っている。
さっきも言ったが、殿の命に従えないなら出て行け」
「ああ、いいとも、今直ぐ出て行ってやる!
堺の公方様から仕えるように言われているのだ!
越後と越中に加えて、山城、近江、大和、伊賀、若狭の守護に任じられた。
直ぐに幕府軍を率いて戻って来る。
私を馬鹿にした事、後悔させてやる!」
殺意の籠った嫌な目で睨みながら悪態をつきやがった。
半分とはいえ、こんな奴と血がつながっていると思うと嫌になる。
久三郎達が護衛してくれていなかったら、この場で斬りかかって来ただろう。
……私も汚くなったな、もう天下が晴龍の物なのは私にもわかる。
逆らっても晴龍に滅ぼされるだけだと分かる。
自分だけなら、己の正義のために戦うのも良いだろう。
だが、子供達の事を考えれば、そんな愚かな事はできない。
晴龍が意外と情に脆い事は、鶴千代と竜千代の扱いを見れば分かる。
実子の邪魔になるからといって、私の子供達を謀殺するような奴ではない。
僧にして長尾家から追い出すような事もしないだろう。
子供達が明らかな叛意を見せない限り、一門として遇してくれる。
天下を治める者の一門だ、かなりの領地をもらえるだろう。
足利家も庶兄の家は別格の名門として扱っていた。
まして私は先代当主で、両親を同じくする同母兄だ。
私の子供達が吉良、斯波、渋川のように扱われる可能性は高い。
問題は、私が晴龍と家督を争ってしまった事だ。
子供達を足利直冬や足利直義のようにしてはならない!
晴龍の重臣達に、子供達を讒言する隙を与えてはならない!
今の晴龍は情に脆いが、老齢になって猜疑心が強くなるかもしれない。
まだ晴龍が明晰な内に、誰もが認める武功を立てておくのだ。
晴龍と争った事を覆い隠せるほどの武功を立てておくのだ!
問題は、晴龍の側に仕える重臣達、特に三条長尾家の譜代ではない連中だ。
家臣達が、目障りない一門を潰そうとするのはよくある事だ。
高師直、高師泰兄弟のような家臣が、私の子供達を狙うかもしれない。
晴龍が、私に大軍を預けて武功を立てる機会を与えるとは思えない。
私が武功を立てる機会は、もうほとんど残されていない。
今預かっている兵で大きな武功を立てなければならない。
だから、景虎、いや、維虎を挑発して叛意を露わにさせた。
維虎が堺公方の軍勢を率いて京に攻めて来てくれたら、武功を立てられる。
……まあ、そんな都合の良い機会はないだろう。
堺の公方も馬鹿ではない、表立って長尾家に喧嘩を売ったりはしない。
堺公方の誤算は、維虎の馬鹿さ加減を知らなかった事だ。
維虎を飼い慣らして、晴龍が上洛した時に謀叛させる。
その為には、維虎は晴龍に忠義を尽くして信用されなければいけない。
こんな簡単な事、言わなくても分かると思っていたのだろうが、維虎の愚かさは並大抵ではないのだ。
兄の俺ですら、ここまで馬鹿だとは今の今まで分からなかった。
晴龍は、維虎がここまで馬鹿だと分かっていたのだろうか?
分かっていて、今回の供養を始めたのだろうか?
まあ、いい、考えてもしかたがない事だ。
維虎の叛意を明らかにした武功を、晴龍と重臣達に認めさせる!
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