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武田義信

国衆苦悩

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 『尾張・織田信長』

 「政秀、将兵の集まりはどうじゃ?」

 「難しゅうございますな、銭での戦いでも名誉の戦いでも、国衆地侍の引き抜きで鷹司相手は分が悪すぎます。」

 「だがこれ以上一向宗を家臣に取り込むのは問題が有る、信安・信清・信友など鷹司との戦いで滅んだ家の一族陪臣を取り込むのだ。」

 「それも難しくなっております、当初は鷹司に対する恨みを持っておりましたが、今ではあれは殿の謀略であったと言うものが多くなっております。」

 「ならば尾張の今川・鷹司勢を調略するしかあるまいな。」

 「承りました。」

 「鷹司を真似た大弩砲は出来たか?」

 「試作させていた物がいくつか出来上がっておりますが、どうも射程と威力が鷹司に遠く及ばないようでございます。」

 「職人共にもっと励むように命じよ、それとできた物だけでよいから、三河攻めに使えるように致せ。」

 「やはり一向宗と共に三河に攻め込まれるのですか?」

 「今は美濃に攻めても損害を出すだけじゃ、美濃の城砦には義信が作らせた武具が溢れておる、城一つ落とすのに多くの兵を失っては今後の覇道の妨げになる。それよりも三河なら一向宗の勢力も強く国衆も混乱しておる、敵の強きを避けて弱きを攻めるのは戦の常道じゃ。」

 「確かに左様でございますな、では今直ぐ差配に行って参ります。」

 「うむ。」

 
 『尾張・品野城』

 「長政! 逃げるぞ。」

 「殿、一戦も交えず逃げるのでありますか?」

 「一益殿からは、勝てぬと思ったら狼煙を上げて逃げてよいと言われておる、城地を捨てても同じ扶持で補うとも言われておる、命あっての物種じゃ、桑下城の長江と落合城の松平殿にも知らせよ。」

 「承りました、貴様直ぐに狼煙を上げて使者にたて! しかしどこに落ちるのですか?」
 榊原長政は側に控えていた近習に指示して、主君・酒井忠尚に落延びる先を確認した。

 「ひとまず小里城・鶴ヶ城に向かうが、どうせ落ちるなら諏訪に行く、諏訪は鷹司卿の本拠地じゃ、一益殿や土岐家の下にいるよりは、鷹司卿の直属になる方が卿の目に留まる機会が多かろう。」

 「なるほど、どうせ落ちるならその方がようございますな。」

 尾張桑下城・長江景則・景隆
 尾張品野城・酒井忠尚
 尾張落合城・松平清定・家次
 酒井忠尚家臣・榊原長政・清政・康政

 
 『尾張・落合城』

 「父上、いかがなされますか? 我らも城を逃げ出すのでございますか? いっそ信長に降っては如何(いかが)でございますか?」

 「家次落ち着け、信長は一向宗と手を結んでおる、加賀の事を考えれば一向宗と手を組むのは危険じゃ。」

 「しかし鷹司は信濃に引き上げ、三河に残した軍も遠江の国境に行ってしまっておりますぞ、このような頼りがいの無い者に付いていても仕方ございますまい。しかも何やら太郎左衛門家と接触しているとの事、我らを松平家棟梁とする約束を反故にするのではありませんか?」

 「確かに動きがおかしい、家次の言う通り信長に付いた方がいいかもしれん。」

 「それがようございます父上、鷹司は三河より遠江を重視しております。我らには一族の者でなく、飛影とやらの娘を養女にしてから側室に上げよと申しておきながら、井伊家からは娘を側室に迎えております。明らかに我が家を侮っておりますぞ!」

 「うむ、そう言われてみればその通りじゃ。だが容易く信長に付くわけにもいかぬ、信長が我が家を松平の棟梁と認めるかどうか、認めるのであれば信長に付くが、認めぬのであれば諏訪に落ちる、それでよいな家次?」

 「仕方ございません、西遠江を鷹司が抑えている以上、今更今川に戻る訳にもまいりませんから。」


 『尾張・鳴海城』

 「教吉、城を捨てるぞ。」

 「御待ち下さい父上、大高城・沓掛城・戸部城・岩崎城・笠寺城などの今川方城砦と手を携えれば、信長の攻撃を討ち払えるのではありませんか?」

 「1度や2度の攻撃を討ち払ってもどうにもならん、もはや今川の援軍は期待できぬのだ、それに今の信長軍は以前とは違う、一向宗と手を結び10万の兵を動員できるのだ、逃げる他に生き残る道は無いのだ。」

 「ならば父上、いっそのこと信長に降ってはどうです? 10万の兵を動員出来てあの鷹司卿とも互角に戦ったのです、以前から本領安堵を条件に降伏の使者も来ていたのです、城地を捨てるよりはその方がいいのではありませんか?」

 「あまいぞ教吉、我らは1度信長と直接矛を交えておる、その上に大高城・沓掛城を調略をもって奪い取っておる。信長が易々と許すはずがない。それにな、美濃での戦いでの信長と反目しておった尾張衆の末路を思い出してみよ、信長に付くと言う事はあのような末路を迎えると言う事じゃ。」

 「しかしながら落ちる先に当ては有るのでございますか?」

 「諏訪に落ちる。」

 「鷹司卿の下に落ちるのでございますか? 確かに何度も何度も降伏臣従の使者は来ておりましたが、我らは断っておりました、今更落ちて行っても大切に扱って貰えるとは思えませんが?」

 「大切に扱って貰えるかはわからぬが、殺される事だけはあるまい。それにこれからの天下は鷹司卿と三好を中心に回っていくであろう、ここから三好に落ちて行く訳にも参らんからな、ここは鷹司卿に賭けるしかあるまいよ。それに鷹司卿も下では難民でも一軍の将に成れると言うではないか、儂や教吉なら粗略に扱われぬと思っておる。」

 「確かに父上の仰る通りですな、我らなら何所であろうとも、もう一旗あげれますな。」

 「得心出来たら教吉は戸部城の戸部政直を誘ってまいれ、奴も信長を裏切っておる。今更おめおめと下る訳にも行くまい、どうせ落ちていくなら少しでも手土産があったほうがよい。」

 「承りました。ならば尾張にいる今川衆を誘われてはどうです?」

 「今川は鷹司と直接矛を交えておる、今川衆が諏訪に落ちれば国元の一族に類が及ぶ、奴らは籠城するか信長に降るであろうよ。」

 「成る程、今川衆も苦しき所なのですな。では城内の支度は父上に御任せして、某(それがし)は戸部殿を説得して参ります。」

 「うむ、任せたぞ。」


 『尾張・沓掛城』

 「近藤殿、ここは信長の言う通り下ったほうがよい。」

 「しかし岡部殿、一戦も交えず下るのは武士として恥じる事では無いか?」

 「しかし事ここに至っては仕方あるまい。山口・戸部は城を捨てて逃げてしまった、我らだけ籠城してもどうにもならんぞ、それに信長は御屋形様と同盟して武田を挟撃すると申しておるではないか、我らには今川勢として三河に入って欲しいと申しておるぞ。この事葛山殿どう思われる?」

 「信長の申す事を信じてよいのであろうか? 城を楽に落とす為の嘘では有るまいか? 浅井殿は信じられると御思いか?」

 「信じる信じないでは無い所だと思っておる、義信の軍が三河に乱入したのは確かじゃ、そうなれば昨年御屋形様が伊那を攻められたのだ、今度は伊那と甲斐から武田は攻め込んで来よう、とても尾張まで援軍は望めん、我らは城を守り切ることは出来ん。生き残るには下るしかあるまい。」

 「だから一戦もせずに下るのは武士の恥ではないかと申しておるのじゃ、御屋形様の気性は皆存じておろう、我らは下って命を全うできたとしても、国元の家族一門は皆殺しに成るやもしれん、皆は何と思っておられるのだ?」

 「近藤殿、我もその事は判っておる。しかし信長の申す事が本当なら、我らも家族も生き残る事が出来るかもしれぬのだ。これだけが唯一の方法なのだ。御屋形様の御気性なら、一度でも信長に付いた我らを心底信じられることは二度と有るまい。だがそれでも信長が三河を攻め武田を引き付けている間は、我らの家族も無事でおれよう。」

 「岡部殿の言う通りだと思うぞ近藤殿、それにここだけの話だが、皆は御屋形様に勝ち目が有ると思っておるのか? 武田を、いや鷹司を敵に回したのだぞ、鷹司が本当に欲しいのは尾張でも三河でも美濃でも有るまい。遠江・駿河であろうよ、岡部殿もそう思われるであろう?」

 「我もその通りだと思う浅井殿、武田の本拠地甲斐を守る為には 駿河はどうしても欲しいであろうし、昨年の伊那攻めを考えれば鷹司は遠江を欲するだろう。三河などその為なら幾らでも信長にくれてやるだろうし、必要と有れば美濃すら切り捨てるかもしれん。駿河・遠江を切り取ってしまえば、三河・尾張など何時でも楽々攻め取れよう。」

 「それはそうであろうが、それでは我らの家族は何方にしても助からぬと言う事か?」

 「そうでは無い近藤殿、僅かでは有るが助かる可能性も有る。さっき言った鷹司が美濃まで切り捨てると言うのは大袈裟だ、鷹司はあの斎藤道三の猛攻を退け土岐家を支えて切った、その上で一気に逆撃に転じて道三を攻め殺して美濃を取ったのだ、織田が一向宗と結んだからと言って易々と美濃を攻め取れるはずがない、精々三河1国であろう。織田は鷹司に勝ち目が無ければ和睦を持ちかけるであろう、さすれば我らの家族が害される事も無い。」

 「だが晴信が甲斐から攻め込んで参ったらどうじゃ、義信と違って晴信は情け容赦ないぞ。それに御屋形様は降伏した我らの家族の処分は遅らせても、家臣郎党には先陣を命じられるだろう、御屋形様が負けられた後に我らの家族が生き延びている保証はあるまい?」

 「それは我らがここで討ち死にしても同じじゃよ近藤殿、息子たちが先陣を命じられ戦うことに成る。いや我らがここで籠城すればそれだけ信長の三河討ち入りが遅れる。そうなれば息子たちが義信と晴信の猛攻にさらされる事に成る。ここは1日も早く信長に降伏したほうがよいのだ近藤殿。」

 「岡部殿の言う事が、我らと家族が助かる唯一の道かもしれんな、ここは信長に降伏して今川勢として鷹司と戦う事に致そうか皆の衆。」

 『おう!』

 (何とか降伏に同意してくれたか、哀しきことなれど今川に未来は無いであろう。御血筋を考えて氏真様だけは助命されるかもしれんが、助かったとしても寺社に送られる事は間違いあるまい。問題は鷹司が信長と和睦する気が有るのか、織田家を残す気が有るのかと言う事だ。我らは最終的には織田家に仕える事に成るだろう、その時国元で家族が生き残っていれば、晴信なら人質に取り織田に謀反する様に命じてくるだろう。義信も今までのやり方を考えれば調略して来るだろう、いや織田を滅ぼす心算なら我らの家族を害する事はしないであろう。調略の道具として保護する心算で遠江・駿河での戦いを進めるであろう。問題はその事を信長が気付くであろう事だ、信長の目を掻い潜って機会を見つけて逃げ出さねばならん。)

 沓掛城在番衆 近藤景春・葛山長嘉・岡部元信・浅井政敏
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