転生 上杉謙信の弟 兄に殺されたくないので全力を尽くします!

克全

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第一章:三条長尾家継承編

第30話:圧力外交

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天文七年(1538)3月21日:山城実相院:俺視点

 俺が摂関家の三人と話し合った三日後、長尾為景が急いで越中からやってきた。
 娘の結婚問題だから当然ではあるが、腰が軽すぎないか?
 それに、為景は隠居しているから本来は何の権限もないのだぞ。

 だが実際には、越後に関しては絶大な権力を持ち続けている。
 親孝行で優しい晴景兄上だから、当主になってからも父親の言う事を良く聞く。
 だから国人に舐められるし、譜代衆が俺を当主に担ごうとするのだ。

 しかし直轄領の統治を見ると、晴景兄上の内政家としての力はかなり高いと思う。
 心から忠誠を誓う三条長尾家譜代の家臣も少なからずいる。
 前世の歴史で上杉謙信に実権を奪われたのは、古志長尾家の叛乱だと思う。

 内政家としての能力だけでは、戦国乱世の国人を抑えられない。
 譜代衆が、兄上では頼りないと言うなら、兄上には守護に成ってもらい、京で外交をやってもらえば良い。

 俺は越中と加賀の守護となり、越後の守護代を兼務して現地に残り差配する。
 守護が京に居て守護代が領地を管理するのが、室町幕府の基本形態だ。

 確実に全国を支配できるだけの力がついてから、俺の手を汚すことなく足利将軍家が滅んでから、京に上ればいい。

「晴龍殿、こう手紙ばかり書かされると手が疲れるのだが?!」

 父親の長尾為景が嫌味な言い方をする。
 内政も外交も得意なはずなのだが、手紙だけ書き続けるのに飽きたようだ。
 幼い体の俺が頑張っているのだから、文句を言わずにやってくれ!

 まあ、いい、俺も身体を動かしたくなってきた。
 長尾為景は隠居した身ではあるが、大軍を指揮する能力は未だに健在だ。
 俺、朝倉宗滴、長尾為景が京にそろっている間に、やれる事をしよう。

 三人の中でも特に畿内で名が轟いている、朝倉宗滴を利用する。
 朝倉宗滴の軍に加われば、戦いに勝って乱妨取りができると思った、大小の野伏団が実相院に集まっている。

 彼らを、元々実相院にいた奴隷兵三千に加えて四千人とした。
 俺が加賀から連れてきた兵と合わせると一万を越える兵力だ。
 農閑期なので、山城の地侍や百姓も日当や乱妨取り目当てに集まってきた。

 その兵力を俺、朝倉宗滴、長尾為景の三人で分け持った。
 十分な訓練ができていない人間ばかりの軍だと、大軍は統率が執れない。
 だから一人三千人を指揮するようにした。

「合戦のない日も二升の白米を与える。
 銭で欲しい者には宋銭二百枚を与える。
 だから絶対に乱暴狼藉を働くな!
 京の町衆はもちろん、洛外の百姓に乱暴狼藉を働いた者も厳罰に処す!」

 俺が厳しく言い放ったのを、後見人の山村若狭守が復唱してくれる。
 俺があまりにも幼いので、舐めた態度をとる野伏がいたが、その場で斬られた。

 越後や越中の地侍子弟から旗本になった者には、俺を神の如く敬う者がいる。
 そんな者達の前で俺を馬鹿にするような態度を取ると、即座に殺し合いになる。

 買ったばかりの奴隷には温情を示すように言って、旗本達を叱る。
 だが、俺の評判を落としかねない野伏が相手なら、即座に殺すのもしかたがない。
 俺に命令に絶対服従するように、野伏や奴隷には恐怖を植え付けておく。

 実相院周辺で調練するだけなら少々態度が悪くて良い。
 だが今日は、威圧を兼ねた行軍を洛中で行う。
 行列を抜けだして乱暴狼藉する者は、絶対にださない!

「今ので分かったな!
 私の評判を落とす者は絶対に許さない!
 この世の果てまで追いかけて殺す!」

 今回も後見人の山村若狭守が復唱してくれる。
 流石に野伏達も真剣な表情になっている。
 危険な視線を向けて来る者は、旗本達が警戒してくれている。

 俺と朝倉宗滴と長尾為景は毎日兵の調練を行った。
 洛中を行軍して周囲に威圧感を与えた。
 その状態で、鷹司家の荘園を押領している者達に手紙を書いた。

 荘園を返せ、返さなければ軍勢を差し向けて実力で奪い返す。
 そういう文面の手紙を三人で毎日書いて送った。

 俺や長尾為景の手紙は無視できても、朝倉宗滴の手紙を無視できる者は少ない。
 九条家の時のように、同盟関係にある者達が全て協力してくれたら、畿内の荘園は全て取り返せるだろう。

 だが今は、越後や加賀で何かあったら直ぐに戻らなければいけない状態なのだ。
 前回と同じようにはできない。

 普通は隙を見せるから謀叛が起こるのだ。
 だから謀叛が起きないように、直ぐに戻れない場所に行けない。
 今の俺が支配地以外で直接圧力をかけられるのは、山城と若狭だけだ。

 山城は将軍と管領の力がある程度効いている。
 だから俺が軍事行動を起こしても直ぐにかたがつくし、国人地侍も逆らわない。
 
 若狭は武田信豊が力をつけて安定している。
 将来謀叛を起こす粟屋元隆が丹後田辺に逃げ出している。
 史実通りなら謀叛を起こしても失敗するだけだ。

 守護大名くらいの力をつけた武田信豊は、六角定頼の娘を正室にしている。
 父親の武田元光は、管領細川晴元の妹を正室にしている。
 義晴将軍の命令にも従う事が多い。

 俺が兵を使って若狭にある鷹司家の荘園を取り返そうとしたら、必ず義晴将軍、晴元管領、定頼管領代の三人が仲裁する。

 将軍、管領、管領代の三人に仲裁されれば、武田信豊も面目が立つ。
 自分の領地であろうと国人地侍の領地であろうと返す事ができる。

 だが、山城と若狭以外の国では必ず抵抗される。
 抵抗されて戦いになっている所に越後、越中、加賀で叛乱を起こされると、直ぐに戻れなくて田畑が荒れ領民が死傷してしまう。

 穀物の生産力が少なからず低下してしまう。
 家臣領民に与えている常勝不敗の評判が落ちてしまう。
 だから山城と若狭以外の国で戦う事ができない。

 その程度の事が分かる大名や国人は、俺たちが少々脅しても荘園を返さない。
 だが、それでも、直ぐに荘園を返さないと分かっていても、頻繁に返還要求を出さなければならない。

 出しておけば、機会が訪れた時に即座に攻め込める。
 過去に遡って年貢を要求できる。
 攻め滅ぼして領地を奪う大義名分にできる。

 鷹司家の荘園を押領していた国人や地侍の中で、俺の圧力に恐怖を感じた山城と若狭の者は、足利義晴将軍と細川晴元管領に仲裁してもらおうとした。

 だが将軍も管領も、毎年一万貫文も献金している俺に無理は言えない。
 無理を言ったら一万貫文の献金が無くなるだけではない。
 朝倉宗滴が指揮する一万の軍が敵に回るのだ。

「左大臣様、何とか山城と若狭の荘園は取り返す事ができました。
 他の国の荘園は、越後と加賀が落ち着いてから何とかします」

「無理だと申していたのに、山城と若狭だけとはいえ、よく取り返してくれた。
 これで惨めな思いをしないですむ」

「姉が婚約させて頂いたのです、もう二度と惨めな思いはさせません。
 必要な物があれば、遠慮なく申し付けてください。
 ここを預かる者にしっかりと申し付けておきます」

 鷹司家が持っていた山城の荘園は、押領していた国人や地侍を奴隷にして、そいつらの領地を奪った事で千五百石を超える石高になっていた。
 若狭の荘園は二千石を超える石高に成り、俺が介入する前の四倍になっていた。

 これだけあれば、最低限の体裁は整えられるそうだ。
 まだ左大臣だから、役職に必要な費用も比較的少ないのかもしれない。
 これが摂政や関白だったら、九条稙通のように辞職する事になっていただろう。

 鷹司家の荘園は、近衛家から分家した時に与えられた七ケ所しかなかった。
 それから多少増えて十数カ所となっていたが、近衛家や九条家とは元の数が違う。

 鎌倉中期に近衛家が持っていた荘園は、百五十三ケ所もあった。
 その内の私的な別相伝地十四ケ所から、七ケ所が鷹司家に譲られたのだ。

 近衛家には他にも本所として一定の得分を徴収する所領が五十ケ所。
 進止権を保留しつつ縁の有る寺社に寄進した所領が五ケ所。
 本所として荘務を進退する所領が六十ケ所。
 在地領主を請所として一定の得分権をもつ所領が二十ケ所あった。

 元々荘園領主としての地力が全く違ったのだ。
 まあ、今では近衛家も多くの荘園を押領されて困窮しているが。

「おお、そうしてくれるか、そうしてくれれば麿も安心じゃ」

 五摂家を丸抱えする費用程度なら大した額ではない。
 銭相場や米相場で手に入る利益に比べれば、千分の一にも満たない。
 必要なら皇室を含む朝廷全部を丸抱えできる。

 だが、それは食料生産に裏付けられていない、銭金だけの利益だ。
 不作凶作が続けば、全国的に多くの民が餓死してしまう。
 長尾家は穀物の備蓄があるから大丈夫、などとは思えない。

 越後、越中、加賀を完全に支配しても百四十二万石しかない。
 三年五作の立毛間播種と麦翁の手法を取り入れ、収穫量が四倍になったとしても、五百六十八万石にしかならない。

 小氷河期で毎年のように不作凶作が起き、多くの人が死んでいく戦国乱世だ。
 少しでも多くの領地を切り取り、一日でも早く農業生産力を増やさないと、来年も多くの人が死んでしまう。

 太閤検地では、日本の総石高は千八百万石と少しだったと思う。
 俺の領内だけでそれだけの収穫があれば、少なくとも餓死者を出さないですむ。

「若様、蔵田五郎左衛門が急ぎの対面を求めております」

 これからの事を考えていた俺に、後見役の山村若狭守が話しかけてきた。
 蔵田五郎左衛門は、長尾家の密偵部門の一角を預かるだけでなく、交易部門の一角も預かっている重臣中の重臣だ。

「直ぐに会う、ここに連れて来てくれ」
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