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第三章:天下統一
第91話:閑話・完敗
しおりを挟む天文十六年(1548)1月29日:伊勢桑名郡長島願証寺:織田信長視点
圧倒的な大兵力に手も足も出なかった。
奇襲で兵力差を挽回できるような、生易しい数ではなかった。
五十万もの大軍を相手に、どう戦えばいいというのだ!
尾張の国人地侍全て一丸となり、後先考えない根こそぎ動員、三貫で一人の動員をかけられたとしても、三万の兵を集める事もできない。
それでも、数さえ集められたら、歴戦の国人地侍なら、奴隷を集めたような軍勢ならば、野戦でなら勝てると思っていた。
長島の本願寺一向宗が味方に付けば、尾張の国人地侍も裏切らないと思っていた。
だが実際には、多くの国人地侍が長尾家に降伏してしまった。
援軍を約束していた長島の本願寺一向宗も、一人の援軍も送って来なかった。
これまでの長尾家のやり方を見れば、国人地侍が降伏を選ぶのも当然だ。
一族一門は細切れにされてしまうが、命が助かり立身出世の機会が与えられる。
むしろ圧倒的多数の一族一門や家臣が、これまでの陪臣と言う立場から、長尾家の直臣と言う立場になれるのだ。
降伏臣従しただけで、身分が高くなるのだ!
織田家に忠誠を尽くそうした国人地侍は、家臣に殺されてしまうのだ!
追い込まれて、そんな簡単な事が分からなくなってしまっていた。
父上や俺が集められた兵は、僅か二千兵だけだった。
今なら、それでもよく集まった方だと分かる。
美濃からの援軍は全く期待できなかった。
飛騨や木曽との国境に、長尾家の大軍が屯田しながら駐屯している。
近江には、あの朝倉宗滴が十数万の兵を率いて駐屯している。
斉藤家に忠誠を尽くす者は籠城するだろうが、そんな者は殆どいない。
圧倒的多数の国人地侍は、既に長尾家に誼を通じている。
一所懸命の国人地侍なら当然の事だ。
負けて国を追われ、他人の世話になるようになって、初めて冷静に考えられた。
他国の事だと、欲や希望を抜きに考えられた。
もう二度と同じ失敗はしない、自分の事であろうと欲や希望を抜きに考える!
「三郎、軍議だ、ついて来い」
このひと月でげっそりと痩せてしまわれた父上が声をかけて来た。
不屈の闘志で長島に落ち延びたが、人生をかけて広げた領地を一瞬で奪われ、兄弟を含めた一族一門に裏切られたのだ、その心労は俺の比ではないだろう。
「おお、弾正忠殿、今呼びに行かそうと思っていたのだ。
治部大輔殿と謀叛人を奇襲する方法を話していたのだ。
尾張の地を良く知る弾正忠殿にお任せしたいのだが、頼めますか?」
長島願証寺三世の証恵が小狡そうな表情で聞いてくる。
今川治部大輔は能面のような表情をしている。
石山本願寺から援軍に来ている下間の、蔑むような表情に殺意が沸く。
「兵はどれほど用意して頂けるのですか?
情けない話だが、私に付き従ってくれた兵は二千しかいない。
五十万の大軍に加えて、尾張の国人地侍の大半が長尾家に味方している。
奇襲をしようにも直ぐに見つかって叩き潰されて終りだ。
僅かでも勝てる可能性があるとしたら、限られた戦場で敵を上回る兵を集められた場合だけだが、今度こそ信徒衆を五万ほど預けてくださるか?」
「いや、いや、いや、それは幾ら何でも無茶と言うもの。
本願寺の教えを信じていない弾正忠殿に、信徒を預ける事などできませんぞ」
本願寺の教えだと、恩人を餓死させて法主を置いて逃げる腐った教えの癖に!
援軍を約束しておいて、一兵も寄こさない大噓つきが何を言っている!
「では奇襲の指揮官を本願寺から来られた下間殿が執られるべきでしょう。
尾張の地を知る者など、私の統治を嫌って尾張から願証寺に逃げ込んだ者でも十分やれるでしょう」
「まさかとは思うが、たった一度の負け戦で臆されたのか?」
下間の糞野郎が父上を挑発しやがる!
父上を怒らせて死地に送ろうとする、本願寺らしい卑怯下劣なやり方だ。
「そのような言葉は、長島に来てから一度も戦いに出ていない、御自身の心に問いかけられるべきでしょう。
加賀の信徒も三河の信徒も見殺しにした者に、何を言っても無駄でしょうが」
「なんだと、匿ってやっている恩を忘れたか!?」
「恩、そんな物を受けた覚えはない。
長尾家と戦うために手を組んだだけで、信頼も恩もない!
そもそも援軍を約束しておいて、長島から一歩も出ない憶病者が、人に何を言っても自分の恥を天下に晒すだけだ」
「おのれ、三度飯を与えたら犬でも恩を忘れぬぞ!」
「ふん、そんなまともな言葉は、蓮如の命の恩人である本福寺の明宗を三度も冤罪に陥れ、餓死させた蓮淳に言え!
蓮淳こそ犬にも劣る恩知らずの卑怯者であろう!
山科本願寺を焼き討ちにされた時に証如を置いて自分一人逃げたのも、憶病で卑怯下劣な証拠ではないか!
それとも、管領に証如を殺させて自分が法主になろうとしたのか?
そのような犬畜生以下の獣に尻尾を振って立身出世した腐れ外道の分際で、私に憶病者と言えるのか?!
三郎、このような忘恩の獣とこれ以上一緒にはいられぬ。
堺の公方様の所に行くぞ」
「待たれよ、些細な事で袂を分かつのは互いの為ではない」
「好きにさせろ、蓮淳様の大志を分からぬような者もなど放り出せ!」
余程痛い所を突かれたのだろう。
下間の糞野郎が血管を浮かせて怒鳴った。
曲がりなりにも長島の総大将である証恵に、怒鳴りつけて命令している。
この一時だけで、本願寺が地方の寺をどのように思っているか分かる。
銭を集めさせ命懸けで戦わせるだけでの存在。
信徒の命どころか、血の繋がった住職も使い捨てなのだろう。
「父上、川を渡っている間に襲われませんか?」
「大丈夫だ、このままでは犬死させられると思っている者は他にもいる。
飯を食うためにだけにここにいる、浪人や欠落者には声をかけている。
狂信者以外は全員ついてくる事になっている」
「しかし本当に堺の公方様を頼られるのですか?
正直に申しますが、公方様が長尾家に勝てるとは思えないのですが?」
「私も長尾家に勝てる者がいるとは思っていない。
だが、長尾家にはとても大きな弱点がある」
「後継者の事を申されているのですか?」
「そうだ、男子が三人も生まれているが、まだまだ幼い。
病はもちろん、刺客の働きしだいで長尾家は崩壊する」
「ですが父上、北条家の風魔衆が何年もかけて狙ったのに、逆に滅ぼされたと聞いております。
六角が甲賀と伊賀に命じて狙わせていると聞いていますが、誰一人戻らないとも聞いております」
「それは私も知っているが、諦めない限り可能性がある。
たった一度の油断で命を奪われるのを何度も見て来たし、やってきた。
全国の守護や国人が長尾を狙っている。
諦めない限り、命を奪う機会が必ず訪れる」
「父上なら敵にそのような機会を与えられますか?
お叱りを覚悟で申しますが、そのような機会を与えられなかった父上を負かしたのが、長尾晴龍なのではありませんか?」
「……三郎の言う事は間違っていない。
ならば私にどうしろと言うのだ、私に晴龍に頭を下げて臣従しろと言うのか?」
「臥薪嘗胆、寝首を掻く機会を狙うのが良いのではありませんか?
誰かが刺客を使って晴龍を殺すのを待つよりは、確実だと思います」
「……三郎、北条相模守がどのように扱われたか知っているか?」
「はい、奥羽の奥に領地を与えられたと聞いています」
「理由は知っているか」
「はい、天下を治められるだけの力があるから、武功を与える機会も、下剋上をする兵権も与えない、そう言われたと聞いております」
「私が晴龍に降伏して、奥羽の奥に封じられたら、寝首を掻く機会もなく、老いて朽ちるだけの余生を送る事になるだろう。
だが、兵を与えられ立身出世の機会を与えられたら、天下を治める才もなく、下剋上を成功させる力もないと言われたも同然だ!
そのような屈辱を受けるよりは、臣従せずに勝つ方を選ぶ!
その機会がどれほど僅かでも、才も力もないと天下に言われるよりはましだ!」
父上の気持ちが分からない。
晴龍が才も力もないと思って立身出世の機会を与えてくれるなら、それこそ天下を奪う絶好の機会ではないか。
奥羽の奥に封じられたとしても、逃げれば良いだけだ。
馬鹿正直に奥羽にいなくても、天下に並び無いと噂される晴龍に才と力があると言われたのだから、それを利用して味方を募れば良い。
「弾正忠殿、御一緒させていただきたいのだが、良いかな?」
俺達の前に今川治部大輔が現れて声をかけて来た。
かなり急いでいたのだが、どうやって先回りしたのだ?
落ち着いているように見えるが、慌てて追いかけて来たのか?
「治部大輔殿ならそう言われると思っていた。
念のために確かめさせて頂くが、家臣の方々も同意されているのだな?」
「家臣も全員同意している、皆ここに残っても犬死するだけだと分かっている。
北伊勢の国人地侍の大半も長尾家と誼を通じている。
本願寺の連中が、北陸や三河で同じ親鸞の教えを信じる者にどのような事をしたのか、蓮淳がどれほど恩知らずで恥知らずなのかを知って、本願寺の教えよりも命を選んだのだ」
「それも、長尾家の策だな?」
「ああ、長尾家は人を使って噂を流すのが恐ろしく上手い。
私がやった事も全て調べあげて広めやがった。
とてもではないが、国人地侍の心を繋ぎ止めて戦うなど無理だ」
「長尾家と戦えるのは狂信者の集団しかないが、そんな連中では勝てない。
少なくとも共に戦う事などできない、今更だが、分かった」
「ああ、刺客を放ち続けて晴龍を亡き者にするか、子供を狙うか、子供同士が争うようにするしかないだろう」
「子供を狙うか、外道な手段だが、晴龍を直接狙うよりは確かだな」
「ああ、六角と三好には子供を狙えと伝えている。
直ぐに結果は出ないだろうが、長尾の動きを抑える事ができるだろう」
吐き気がするような謀略を考えやがる!
そんな手段を使うくらいなら、もっと他に手があるだろう!
長尾家が外に向けている力を内に向けさせようというのだろうが、そんな事をして失敗したら、甲賀と伊賀が根切りにされるぞ。
圧倒的な大兵力に手も足も出なかった。
奇襲で兵力差を挽回できるような、生易しい数ではなかった。
五十万もの大軍を相手に、どう戦えばいいというのだ!
尾張の国人地侍全て一丸となり、後先考えない根こそぎ動員、三貫で一人の動員をかけられたとしても、三万の兵を集める事もできない。
それでも、数さえ集められたら、歴戦の国人地侍なら、奴隷を集めたような軍勢ならば、野戦でなら勝てると思っていた。
長島の本願寺一向宗が味方に付けば、尾張の国人地侍も裏切らないと思っていた。
だが実際には、多くの国人地侍が長尾家に降伏してしまった。
援軍を約束していた長島の本願寺一向宗も、一人の援軍も送って来なかった。
これまでの長尾家のやり方を見れば、国人地侍が降伏を選ぶのも当然だ。
一族一門は細切れにされてしまうが、命が助かり立身出世の機会が与えられる。
むしろ圧倒的多数の一族一門や家臣が、これまでの陪臣と言う立場から、長尾家の直臣と言う立場になれるのだ。
降伏臣従しただけで、身分が高くなるのだ!
織田家に忠誠を尽くそうした国人地侍は、家臣に殺されてしまうのだ!
追い込まれて、そんな簡単な事が分からなくなってしまっていた。
父上や俺が集められた兵は、僅か二千兵だけだった。
今なら、それでもよく集まった方だと分かる。
美濃からの援軍は全く期待できなかった。
飛騨や木曽との国境に、長尾家の大軍が屯田しながら駐屯している。
近江には、あの朝倉宗滴が十数万の兵を率いて駐屯している。
斉藤家に忠誠を尽くす者は籠城するだろうが、そんな者は殆どいない。
圧倒的多数の国人地侍は、既に長尾家に誼を通じている。
一所懸命の国人地侍なら当然の事だ。
負けて国を追われ、他人の世話になるようになって、初めて冷静に考えられた。
他国の事だと、欲や希望を抜きに考えられた。
もう二度と同じ失敗はしない、自分の事であろうと欲や希望を抜きに考える!
「三郎、軍議だ、ついて来い」
このひと月でげっそりと痩せてしまわれた父上が声をかけて来た。
不屈の闘志で長島に落ち延びたが、人生をかけて広げた領地を一瞬で奪われ、兄弟を含めた一族一門に裏切られたのだ、その心労は俺の比ではないだろう。
「おお、弾正忠殿、今呼びに行かそうと思っていたのだ。
治部大輔殿と謀叛人を奇襲する方法を話していたのだ。
尾張の地を良く知る弾正忠殿にお任せしたいのだが、頼めますか?」
長島願証寺三世の証恵が小狡そうな表情で聞いてくる。
今川治部大輔は能面のような表情をしている。
石山本願寺から援軍に来ている下間の、蔑むような表情に殺意が沸く。
「兵はどれほど用意して頂けるのですか?
情けない話だが、私に付き従ってくれた兵は二千しかいない。
五十万の大軍に加えて、尾張の国人地侍の大半が長尾家に味方している。
奇襲をしようにも直ぐに見つかって叩き潰されて終りだ。
僅かでも勝てる可能性があるとしたら、限られた戦場で敵を上回る兵を集められた場合だけだが、今度こそ信徒衆を五万ほど預けてくださるか?」
「いや、いや、いや、それは幾ら何でも無茶と言うもの。
本願寺の教えを信じていない弾正忠殿に、信徒を預ける事などできませんぞ」
本願寺の教えだと、恩人を餓死させて法主を置いて逃げる腐った教えの癖に!
援軍を約束しておいて、一兵も寄こさない大噓つきが何を言っている!
「では奇襲の指揮官を本願寺から来られた下間殿が執られるべきでしょう。
尾張の地を知る者など、私の統治を嫌って尾張から願証寺に逃げ込んだ者でも十分やれるでしょう」
「まさかとは思うが、たった一度の負け戦で臆されたのか?」
下間の糞野郎が父上を挑発しやがる!
父上を怒らせて死地に送ろうとする、本願寺らしい卑怯下劣なやり方だ。
「そのような言葉は、長島に来てから一度も戦いに出ていない、御自身の心に問いかけられるべきでしょう。
加賀の信徒も三河の信徒も見殺しにした者に、何を言っても無駄でしょうが」
「なんだと、匿ってやっている恩を忘れたか!?」
「恩、そんな物を受けた覚えはない。
長尾家と戦うために手を組んだだけで、信頼も恩もない!
そもそも援軍を約束しておいて、長島から一歩も出ない憶病者が、人に何を言っても自分の恥を天下に晒すだけだ」
「おのれ、三度飯を与えたら犬でも恩を忘れぬぞ!」
「ふん、そんなまともな言葉は、蓮如の命の恩人である本福寺の明宗を三度も冤罪に陥れ、餓死させた蓮淳に言え!
蓮淳こそ犬にも劣る恩知らずの卑怯者であろう!
山科本願寺を焼き討ちにされた時に証如を置いて自分一人逃げたのも、憶病で卑怯下劣な証拠ではないか!
それとも、管領に証如を殺させて自分が法主になろうとしたのか?
そのような犬畜生以下の獣に尻尾を振って立身出世した腐れ外道の分際で、私に憶病者と言えるのか?!
三郎、このような忘恩の獣とこれ以上一緒にはいられぬ。
堺の公方様の所に行くぞ」
「待たれよ、些細な事で袂を分かつのは互いの為ではない」
「好きにさせろ、蓮淳様の大志を分からぬような者もなど放り出せ!」
余程痛い所を突かれたのだろう。
下間の糞野郎が血管を浮かせて怒鳴った。
曲がりなりにも長島の総大将である証恵に、怒鳴りつけて命令している。
この一時だけで、本願寺が地方の寺をどのように思っているか分かる。
銭を集めさせ命懸けで戦わせるだけでの存在。
信徒の命どころか、血の繋がった住職も使い捨てなのだろう。
「父上、川を渡っている間に襲われませんか?」
「大丈夫だ、このままでは犬死させられると思っている者は他にもいる。
飯を食うためにだけにここにいる、浪人や欠落者には声をかけている。
狂信者以外は全員ついてくる事になっている」
「しかし本当に堺の公方様を頼られるのですか?
正直に申しますが、公方様が長尾家に勝てるとは思えないのですが?」
「私も長尾家に勝てる者がいるとは思っていない。
だが、長尾家にはとても大きな弱点がある」
「後継者の事を申されているのですか?」
「そうだ、男子が三人も生まれているが、まだまだ幼い。
病はもちろん、刺客の働きしだいで長尾家は崩壊する」
「ですが父上、北条家の風魔衆が何年もかけて狙ったのに、逆に滅ぼされたと聞いております。
六角が甲賀と伊賀に命じて狙わせていると聞いていますが、誰一人戻らないとも聞いております」
「それは私も知っているが、諦めない限り可能性がある。
たった一度の油断で命を奪われるのを何度も見て来たし、やってきた。
全国の守護や国人が長尾を狙っている。
諦めない限り、命を奪う機会が必ず訪れる」
「父上なら敵にそのような機会を与えられますか?
お叱りを覚悟で申しますが、そのような機会を与えられなかった父上を負かしたのが、長尾晴龍なのではありませんか?」
「……三郎の言う事は間違っていない。
ならば私にどうしろと言うのだ、私に晴龍に頭を下げて臣従しろと言うのか?」
「臥薪嘗胆、寝首を掻く機会を狙うのが良いのではありませんか?
誰かが刺客を使って晴龍を殺すのを待つよりは、確実だと思います」
「……三郎、北条相模守がどのように扱われたか知っているか?」
「はい、奥羽の奥に領地を与えられたと聞いています」
「理由は知っているか」
「はい、天下を治められるだけの力があるから、武功を与える機会も、下剋上をする兵権も与えない、そう言われたと聞いております」
「私が晴龍に降伏して、奥羽の奥に封じられたら、寝首を掻く機会もなく、老いて朽ちるだけの余生を送る事になるだろう。
だが、兵を与えられ立身出世の機会を与えられたら、天下を治める才もなく、下剋上を成功させる力もないと言われたも同然だ!
そのような屈辱を受けるよりは、臣従せずに勝つ方を選ぶ!
その機会がどれほど僅かでも、才も力もないと天下に言われるよりはましだ!」
父上の気持ちが分からない。
晴龍が才も力もないと思って立身出世の機会を与えてくれるなら、それこそ天下を奪う絶好の機会ではないか。
奥羽の奥に封じられたとしても、逃げれば良いだけだ。
馬鹿正直に奥羽にいなくても、天下に並び無いと噂される晴龍に才と力があると言われたのだから、それを利用して味方を募れば良い。
「弾正忠殿、御一緒させていただきたいのだが、良いかな?」
俺達の前に今川治部大輔が現れて声をかけて来た。
かなり急いでいたのだが、どうやって先回りしたのだ?
落ち着いているように見えるが、慌てて追いかけて来たのか?
「治部大輔殿ならそう言われると思っていた。
念のために確かめさせて頂くが、家臣の方々も同意されているのだな?」
「家臣も全員同意している、皆ここに残っても犬死するだけだと分かっている。
北伊勢の国人地侍の大半も長尾家と誼を通じている。
本願寺の連中が、北陸や三河で同じ親鸞の教えを信じる者にどのような事をしたのか、蓮淳がどれほど恩知らずで恥知らずなのかを知って、本願寺の教えよりも命を選んだのだ」
「それも、長尾家の策だな?」
「ああ、長尾家は人を使って噂を流すのが恐ろしく上手い。
私がやった事も全て調べあげて広めやがった。
とてもではないが、国人地侍の心を繋ぎ止めて戦うなど無理だ」
「長尾家と戦えるのは狂信者の集団しかないが、そんな連中では勝てない。
少なくとも共に戦う事などできない、今更だが、分かった」
「ああ、刺客を放ち続けて晴龍を亡き者にするか、子供を狙うか、子供同士が争うようにするしかないだろう」
「子供を狙うか、外道な手段だが、晴龍を直接狙うよりは確かだな」
「ああ、六角と三好には子供を狙えと伝えている。
直ぐに結果は出ないだろうが、長尾の動きを抑える事ができるだろう」
吐き気がするような謀略を考えやがる!
そんな手段を使うくらいなら、もっと他に手があるだろう!
長尾家が外に向けている力を内に向けさせようというのだろうが、そんな事をして失敗したら、甲賀と伊賀が根切りにされるぞ。
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