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第二章:屍山血河
第49話:人材と強行準備
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天文十一年(1542)7月5日:越後春日山城:俺視点
昨年も色々あった。
俺自身は積極的な攻勢を仕掛けなかったが、他国は合戦三昧だった。
全国的な大凶作で、生き残るために食糧の奪い合いが起きたのだ。
俺の支配地域や影響力の強い地域はそれほどでもなかった。
足軽になるために国を捨てるか家族を売れば、餓死は避けられる。
国人地侍も、俺の命令に背て私戦を始め、潰される道を選ぶ奴はいなかった。
俺と敵対している大名配下の国人も、密かに好を通じて交易で利を得た。
そんな連中は、何だかんだと言い訳して合戦に加わらない。
損害を受ける合戦よりも、何の損害も無く利が得られる交易を選んだ。
近隣の大名国人で合戦をするのは、俺を敵だと思っている奴だ。
少しでも領地を切り取って大きくなる野望を持っている奴だ。
そんな連中は気をつけて見張らなければならない。
特に気をつけていたのは奥羽、関東、甲信の勢力関係だ。
史実で勝ち残った、俺が名を知っている連中だ。
武田、北条、佐竹、里見はもちろん、今川も油断ならない。
そんな中で武田、諏訪、村上の三家が合同して小県の滋野一族を攻めた。
滋野一族の海野棟綱に援軍を頼まれたが、断った。
交易で安全確実に利を得たかっただけでなく、他の目的もあった。
真田幸隆だ、真田幸隆を家臣に加えたくて滋野一族を見殺しにした。
史実通り滋野一族は敗れ、生き残った者は上野に逃れた。
ここで甲信駿を揺るがす大事件が起きた。
俺は史実を知っているから驚かなかったが、武田信玄が父親を追放した。
甲斐と近隣に武威を誇った武田信虎が追放され、判断を誤る者が出た。
生き残った滋野一族の海野棟綱が関東管領の上杉憲政を頼った。
関東管領の武威を誇示する為だろう、上杉憲政が小県の奪還に動いた。
諏訪頼重が武田信玄を侮って単独で出兵した。
事もあろうに、武田と村上の許可も受けずに上杉憲政と単独講和をした。
武田信玄が諏訪頼重を殺して領地を奪ったのは、この恨みがあったからだろう。
この頃、北条氏綱が病死して北条氏康が家を継いだ。
これを好機と考えた上杉憲政と上杉朝定が北条家の川越城を攻めた。
北条氏康は両上杉を撃退するも、北条家と両上杉家の対立が激しくなる。
更に武田信玄の姉を正室に迎えた今川家との争いも長期化している。
昨年から今年にかけては戦いを避けたのには理由がある。
百万の大軍を得たので、その気になればまず間違いなく誰が相手でも勝てる。
だが、数は圧倒的な力だが、数が絶対ではないのも史実が証明している。
数が絶対なら、三国志の曹操は赤壁で負けていない。
総大将曹操の油断が原因で負けた。
地の利を知らない事、地の利を調べなかった愚かさで負けた。
俺が同じことをしないとは断言できない。
それに、俺は元々慎重な性格なのだ。
できれば、絶対に勝てる状況にしてから戦いを始めたい。
いや、戦わずに相手が降伏してくる状況にしたい。
だから、百万の兵には田畑を耕させた。
また凶作が続いても大丈夫なだけの兵糧を確保する事を優先した。
それと、飢餓で瘦せ衰えた奴隷と足軽の身体が回復させる事が大切だった。
兵士としての経験がない連中に、少しは集団行動ができるようにしたかった。
戦いに使う時に、少しは槍働きができるようにする時間が欲しかった。
結果、秋に種蒔きさせた大麦の収穫量が千四百万石もあった。
正直、信じられないような量だった。
これでも、一人四反の田畑しか耕作できていないのだ。
一人十反の田畑を与えられていたら、二倍半、三千五百万石になっている!
百万兵には、耕作する者がいなくなって放棄されていた田畑を耕させた。
開墾できそうな場所はできるだけ田畑にした。
それでも一人七反や十反の田畑を与えられなかった。
もし、男女関係なく一人十反の田畑を与えられたら?
水害も冷害もなく、不作も凶作も無かったら?
百万の屯田兵は俺を無敵にしてくれる!
ただ、問題がないわけではない。
寒冷地でも二毛作できる、品種改良した稲も大麦も無い。
三年五作は大麦と大豆でしかやれない。
米を作れるのは、三年五作の切り替え年、四年に一度しかない。
家臣領民が食べたいと思っている米は、大麦や大豆を売って手に入れる事になる。
「殿、お呼びの者を連れて参りました」
小姓が部屋の外から声をかけてきた。
合戦時には旗本を務める鬼小姓たちの一人だ。
今のような平時には、護衛として側にいてくれる者達の一人だ。
「そうか、ここへ通せ」
「はっ!」
元気よく返事をした小姓が、俺が指示した者を連れて部屋に入ってきた。
甲斐から連れて来た密偵が状況を話しているはずだが、もの凄く緊張している。
百姓の子が、急に他国に連れて来られて大名家の当主に会うのだから当然だ。
「よく来た源五郎、お前の事は色々調べさせたから知っている」
「はっ!」
「欲深な義兄と姉に財産を奪われた事、武田が不公平な裁きをした事、知っている。
このまま見て見ぬ振りをする事はできぬ。
才も忠孝の心も無い者には手を差し伸べぬが、お前には才も忠孝の心もある。
姉夫婦や武田を見返す機会を与えてやる。
近習に取立て文武を学ぶ機会を与えてやる、励め!」
「ありがたき幸せでございます!」
俺は後の高坂弾正、春日源五郎十五歳を家臣に加える事に成功した。
将来武田信玄の武田四天王となる者の心を手に入れた。
武田信玄が召し出す前に搔っ攫ってやった!
信玄は証拠を吟味して公平な裁判をしたのかもしれない。
一度困窮させてから、恩を与える形で召し出す気だったのかもしれない。
裁判で地獄に落としたのに、時間を置いたのが信玄の失敗だが、しかたがない。
普通では、豪農程度の地侍の子を、大名が目をつけて近習にしたりしない。
史実でそんな高坂弾正を引き立てている信玄は十分凄いのだ。
もしかしたら、才能ではなく美貌に惹かれて近習にしたのかもしれないが。
まあ、武田信玄も色々と忙しかったのだろう。
六月には諏訪に攻め込んでいる。
将来どれほど働いてくれるか分からない、豪農の息子は後回しになったのだろう。
それと、山本勘助が実在したら同じ様に搔っ攫ってやろうと思っていた。
密偵部隊に徹底的に調べさせたら、山本菅助という者はいた。
だが、それほど才のある者には見えないという報告ばかりだった。
わざわざ俺が召し出す者は、史実で確実な働きをした者に限りたかった。
ここまで実績が積み上がり評判が上がると、失敗できなくなる。
そこで山本菅助は普通に将兵を集める方法で誘わせた。
結果、山本菅助を長尾家に迎える事はできなかった。
「殿、御隠居様が戻られました」
春日源五郎が近習に案内されて出て行くと、直ぐに別の近習が声をかけてきた。
「そうか、直ぐに会う、俺が隠居所に行くから父上の都合を聞いてくれ」
「当主のお前が隠居に気を使う必要などない、儂を呼びつけろ」
部屋の外から長尾為景が大声で答えを返してきた。
呼びつけたらそれはそれで文句を言う癖に。
年よりが何かと文句を言うのは仕方がないと諦めているが、腹は立つ。
「いえ、子が親に敬意を払うのは当然でございます。
親兄弟争う事なく家を盛り立てて行くのが理想でございます」
「理想通りいけば何の問題もないが、どの家も理想通りとはいかぬ。
我が家はお前が良くやってくれたから、この程度で済んでいる。
だが、流石に今回の事は難し過ぎるぞ!
儂も大概の無理を通してきたが、今回の件は流石に無理だ」
小姓にすら聞かせられない件だから、長尾為景も内容をはっきり言わない。
「それでも、やって頂かなければなりません。
そのために、再び父上に京に上って頂いたのです」
「老い先短い隠居が、後世に残る大仕事をもらったのだ。
命を賭けてやっているが、正直難しい、抵抗が激し過ぎる」
「お前達は遠くに下がっていろ、父上と重大な話がある」
俺は部屋にいた全ての人間を遠ざけた。
更に長尾為景の側に寄って小声で話した。
「父上、このままでは、九条家の生まれた孫が殺されるかもしれないのです。
思い通り男の子が生まれて、父上の孫が摂関家を継げるかもしれないのです。
光子姉上の子が男子ならば、九条と鷹司の二家が父上の血筋になるのですぞ。
何としても説得していただかなければなりません」
「分かっている、だから儂も言葉を尽くして説得しておる。
だが、本当にそこまでしなければいけないのか?
お前が百万の兵を率いて京に上れば済む事ではないのか?」
「単に天下を握るだけなら、それでできるでしょう。
ですがそれでは、足利の幕府と変わらなくなります。
それに、俺に何かあれば、簡単に壊れてしまう脆い幕府になります。
しっかりとした、新しい仕組みが必要なのです。
足利から力づくで奪えるような幕府では、また力尽くで奪われます。
三条長尾家が力を失った時に、戦国乱世を起こさぬ仕組みが必要なのです」
「そのようなもの、本当にあるのか?」
「わかりません、それを考える時間も欲しいのです。
私の手をあまり穢さずに、足利の世を終わらせたいのです。
そのために、父上に説得をお願いしたのです」
「分かった、今一度京に上って説得してみる。
だが、間違いなく大事になるぞ。
お前の手で足利を滅ぼすよりも大きな悪名を残すかもしれぬ。
それでも良いのか?」
「それは父上と俺の考え方の違いです。
良き事をしたと歴史に名が残ると思っています」
「……そこまで言うのなら、もう何も言わぬ。
だが、これだけは確認させてくれ。
兵を、武力を使っても良いのか?
あれほど兄として立てていた晴景を殺す事になっても良いのか?」
「父上に兄上を殺させるような事はさせたくないのですが、しかたありません。
兄上が邪魔されるのなら、殺してください。
越前との国境に五十万の兵を送ります。
小浜湊には六百の大型関船を送ります」
「そうか、分かった、晴景が邪魔するなら儂が討ち取ってやる」
昨年も色々あった。
俺自身は積極的な攻勢を仕掛けなかったが、他国は合戦三昧だった。
全国的な大凶作で、生き残るために食糧の奪い合いが起きたのだ。
俺の支配地域や影響力の強い地域はそれほどでもなかった。
足軽になるために国を捨てるか家族を売れば、餓死は避けられる。
国人地侍も、俺の命令に背て私戦を始め、潰される道を選ぶ奴はいなかった。
俺と敵対している大名配下の国人も、密かに好を通じて交易で利を得た。
そんな連中は、何だかんだと言い訳して合戦に加わらない。
損害を受ける合戦よりも、何の損害も無く利が得られる交易を選んだ。
近隣の大名国人で合戦をするのは、俺を敵だと思っている奴だ。
少しでも領地を切り取って大きくなる野望を持っている奴だ。
そんな連中は気をつけて見張らなければならない。
特に気をつけていたのは奥羽、関東、甲信の勢力関係だ。
史実で勝ち残った、俺が名を知っている連中だ。
武田、北条、佐竹、里見はもちろん、今川も油断ならない。
そんな中で武田、諏訪、村上の三家が合同して小県の滋野一族を攻めた。
滋野一族の海野棟綱に援軍を頼まれたが、断った。
交易で安全確実に利を得たかっただけでなく、他の目的もあった。
真田幸隆だ、真田幸隆を家臣に加えたくて滋野一族を見殺しにした。
史実通り滋野一族は敗れ、生き残った者は上野に逃れた。
ここで甲信駿を揺るがす大事件が起きた。
俺は史実を知っているから驚かなかったが、武田信玄が父親を追放した。
甲斐と近隣に武威を誇った武田信虎が追放され、判断を誤る者が出た。
生き残った滋野一族の海野棟綱が関東管領の上杉憲政を頼った。
関東管領の武威を誇示する為だろう、上杉憲政が小県の奪還に動いた。
諏訪頼重が武田信玄を侮って単独で出兵した。
事もあろうに、武田と村上の許可も受けずに上杉憲政と単独講和をした。
武田信玄が諏訪頼重を殺して領地を奪ったのは、この恨みがあったからだろう。
この頃、北条氏綱が病死して北条氏康が家を継いだ。
これを好機と考えた上杉憲政と上杉朝定が北条家の川越城を攻めた。
北条氏康は両上杉を撃退するも、北条家と両上杉家の対立が激しくなる。
更に武田信玄の姉を正室に迎えた今川家との争いも長期化している。
昨年から今年にかけては戦いを避けたのには理由がある。
百万の大軍を得たので、その気になればまず間違いなく誰が相手でも勝てる。
だが、数は圧倒的な力だが、数が絶対ではないのも史実が証明している。
数が絶対なら、三国志の曹操は赤壁で負けていない。
総大将曹操の油断が原因で負けた。
地の利を知らない事、地の利を調べなかった愚かさで負けた。
俺が同じことをしないとは断言できない。
それに、俺は元々慎重な性格なのだ。
できれば、絶対に勝てる状況にしてから戦いを始めたい。
いや、戦わずに相手が降伏してくる状況にしたい。
だから、百万の兵には田畑を耕させた。
また凶作が続いても大丈夫なだけの兵糧を確保する事を優先した。
それと、飢餓で瘦せ衰えた奴隷と足軽の身体が回復させる事が大切だった。
兵士としての経験がない連中に、少しは集団行動ができるようにしたかった。
戦いに使う時に、少しは槍働きができるようにする時間が欲しかった。
結果、秋に種蒔きさせた大麦の収穫量が千四百万石もあった。
正直、信じられないような量だった。
これでも、一人四反の田畑しか耕作できていないのだ。
一人十反の田畑を与えられていたら、二倍半、三千五百万石になっている!
百万兵には、耕作する者がいなくなって放棄されていた田畑を耕させた。
開墾できそうな場所はできるだけ田畑にした。
それでも一人七反や十反の田畑を与えられなかった。
もし、男女関係なく一人十反の田畑を与えられたら?
水害も冷害もなく、不作も凶作も無かったら?
百万の屯田兵は俺を無敵にしてくれる!
ただ、問題がないわけではない。
寒冷地でも二毛作できる、品種改良した稲も大麦も無い。
三年五作は大麦と大豆でしかやれない。
米を作れるのは、三年五作の切り替え年、四年に一度しかない。
家臣領民が食べたいと思っている米は、大麦や大豆を売って手に入れる事になる。
「殿、お呼びの者を連れて参りました」
小姓が部屋の外から声をかけてきた。
合戦時には旗本を務める鬼小姓たちの一人だ。
今のような平時には、護衛として側にいてくれる者達の一人だ。
「そうか、ここへ通せ」
「はっ!」
元気よく返事をした小姓が、俺が指示した者を連れて部屋に入ってきた。
甲斐から連れて来た密偵が状況を話しているはずだが、もの凄く緊張している。
百姓の子が、急に他国に連れて来られて大名家の当主に会うのだから当然だ。
「よく来た源五郎、お前の事は色々調べさせたから知っている」
「はっ!」
「欲深な義兄と姉に財産を奪われた事、武田が不公平な裁きをした事、知っている。
このまま見て見ぬ振りをする事はできぬ。
才も忠孝の心も無い者には手を差し伸べぬが、お前には才も忠孝の心もある。
姉夫婦や武田を見返す機会を与えてやる。
近習に取立て文武を学ぶ機会を与えてやる、励め!」
「ありがたき幸せでございます!」
俺は後の高坂弾正、春日源五郎十五歳を家臣に加える事に成功した。
将来武田信玄の武田四天王となる者の心を手に入れた。
武田信玄が召し出す前に搔っ攫ってやった!
信玄は証拠を吟味して公平な裁判をしたのかもしれない。
一度困窮させてから、恩を与える形で召し出す気だったのかもしれない。
裁判で地獄に落としたのに、時間を置いたのが信玄の失敗だが、しかたがない。
普通では、豪農程度の地侍の子を、大名が目をつけて近習にしたりしない。
史実でそんな高坂弾正を引き立てている信玄は十分凄いのだ。
もしかしたら、才能ではなく美貌に惹かれて近習にしたのかもしれないが。
まあ、武田信玄も色々と忙しかったのだろう。
六月には諏訪に攻め込んでいる。
将来どれほど働いてくれるか分からない、豪農の息子は後回しになったのだろう。
それと、山本勘助が実在したら同じ様に搔っ攫ってやろうと思っていた。
密偵部隊に徹底的に調べさせたら、山本菅助という者はいた。
だが、それほど才のある者には見えないという報告ばかりだった。
わざわざ俺が召し出す者は、史実で確実な働きをした者に限りたかった。
ここまで実績が積み上がり評判が上がると、失敗できなくなる。
そこで山本菅助は普通に将兵を集める方法で誘わせた。
結果、山本菅助を長尾家に迎える事はできなかった。
「殿、御隠居様が戻られました」
春日源五郎が近習に案内されて出て行くと、直ぐに別の近習が声をかけてきた。
「そうか、直ぐに会う、俺が隠居所に行くから父上の都合を聞いてくれ」
「当主のお前が隠居に気を使う必要などない、儂を呼びつけろ」
部屋の外から長尾為景が大声で答えを返してきた。
呼びつけたらそれはそれで文句を言う癖に。
年よりが何かと文句を言うのは仕方がないと諦めているが、腹は立つ。
「いえ、子が親に敬意を払うのは当然でございます。
親兄弟争う事なく家を盛り立てて行くのが理想でございます」
「理想通りいけば何の問題もないが、どの家も理想通りとはいかぬ。
我が家はお前が良くやってくれたから、この程度で済んでいる。
だが、流石に今回の事は難し過ぎるぞ!
儂も大概の無理を通してきたが、今回の件は流石に無理だ」
小姓にすら聞かせられない件だから、長尾為景も内容をはっきり言わない。
「それでも、やって頂かなければなりません。
そのために、再び父上に京に上って頂いたのです」
「老い先短い隠居が、後世に残る大仕事をもらったのだ。
命を賭けてやっているが、正直難しい、抵抗が激し過ぎる」
「お前達は遠くに下がっていろ、父上と重大な話がある」
俺は部屋にいた全ての人間を遠ざけた。
更に長尾為景の側に寄って小声で話した。
「父上、このままでは、九条家の生まれた孫が殺されるかもしれないのです。
思い通り男の子が生まれて、父上の孫が摂関家を継げるかもしれないのです。
光子姉上の子が男子ならば、九条と鷹司の二家が父上の血筋になるのですぞ。
何としても説得していただかなければなりません」
「分かっている、だから儂も言葉を尽くして説得しておる。
だが、本当にそこまでしなければいけないのか?
お前が百万の兵を率いて京に上れば済む事ではないのか?」
「単に天下を握るだけなら、それでできるでしょう。
ですがそれでは、足利の幕府と変わらなくなります。
それに、俺に何かあれば、簡単に壊れてしまう脆い幕府になります。
しっかりとした、新しい仕組みが必要なのです。
足利から力づくで奪えるような幕府では、また力尽くで奪われます。
三条長尾家が力を失った時に、戦国乱世を起こさぬ仕組みが必要なのです」
「そのようなもの、本当にあるのか?」
「わかりません、それを考える時間も欲しいのです。
私の手をあまり穢さずに、足利の世を終わらせたいのです。
そのために、父上に説得をお願いしたのです」
「分かった、今一度京に上って説得してみる。
だが、間違いなく大事になるぞ。
お前の手で足利を滅ぼすよりも大きな悪名を残すかもしれぬ。
それでも良いのか?」
「それは父上と俺の考え方の違いです。
良き事をしたと歴史に名が残ると思っています」
「……そこまで言うのなら、もう何も言わぬ。
だが、これだけは確認させてくれ。
兵を、武力を使っても良いのか?
あれほど兄として立てていた晴景を殺す事になっても良いのか?」
「父上に兄上を殺させるような事はさせたくないのですが、しかたありません。
兄上が邪魔されるのなら、殺してください。
越前との国境に五十万の兵を送ります。
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