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武田義信

倭寇商人

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 11月『美濃・揖斐城外』

 「ズダーン」

 「若殿!」

 「大事ない、犬狼隊が伏兵を探し当ててくれたのであろう。」

 信長は勇み足をした。本気で俺を殺したいなら、遠山領への攻撃はするべきでは無かった。信長が動いた時点で最低500丁の鉄砲隊が敵に回った事は確実だ。史実で信長が光秀を助ける為に鉄砲で撃たれたことと、雑賀か根来の鉄砲名人に狙撃されたのは知っていた。まだ信長は狙撃されていないが、信長ほどの智者ならこれだけの兵力差が有れば、鉄砲狙撃で大将を狙う。俺は狙撃対策をしないような馬鹿じゃない。だから常に鉄砲名人と犬狼隊を加えた大物見を派遣し、狙撃適地を探させて安全確保してから移動した。

 しかし狙撃犯が雑賀・根来から雇われた鉄砲名人とは思わなかった。信長は直属兵力を温存したまま俺の行動を阻害する心算だ。これだけ頻繁に狙撃を受ければ、安全確保の為に行動が遅くなる。銭で道三の安全を買っているともいえるし、俺を恐れているともいえる。

 問題なのは信長と一向宗が手を組んだ可能性が有る事だ。俺は信長の一番の敵は一向宗だったと思っていたが、この世界では同盟するかもしれない、そうなると伊勢一向一揆で信長の敵だった10万の宗徒が敵に回る可能性が有る。尾張への侵攻、特に長嶋周辺は侵攻路として除外しなければならない。

 まあとにかく揖斐川と根尾川上流の城砦群を確保して、山越えで越前への侵攻路も確保しないといけない。今直ぐ朝倉宗滴と争うほど馬鹿では無いが、攻められる愚を犯す心算は無い。俺への降伏は城地召し上げ扶持化されると言う事だから、それを嫌った美濃国衆・地侍が朝倉に支援を仰ぐ可能性が有る。

 「鷹司卿、御屋形様を御助け頂き感謝いたします、土岐一族の1人として心から御礼申し上げます。」

 「丁寧な御挨拶痛み入る、頼芸殿には叔父上を嗣養子に迎えて頂いている。弟の光親殿も義理とは申せ大叔父に当たられる、公儀の事はともかく私事では一門でござる、これからの末永くお付き合いいただきたい。」

 「過分な御言葉痛み入る、此方こそ末永く土岐家を助けて頂きたい。」

 「長きの籠城を護り抜いた一門家臣衆を慰労したしたく、酒食を御持ちいたした、城外の警備は我らが致す故、今日は目一杯楽しまれよ。」

 「重ね重ねのご厚情痛み入ります。」


12月『加賀・内灘・王直と武田信繁』

 本来なら日本の三津七湊さんしんしちそうの本吉湊か輪島湊で交易したかったが、真珠を持っている武田信繁殿が内灘を指定した以上仕方あるまい。新造の戦闘ジャンク36船と、それに積んだ玄米5万4000トン。いったい幾らで売りつけてやろうか?

 「信繁殿、今回は大変な旅だった、若狭の武田は税を高くするし坊主は襲ってくる、今まで信繁殿の味方で有った者が敵になっているのではないか?」

 「王直殿の言う通りだ、日本の帝を蔑ろにする賊共を討伐する事にしたのだ、今までは大目に見ていたのだが、許せぬと判断しての合戦じゃ。」

 「我ら明の商人にとっては何方が正しいかはわからぬ、ただ危険な所に商品を持ち込むには何かと費用が掛かる、だから当初の約束の値では売れないと言いたいのだ。」

 「では幾らで売りたいのだ?」

 「船と米を合わせて1船で真珠1万5000個だ、36船で54万個は貰わんと割に合わん。」

 「王直殿、残念だがそれ程の真珠は持っておらん、今回の取引は無かったことにしてくれ。」

 「おいおいおい、それは無いだろう、命懸けで約束を守ってやって来た俺達に手ぶらで帰れと言うのかい?」

 「そうか? 俺達も約束通り命懸けで、いや多くの家臣領民の命を失いながら(大嘘)真珠を集めたのだ、それを約束を違えて3倍の値に釣り上げているのは王直殿で有ろう、儂が明や南蛮でどれほど高値で真珠が売れるか知らないとでも思っているのか?」

 「いやいや今では真珠が多く出回り値が下がっているのだよ。」

 「そうかな? 今までの単色の真珠じゃなく、色取り取りの真珠に値が高まっていると聞いておるぞ。」

 「とんでもない、色によって値が変わり損が出ておるのだよ。」

 「嘘を言うものでは無いな、それでは今後の取引の信用が無くなるぞ、南蛮人が直接商いしたいと言ってきておる、堺・博多の商人どももジャンク船を用意するから真珠が欲しいと言ってきている。我が甲斐武田家は信義を守り、全ての話を蹴って王直殿を待っていたのだが、我らに人を見る目が無かったようだな。」

 「博多や堺の商人に本物のジャンク船は用意できんよ、どれほどの数を用意し船の値を下げようとも、我らが新造したジャンク船には及ばない。」

 「さてな、それは試してみなければ判るまい。今回用意してあった真珠で堺・博多・南蛮などの色々な商人と商いしてみようと思っている。まあそうなれば、今までのように王直殿の独占では無くなるから、競争となって本当に値崩れ起こすかもしれないな。」

 「ふぅ~、此方の負けだな。だが危険が増したことには変わりない、約束は約束として少しは色をを付けて欲しいものだな。」

 「そうだな、約束のジャンク船代価の真珠9万個に加えて、本来は俵物で取引するはずだった玄米の代価に、小さかったり傷の有る真珠を9万個渡そう。」

 「おいおいおい、俵物の代わりに傷物だって? 俵物に足して9万個の間違いじゃないのかい?」

 「もう駆け引きはやめようじゃないか王直殿、俺は今まで通り俵物で取引しても構わないのだよ、ただ我が武田の若殿は生薬にも通じておってな、真珠が高価な薬になる事を知っているのだよ。儂が約束外の質の悪い真珠を他の商人に売っても、信義を破ったことにはならんよな?」

 「信繁殿は武士を止めて商人となっても成功するな! 結構だ、今回は玄米を規格外の真珠で売ろう。だが次の商いはもう少し高値を約束して欲しいな。」

 「う~ん、此方もそうしたいのは山々なのだが、来年までに9万個を超える大量の真珠を集められるか判らんのだよ。」

 「もっと人を増やせばよかろう? 何なら明から奴隷を売ってやろうか?」

 「そうだな、だが来年奴隷を売ってくれたとしても、新たに真珠が採れるのは再来年からだぞ?」

 「構わんよ、長い付き合いに成るだろうからな。で、奴隷の値段だが幾らで買ってくれるんだ?」

 「おいおいおい、奴隷は生物(なまもの)だぞ、健康男女年齢で値幅が大きい、競りにかけるしかあるまいが。」

 「おいおいおい、それじゃ損をするかもしれねいじゃないか!」

 「それは仕方あるまし、他の確実に値の付く玄米と共に持ち込めばいいだろう? 新造ジャンクは造船に日にちがかかるから1年1回だが、他の商品なら1年に後2回は来れるだろう?」

 「なら玄米を持って来れば、約束通り俵物を代価に支払うのだな?」

 「ああ、今回の玄米代価に用意した物も有るし、急ぎ新たな俵物を用意させておこう。」

 「これで今回の商いは成立だな? そして次の商いの約束も成立したな?」

 よかった! 今まで通りの値でジャンク船を確保できたし、玄米の代金を規格外真珠で手に入れられた。これで兵糧に余裕が出来る。玄米の半数と渡さずに済んだ俵物を兵糧に回し、半数の玄米は船に乗せたまま蝦夷の交易に回せる。冬季の厳しい航路だから、安全第一で日数はかかるが1回分交易回数が増やせる。
 
 三津七湊 安濃津・博多津・堺津
      三国湊・本吉湊・輪島湊・岩瀬湊・今町湊・土崎湊・十三湊

 王直、徽王を自称 倭寇の大頭目
    配下、許棟・李光頭・王汝賢


 12月『信濃・諏訪城』

 「まあ! 桔梗ちゃんも楓ちゃんも月のものが来ないの?」

 「茜ちゃんもでしょ?」

 「ええ、九条簾中も来ないそうだから、4人揃って懐妊したのね。」

 「でも私たち皆(みんな)その心算だったでしょ?」

 「まあ九条簾中が御二人男子を御産みになられたから、私たちも女の子なら産んでも大丈夫と若様が言われたから。」

 「正室だから仕方ないけど、九条様だけ御子がいて羨ましかったもの。私たちの方がずっと早くから若様と一緒だったんだから。」

 「こればかりは仕方がないは、御家騒動で兄弟親子が争うなんて嫌だもの、確実の男と女を産み分け出来ればいいけど、若様でもそれは無理だと言われていたし。」

 「ねぇねぇ、それより子供達の為に栄養付けない?」

 「駄目よ桔梗ちゃん! 蛇は食べちゃ駄目なの!」

 「え~、若様も蛇は精がつくって言ってたじゃない。」

 『強すぎるのも駄目なの!』

 「ぶぅ~~~~~」

 「それでね、九条簾中にはまだ内緒ね。」

 「どうして? どうせ御腹が出て来たら知られる事じゃない、早い方が好いんじゃないの?」

 「九条簾中の御懐妊されているし、驚かれて御子が流れたら大変だから、出来るだけ後の方が好いは。」

 「仕方ないわね、桔梗ちゃんもそれでいいの?」

 「いいわよ、鰻はいいの?」

 「はいはいはい、鰻を焼かせましょう、だから隠れて蛇を食べちゃ駄目よ!」


 12月『美濃・相羽城外』

 相羽城主・長屋景興殿は、2万石程度あった領地を道三に切り取られながらも、決して屈することなく頼芸殿に忠誠を尽して城を守り抜いていた。彼を慰労した上で周辺城砦を攻略、彼が奪われた領地を取り返してやった。流石に彼ほどの忠臣の城地を扶持化するわけにはいかない。相羽城で休息しながら狙撃適地を潰し、稲葉山城の侵攻路の安全を確保した。

 長良川上流の城砦群を攻略に行っていた狗賓善狼と僧兵8000が戻って来た、大雪で遡れない地域以外の攻略は成功していた。彼らが戻って来たことで兵数に余裕が出て来たので、相羽城を出て根尾川を渡り安藤守就の北方城主を囲む事にした。安藤守就は一族家臣を引き連れて稲葉山城に逃げて行った。いや逃げたと言うより稲葉山城で俺達を迎え撃つ心算だろう。これは少し意外だった、守就なら臣従して来ると思ったのだが、意外と忠誠心が有るのかもしれない。

 兵の一部を北方城に入れて接収、揖斐川・根尾川を渡って西美濃衆が攻めてくる事に備えさせた。その上で長良川の浅瀬を渡って稲葉山城を包囲する心算だったが、想定以上の大軍が対岸に結集していた。
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