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第一章:三条長尾家継承編

第23話:婚姻政策

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天文六年(1537)12月22日:播磨美嚢郡嬉野城:俺視点

「何人もの手紙で知らされていたし、多くの噂も聞いていたが、これほど幼いとは思ってもなかったぞ」

 元関白の九条稙通が少し驚いた表情で言う。

「禅定太閤殿下にお会いしたい一心で、多くの方にご紹介願いました。
 それが殿下の負担になっていなければ好いのですが……」

「都落ちして以降、人との付き合いが減っていた。
 多くの者から手紙が届いて嬉しかった。
 ただ、手元不如意で権中納言殿に負担をかけてしまったがな」

 集めた情報通り、九条稙通は快活な方だ。
 金がなくて、返事を送るために下冷泉為孝の世話になったと平気で口にする。

「その程度の事は気になさらなくても大丈夫でございます」

 この城、嬉野城の城主である下冷泉為孝が笑顔で言う。
 だが、実際にはかなりの負担だっただろう。
 下冷泉家も困窮したから荘園の有る播磨に下向土着しているのだ。

 九条稙通に手紙を送る者は一通だけですむが、多くの者から手紙を送られた九条稙通は、百人近い人間に返事を送らなければならない。

 そもそも九条稙通も下冷泉為孝も、経済的にどうしようもなくなって、京を離れて荘園の有る播磨に都落ちしたのだ。

 下冷泉為孝はまだ良い、荘園だった所を国人に横領されないように京を離れた。
 それが良かったのだろう、本郭、西郭、東郭の三つの郭があり、池と水濠と切通しに囲まれた立派な城を構える領主になっている。

 だが九条稙通は、藤氏長者、関白に任官したのは良いが、経済的に体面を保つ事ができず、帝や神社仏閣に拝礼する事なく一年も経たず辞任している。

 門流の下冷泉家を頼らないと生きて行けないくらい困窮している。
 御着の小寺氏に押領された荘園を取り戻せなかったから、恥を忍んで下冷泉家の城に家族ともども居候している。

「もう二度とそのような事にならないようにさせていただきます」

 俺がそう言うと、これまで穏やかだった九条稙通の表情が険しくなった。
 田舎者の野蛮な餓鬼が、武力と銭金で自分を利用しようとしてる。
 そう思って腹を立てたのだろう、その通りだ。

 戦国乱世を終わらせ、俺の理想の日本にするために利用させてもらう!
 ただ、利用する以上、相手が望む利益も与える。
 他の摂関家を超える豊かな生活を保障する。

「麿を利用する気か?!」

 俺が幼いからだろうか?
 いきなり怒り出すことなく、我慢して問いかけてきた。

「利用するのとは少し違います。
 お互いに利益があるようにさせていただきます」

「互いに利益があるだと?!
 麿の、九条家を良いように利用する気だろう!?」

 我慢できなくなって、少々言葉が荒くなってきたな。

「利用はさせていただきますが、禅定太閤殿下にも利を得ていただきます」

「麿にどのような利があると言うのだ!」

「殿下の血を受け継いだ男子が得られます」

「はぁ……麿の子供だと?!」

「殿下には、姫様はおられますが若君がおられません。
 殿下自身が口にされたように、困窮されているから多くの妻妾を養えない。
 ですから、多くの妻妾を養えるだけの支援をさせていただきます」

「麿の子供か……妹の子を養子に向かえれば良いと思っていたが、そうはっきりと言われると、実の子に継がせたくなる。
 とは言え、流石に平民の娘が生んだ子では九条家の跡継ぎにはできんぞ!」

「氏素性の分からぬ女から生まれた子供でも、禅定太閤殿下の御血筋であれば、公家の当主に成れると聞いていたのですが、違うのですが?」

「公家でも身分の低い家なら、そのような事もあろう。
 だが摂関家では、流石にその様な事はできぬ。
 娘なら公家に嫁げるが、男は僧にするのが普通だ」

「公家の養女に成ってから嫁いだ女でもですか?」

「公家の養女になっても、氏素性の分からぬ身分卑しき者が生んだ子を、九条家の跡継ぎには出来ぬ」

「そうですか、私の姉を殿下の御側に仕えさせていただきたいと思っていたのですが、三条長尾家では無理ですか……」

「なに、三条長尾家、お前の姉だと?
 見目の麗しい娘を養女にして押し付けるのではないのか?」

「流石に、美しいだけの娘を養女にして、殿下の御側に仕えさせたりはしません。
 両親を同じくする姉に、殿下の御世話をさせていただこうと思っておりましたが、関東八平氏の末裔ごときでは畏れ多い事でしたか」

「ふむ、そうか、お前の姉か。
 羽林家か名家あたりと縁を結ばせて、麿がその家の娘を妻妾にすれば、間接的にだが縁をつなげると思っていたが……」

 なんだ、矢張り俺と縁を結ぼ方法を考えていたのだな。
 結構悩んでいるから、九条稙通にも野心があるのだろう。
 三条長尾家の武力と金で京に復帰したいと考えているのだろう。

 多くの公家と同じように摂関家も困窮しているが、五摂家の中でも九条家がここまで苦しいのは、祖父の九条政基と父親の九条尚経の所為だ。

 この二人、同じ公家を殺すという、朝廷を揺るがす大事件を起こしているのだ。
 九条家の家礼で、家司を務めていた唐橋在数を殺してしまっている。
 双方言い分があるのだろうが、早い話しが金の貸し借りが拗れての殺人だ。

 九条政基と唐橋在数は母方の従兄弟なのだが、それが遠慮を無くしたのもあるだろうし、憎しみを増したのかもしれない。

 主人である九条政基に金を貸した唐橋在数が、九条家から担保に預かっていた荘園を、更に担保に入れて根来寺から金を借り、返済できなくなったのだ。

 公家は帝に仕えているだけではないのだ。
 全部の公家ではないが、摂関家にも仕える二重主従関係の家が多いのだ。

 唐橋家は、九条家に仕える家礼であると同じに、帝にも仕えている。
 唐橋在数は、公卿に昇りうる家格を有した堂上家の当主だったのだ。
 そんな人間を借金問題で殺して何の罰も与えられない訳がない。

 ただ、応仁の乱以降、下剋上が横行している。
 帝としても朝廷としても、身分が下の者が身分上の者を蔑ろにする状況を認める訳にはいかない。

 だから、状況的に九条親子が悪くても、軽微な罰にするしかなかった。
 罰の一つは帝のよる勅勘で、朝廷への出仕禁止だった。
 もう一つの罰は、家礼を持つことの禁止だった。

 早い話が、お前の顔など見たくない、お前に家臣を持つ資格はない。
 当時の帝、後土御門天皇からの厳しい宣言だ。

 この事件により、九条家の影響力は他の摂関家より極端に低くなった。
 家礼を持つ事を禁じられたのだから当然だ。

 それに、九条家の家礼ではなかった公家も、九条家を忌み嫌った。
 九条家が復権した時の事を考えて、絶縁を宣言する公家は少なかったが、実際の交際を止める公家はとても多かった。

 そんな状態だから、残り少ない荘園まで国人や寺院に横領された。
 困窮が極まった九条政基と九条尚経の親子は、互いのやり方を非難するだけでなく、弓矢を交える合戦まで起こしたのだ!

 愚かとしか言いようがない!
 合戦する覚悟があるのなら、自分達よりも弱い国人や地侍を狙え!
 奪われた荘園を奪い返す覚悟を示せ!
 
 そんな九条家に手を貸してくれる公家も金を貸してくれる公家もいないから、孫の九条稙通が都落ちして、家礼だった下冷泉為孝に頭を下げて居候する事になった。

「お前は越中と加賀の守護に成り、正五位下越中守となったのだな?」

 無位無官の国人の娘が生んだ男子では九条家の跡継ぎにはできないが、正五位下越中守の姉が生んだ子供ならぎりぎり許されるのか?

「はい、皆様のおかげで高い地位を授けていただけました」

「その上で、姉をどこかの公家の養女にするのだな?」

「飛鳥井家と勧修寺家、花山院家には姉を養女にしても良いと言っていただいております」

「我が家も三条長尾家の娘なら何時でも養女にさせていただきますぞ」

 下冷泉為孝は流石だ、好機を逃さない。
 争いの激しい播磨で生き残るだけの事はある。

「帝との関係を考えれば、名家とはいえ勧修寺家の養女にした方が良いか?
 九条家との関係と身分を考えて、摂関家に次ぐ清華家の花山院家にすべきか?」
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