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第一章:三条長尾家継承編

第20話:寺預け

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天文五年(1536)12月27日:山城国実相院:俺視点

「若様、園城寺は何もかも理解した上で竜千代様を預かってくださいました」

 京都雑掌の神余隼人佑が報告してくれる。
 千坂景長の養女を母に持つ三兄竜千代は、京の寺に預ける事になった。
 どの寺に預けるのが安全か考えて、同盟関係にある近江の園城寺にした。

 長尾房長の養女を母に持つ次兄の鶴千代はもっと危険だったので、山奥にある高野山金剛峰寺に預かってもらった。

 一番危険な四兄の虎千代、彼の処遇が問題だった。
 史実通り、春日山城の近くにある林泉寺の住職天室光育に預ける事も考えた。
 だが、古志長尾家の力が及ぶ場所に置くのは危険だと考え直した。

 高野山金剛峰寺か園城寺に預ける事も考えたが、古志長尾家の支援がある虎千代を、追放同然の竜千代や鶴千代と同じ寺には預けられない。

 長尾家が拠点にしている実相院も考えたが、ある意味天才で人望もある虎千代だ。
 将来の上杉謙信になる者を、三条長尾家の譜代がいる場所に置くのも危険だった。
 虎千代を主君に望む者が現れたら困るのだ。

 俺は長尾為景と相談して、虎千代を信濃善光寺に預ける事にした。
 善光寺はある意味最前線で、三条長尾家の武将として期待しているともとれる。
 弟の俺が最前線で戦ってるのだ、古志長尾家の連中も表立って文句は言えない。

 善光寺と戸隠神社にいる足軽や奴隷兵には、俺に恩を感じている者も多い。
 主力が奴隷兵で、指揮官には僧兵が多い。
 虎千代が俺に敵意を見せたら、彼らが直ぐに取り押さえてくれる。

 史実では狂信的に毘沙門天を信仰していた奴だ。
 少し修正を加えてやって、女人救済の教えを叩き込んでやれば、生涯不犯などという、戦国大名としては最低の考えにはならないだろう。

 寺に預ける事が決まって、虎千代は史実通り景虎を名乗った。
 独りで善光寺に送りたかったが、古志長尾家の長尾孝景が頭を下げてきたので、長尾為景も傅役と護衛の同行を認めるしかなかった。

 景虎の傅役は、庄田惣左衛門尉定賢と金津新兵衛義旧の二人。
 護衛は十人で、全員がかなりの腕前だと言う。
 今も善光寺の足軽組頭や僧兵達に、景虎の動向を報告させている。

 他は史実通りで俺を安心させてくれた。
 武田信玄は足利義晴将軍から諱をもらって晴信を名乗った。

 晴信は今川義元の紹介で左大臣三条公頼の娘を正室に迎えた。
 その今川義元は花倉の乱に勝ち残って太原崇孚を補佐にした。

 史実通りだが……目を覆いたくなるような事も起こった。
 天文法華の乱がおきて、延暦寺の僧兵六万人が京に攻め込み、日蓮宗の寺院二十一本山を焼き払い、法華衆を虐殺したのだ。

 前世の日本では起きなくなっていたが、この時代では、諸外国と同じように宗派の違いだけで日常的に殺し合いが起きていた。

 それも、個人や小集団が起こす殺人程度ではない。
 戦国大名でも手出しできないような、数万の規模で戦う宗教戦争だ。
 それを叩き潰して宗教戦争を無くした織田信長は英雄だと思う。

「そうか、園城寺には改めて礼に行かねばならない。
 だがその前に、帝に献上品を贈り、上様にも挨拶せねばならぬ。
 普段の進物は隼人佑がやってくれているが、上洛したら自ら訪ねなければならぬ」

「はい、上様の側近には明日伺うと挨拶させていただいております」

 義晴将軍には、既に宋銭一万貫文を贈っている。
 日本中で買い集めた穀物を信濃と上野で売って手に入れた宋銭だ。
 若狭に陸揚げして京で売った穀物は永楽銭にしている。

 帝の即位式で献上した日本酒と漆塗りがとても評判になっている。
 越後酒と名付けた日本酒は、これまでの高級酒よりも高値で売れている。
 前世で耳にしていた誉や寒梅と名付けようと思ったが、恥ずかしくなった。

 時期が来たら麦を材料にした焼酎を造ろうと思っている。
 焼酎の造り方も集めた書物に書いてあった。
 どうやって製造法を知ったのだと言われても答えられる

 高アルコール濃度の焼酎なら、戦場で消毒液代わりに使える。
 長期保存するのも、清酒より焼酎の方が向いている。

 原木栽培に成功した茸類は来年の献上品にする。
 困窮する帝と公家達の心をつかめるだろう。

 真珠の養殖は、少なくとも母貝は元気に育っている。
 大粒の真珠を手に入れたくて、長期育成している。

 蔵田五郎左衛門と荒浜屋宗九郎が頑張って、唐船を直江津に誘致してくれたから、大粒の真珠を養殖できたら、最低でも金で一両、銀なら五十匁で売れる。
 東国でも西国で嫌われている、価値の低い明銭などで支払わせない!

 まあ、明銭を嫌うとはいっても、永楽銭も明銭だ。
 東国で嫌われているのは永楽銭以外の明銭だ。
 そういう意味では、西国が健全で東国が異常と言える。

 だから、なんでこんな状態になっているのか調べさせた。
 多くの情報を得たお陰で理由が分かった。

 東国で使われている永楽銭の多くが私鋳銭だった。
 銅山を持ち鋳造職人を抱えられる有力者が、永楽銭を私鋳していた。

 西国で輸入された中国の銭が、東国に流れて来るまでには時間がかかる。
 当然痛みや汚れが酷く、西国基準の鐚銭が多くなる。
 そんな鐚銭よりは、精巧に模造された真新しい永楽銭の方が信用できたのだろう。

「越後守護代と越中新川郡分郡守護代を交代する許可はもらえそうか?」

「はい、確約していただいております。
 一万貫文の献上は他の者達を圧倒しております。
 それと、ここにいる三千の兵力を敵の回す訳にも行かないようです」

 俺の問いに隼人佑が自信をもって答えてくれる。
 今の俺は義晴将軍を立ててはいるが、利益によって何時誰につくのか分からないのが、この時代の大名や国人だ。

 三条長尾家も、義晴将軍が身勝手過ぎる事を言えば敵に回る。
 一万貫文も献上をしているのに、見返りを渡さないと言うのなら、義晴将軍の代わりになる者を担いで戦いを挑むのが普通の大名や国人だ。

 三好千熊丸が拠点にしている阿波には足利義維がいる。
 千熊丸の父親は、忠誠を尽くした細川晴元の裏切りで自害している。

 千熊丸が足利義維を担いで戦いを挑んで来たら、義晴将軍は謀叛人と言うだろうが、俺は正当な敵討ちだと思う。

 義晴将軍や側近がよほどの馬鹿でない限り、三好千熊丸が敵に回った場合を考えているはずだ。

 その時、義晴将軍が拠点にしている南禅寺の近くにここがある。
 城のように防備を固めた実相院にいる、三条長尾家の兵三千が千熊丸に味方したら、義晴将軍は近江に逃げる間もなく討ち取られるかもしれないのだ。

「少し考えが甘かったかもしれない。
 園城寺の竜千代兄上を上様や六角が利用するかもしれない。
 後日俺が直接詫びに行くから、竜千代兄上を金剛峰寺に預けると伝えてくれ」

 少しでも頭の使える奴なら、俺の対抗馬を用意しようとする。
 俺の言いたい事が分かったのだろう、神余隼人佑が顔色を変えた。
 
「分かりました、直ぐに行って参ります」

「詫びの品は、銭金に糸目をつけずに買って行ってくれ」
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