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武田義信

近江侵攻

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 9月『近江』 

 六角は疑心暗鬼になっていた、いや六角だけではない、浅井や国衆・地侍もだ。皆が子や弟・一門に下剋上されるのではないかと疑心暗鬼となっていた。疑われた者どもは、信頼されていないことに最初は落胆し憤ったが、徐々に誅されるのではないかと警戒し、遂には疑われるくらいなら謀反を考えるようになっていた。

 そんな緊張が続く中で農繁期に入り、突如として鷹司軍が近江・伊香郡余呉に現れ、東野行信の東野山城・東野館を急襲して落城させた。深夜から夜明けにかけて実行された城攻めは複数個所で行われ、磯野員詮の唐川城主・大橋秀元の磯野山城・雨森弥兵衛清貞の雨森城・井口経親の井口城・小山城・小山館・田部山城が一気に制圧された。

 鷹司軍は久しぶりに嶽影配下の城砦攻略部隊を投入した。彼らは久しぶりの実戦に勇躍し、静かに堀を越え壁を登り柵や塀を飛び越えて城に侵入し城門を開いた。そこに突入部隊が極力静かに突入して城内を占拠していった。

 六角勢は三好の猛攻を防ぐために多くの兵が山科口・妙見山城・甲賀に配備され、鷹司軍の侵攻を防ぐため関ヶ原方面の上平寺城・刈安尾城・長比城・須川城にも極力兵を配備していた。しかし鷹司は秘かに揖斐川上流の山道を整備し、余呉方面までの道と拠点となる砦を築いていたのだ。

 東野行信   東野山城・東野館
 田部家    田部山城
 小山家    小山城・小山館
 雨森弥兵衛清貞 雨森城主
 赤尾清綱 京極旧臣
 海北綱親
 井口経親 井口城主・浅井長政の叔父
     佐々木氏の庶流と言い高時川の「井預り」として水利権を掌握
 磯野員昌(いそのかずまさ) 佐和山城主・京極や磯野本家を裏切った宮沢系
 磯野為員 元磯野山城主・浅井と京極の争いで一族の宮沢忠左衛門の裏切りで討ち死に     
 磯野員詮 唐川城主・為員の父
 大橋秀元 現磯野山城主
 遠藤直経 須川城主・長政傅役・知勇兼備の謀将・諜報担当

 十二分に時間をかけて準備した城攻めはその後の籠城も考慮されていた。占拠した城には大量の兵糧・武具・弾薬が運び込まれたが、特に大弩砲と弓矢・弩・弾薬の量は膨大だった。同時に六角勢の反抗を警戒予防するために、相良友和の騎馬鉄砲隊2000騎を小谷城方面に進出させ、攻勢防御として国衆の平城を急襲させた。

 少数の守備兵しか残っていなかった城の対応はまちまちであった、女子供とともに必死で籠城する城もあれば、飛語流言の成果で雑兵が城門を開くところもあった。相良隊は開城したり逃亡してきた兵を余呉方面に向かわせた。そして自分達は空き家になった城の兵糧・宝物・武具を、近隣の百姓を徴用して余語方面に運ばせた。

 鷹司軍が制圧した余呉方面の城砦に荷物を運んだ百姓達は、運んだ物の中から宝物や銭を褒美として与えられて帰された。何を百姓に与えても浅井の侍達が奪い返すだろう、だから奪い返されても直接戦に関係しない宝物や銭を褒美にした。だが一旦褒美として鷹司に与えられた物を、浅井の侍に奪われた百姓衆の気持ちは浅井への恨みに向うだろう。

 総大将の一条信龍(土岐信龍)は間髪入れず秘かに田屋城主・田屋明政に調略の使者を送った。今度のは単なる流言飛語ではなく正式な使者である。田屋家は浅井一門筆頭の家柄で、明政は浅井家先代当主・亮政の嫡女・浅井鶴千代の婿として亮政の養子となり、現当主・久政が産まれるまでは次期当主として扱われていたのだ。

 田屋明政が浅井久政と共に美濃口に出陣していたため、城地を預かる家老と話をして家老から明政に知らせが走った。
 「恩」
 1・本領安堵。
 2・浅井名跡の継承を認める。
 3・田屋本家とは別に越後で5000石を与える。
 「奉公」
 4・近隣の国衆・地侍を鷹司に引き込む手伝い。
 5・浅井本家の家臣調略の手伝い。
 6・六角蔵入り地の占領。
 7・高島七頭の調略の手伝い。
 
 田屋明政 田屋城・長法寺館・沢村城・浅井亮政の一時養嗣子で後に無効。
 「高島七頭」
 高島越中・平井・朽木・永田・横山・田中・山崎の七家
 「高島佐々木氏一族」
 高島、平井、太田、下坂、朽木、横山、田中、永田、市原氏

 鷹司軍の近江侵攻の報告を受けた浅井久政は、急ぎ六角家に報告の使者を送るとともに小谷山城に戻ろうとするも、一条軍が近江侵攻したのと時を同じくして、西美濃の国衆が関ヶ原に集結して近江に侵攻する素振りを見せたのだ。十中八九囮の陽動なのは確実なのだ、尾張の織田・一向衆を無視して美濃を留守にするはずがない。だが相手は鷹司である、西美濃衆に莫大な銭を与えて、出陣準備を整えさせていたとう報告は入っている、大量の足軽や牢人を雇ったことも考えられ、信頼する須川城主・遠藤直経に後を任せ、最大動員していた1万余兵のうち5000兵を率いて小谷山城に戻った。

 近江猿楽から、久政が小谷山城に向かったとの知らせを受けた相良騎馬鉄砲隊2000騎は、急ぎ小谷山城山麓の森に向かい馬を降り待ち伏せした。相良は人馬ともに枚を含ませ音を立てさせないようにして待ち受けた。

 第1の伏兵部隊は、浅井勢が半ばまで通り過ぎるのを待って、500騎に久政と思われる武者に面制圧射撃を行った。次いで250騎がまだ統制のとれていそうな集団に向けて面制圧射撃を行い、更に250騎が面制圧射撃を行った。

 500騎の一斉射撃など受けたことのない馬が暴れだし、奇襲に呆然としていた武者を振り落として逃げ出した。同時にこの惨劇に茫然自失になっていた農民兵が恐慌状態になり大声をあげて逃げ出した。鉄砲の射程外にいた少数の武者が、手勢をまとめ将兵に小谷山城に逃げるように指示した。

 前列にいた浅井勢は小谷山城に向かったものの、後列にいた浅井勢は散り散りになり一部の集団が須川城方面に逃げ出した。第1伏兵部隊は散り散りに逃げ出した将兵に降伏を呼びかけ、鷹司軍に吸収していった。

 第2の伏兵部隊は、潰走状態で小谷山城に向かう浅井勢の先頭が通過する瞬間に面制圧射撃を行った。250騎4隊に分けられた部隊は1分4射の間隔で連続射撃を繰り返し、次々と浅井勢を射殺し続けた。第1伏兵の射撃で致命傷を受けていた浅井久政はこの場で落命し、残った浅井勢を指揮しようとするものは次々と狙い撃ちにされ、恐慌状態となった兵は泣き叫びながら逃亡するか地に伏せて降伏した。

 ここで一条信龍の策に齟齬が生じた、建前上は守護である京極家の高延と浅井家当主候補だった田屋明政は、高延・明政が鷹司に味方することを恐れた久政に常に同行させられていたため、久政とともに落命してしまった。この知らせを受けた田屋家は頑なになり降伏臣従を受け入れなくなってしまった。

 この報告を受けた六角義賢は三度兵を集めようとしたが、もはや国衆に兵を出す余裕はなかった。まして稲刈り作業が差し迫っている、本来なら今動員している農兵を帰農させなければいけない時期なのだ。じりじりと時が経つ中で何の手立ても打てずに一条軍の跳梁跋扈を許すことになった。

 そんな数日後、浅井久政に近江を追われ京に潜んでいた京極高吉が一旗組の牢人・足軽とともに一条信龍の前に現れた。そこで高吉を旗頭に降伏してきた近江の雑兵を付けで軍勢を整えることにした。

 相良騎馬鉄砲隊は浅井勢を壊滅させた後も、浅井方城塞群への襲撃を続けていたが、浅井久政だけでなく、海赤雨の三士・浅井三将と称えられた、赤尾清綱・雨森弥兵衛・海北綱親などほとんどの城砦群が当主を失い失意のどん底で有った。城に残った女子供は籠城するにも雑兵の裏切りの可能性が高く、相良のだした半知安堵・半知扶持化(近衛府出仕分)の条件を受けて降伏臣従を誓った。

 相良騎馬鉄砲隊は京極勢と共に佐和山城を取り囲み、城主・磯野員昌に降伏臣従を勧告した。佐和山城は六角家との境目の城であり、秘かに六角家からの独立を目論んでいた久政は磯野員昌には兵の動員をかけず戦力を残していた。その磯野家は京極家の忠臣であったが、一門の宮沢忠左衛門の裏切りで当主が討ち死にし、その忠左衛門の息子・孫が磯野員宗・員昌を名乗って磯野家を横領していたのだ。

 佐和山城では元々の磯野本家の兵が員昌を裏切り城門を開けた為同士討ちが勃発、それを見た相良は京極勢に突入を指示した。京極兵が降伏した者は助命すると叫びながら突入したため、佐和山城は瞬く間に落城し、磯野員昌は僅かな忠臣に家族を守らせながら六角の勢力圏に落ち延びていった。
 
 京極勢に佐和山城の守備を任せた相良騎馬鉄砲隊は馬首をめぐらせ余呉方面に戻った。これにより一条軍は小谷山城と美濃口の城砦を除く浅井郡・伊香郡・坂田郡の城砦を全て降伏臣従させたが、相良騎馬鉄砲隊は休む事無く原昌胤勢1000兵と共に田屋城を囲んだ。

 田屋明政は男子に恵まれておらず、明政討ち死によって田屋の家名と血脈を残す事に残された妻女は苦悩していた。そこに相良から書状が届き、知行は召し上げるが半知分の扶持は保証し、観音寺城で人質となっている猿夜叉丸(浅井長政)を助命したうえで、田屋家の婿養子として子弟に浅井・田屋の名跡を継がせると約束してきた。鷹司卿の署名と花王のある書状を受けた明政の妻女は降伏臣従を受け入れた。

 相良騎馬鉄砲隊と原昌胤はさらに軍を進め、高島七頭の総領家である高島高賢の清水山城・日爪城・日爪南砦を囲んだ。

 中島宗左衛門 丁野山城主
 赤尾清綱 京極旧臣・小谷山城赤尾屋敷
 三田村左衛門 三田村城主
 月ヶ瀬忠清 月ヶ瀬城主
 阿閉貞征 山本山城主
 浅井政澄

 「海赤雨の三士・浅井三将」
 赤尾清綱 雨森弥兵衛 海北綱親
 「湖北四家」
 赤尾家・雨森家 磯野家・井口家

 一条信龍が、相良騎馬鉄砲隊以外の兵をほとんど戦闘に投入しなかったのには2つの理由がある。1つは守勢重視で侵攻直後に確保した城砦を堅持するためだが、もう1つは若狭・武田家と越前・朝倉家への警戒だった。若狭武田家当主・信豊は六角定頼の娘を正室に迎えていたし、その間にできた嫡男・義統は先代将軍・足利義晴の娘を正室に迎えている、同じ武田氏とは言っても、とてもではないが油断できないのだ。それに朝倉家は一向衆との熾烈な戦いの中とは言え浅井家との縁は深い、油断する訳にはいかない。

 
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