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武田義信

倭寇・出羽問答

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 8月『加賀・内灘・武田信繁と王直』

 「信繁殿、今回の荷の極上品だ、徐州産の玄米5万4000トンと健康な若い男の奴隷500人、それと頼まれていた蒙古馬も特に若くて健康な上に大きな奴を厳選した、山羊・羊など全て依頼された物よりも上物を用意した、ここは約束の値より多く貰わねば損が出る。」
 海千山千の王直が自信満々に運んできた荷の説明をして値上げ交渉に入る。

 「うむ、今奉行衆が確認させてもらっている、約定以上の物が有れば多めに払おう。だが我らも好い物が手に入ったぞ、鱶鰭も極上品だが昆布も負けていない、鮑などは今までで最大で味も飛び切り美味い、干椎茸も王直殿の望み通り厚みの有る物を厳選したぞ、我らも多めに貰わねば損が出る。」
 信繁も最早手慣れたものだ、王直に負けじと値上げ交渉に入る。

 「ああそれも家の者が確認させて貰っている、互いに値付けに問題なければ積み替えだな。」
 互いににやりと笑って丁々発止の値段交渉に入るが、だが両者とも内心一番大切にしてるのは永続的な利益の確保だ、相手に損をさせて今後の取引を破綻させる気は毛頭無い。


 「今回も好い取引になったな王直殿、そこで相談なのだがな、次の荷は遠江の浜名湖の志津城に運んで欲しい。」
 信繁は顔付を改め真剣な表情で話し始めた。

 「初めて聞くところだな、そこはいったいどこだい? ここから北にそんな場所が有るのか?」
 王直が少し顔に警戒心を浮かべながら確認する。

 「いや、日ノ本の反対側の国だ。下関を越えて反対側を岸沿いにここと同じくらい北へ行ってもらえば着く。」
 信繁は真剣な表情を崩さす話し続ける。

 「おいおいおい、無茶を言ってくれる! そのような全く知らない海を渡れと言うのか?」
 王直は少しの警戒心から怒りと疑念を含んだ顔付に変わりながら問い返す。

 「確かに我が家と戦っている場所も有るが、王直殿の艦隊なら造作も無い弱小水軍だ。もし拿捕してくれたらその艦隊も全て真珠で買い取ろう。」

 「正気で言っているのか? 武田家と戦っている国の沿岸を渡れなど無茶過ぎるぞ。」
 王直の表情に怒りの度合いが増えて行く。

 「いや大内と一条は話が付いている。だからこの2つの航路は安全に渡る事が出来る。」
 信繁は若殿から預かっているこの時代の地図を懐から出し、王直に見せながら航路の説明をした

 「ふむ、だがここから北はどうなってる? おおよそ2割は安全と言われても安心などできぬぞ?」
 王直も額面通り信じた訳では無い、当然自分達で裏は取るのだが、武田と大内で話しが付いたのなら大友とも話が付いている可能性が有る、そうなれば博多を含むことになり交易が格段に広がるのだ、ここで無理をする価値があるか見極めが大切になる。

 「想像は出来ているだろうが、大友とも話はついてるし三好ともやっと話が付いた、だからここまでは安全に渡れる。」
 信繁は瀬戸内航路と土佐沖航路を指示した。

 「問題はここからここまでだ。」
 信繁は紀伊沖の航路を指し示す。

 「ふむ、ここの海賊衆が攻撃してくるのだな。」
 王直が真剣な表情で考え込んでいる。

 「いや敵に回るか中立に成るかが判らんのだ、見て見ぬ振りをする可能性が高いのだが、絶対とは言えん。」
 信繁が生真面目な表情で実直に答える。

 「ふむ、だが襲ってきた場合は拿捕して売り払って好いのだな?」
 王直が少々お道化たように答えたので場が和んだ。

 「そうだ、次の取引には戦闘ジャンク船36隻が運ばれてくるのであろう? それと一緒に真珠で支払うと若殿が言われておる。それにここからここは安全だ。」
 信繁は伊勢志摩から松坂までを指示した。

 「ふむ、ここで一息つけるのだな。だがここからこの浜名湖までは敵地と考えてよいのだな?」
 王直が伊勢志摩から渥美半島をなぞって最終地点の浜名湖を指示した。

 「いやそれは少し違うのだ、この渥美半島は我が武田が確保しているのだが、船が無いために海賊衆の跳梁跋扈を許し海岸線に砦を築かれてるだけで、王直殿の海賊衆が来てくれれば何時でも挟み撃ちにして攻め滅ぼせるのだ。」
 信繁が地図の渥美半島から遠江沿岸をなぞって力説した。

 「ふむ、ならば問題はこの3ヵ所の海賊衆だけなのだな?」
 王直が紀伊・南伊勢から三河・遠江から駿河にかけての海岸線をなぞって確認する。

 「そうなのだ、日本海側の海賊衆は王直殿が船を運んできてくれたので、我が武田に対抗できる者はいなくなった。だが此方側には武田の船が無いのだ。」
 信繁が正直に話した。

 「俺の方でも確認させてもらう! その上で行けると判断したらこの浜名湖とやらに行こう。だが危険が多いと判断したらいつも通り内灘に運ぶ、それでよいな信繁殿。」
 王直が結論を下した。

 「それで構わん。武田としては船や荷が敵に奪われる事1番痛いのだ。だが俺も若殿も王直殿なら必ず成功させると判断しての依頼なのだ!」
 信繁は何時もは心に秘めている海賊王・王直への厚い信頼を表に表した。

 「そこまで言われると面映ゆいわ。」
 不意を突かれた王直は照れた表情を浮かべて吐き捨てた。

 「では王直殿、次に運んでもらう荷の話をしようか。」
 信繁は何時もの謹厳実直な表情に戻って次回の取引の相談を始めた。


 8月『出羽・山形・飯富虎昌と鮎川善繁』

 「虎昌殿、我らも動きませんか、このままでは昌世殿だけの手柄に成ってしまいますぞ。」
 善繁が焦れたように話しかけた。

 「何を焦っておるのだ? こうして最上の旧臣共が蠢動するのを抑え、伊達を引き付けておるからこそ昌世殿が安心して動けているのではないか。最も手強い敵に1番信頼する部下を当てて引き付け、決して此方からは攻めずに守備に専念させるのが若の戦法。この事は若年より若に学んできたその方はよく知っているではないか。」
 虎昌が不思議そうに不審そうに問いかける。

 「しかしながら、新参の者共はそうは思いますまい。我らを若殿に見限られて田舎に送られた無能者と蔑んでおりましょう。現にそのような噂が耳に入ってきております。」
 善繁は心底悔しそうに吐き捨てた。

 「そのような愚か者の言う事を気にするとはまだまだ若いの、しっかりせんか!」
 虎昌が少し怒りを交えた声色で叱咤する。

 伊豆水軍は後に武田に引き抜かれた数、里見水軍80隻には劣っていたこと、今川水軍に対抗する必要が出ている事を考慮して創作しています。
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