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武田義信

調略戦

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 2月『尾張・滝川一益』

 駄目だ、とてもじゃないが清州城まで接近することは出来ない、将兵の損害無しに一向宗を排除してこれ以上進むのは不可能だ。相応に一向宗を撃ち倒したが、火薬と弾の消費が激しい、ここで撤退するしか道は無いのか? いや調略なら可能かもしれない、田舎の伊賀は遠すぎて無理だが、反信長で罠に嵌められた者達なら見込みが有る。それに三河の松平に属する奴らも、今は不安なはずだから、鷹司家から近衛府出仕の形の調略なら受け入れるかもしれない。

 調略を仕掛けるのは美濃・尾張・三河の国境で、織田弾正忠家と松平家で常に争っていた品野3城、方面軍司令官として影衆から情報も入るし、甲賀出身の俺には独自の情報網もある。それによれば今品野3城を守っている桜井松平家の松平清定は、父・松平信定が本家・松平広忠を岡崎城から追放して以来、常に松平本家と争っている。自らが三河の盟主足らんと言う野望を持っているだろう。

尾張桑下城・長江景則・景隆
尾張品野城・酒井忠尚
尾張落合城・松平清定・家次
酒井忠尚家臣・榊原長政・清政・康政

 2月『美濃・稲葉山城・鷹司義信』

 「不破光治殿、氏家直元殿、稲葉良通殿、岩手忠誠殿、岩手重元殿、よくぞ参られた、諸将の参陣心よりうれしく思う。」

 「参陣が遅れ誠に申し訳ございません。」
 氏家直元が詫びを言ってきた。

 「我ら国衆は力有る者に従うしかなく、仕方なく斉藤家に従っていたのです。」
 岩手忠誠が言い訳を言ってきた。

 「我ら一同これよりは鷹司卿に従い、近衛府の武士として働きとうございます。」
 稲葉良通が生き残りを懸けて勝負を掛けて来やがった。

 前もって皆で相談して来たのだろうが、武田家の家臣でも鷹司家の家臣でもない、まして土岐家の家臣に戻りたくはないのだろう。俺を馬鹿だと思っているのか? それとも御人好しだと高を括っているのか? こう出られると無性に腹が立つ! 少々戦局が苦しくなろうと攻め滅ぼしたくなる。

 土岐に戻れば裏切り出戻りで立場が弱く、いつ取り潰されるか判らない。武田や鷹司の家臣でも後発で出世の見込みは少ない。だが近衛府出仕なら朝廷直結で自立独立の道が見込めると思ってやがる。だが長屋や揖斐のような忠臣なら朝廷の守りを任せられるが、テメ~ラみたいな小汚い奴らを今上帝に近づけると思ってるのか!

 「うむよう申した。しかしそれは出来ん! 揖斐光親殿や長屋景興殿の様に、忠誠の為に己が命だけでなく、一族郎党の命すら懸けて戦った実績の有る武士もののふならば、今上帝の護りを託せるが、諸将の様に忠誠よりも己が命を優先する者を今上帝に近づける訳にはいかん! 汚らわしい! 出て失せろ!」

 何か怒りだしたら段々怒りが増してきて歯止めが出来なく成って来た、拙いな、このままでは本当に不利になっても攻め滅ぼす道しか無くなってしまう。ほんと拙いな、連戦連勝で心に驕りが出ているんだ。ここで討ち死にしない程度に頭を打たないと、我が一族郎党を滅ぼしてしまうかもしれない。

 「諸将は城に戻って籠城するか逃げるか好きにするがよい、汚き者は焼き清める!」

 「どうか、どうかお許しくださいませ! 我らが思い上がっておりました。我らのような卑俗で下賤な者が近衛府出仕を願うなど不遜の極みでございました。これからは名を変え心を入れ替え、鷹司卿の下知に従い武士として恥ずかしくない奉公をさせて頂きます。どうか御奉公を御許しください!」
 岩手重元殿は必至で弁解してくる。

 「名は何と変える心算じゃ?」

 「竹中不忠と変えさせて頂く心算です。」

 こいつが竹中か! だが年が合わないから息子か一門の誰かが半兵衛に成るんだな。う~ん許さないと半兵衛が手に入らないな。だが此奴だけ許して他を攻め滅ぼすわけにはいかんな。何時もの妥協点で他の者を決断させよう。

 「竹中は認めるが、不忠まではあざと過ぎる! これからは竹中重元と名乗るがよい。だが決意は判った、諸将には1度だけ機会を与えよう。城と知行地の半分を召し上げる、召し上げた分は銭を支給する、家族は甲斐の躑躅城で人質として暮らして貰う。土岐家の家臣には戻りにくいだろうから我が家臣とする。1日時間を与えるゆえ、この条件が飲めぬなら城に帰って好きにするがよい。重元だけ残って他は出ていけ!」

 重元だけを残して、諸将は近習衆に追い立てられるように出て行った。

 「重元、先ほどの決意は好かった。其方だけ特別扱いは出来ぬ故、先ほどの条件は諸将と同じとするが、子弟は小姓か近習に取り立てて目を掛けてやろう、息子はいるのか?」

 「有り難き御言葉を頂き、恐悦至極でございます。嫡男・源助は10歳でございます。」

 「元服させるなら、烏帽子親を務めてやろう。流石にまだ偏諱を授けてやる訳にはいかぬから重元が考えよ。」

 「ま、ま、誠に有り難き幸せ、感謝の言葉もございません。」

 「うむ、他の諸将が怪しんではいかん、直ぐに出て行くがよかろう、諸将に何事が有ったと聞かれたら、人質の人選を聞かれていたとでも言うがよかろう。」

 「は! 御配慮感謝いたします。」

 重元が近習に急かされて出て行ったが、奴が付けてくる名前で嫡男が竹中半兵衛がどうかが判るだろう。半兵衛が手に入るなら西美濃などどうでも好い、重元の一門が此方の味方につくなら、他諸将が敵に回れば攻め滅ぼす、味方に成るなら使い潰すだけのこと。

 さてさっきの問題点だが、前世での50年の記憶と経験がるにもかかわらず怒りが抑えられない、単に驕り高ぶりなら心身の鍛錬で抑えれるようになるかもしれない、だが戦国時代の荒波で心身症の傾向が出ているなら問題だ、早めに対処療法を取っておかないと拙い!

 他の可能性だが、純粋に若い身体の問題が考えられる。第2次反抗期には遅い気もするが、幼い頃に切腹を恐れて信玄の機嫌を伺っていたので、今頃重度の反抗期が出てきているのか? それとも血気盛んな若い身体が無謀に走らせているのか? 若い身体が原因なら適度な性処理が大切なる。特に命懸け戦場の、極度の精神抑圧常態下での性衝動は激烈だ、その状態で精神安定を計る方法として衆道は大切だったのだろうか? だがこればかりは嫌だ! 絶対に受け付けられない。だが今の俺の身分では陣女郎を使う訳にはいかない。ならどうすべきか?

 「飛影、最近俺は血気に逸り過ぎる嫌いがある、抑えるのに女を求めたいのだが、戦場にも同行できるくノ一はおらんか?」

 「若殿の御身分でくノ一を相手するのは問題がございます、小姓か近習から選ばれるのが妥当なのですが、矢張り嫌でございますか?」

 「それだけは無理! 茜ちゃんたちを飛影の養女として側室にしたように、今度も飛影の養女にして誤魔化そう。」

 「流石にこれ以上私の養女だけを側室にしたら問題が出ます、他の方の養女にしましょう。」

 「それなら問題はないのだな?」

 「それでも問題が山積なのは若殿が一番御存じでしょうに? まあ若殿が無理を言われる事は滅多にございませんから、極力御聞ききさせて頂きます。今丁度滝川一益と木下藤吉郎が調略の条件を確認してきております。落合城の松平清定と坪内光景に、くノ一を養女にして側室に差し出させましょう。私の娘を養女にして若殿の側室の差し出したとなれば、鷹司家と二重に縁が出来てあの者達も安心して下りましょう。男子が出来れば嗣養子に差し戻せば宜しゅうございます。」

 うんそれでいこう、これで尾張・三河への足懸りが出来るし、俺の戦場での性処理も出来る。なにより将来の秀吉を育てるのに困っていたんだ、今の藤吉郎の若さで史実みたいに川並衆を調略できるはずないけど、人誑しと言われた秀吉を育てて外交要因にしたかったんだよね。影衆を後見人に付けたけど、俺が稲葉山城を攻略するまでは、全く何の成果も無かったから無理だったけど、これで近習資格を与えた上で足軽組の1つを任せることが出来る。弟の秀長を連れてくるかな? 楽しみ楽しみ。

 数日後に大問題が勃発した、俺が飛影の娘(元難民で鍛え抜かれたくノ一)を松平清定と坪内光景の養女にして側室にしたことで、土岐頼芸や美濃の国衆が一斉に側室の差出を打診して来た。これには困った、戦地での側室は特に信頼できる者しか務まらない。今回側室にした紅と緑は、影の名前を与えていい位の使い手で有り、容姿が少々俺の好みから外れていたから順番が遅れただけで、共に机を並べて学んだ側室兼奥護り候補だったのだ。それに今は紅と緑は諏訪にいる、今後の為と調略の必要性から体裁だけ整えたに過ぎない。今この身体の状況で、安全な城内で娘を差し出されたら性欲を抑える自信は無い。

 「飛影、どうするべきだ?」

 「若殿の種で無い御子だと噂が立つ事だけは有ってはなりません。大内家はそれで荒れに荒れております。今ここで無暗に美濃衆の娘に手を付ければ、甲斐の譜代衆は嫉妬で有らぬ噂を流すかもしれません。ここは節を曲げて衆道を済まされませ。」

 「それだけは嫌だ! 絶対無理! 美濃衆には紅と緑は元々の側室候補で、松平清定と坪内光景と縁を結ぶために養女にしてもので、紅と緑は今も諏訪にいると申し利かせよ。最初から側室としての受け入れは一切認めない、奥女中として人柄を確認した上で判断すると申し利かせよ。」

 「しかし若殿、ならば側室候補を養女とさせて頂きたいと、申し入れが有った場合はどうなされます?」

 「今はもう側室候補はいないと申せ。」

 「まだまだ沢山おるでは無いですか、嘘をつくと後々問題となりませんか?」

 「しばらくは新しい妻妾は我慢する。当面6人もおれば十分じゃ、奥女中の受け入れで押し通せ。」

 「承りました。」


 2月『尾張落合城・松平清定』

 「これが好機であろう、三河の事を竹千代などに任せていたら、何時までも三河は今川の属国のままで、松平家も今川の家臣にされてしまう。今ここで儂が立って今川の家臣どもを三河から追い出す!」

 「それでこそ清定殿じゃ、いや殿様! この酒井忠尚は殿の為に奉公いたしますぞ!」

 「忠尚殿、頼み置くぞ。」

 「それで殿、鷹司卿はどれほどの援軍を送って下さるのか?」
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