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第一章:三条長尾家継承編
第2話:農業改革
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天文二年(1933)6月30日:越後春日山城:俺視点
俺は、前世で覚えた麦翁・権田愛三の麦作りを領民に教えた。
代表的なのは土入れと言われる肥料を加える事。
もう一つは、麦踏と言われる月に一度麦に負荷を加える事。
難しい事など何もない、やれば誰にもできる事だ
やってみせて、言って聞かせて、させてみて、ちゃんとほめてやる。
父、長尾為景が俺に任せてくれた田畑を耕す、地侍と百姓をほめてやる。
利だけ与えれば良いという人間は、意外と少ない。
しっかりと努力や成果をほめてやらないと、人の心は得られない。
この時代の領民は、単なる百姓ではなく、兵士でもあるのだ。
だが、何度も徴兵されていると、手柄をたてる百姓兵もでてくる。
少々の手柄なら僅かな米を与えるだけだが、大きな手柄をたてた才能のある者は、武士にして領地を与える事がある。
そんな武士、地侍は、軍役があるから年貢の必要がない武家地と、年貢の必要な農地の両方を持っていたりする。
応仁の乱からだけでも六十年以上内戦が続いているのだ。
武家地と農地の両方を持つ地侍は、俺が想像していた以上に多かった。
これでは兵農分離を急に行う事はできない。
国人や地侍は当てにせず、直属の足軽兵団を組織するしかないな。
それと、何より問題だったのは、越後は甲斐に比べると豊かだと思っていたのだが、とんでもなく貧しかった事だ。
第二次大戦前の新潟平野は、三年に一度しか収穫できないと聞いた事があったが、本当に水害でまともな収穫が得られない土地だった!
多くの仮想戦記で間違って書かれているのだが、第二次大戦後や江戸時代に豊かだった穀倉地帯の中には、戦国時代にはとんでもなく貧しい土地がある
近江、滋賀県を戦国時代も豊かだと書いてある仮想戦記があるが、それは大きな間違いで、琵琶湖疏水が完成する前は、よく琵琶湖が満水になって田畑が浸かった!
今は大阪と言われている摂津、河内、泉も、大和川が付け替えられる前は、毎年のように氾濫して、今の市内は水浸しになり収穫もできなかった。
「若様、本当に例年の倍も麦が採れるのですか?」
「ああ、上手く芽を出してくれれば倍の収穫になる。
だが、春に蒔いても大丈夫な麦と秋に蒔かないといけない麦がある。
今年はその点を見極めなければならない。
お前たちも、早生、中生、晩稲と使い分けているだろう?
これまでも水利の悪い畠で春に蒔いていた大麦だから、大丈夫だろう?」
「それはそうでございますが……」
「それに、どうせこの田畑は川の氾濫で田植えが間に合わなかった場所だ。
蒔いた種の分だけでも収穫できれば損はあるまい?」
「それはそうでございますが……」
「大丈夫だ、心配するな、損をしたら補ってやる」
「それは聞かせていただいておりますが……」
僅か四歳の幼子を信用できないのは仕方がないが、守護代の父親が保証しているのだから、もっと信用しろよ!
「それよりも、刈草の代わりになる肥料作りはどうなっている?」
「……若様、本当に人の糞が肥料になるのですか?」
俺は運が良い、この時代の越後では、まだ人糞堆肥が作られていない。
これに成功したら、地侍と百姓の心をつかめるかもしれない。
「任せろ、大丈夫だ、先ずは信じてやってみろ。
一度やって失敗したら、もう二度とやれとは言わない」
「分かりました、そこまで言われるのでしたら、信じてやらせていただきます」
地侍と百姓を一人ずつ説得して、田植えの間に合わなかった水田や、主が死んで放棄されていた畠に麦を蒔かせた。
二毛作ができる温暖な地方では、米の裏作に秋蒔きの大麦を育てるのだろうが、寒冷な越後では、水に恵まれない畠で春蒔きの大麦が育てられていた。
父上が資金を出してくれたのと、年貢として蓄えていた麦を種麦として渡してくれたので助かった。
俺の予定では、稲作は切り捨てて、全て麦作に切り替える心算だが、この方法は小説を書く時に頭でだけ考えた方法だから、実際に成功するとは限らない。
だから、春秋の麦二期作を試す畑だけでなく、稲作の裏作に秋蒔きの大麦を試す田んぼも用意した。
輪作障害を回避したうえに、今の収穫の五倍以上の実りが手に入る、立毛間播種による三年五作を本命として試す。
基本は大麦と大豆の二毛作なのだが、成功させるには大量の肥料が必要になる。
幸い越後は海に面しているから、その気になれば魚肥が作れる。
だが魚肥は、地侍や百姓にある程度の余裕がないと買う事ができない。
全く余裕がない場合は、自分たちの糞、人糞を堆肥にしなければならない。
人糞を堆肥にする方法は、仮想戦記を書く時に徹底的に調べて覚えた。
家は先祖代々百姓だったから、建て替える前の実家には野壺があった。
人糞や堆肥を運ぶ時には、藁を結んだ物を浮かべないと、堆肥が跳ねてとんでもない事になると、亡父から聞かされている。
人糞だけで堆肥を作るなら、上手く発酵させれば二カ月で肥料になる。
農作物が混ざった家畜の糞でも、三カ月あれば肥料にできる。
木切れなどが混じった糞尿でも、六カ月あれば肥料にできる。
上手く行けば十月、秋には人糞を肥料にして畑にまける。
それだけでも例年の二倍三倍の収穫が期待できる。
麦翁・権田愛三の方法が加われば、五倍も夢ではない!
問題は、今から種を蒔いて、日照期間と気温が十分確保できるかどうかだ。
どうか、どうか二倍の収穫ができますように。
最悪でも、種籾として使った分だけでも収穫できますように!
★★★★★★以下は参考資料です、好きな方だけ読んでください。
参考資料: 明治の洪水記録
二期作、二毛作、裏作……
多雨と豊かな土壌に恵まれた日本では、一年に何回かの収穫が可能である。
その日本に、“三年一作”といわれた土地があった。
新潟平野である。
泥のような深田では、もとより生産力は低い。
加えて、その少ない実りがすべて、2~3年おきに生じる大洪水によって流されてしまうのである。
だれも予測し得ぬ天候、あくなき害虫や雑草との闘い。
全身泥まみれの農作業や、肌も凍てつく冬場の客土。
そして、ひとたび堤が切れれば、それら一切は跡片もなく流出。
濁流は家屋を襲い、人畜を殺傷し、何日も水は引かず、新潟平野は一大泥海と化した。
「おおや おやげなや(「むごたらしい」の意)曽川が切れた、抱いて寝た子も流された」
(曽川切れの口承)
「……茄子や豆などいずれも腐れ、胡瓜・南瓜は蔓皆枯れた、瓜も西瓜も食うことできず、稲も枯れては米価は高く、味噌を損じて塩のみなめる、箪笥・長持流れてしまい、鍋や釜など皆打ち沈み、臼や桶類残らず失せて、ムシロ・畳もぬれたる故に、夜着や布団も臭さは腐し、井戸はつぶれて飲む水乏し・・・」
(「横田切口説」より)
下流では多くの村が土手によって守られている。
その土手が今にも壊れそうなほど川の水が溢れた場合、どうするか。
対岸の村の土手が決壊すれば、とりあえず川の水は一挙に引く。
大雨の中、夜陰にまぎれて対岸の土手を壊しに向かう決死隊すら結成されたという。
俺は、前世で覚えた麦翁・権田愛三の麦作りを領民に教えた。
代表的なのは土入れと言われる肥料を加える事。
もう一つは、麦踏と言われる月に一度麦に負荷を加える事。
難しい事など何もない、やれば誰にもできる事だ
やってみせて、言って聞かせて、させてみて、ちゃんとほめてやる。
父、長尾為景が俺に任せてくれた田畑を耕す、地侍と百姓をほめてやる。
利だけ与えれば良いという人間は、意外と少ない。
しっかりと努力や成果をほめてやらないと、人の心は得られない。
この時代の領民は、単なる百姓ではなく、兵士でもあるのだ。
だが、何度も徴兵されていると、手柄をたてる百姓兵もでてくる。
少々の手柄なら僅かな米を与えるだけだが、大きな手柄をたてた才能のある者は、武士にして領地を与える事がある。
そんな武士、地侍は、軍役があるから年貢の必要がない武家地と、年貢の必要な農地の両方を持っていたりする。
応仁の乱からだけでも六十年以上内戦が続いているのだ。
武家地と農地の両方を持つ地侍は、俺が想像していた以上に多かった。
これでは兵農分離を急に行う事はできない。
国人や地侍は当てにせず、直属の足軽兵団を組織するしかないな。
それと、何より問題だったのは、越後は甲斐に比べると豊かだと思っていたのだが、とんでもなく貧しかった事だ。
第二次大戦前の新潟平野は、三年に一度しか収穫できないと聞いた事があったが、本当に水害でまともな収穫が得られない土地だった!
多くの仮想戦記で間違って書かれているのだが、第二次大戦後や江戸時代に豊かだった穀倉地帯の中には、戦国時代にはとんでもなく貧しい土地がある
近江、滋賀県を戦国時代も豊かだと書いてある仮想戦記があるが、それは大きな間違いで、琵琶湖疏水が完成する前は、よく琵琶湖が満水になって田畑が浸かった!
今は大阪と言われている摂津、河内、泉も、大和川が付け替えられる前は、毎年のように氾濫して、今の市内は水浸しになり収穫もできなかった。
「若様、本当に例年の倍も麦が採れるのですか?」
「ああ、上手く芽を出してくれれば倍の収穫になる。
だが、春に蒔いても大丈夫な麦と秋に蒔かないといけない麦がある。
今年はその点を見極めなければならない。
お前たちも、早生、中生、晩稲と使い分けているだろう?
これまでも水利の悪い畠で春に蒔いていた大麦だから、大丈夫だろう?」
「それはそうでございますが……」
「それに、どうせこの田畑は川の氾濫で田植えが間に合わなかった場所だ。
蒔いた種の分だけでも収穫できれば損はあるまい?」
「それはそうでございますが……」
「大丈夫だ、心配するな、損をしたら補ってやる」
「それは聞かせていただいておりますが……」
僅か四歳の幼子を信用できないのは仕方がないが、守護代の父親が保証しているのだから、もっと信用しろよ!
「それよりも、刈草の代わりになる肥料作りはどうなっている?」
「……若様、本当に人の糞が肥料になるのですか?」
俺は運が良い、この時代の越後では、まだ人糞堆肥が作られていない。
これに成功したら、地侍と百姓の心をつかめるかもしれない。
「任せろ、大丈夫だ、先ずは信じてやってみろ。
一度やって失敗したら、もう二度とやれとは言わない」
「分かりました、そこまで言われるのでしたら、信じてやらせていただきます」
地侍と百姓を一人ずつ説得して、田植えの間に合わなかった水田や、主が死んで放棄されていた畠に麦を蒔かせた。
二毛作ができる温暖な地方では、米の裏作に秋蒔きの大麦を育てるのだろうが、寒冷な越後では、水に恵まれない畠で春蒔きの大麦が育てられていた。
父上が資金を出してくれたのと、年貢として蓄えていた麦を種麦として渡してくれたので助かった。
俺の予定では、稲作は切り捨てて、全て麦作に切り替える心算だが、この方法は小説を書く時に頭でだけ考えた方法だから、実際に成功するとは限らない。
だから、春秋の麦二期作を試す畑だけでなく、稲作の裏作に秋蒔きの大麦を試す田んぼも用意した。
輪作障害を回避したうえに、今の収穫の五倍以上の実りが手に入る、立毛間播種による三年五作を本命として試す。
基本は大麦と大豆の二毛作なのだが、成功させるには大量の肥料が必要になる。
幸い越後は海に面しているから、その気になれば魚肥が作れる。
だが魚肥は、地侍や百姓にある程度の余裕がないと買う事ができない。
全く余裕がない場合は、自分たちの糞、人糞を堆肥にしなければならない。
人糞を堆肥にする方法は、仮想戦記を書く時に徹底的に調べて覚えた。
家は先祖代々百姓だったから、建て替える前の実家には野壺があった。
人糞や堆肥を運ぶ時には、藁を結んだ物を浮かべないと、堆肥が跳ねてとんでもない事になると、亡父から聞かされている。
人糞だけで堆肥を作るなら、上手く発酵させれば二カ月で肥料になる。
農作物が混ざった家畜の糞でも、三カ月あれば肥料にできる。
木切れなどが混じった糞尿でも、六カ月あれば肥料にできる。
上手く行けば十月、秋には人糞を肥料にして畑にまける。
それだけでも例年の二倍三倍の収穫が期待できる。
麦翁・権田愛三の方法が加われば、五倍も夢ではない!
問題は、今から種を蒔いて、日照期間と気温が十分確保できるかどうかだ。
どうか、どうか二倍の収穫ができますように。
最悪でも、種籾として使った分だけでも収穫できますように!
★★★★★★以下は参考資料です、好きな方だけ読んでください。
参考資料: 明治の洪水記録
二期作、二毛作、裏作……
多雨と豊かな土壌に恵まれた日本では、一年に何回かの収穫が可能である。
その日本に、“三年一作”といわれた土地があった。
新潟平野である。
泥のような深田では、もとより生産力は低い。
加えて、その少ない実りがすべて、2~3年おきに生じる大洪水によって流されてしまうのである。
だれも予測し得ぬ天候、あくなき害虫や雑草との闘い。
全身泥まみれの農作業や、肌も凍てつく冬場の客土。
そして、ひとたび堤が切れれば、それら一切は跡片もなく流出。
濁流は家屋を襲い、人畜を殺傷し、何日も水は引かず、新潟平野は一大泥海と化した。
「おおや おやげなや(「むごたらしい」の意)曽川が切れた、抱いて寝た子も流された」
(曽川切れの口承)
「……茄子や豆などいずれも腐れ、胡瓜・南瓜は蔓皆枯れた、瓜も西瓜も食うことできず、稲も枯れては米価は高く、味噌を損じて塩のみなめる、箪笥・長持流れてしまい、鍋や釜など皆打ち沈み、臼や桶類残らず失せて、ムシロ・畳もぬれたる故に、夜着や布団も臭さは腐し、井戸はつぶれて飲む水乏し・・・」
(「横田切口説」より)
下流では多くの村が土手によって守られている。
その土手が今にも壊れそうなほど川の水が溢れた場合、どうするか。
対岸の村の土手が決壊すれば、とりあえず川の水は一挙に引く。
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