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第一章:三条長尾家継承編
第16話:晴龍堤
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天文四年(1535)6月18日:越後国春日山城:俺視点
「父上、堤を造りに行って参ります」
「無理をするではないぞ」
残念ながら、俺には土木工学の知識も経験もない。
谷甲州先生のような知識と経験があれば、越後の民を幸せにできたのに……
前世で戦国仮想戦記は書いていたが、机上の空論か実施されたデータを知るだけ。
実際の現場で堤防を造った事などない。
俺の能力では、武田信玄が築いたような信玄堤は築けない。
だから、素直に専門家を雇った。
京に行った時に、義晴将軍や公家衆に土木の専門家を紹介してもらった。
越後に戻ってからも、堤防の専門家を探し回った。
武田家が支配地している甲斐には、川除衆と呼ばれる築堤や水防の技術を持った専門家集団がいた。
彼らを越後に呼び寄せて、信濃川や阿賀野川に堤防を築かせる。
前世の堤防のように、一滴の水も漏らさないような堤ではない。
少しでも水害が減ればいいという、現実にあわせた堤だ。
「春日山城を中心に、近い方だけ丈夫な堤を築けば良い。
反対側は、大水の時には水浸しにすれば良い」
「「「「「おう!」」」」」
俺が実際に目にした越後平野では、三年に一度しかまともな収穫がなかった。
春日山城の近くはまだましだが、それでも関川が氾濫する事があるそうだ。
だからこそ、水利の良い川近くではなく山畠で耕作する者が多い。
今も氾濫の恐れがある川近くで耕作している者は、そこ以外では生きて行けない者達なのだ。
俺の麦作りが簡単に受け入れられたのも、水田では生きて行けなかったからだ。
今も川近くで耕作している者達の生活も豊かにしてやりたい
心からそう思ったから、堤防を築く事にした。
水害で越後平野全体が三年に一度しか収穫できないのなら、越後平野の半分だけでも毎年収穫できるようになれば、今の五割は収穫が増える。
水害がなければ年に十の収穫がある場所で、三年に一度しか収穫がなければ三十分の十の収穫になる。
だが、最初から川の反対側を諦めればどうだろう。
越後中の川と川の間が五割だとしても、十の半分は毎年収穫できる。
三十分の十五が収穫できる事になる。
実際は、越後国内には三条長尾家の敵味方が点在する。
味方が拠点とする城を中心に、川の手前側に堤防を築くのだ。
敵の城や田畑が毎年水害にあうように堤防を築くのだ。
越後を統一できた時には、全ての川に堤防を築く。
その時には川と川の間が広い地域を中心に堤防を築く。
川と川の間が狭い地域に洪水が流れるように堤防を築く。
水利の良い川近くの耕作地でも、三年五作で大麦と大豆を作る。
四年目には、連作障害が起きないように水田にして米を作る。
そうすれば、これまで三年一作の水害地帯であった新潟平野でも、十分に収穫できた年の七倍の収穫が得られるのだ。
それも三年に一度ではなく毎年七倍の収穫だ。
俺の指導で七倍収穫を経験している地侍と百姓は、進んで堤防造りに参加した。
問題は、敵対している国人が対岸を支配している場合だ。
それでなくても水害被害で三年に一度しか収穫できないのだ。
こちらに頑丈な堤防ができたら、高台にある畠以外は二度と収穫できなくなる。
向こうも堤防を築こうとするだろうが、絶対に不可能だ。
領民だけでなく、数千の奴隷が加わる三条長尾家の堤防より丈夫な物は築けない。
敵対している国人は必ず堤防を破壊しようとする。
百姓も決死隊を募って堤防を破壊しようとするだろう。
だから堤防を維持管理するだけでなく、敵から守る者を常駐させるしかない。
毎日のように越後に運ばれてくる奴隷に武器を与えて堤防を守らせる。
足軽と違って一日二食与えられるだけの奴隷だが、堤防を守りながら耕した田畑の収穫の一部を与えて、やる気にさせる。
この時代の田畑は、一反が三百坪ではない。
人間が生きて行けるだけの収穫が見込める広さを一反としている。
つまり一石の米や大麦が収穫できる田畑が一反だ。
温暖で収穫量の多い西国の一反は狭く、寒冷で収穫量の少ない東国の一反は広い。
一反を三百坪という広さにしたのは太閤検地からだと記憶している。
一反の広さを固定したから、田畑に上田下田などの等級が必要になった。
年貢だが、自作農でも五公五民なので、奴隷に小作させた分は八公二民になる。
とてつもなく高い小作料だと思われそうだが、衣食住が保証された奴隷が耕作しても、普通は何も与えられない。
俺が考えた三年五作なら、良い年は一反で五石の大麦と二石の大豆が収穫できる。
奴隷達の手元に一石の大麦と四斗の大豆が残る。
奴隷なのに、一年間飢えずに食べて行けるだけの食糧が手に入る。
売れば永楽銭一貫二百文が手に入るのだ。
堤防を守る奴隷達は、常に武器を携帯しながら田畑を耕す。
対岸にいる国人、地侍や百姓が襲ってこないか見張る者が必要なのだ。
いざ鎌倉、敵が襲ってきたら堤防を守って戦う。
百戦錬磨の国人、戦い慣れた地侍や百姓に勝てる奴隷はほとんどいない。
だが、堤防の川上から川下まで数千人の奴隷がいる。
数で圧倒して敵を抑え込み、味方の軍勢が来るまで耐え忍ぶ。
その気がある者は足軽に取立てても良い。
才能があるなら、組頭や旗本に成れるかもしれない。
足軽ではなく、専門の小作農になっても良い。
一反ではなく十反、一町の田畑を貸してやる。
輪作の順番が良い年に手元に残るのは、大麦十石と大豆四石だ。
悪い年だと、手元に残るのは大豆四石か玄米四石になる。
連作障害を避けようと思うと、どうしても四年に二年は大豆だけの年、稲作だけの年が必要になるが、そんな年でも独りで暮らしていくなら十分な収穫になる。
いや、良い年にちゃんと蓄えておくなら、女房子供に両親まで養える。
女房子供に両親がいるなら、十反と言わずに二十反でも三十反でも耕作できる。
小作農でも充分暮らしていけるだろう。
「対岸にいる者達も見捨てるわけではない。
毎年水害に襲われても大丈夫。
最初から水害に襲われると分かっていれば、その前提で作物を作れば良い。
蓮根なら湖沼で作れる。
里芋と山芋なら水浸しになっても収穫できる、畑山葵も大丈夫だ。
茄子、西瓜、辣韮、韮なら二日水浸しになっても収穫できる」
「「「「「おう!」」」」」
江戸時代の知恵だが、洪水を前提にした遊水地を造れば良い。
氾濫を繰り返す度に上流から豊かな土砂が流れて来る。
それに、遊水地は田畑の収穫で生きている地侍や百姓の生活基盤にはできないが、扶持で生活できる専業足軽や衣食住を補償された奴隷なら別だ。
遊水地は、収穫を小遣いにできる立場の者に耕させればいい。
ただ今は、堤防も敵対している国人を追い詰める策になってしまっている。
敵対している国人は、高台の田畑以外は収穫が無くなるだろう。
堤防が築かれ追い込まれた国人が何時襲って来るか……
「父上、堤を造りに行って参ります」
「無理をするではないぞ」
残念ながら、俺には土木工学の知識も経験もない。
谷甲州先生のような知識と経験があれば、越後の民を幸せにできたのに……
前世で戦国仮想戦記は書いていたが、机上の空論か実施されたデータを知るだけ。
実際の現場で堤防を造った事などない。
俺の能力では、武田信玄が築いたような信玄堤は築けない。
だから、素直に専門家を雇った。
京に行った時に、義晴将軍や公家衆に土木の専門家を紹介してもらった。
越後に戻ってからも、堤防の専門家を探し回った。
武田家が支配地している甲斐には、川除衆と呼ばれる築堤や水防の技術を持った専門家集団がいた。
彼らを越後に呼び寄せて、信濃川や阿賀野川に堤防を築かせる。
前世の堤防のように、一滴の水も漏らさないような堤ではない。
少しでも水害が減ればいいという、現実にあわせた堤だ。
「春日山城を中心に、近い方だけ丈夫な堤を築けば良い。
反対側は、大水の時には水浸しにすれば良い」
「「「「「おう!」」」」」
俺が実際に目にした越後平野では、三年に一度しかまともな収穫がなかった。
春日山城の近くはまだましだが、それでも関川が氾濫する事があるそうだ。
だからこそ、水利の良い川近くではなく山畠で耕作する者が多い。
今も氾濫の恐れがある川近くで耕作している者は、そこ以外では生きて行けない者達なのだ。
俺の麦作りが簡単に受け入れられたのも、水田では生きて行けなかったからだ。
今も川近くで耕作している者達の生活も豊かにしてやりたい
心からそう思ったから、堤防を築く事にした。
水害で越後平野全体が三年に一度しか収穫できないのなら、越後平野の半分だけでも毎年収穫できるようになれば、今の五割は収穫が増える。
水害がなければ年に十の収穫がある場所で、三年に一度しか収穫がなければ三十分の十の収穫になる。
だが、最初から川の反対側を諦めればどうだろう。
越後中の川と川の間が五割だとしても、十の半分は毎年収穫できる。
三十分の十五が収穫できる事になる。
実際は、越後国内には三条長尾家の敵味方が点在する。
味方が拠点とする城を中心に、川の手前側に堤防を築くのだ。
敵の城や田畑が毎年水害にあうように堤防を築くのだ。
越後を統一できた時には、全ての川に堤防を築く。
その時には川と川の間が広い地域を中心に堤防を築く。
川と川の間が狭い地域に洪水が流れるように堤防を築く。
水利の良い川近くの耕作地でも、三年五作で大麦と大豆を作る。
四年目には、連作障害が起きないように水田にして米を作る。
そうすれば、これまで三年一作の水害地帯であった新潟平野でも、十分に収穫できた年の七倍の収穫が得られるのだ。
それも三年に一度ではなく毎年七倍の収穫だ。
俺の指導で七倍収穫を経験している地侍と百姓は、進んで堤防造りに参加した。
問題は、敵対している国人が対岸を支配している場合だ。
それでなくても水害被害で三年に一度しか収穫できないのだ。
こちらに頑丈な堤防ができたら、高台にある畠以外は二度と収穫できなくなる。
向こうも堤防を築こうとするだろうが、絶対に不可能だ。
領民だけでなく、数千の奴隷が加わる三条長尾家の堤防より丈夫な物は築けない。
敵対している国人は必ず堤防を破壊しようとする。
百姓も決死隊を募って堤防を破壊しようとするだろう。
だから堤防を維持管理するだけでなく、敵から守る者を常駐させるしかない。
毎日のように越後に運ばれてくる奴隷に武器を与えて堤防を守らせる。
足軽と違って一日二食与えられるだけの奴隷だが、堤防を守りながら耕した田畑の収穫の一部を与えて、やる気にさせる。
この時代の田畑は、一反が三百坪ではない。
人間が生きて行けるだけの収穫が見込める広さを一反としている。
つまり一石の米や大麦が収穫できる田畑が一反だ。
温暖で収穫量の多い西国の一反は狭く、寒冷で収穫量の少ない東国の一反は広い。
一反を三百坪という広さにしたのは太閤検地からだと記憶している。
一反の広さを固定したから、田畑に上田下田などの等級が必要になった。
年貢だが、自作農でも五公五民なので、奴隷に小作させた分は八公二民になる。
とてつもなく高い小作料だと思われそうだが、衣食住が保証された奴隷が耕作しても、普通は何も与えられない。
俺が考えた三年五作なら、良い年は一反で五石の大麦と二石の大豆が収穫できる。
奴隷達の手元に一石の大麦と四斗の大豆が残る。
奴隷なのに、一年間飢えずに食べて行けるだけの食糧が手に入る。
売れば永楽銭一貫二百文が手に入るのだ。
堤防を守る奴隷達は、常に武器を携帯しながら田畑を耕す。
対岸にいる国人、地侍や百姓が襲ってこないか見張る者が必要なのだ。
いざ鎌倉、敵が襲ってきたら堤防を守って戦う。
百戦錬磨の国人、戦い慣れた地侍や百姓に勝てる奴隷はほとんどいない。
だが、堤防の川上から川下まで数千人の奴隷がいる。
数で圧倒して敵を抑え込み、味方の軍勢が来るまで耐え忍ぶ。
その気がある者は足軽に取立てても良い。
才能があるなら、組頭や旗本に成れるかもしれない。
足軽ではなく、専門の小作農になっても良い。
一反ではなく十反、一町の田畑を貸してやる。
輪作の順番が良い年に手元に残るのは、大麦十石と大豆四石だ。
悪い年だと、手元に残るのは大豆四石か玄米四石になる。
連作障害を避けようと思うと、どうしても四年に二年は大豆だけの年、稲作だけの年が必要になるが、そんな年でも独りで暮らしていくなら十分な収穫になる。
いや、良い年にちゃんと蓄えておくなら、女房子供に両親まで養える。
女房子供に両親がいるなら、十反と言わずに二十反でも三十反でも耕作できる。
小作農でも充分暮らしていけるだろう。
「対岸にいる者達も見捨てるわけではない。
毎年水害に襲われても大丈夫。
最初から水害に襲われると分かっていれば、その前提で作物を作れば良い。
蓮根なら湖沼で作れる。
里芋と山芋なら水浸しになっても収穫できる、畑山葵も大丈夫だ。
茄子、西瓜、辣韮、韮なら二日水浸しになっても収穫できる」
「「「「「おう!」」」」」
江戸時代の知恵だが、洪水を前提にした遊水地を造れば良い。
氾濫を繰り返す度に上流から豊かな土砂が流れて来る。
それに、遊水地は田畑の収穫で生きている地侍や百姓の生活基盤にはできないが、扶持で生活できる専業足軽や衣食住を補償された奴隷なら別だ。
遊水地は、収穫を小遣いにできる立場の者に耕させればいい。
ただ今は、堤防も敵対している国人を追い詰める策になってしまっている。
敵対している国人は、高台の田畑以外は収穫が無くなるだろう。
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