転生 上杉謙信の弟 兄に殺されたくないので全力を尽くします!

克全

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第二章:屍山血河

第62話:棄兵と薄情1

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天文十三年(1544)2月20日:越後春日山城本丸:俺視点

 昨年も色々あったが、一番大きかったのは信濃の制圧と甲斐の完全占領だ。
 大兵力を無駄にせず、畿内、京に影響を与え過ぎない場所として選んだ。
 密偵部隊が集めて来る甲斐の悲惨な状況に、不完全な良心が痛んだのもある。

 だが、お情けだけで戦争を始めるほど愚か者ではない。
 甲信を占領支配する事で、上杉、今川、後北条に圧力をかけたかった。
 特に、三年五作の立毛間播種を盗み取り入れた、後北条を抑えたかった。

 自分の能力、家臣領民の実力を超えた支配地を持つと破綻する。
 公家や地下家から集めた者達が、実戦を重ねて急激に成長している。
 だが、百四十万に膨れ上がった奴隷と足軽を完全に統制できていない。

 老若男女関係なく集めた奴隷を、このまま兵として使い続けるのか?
 女子供と老人は、耕作と籠城戦だけに使うようにするのか?
 先の甲信戦で試してみたが、分けても大丈夫なようだ。

 奴隷の男女を結婚させて、家庭を持たせた方が逃げる可能性が低くなる。
 家族だけでなく、決まった土地も貸し与え、守りたくなるものを多くする。

 自分の命より大切に思えるものがあれば、戦いで不利になっても自分だけ逃げようとしなくなり、裏崩れが起き難くなる。

 兵が百四十万もいなくても、十二万だけで村上義清と武田信玄に勝てた。
 男部隊が二十万いれば、今川義元にも北条氏康にも勝てるだろう。
 それに、男部隊が駆け付けるまでの籠城戦なら、女子供でも十分役に立つ。

「お前達を呼んだのは他でもない、約束を守るためだ。
 三年経ったら新たな領地を切り取る機会を与えると約束した。
 約束通り切り取り勝手の国を攻めさせてやる。
 ただ場所が変わった、越前や飛騨ではなく、但馬だ」

 雪が降って加賀や越前で戦争ができなくなったので、揚北衆を集めた。
 深い雪のために農耕や堤防造りがやり難くなったので、厳冬期の活用術だ。
 奴隷や足軽は職人への転職も考えているが、武将には誇りがあるので無理だ。

 加賀には甲斐衆を送ったので、越前朝倉への備えから揚北衆を抜いても大丈夫。
 そもそも朝倉宗滴殿が十万の奴隷兵を率いているから、何の問題もない。

 朝倉家は、史実でも加賀の一向一揆を警戒して若狭近江には出られなかった。
 今は一向一揆よりも強大な俺がいるから、なおさら若狭近江には出られない。

 俺が船止めたので、莫大な船道前を失った若狭武田家は内部分裂を始めている。
 何より、少し遠くなるが、勧修寺家を通じて粟屋元隆が叔父となっている。

 粟屋元隆は、勧修寺家の当主、尹豊の妹を正室にしているだけではない。
 勧修寺尹豊の嫡男、晴秀の正室に実娘元子を嫁がせている。
 公家や武家に多い従兄妹結婚だ。

 勝手向きの苦しかった勧修寺家は、小浜代官で金廻りの良かった粟屋元隆を頼っていたのだ。

 その時の恩と血縁を大切にするのは好いが、俺を頼るのは止めて欲しかった。
 小浜を我が物にしようと、若狭武田家に謀叛して敗れた粟屋元隆を助けてやってくれと言われても、京や畿内にはかかわらないと決めたのだ。

 普通なら無視する所なのだが、そうもいかない重大な事が起きた。
 当然考えておくべき事だったのだが、思いつきもしなかった。
 俺には、自分で思っている以上に抜けた所があったようだ。

「殿、子供ができたようでございます」

 正室に迎えたばかりの晶に言われて、自分でも信じられないくらい喜んだ。
 こんなに感情が爆発したのは、前世と今生を合わせても初めての事だ。
 前世では妻子がいなかったから、初めて子供を持つ喜びを知ったのだ!

 同時に、とんでもない、奈落の底を覗いたような不安も感じた。
 武田信玄の最初の妻のように、母子ともに死んでしまうかもしれない!
 この時代の周産期における母子死亡率は恐ろしく高い!

 本気で神仏に祈り願い、今後一切の殺生を止めようかと思うくらいだった。
 それでは逆に妻子を守れないと思い直して、つまらない考えは振り払った。
 だが、妻子を失う恐怖は増すばかりだった。

「集まれ、俺が神仏から授かった出産法を、直々に教えてやる。
 これまでのやり方は全て忘れろ、俺の言う通りにしろ!」

 母体を鞭打つような、これまでの産中産後の方法は全て改めさせた。
 母屋で子供産ますのは不浄だとか言う奴は、五摂家の当主でも殺す!
 熟練の産婆は別だが、医療知識だけなら俺が誰よりも知っている!

 とはいえ、俺一人でできる事など限られている。
 晶が出産する時までに、奥女中衆を徹底的に鍛える。
 妻子の安全を確保するまでは、余計な事は一切しない。

 だから粟屋元隆と勧修寺家の事は無視したかったのだが、出来なかった。
 妊娠中に精神的な負担をかけるのは、母子に悪い影響を与える。
 晶にとって粟屋元隆は伯父で、その娘は従姉で義姉なのだ。

 粟屋元隆が謀叛に失敗して野垂死にしたら、心優しい晶は凄く胸を痛める。
 妊娠によるホルモンバランスの急激な変化、マタニティブルーズ。
 それは自然な事だが、妊娠鬱や産後鬱にだけはさせられない。

 不安や精神的は変調によって流産するような事は、絶対にさせない。
 どのような手段を使ってもでも、晶と子供は守る!
 だから、粟屋元隆には飴と鞭を与える事にした。

「右京亮殿、軍資金と兵糧は貸し与えよう。
 小浜を武田家から奪う事だけは手を貸そう。
 だが、それ以上は絶対に許さん。
 欲をかいたら、余自ら五十万の兵を率いて叩き潰す」

 俺は粟屋右京亮元隆を越後春日山城に呼びつけて脅かした。

「越中守様、神仏に誓って小浜以外は手を出しません。
 小浜を奪おうとしたのも、武田家が帝への貢租を渡そうとしなかったからです。
 その事で勧修寺家が帝からお𠮟りを受けないように兵を挙げたのです。
 決して私利私欲から謀叛した訳ではありません。
 その証拠に、武田の倍、帝に貢租させていただきます。
 越中守様への船道前も、武田の半分にさせていただきます」

 嘘をつくな、住吉大社の宮司だった癖に平気で噓を吐きやがる!
 お前が私利私欲で謀叛を起こした事は、密偵衆が調べ上げている。

「帝への貢租は三倍にせよ。
 船道前を半分だと、愚かな、小浜など使わなくても湊など幾らでもある」

「越中守様、どうか御慈悲を。
 丹後の湊と同じ、いえ、半分で結構でございます。
 どうか、小浜にも船を送ってください、この通りでございます」

「分かった、丹後の船道前の半分と言うのなら、小浜にも船を送ろう。
 だが、丹後の湊にもこれまで通り船を送る。
 国人や地侍との約束は、できるだけ守る事にしている。
 小浜に送るのは、新たに造った船と風雨を避ける船だけだ。
 それでも毎年二百以上の関船が小浜に行く、安心しろ」

「有り難き幸せでございます」

「だが忘れるなよ、俺の目と耳が常に右京亮殿を見張っている。
 二百の関船に乗る主水と兵は、富を運ぶだけではないぞ。
 右京亮殿が約束を破ったら、死を運んでくるぞ」

「ひっ、忘れません、絶対に忘れません」

 晶と生まれてくる子供のために、平穏な一年にしなければいけない。
 そう思って、できる限りの手を打った。

 九条稙通と鷹司忠冬を使って、皇室と朝廷に話を通しておいた。
 二人を通して帝から内々の許可を貰っている。
 小浜の貢租が三倍になるので、黙認してくれる事になった。

 俺との繋がりが表に出ていない密偵を使って、細川氏綱に軍資金を援助した。
 丹波に力を持つ細川晴元管領を、細川氏綱に牽制させるためだ。

 細川氏綱は、昨年七月に細川晴元打倒の兵を挙げていた。
 細川国慶を味方につけてはいるが、かなり不利な状況だった。

 昨年の堺襲撃は失敗しているが、軍資金と兵糧があればこれまで以上に戦える。
 細川氏綱が上洛する気配を見せれば、足利義晴将軍も細川晴元管領も全力で対処しなければいけなくなり、若狭を顧みる余裕がなくなった。

 自分達だけでは細川氏綱に勝てないと判断したら、六角家を頼った。
 六角家が将軍と管領に援軍を出した時を狙って、粟屋右京亮が小浜を襲撃した。
 京の護りを晴景兄上に任せていた将軍と管領は、小浜襲撃に対処できなかった。

 連中も馬鹿ではないから、陰に俺がいる事くらい分かるだろう。
 分かった上で、小浜を取り返そうとするか諦めるか?
 諦める方に賭けたが、何とか勝負に勝てた。

 九条稙通と鷹司忠冬を使って近衛稙家に動いてもらったのが良かった。
 武田信豊が朝廷への貢租を行わなかったから、粟屋右京亮の忠誠を失ったと言ったのと、朝廷への貢租と同じ額を将軍と管領に献上させると言ったのが良かった。

 粟屋右京亮の手元にはそれなりの銭しか残らないが、野垂れ死ぬよりはましだ。
 それに、それなりと言っても一般的な小守護代くらいの銭は残る。

「殿様、山村右京亮様が御会いしたいと参っておられます」

 奥女中と女子軍だけで守る事になった本丸と二ノ丸と三ノ丸。
 晶の妊娠を知ってから、以前は常にいた政所ではなく、本丸奥に常時いる。
 政務を執る時は、各足軽大将が守る郭を通って政所まで行かなければならない。

「どのような用件か言っていたか?」

「揚北衆がまた城を落としたそうでございます。
 このまま切り取り勝手にさせていて良いのか、御聞きしたいとの事です」

「分かった、政所に行ってくる、後は頼む」
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