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第一章:三条長尾家継承編

第40話:謀略と厳冬期の賦役

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天文八年(1539)12月29日:加賀安吉城:俺視点

 今年も色々とあった。
 俺個人的には、最良とまでは言えないが、まずまずの実績だった。

 晴景兄上が越後をまとめきれず合戦寸前なのは不本意だが、予測の範囲内だから、兄上達を殺さない範囲で治められるだろう。

 史実通り三好長慶と三好政長の争いがあったが、史実通り足利義晴が和平の御内書を乱発し、史実通り三好長慶と三好政長が和睦した。

 このまま史実通り三好長慶と細川晴元管領と争い、足利義晴将軍が判断を誤って三好長慶と敵対してくれたら、足利幕府は滅んでくれるだろう。

 問題は俺だ、一部の家系図にしか名前が残らなかった俺の存在だ。
 既に越中、加賀、能登を領地にしてしまっている。
 北陸に猛威を振るった本願寺一向一揆を壊滅させている。

 こんな俺が京で力を振ったら、取り返しがつかないくらい史実が変わる。
 史実を変える決断をしたが、匙加減がとても難しい。

 俺が圧倒的な力で勝てている要因の一部は、史実を知っているからだ。
 どこにどのくらい改変を加えるのが俺に有利か、真剣に考えた。
 これ以上京で暴れるよりも、不安定な越後を完全に掌握する方が大切だ!

 越後を掌握した後は、変なちょっかいを出してきた伊達家を潰す!
 史実では畿内の情勢に全く係わらなかった奥羽だ。
 俺が全て切り取っても畿内への影響は少ないだろう。

 問題があるとすれば、何もしなければ伊達家が割れるまで三年かかる事だ。
 三年間も時間を無駄にできない!

 大凶作と蝗害の影響は関東だけでは収まらなかった。
 徐々にだが、確実に全国に広がっている。

 できるだけ早く俺の影響力が及ぶ範囲を広げないといけない。
 絶対に負けないように、死なないように、確実に勝てる相手から叩く!

「お呼びでございますか?」

 部屋の外から霧隠才蔵が声をかけてきた。
 今俺がいる加賀の安吉城は、春日山城や七尾城に比べればとても小さい。
 そのお陰で諜報部門の家臣と密かに会い易い。

「そうだ、入れ」

 とはいえ、今の俺が完全無防備な状態で成り上がった家臣と会う事は許されない。
 三条長尾家譜代の旗本衆はもちろん、後見人の山村若狭守も側にいる。
 まあ、いい、今回の策は、夜中に潜んで来させない程度の指示でしかない。

 霧隠才蔵と二人きりなら、面倒で無駄な挨拶などいらないのだが、多くの側近や護衛に守られている状態では省けない。
 表面上は平気な振りをして、内心では辟易しながら挨拶を済ませる。

「伊達家への調略はどうなっている?」

「陸奥守護、左京大夫様の御側近くに仕える者を使い、順調でございます」

「左京大夫殿に仕える女を調略できたのだな?」

「はい、こちらが誘導しなくても、我が子を越後守護にするためなら何でもする女でございました」

「母親だけでは弱い、他の側室は動かせているのか?」

「はい、時宗丸様が越後守護上杉家の養嗣子になれれば、他の男子がもらえる領地が増えますので、全ての側室が動いてくれています」

「今なら左京大夫殿が次郎殿を圧倒している。
 次郎殿が力をつける前に、越後に兵を進めさせろ」

 三年後に起きる伊達稙宗と伊達晴宗の争い、天文の乱。
 親子間の権力闘争であり、政治思想、領地経営方針の違いから起きた戦いだ。

 決定的だったのは、三男の時宗丸を越後守護上杉定実の養嗣子にするにあたり、上杉家を伊達家の支配下に置くべく、優秀な百騎をつけようとした事だ。

 伊達稙宗は越後に百騎送り込んでも伊達家は安泰と考えた。
 伊達晴宗は越後に百騎も送り込んだら伊達家が大変な事になると考えた。
 俺が転生する前の資料にはそう書いてあった。

 実際のところは分からない、単なる権力闘争だったのかもしれない。
 史実には残っていないが伊達稙宗が伊達晴宗を廃嫡しようとしたのかもしれない。
 別にどうでもいい事だ、俺が日本を変えるために利用できればいい。

「はっ、できる限り煽ります」

「左京大夫殿だけでなく、本庄三河守を始めとした揚北衆も煽れ。
 このままでは兄上と中条弾正左衛門尉に滅ぼされると思わせろ」

 天文の乱の直接的なきっかけは、伊達時宗丸と血がつながる中条弾正左衛門尉に支配されるのを嫌った揚北衆の叛乱だ。

 元々揚北衆は独立心が旺盛で、越後守護上杉家に従うのも形だけだった。
 それが守護代に過ぎない三条長尾家に支配される事になったのだ。
 更に三条長尾家との間に中条家が入れば、陪臣扱いもされなくなる。

 男の嫉妬はとても醜い、中条弾正左衛門尉に対する妬みはとても大きい。
 これまで同格だった中条弾正左衛門尉に命令されるのは、耐えられないだろう。

 合戦に持ち込んで勝利し、あわよくば自分が揚北衆の棟梁になる。
 機会に恵まれたら、晴景兄上を討ち取って守護代になる。
 それくらい考えるのが戦国乱世の国人だ。

「はっ、承りました」

「それと、中野、桑折、牧野が謀叛を起こそうとしているという噂を流せ。
 左京大夫殿は油断できない相手だ、こちらの策を見抜かれる可能性がある。
 側室達からは伝えさせるな、家臣から伝わるようにしろ」

「御意」

 ひと通り命令を伝えて、霧隠才蔵を下がらせた。
 山村若狭守との話を再開しなければいけない。

「堤防造りはどうなっている?
 奴隷達は凍えずに暮らせているのか?
 この前検分したような状態なら、若狭守が反対しようと俺が直接差配するぞ!」

 関東から続々と奴隷が買い集められている。
 その全員の衣食住を保証するのは難しいが、できなければ主人として恥だ!

「大丈夫でございます、今から検分に行っていただきますが、十分な陣小屋を建てました、もう前回のような事はありません、御安心下さい」

 俺も全て自分一人でやれるとは思っていない。
 時間は誰にも公平で、何にどれだけの時間を使うか決断しなければならない。

 奴隷達の命を守る城の縄張りや、越後越中に並ぶほど水害の酷い加賀の河川を抑えるための堤防造りは、俺自身が直接指揮監督した。

 ここで手を抜かなかったから、今年の大雨を最低限の被害で済ませられた。
 水害を限定させるための遊水地域でも、ある程度の収穫を確保できた。

 だが、奴隷達を住ませる陣小屋造りは家臣に任せた。
 ところが、任せた家臣が別の者に丸投げして、費用の半分以上を着服し、劣悪な陣小屋を建てやがった!

 奴隷の衣食住を保証するのは主人である俺の責任だ!
 奴隷が劣悪な生活をしているのは、俺に能力がなく、人格も悪い事になる!
 絶対に許せない、公金を着服した奴は磔獄門にしたが、本当に悪いのは俺だ。

 無責任な奴を責任者に選んだ俺が悪い。
 俺を騙せると思わせたのも悪い。
 着服が露見しても厳罰が与えられる事はない、そう思わせた俺が悪い!

「そうか、ならば直ぐに検分してやる」

 俺はそう言って、奴隷達が住む陣小屋が集まる郭を周った。
 越後、越中の水害を防ぐための堤防造りはある程度形になった。
 次は加賀を何とかしなければいけないので、奴隷兵の半数を連れてきている。

 加賀の安吉城は手取川の河口近く、北側にある。
 加賀の一向一揆を叩き潰した時に最後まで抵抗した、一向一揆河原組八千騎の一人、大窪源左衛門家長の居城を奪って加賀支配する拠点の一つにした。

 源左衛門は四万石もの領地を支配していたので、直轄領にするのに丁度良かった。
 何より三津七湊に一つ、加賀の本吉湊に近いのが重要だった。

 海洋貿易の重要な拠点である本吉湊を守り発展させるためには、近くに堅固な城があり、多くの商人が住む町が必要なのだ。

 だから、多くの奴隷兵を引き連れて来た。
 奴隷兵には城と堤防を造らせる。
 最初に造らせる堤防は、手取川の北側だ。

 越前朝倉家が攻め込んできた時は、手取川を自然の水濠として迎え討つ!
 朝倉宗滴殿の心は掴んだと思うが、過信も油断もしない。
 宗滴殿が朝倉軍を指揮して攻め込んで来たとしても、守り切れるようにしておく!

「若狭守、領民を雇って堤防を造り、銭をばら撒け。
 食糧を望む物には米でも麦でも好きな方を与えよ」

「賦役でやらせるのではないのですか?」

「賦役は賦役でやらす、領主として甘い顔を見せる訳にはいかん。
 だが同時に、俺に従えば安全に豊かな暮らしができると思わせなければならぬ。
 賦役の分だけしか堤防を造らないと思われるのは恥だ!
 銭は役に立てるための稼いだのだ、ここは銭を使う時だ!
 本願寺の破戒僧の命令を聞くより、俺に従った方が豊かになれると思わせる! 
 一向一揆だった者共の心を掴む策、若狭守に任せて大丈夫か?」

「お任せください、必ずやり遂げてみせます」
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