転生 上杉謙信の弟 兄に殺されたくないので全力を尽くします!

克全

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第三章:天下統一

第87話:安全第一

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天文十六年(1548)5月2日:越中富山城:俺視点

「殿様、上洛はなされないのですか?」

 政所から奥に戻った俺に、決意した表情で晶が聞いて来た。
 ずっと聞きたいのを我慢していたのは分かっていた。

 ただ俺もあらゆる方法を考えたうえで決断を下したいから、此方から話すような事はせず、先延ばしにしていた。

「今のところは上洛しない。
 何か事情が変われば上洛するかもしれないが、今は上洛しない」

「殿が新たな幕府を開かれるのではないのですか?」

 俺の内心を探るために、実家や摂関家から晶に手紙が届いているのは知っている。
 知られて困るような事は考えていないから、晶を安心させるのが最優先だ。

「開かない、足利の私利私欲のために天下を乱した幕府になど、興味ない。
 将軍が何所に居ようと、誰が幕府を開こうと、俺の領地には無意味だ。
 攻めて来るなら返り討ちにして皆殺しにしてやる。
 目障りに成ったら叩きつぶしてやるだけだ」

「御父様や兄上様は、殿に上洛していただき、京を護って欲しいような事を手紙に書いているのですが……」

「俺が上洛しなくても、晴景兄上と景虎が京に居る。
 近江には朝倉宗滴殿がいて、若狭にも四万の兵が常駐している。
 帝と朝廷の安全は確保されている、心配する事は何もない。
 それでも不安なら、ここに来ればいい」

「このような事を申し上げるのは失礼だと承知しているのですが、心配なのです。
 晴景義兄上と景虎義兄上が、殿を裏切る事はありませんか?
 御二人の所に、尼子を頼った将軍家と堺の御所様から手紙が届いていると、御父様や兄上様が手紙に書いているのです」

「大丈夫だ、何も心配しなくていい。
 晴景兄上や景虎が裏切った時の事も考えている。
 考えているからこそ、上洛せずにここにいるのだ。
 二人に味方して朝倉宗滴殿が裏切ったとしても、勝てるだけの準備をしている。
 晶は安心して自分の身体と腹の子を大切にすればいい」

「本当でございますか、何の心配もいらないのですね?」

「ああ、何の心配もいらない、安心するが良い。
 春になったとはいえ、陽が沈むと寒くなる、火鉢の所に行こう」

「はい、殿様」

 妊娠している晶を安心させるために嘘を言った訳ではない。
 晴景、景虎、宗滴の三人が手を組んで裏切っても勝てる策は考えてある。
 それ以前に、三人が手を組まないように分断する策を講じている。

 そもそも、三人それぞれが大切にしている正義が違うのだ。
 それを忘れず、三人の心が離れないような政策を行えば、裏切られる確率は低くなるが、景虎だけは何時暴発するか分からない怖さがある。

 特に三好に逃げ込んだ関東管領の上杉憲政が上手い調略をすると、景虎が俺の首を狙って謀叛する可能性がある。

 だからよほどの事がない限り上洛はしない。
 俺が上洛するのは、晴景兄上と景虎を遠征軍の総大将にして京から遠ざけた後だ。
 上洛したら兄に寝首を掻かれたなんて、愚かすぎて笑い話にもならない。

 朝倉宗滴殿は六角を叩いたが、完全に滅ぼせていない。
 六角は先祖の鈎の陣を参考に、忠臣達と甲賀に逃げ込んだ。

 忍者の里に攻め込んでゲリラ戦法に負ける、そんな愚かな事はしない。
 ベトナム戦争でアメリカ軍が負けた事も知っている。

 だから六角が甲賀や伊賀に逃げ込んだら追撃するなと命令していた。
 宗滴殿は俺の命令通り、危険を冒さず甲賀を放置してくれている。

 それに、追い込まれて冷静さを失った六角は、俺の目論見通り、叡山を焼き討ちしてくれた、十分役に立ってくれた。

 その六角を今は滅ぼしてしまったら、叡山焼き討ちは六角という印象が薄くなる。
 六角にはしぶとく戦ってもらって、叡山焼き討ちの印象を強く背負ってもらう。

 その代わり、朝敵の誤解は解いてやる。
 長尾家が近江を奪ったのは朝敵討伐ではなく、よくある領地争いとする。

 俺に臣従した北近江の国人領に攻め込んだのは六角の方が先だ。
 朝敵疑惑と偶々重なったが、戦いの理由は領地争いの所為だという噂を広める。
 六角はこれからも利用するとして、他の連中をどうするかだ。

 尼子を頼って松江に幕府を開いた足利義藤や、三好長慶に担がれて堺に御所を置いた足利義維が何を言ってきても無視する。

 誰が将軍や管領を名乗ろうと、実力がなければ何の意味もない。
 現に三好長慶に叩かれた細川氏綱は形だけの管領だ。

 いや、松江の足利義藤が解任を宣言すれば、管領ですらなくなる。
 朝廷が将軍に任命していない足利義維には、管領を任命する権限はない。

 三好長慶は足利義藤を解任して足利義維を将軍にしようとしているが、京に入る事ができずに、摂津や河内から何を言っても帝も朝廷も動かない。
 帝と朝廷が恐れているのは、長尾軍であって三好勢ではない。

 京には幕府と幕臣が残っているが、将軍も将軍を僭称している者も、長尾軍を恐れて上洛できないでいるので、伊勢氏が細々と幕府を運営しているだけだ。

 幕府は残っているが、何もできない張子の虎でしかない。
 どのような事を決めても、長尾家の京都雑掌、神余隼人佑が承認しなければ何も実行できないからだ。

 晴景兄上と景虎が率いている軍勢も、神余隼人佑が戦うなと命じたら、八割は隼人佑の命令に従って戦わなくなるだろう。

「殿様、北条はどうなさるのですか?」

 俺の膝に頭を乗せて休んでいた晶が不意に聞いて来た。
 俺が上洛しないと断言したので一度は安心したが、まだしぶとく籠城する北条の事が気になったのだろう。

「降伏するなら、追放で許してやる。
 兵糧は許せないが、財宝なら持ち出しを許してやる。
 だが最後まで籠城すると言うなら、餓死するまで閉じ込めるだけだ」

「……殿の策に口出しするのは恐れ多いと分かっておりますが、伏してお願い申し上げます、北条に温情をかけていただけませんか?
 大勢の者が餓死するとなると、その怨念が子供達に憑りつかないか心配なのです」

「怨念も怨霊も、俺の法力で打ち払えるが、晶と子供達を不安にはさせられないな。
 分かった、北条を餓死させるのは止めよう。
 北条が弱った頃合に、もう一度降伏の機会をやろう。
 飢えて戦えない家臣だけでも降伏を認めるように、北条氏康を説得する」

「身勝手な御願いを聞いて下さり、感謝の言葉もありません」

「気にするな、晶と子供達に勝るモノは何もない。
 特に今は身重で、身体も心も労わらなければいけない時だ。
 絶対に勝てる戦の、勝ち方を変えるだけだ、気にするな」

「ありがとうございます、殿様」

 安心した晶が、再び俺の膝に頭を乗せて休んだ。
 悪阻が苦しいのか、日々不安が強くなっているのか、良く甘えるようになった。
 夫婦として遠慮が無くなっているのなら嬉しい。

 晶と子供達の為にも、安全確実に天下を平定する。
 北条を囲んで滅ぼすのは確定だが、木曽と飛騨にも兵を入れて攻め取ろう。
 配慮しなければいけない事は何もないから、領地を奪って奴隷兵にする。

 実力があるなら直ぐに武士に戻れる。
 前例もあるから、よほどの馬鹿でない限り素直に降伏するだろう。
 最後まで抵抗する者は、その誇りに配慮して討死させてやろう。

 木曽と飛騨を手に入れたら、美濃への侵攻路が複数に増える。
 織田と斉藤が手を結んで俺達の背後に回る事を阻止してから、尾張と美濃に攻め込んだ方が安全だ。

 大軍を用意してから尾張と美濃に同時進行した方がいいのか?
 それともどちらかは守りに徹して、一方だけ先に攻め滅ぼすか?

 美濃から先に攻め滅ぼすなら、近江の朝倉宗滴殿に関ヶ原から侵攻してもらえる。
 飛騨から長良川を下る道から美濃に攻め込む軍。
 同じく飛騨から飛騨川を下る道から美濃に攻め込む軍。
 木曽から木曽川を下る道から美濃に攻め込む軍。

 尾張から先に攻め滅ぼすなら、水軍衆に沿岸部を襲わす事ができる。
 織田水軍など簡単に滅ぼせるし、それ以前に簡単に降伏させられる。
 木曽から庄内川を下る道から尾張に攻め込む軍。
 伊那から矢作川を下る道から尾張に攻め込む軍。
 東海道を使って尾張に攻め込む場合は、海沿いと山沿いに二軍に分けよう。

 問題があるとすれば、織田に長島の一向一揆が味方した場合だ。
 水軍衆で叩けると思うし、長島を出た一向一揆など恐れる事はないと思うが、狂信者十万を舐めてかかるのは危険だ。

 各個撃破すべきだが、今川義元が長島に逃げ込んでいる。
 奴なら織田家と手を結んで俺に復讐しようとするだろう。
 ここに南伊勢の北畠が加わったら、絶対に勝てると断言できなくなる。

 美濃と尾張の両方を一度に攻め取るべきか、美濃か尾張のどちらかを先に攻め滅ぼすべきか、もう少し考えよう。
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