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武田義信

混乱

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 9月『信濃・諏訪城』

 青崩城砦群では皆が忙しく立ち働いていた。農兵は帰還させ元からいた近衛武士団1000兵を基幹に、近衛足軽槍隊5000兵・甲斐・信濃の国衆2000兵・出羽三山僧兵8000の計1万6000兵が遠江侵攻に備えて準備に余念がなかった。

 俺の築城基準は公衆衛生を大切にしている、元々歴史シュミレーション小説が大好きだった上に、療術の世界でい生きて来た。まして生まれ変わって甲斐の水腫病で苦渋を飲んだのだ、築城場所の選定を守備力や交易の要衝と言うだけで選べない。

 最初に大切にしたのは飲料水の確保だ、戦時に敵が水の手を切ろうとしても守り切れる水源の確保、水源が決まれば、その水量で籠城できる最大人数が決まる。人数が決まれば、次にその人数で守り切れる大きさが決まる。更に城の形を決めないといけないのだが、山城や丘城だと地形が影響する。そしてそ何よりも大切なのは戦時での糞便と遺体の処理だ。敵に四方を包囲された時の籠城では、汚物を城外に持ち出すことは出来ない。だが城の大きさに限界が有る以上、籠城が長引き汚物を放置すれば城内に疫病が発生する危険が高くなる、そこで最初から汚物を埋める場所を考えておかないといけない。糞便と戦死した味方を同じ場所に埋めることは、士気の面から絶対に出来ない、最初から計画的に分けておかねばならない。城の大きさで限界は有るが、出来るだけ深い戦時用便所を多数用意しておく。更にその便所が一杯になった時の為の予備便槽用地を確保しておかないといけない。そこは深く深く便槽を掘り、掘り出した土で先の便所埋める事を考慮した場所でないといけない。

 「飛影、伊那に入り込んだ今川の忍びは討滅出来たのか?」

 「はい、道々の民の怒りを買い嬲殺しになりました。」

 「生産に影響は出ているのか?」

 「流石に城の奥深くまでは入り込めなかったようで、大切な物に影響はございませんが、酒などに毒を入れられた可能性も有り、確かめたり捨てたりせねばならぬ物が多く出てしまいました。」

 「軍資金を考えれば酒の廃棄は堪えるな。」

 「酒造りは水を必要とする為、どうしても狙われやすい場所に拠点を置く必要が有りました。」

 「餌が必要になるが、直接武具生産所だけでは無く、軍資金を稼いでくれる所にも犬狼を置かねばならないな。」

 「承りました。」
 側に控えていた狗賓善狼が答えた。

 「吉岡城の事だが、今後は公家衆の屋敷は伊那から飛騨に移す。大切な生産拠点近くに、あのような者達を置いていた俺が愚かであった、他の大名に利用される訳にはいかないが、根本拠点に公家衆を置くわけにもいかん。」

 「承りました。」


 9月『加賀』

 細川・浅井・武田連合軍が国境線から撤退したのを受けて、朝倉宗滴は加賀に侵攻した。越中で損耗した一向宗は国境線の城砦群を簡単に突破され、南郷城・千束城・大聖寺城なども僅か1日で陥落させた。しかし一向宗も和田山城(和田本覚寺)・藤島超勝寺(塔尾超勝寺)・金沢御堂に集まり反撃の準備を整えた。

 朝倉勢は農閑期に一気に国境線の諸城を攻略した後、専業武士・銭で雇った足軽・越中からの亡命将兵を諸城に入れて農繁期に農兵を帰国させても守り切れる体制を取ろうとした。


 9月『備後 国高 野陣』

 釜峰山城に入った尼子勢2万8000兵に対して、黒岩城に入った毛利勢4000兵は、城の前の河岸段丘上に布陣した。尼子新宮党の精鋭5000兵は湯木から向泉へ南下し、竹地谷川を挟んで両軍が対峙したが、折からの梅雨の豪雨のために竹地谷川が氾濫してしまい、戦いは1日で終わり決戦にいたらず、両軍は兵を分け、元就はいったん志和地(三次市)へ退き、晴久も6月3日山内家の本拠甲山城(庄原市)へ入り、毛利勢の江田攻めを北から牽制しようとして現在に至っている。

 さてどうするべきか? 大内勢を討ち破り江田隆連を助けなければならない。だが同時に国久に手柄を立て過ぎられても困る、これ以上増長されては家中の和を保てない。大内を討ち破た後で国久が討ち死にしてくれれば最高だが、運に任せてそのように都合の好い状況が起こるなど無理な話だ、だが起こる様に仕向けるなら話は別だ。全軍の指揮を国久に委ねて負ければ責任を取らせて処刑する、勝てば大内の放った忍に暗殺されたことにする、この辺が作りだせる状況だな。

 「義父上、ここが勝負所でしょう、一切の指揮を預けます故、何としても勝って頂きたい。」

 「任せられよ、我らが三吉の比叡尾山城を攻め落とし、新宮党が籠れば江田も落ちる事は有るまい。」

 「稲刈りに出雲に帰られぬのか?」

 「大内方の田を刈れば良い、出雲は女共が何とかしよう。まあ城を落とした後で殿達は出雲に帰られよ、稲刈りは殿が連れ帰った兵に手伝わせてもらえばよい。」

 「あい分かった、出雲の事は任せよ。」

 「但し取った城は新宮党で貰い受ける。」

 「仕方あるまいが、他の譜代衆への配慮も必要だぞ。」

 「ふん! 分け前が欲しければ共にここに残ればよい、新宮党と共にここに残る勇気が有れば城地を分けてやろう。」

 「う~む、それも通りか。仕方あるまいな、だが勝たねば話にもならんぞ。」

 このままでは江田の旗返山城が落ちてしまう、何としても勝たねばならん、だがこのように傲慢では勝っても負けても国久を処分するしかあるまい。城を取って備後に残ってくれるなら、我が手を汚さなくても大内が見逃すはずも無い。問題は新宮党が全滅した後の戦力だが、大内内部を揺さぶって時間を稼いで立て直すしかあるまい。大内義隆と陶隆房は上手くいっておらんようだから、その辺と突いてみるか。

 尼子勢が甲山城を出て比叡尾山城を目指している事を知った毛利勢は、「国広山城」・「龍王山城」・「岩倉山城」「陣山城」・「天城山城」から成る国広山大城郭群に入り迎え撃つ事にした。

 尼子勢は毛利の動きを見ても無視した。何も多数が籠った不利な城攻めをする必要はない、少数が籠る城を攻め落とせばよい。いや何の抵抗も出来ない大内方の村々を略奪すれば、越冬物資を確保し民を大内から引き離せる。大内に付けば略奪され助けも来ないと民に思わせれば、国衆が大内に付こうとしても一揆で阻まれるかもしれない。

 尼子の略奪を受けた備後大内方国衆は、陶・毛利を突き上げた。大内頼るに足りずと言う流れを受けた陶・毛利は野戦に引きずり出された。旗返山城を囲んでいた陶勢1万兵が尼子を討つべく移動し、毛利は隙を突いて山を下りる用意をしていた。

 国久は流石に戦術に優れており、陶移動の報を受けて直ぐに原川(馬洗川)を越え、高杉城外に陣を構えた。高杉城は江田家の支城であり、櫓から陶勢を俯瞰出来れば、陶勢の陣形を逸早く知ることが出来る上に、毛利勢が国広山を駆け下りて来ても、奇襲される事なく原川を挟んで迎え討つことが出来る。

 西国無双の侍大将と言われる陶隆房と、新宮党を率いる尼子国久の激突が始まった。軍勢を高杉城に進めて来た陶勢に対して、休養十分の尼子勢は中央に新宮党5000兵、左右に尼子左衛門・尼子紀伊守の各2500兵を配して攻め掛かった。

 陶隆房は直臣衆3000兵を中央に配し、左右に寄騎衆・備後国衆各2000兵を配して迎え討った。一進一退の攻防が続くも、兵力で勝る尼子勢が押し出した。隆房が本陣の3000兵を敵中央の新宮党に投入して押し返そうとするも、勇猛で鳴る新宮党を押し返す事は叶わず、逆に国久が投入した予備勢5000兵が左右に分かれて押し包む動きを見せた為、怯えた雑兵が逃げ出して友崩れを起こしてしまい軍が壊乱した。

 尼子国久は崩れた大内勢を追いに追い、陶隆房こそ討ち漏らしたものの、名の有る大内方大将を数多く討ち取り、備後の国衆を一気に尼子方に引き寄せた。しかし三次を中心に出雲と備後を結ぶ街道沿いの国衆は許さず攻め滅ぼし、尼子の直轄領とした。

 この時毛利勢は国広山を駆け下りて陶勢を助けようとするも、毛利に備えていた尼子晴久の本陣1万3000兵に、原川を挟んで迎え討たれたため手も足も出なかった。3倍の兵力を相手に渡河して攻め込む程毛利は愚かでは無かった、せめて本陣1万3000兵を引き付けようと、鬨の声をあげ矢を射かけるものの、陶勢の大敗を見て静々と軍を引き安芸に帰還して行った。このまま対陣すれば、尼子国久が引き返してきた場合に危地に陥ってしまう。稲刈りが差し迫っている今なら尼子の追撃にも限りが有るとの判断だった。

 今回の攻防で備後はほぼ尼子の勢力圏となった、しかし、滅ぼした国衆の城地を尼子国久率いる新宮党がほぼ独占した為、尼子譜代衆の不満が更に高まり、晴久の大名としての統制力が問われる事にもなった。

 一方負けた陶隆房に武名は地に落ち、大内家での指導力が著しく低下した。しかし隆房にしてみれば、尼子勢2万8000兵に対して大内勢1万4000兵しか用意しなかった大内義隆と側近衆こそ敗戦の元凶である。隆房の不満・不信・怒りは収まりのつかない所まで高まることになった。

 
 9月『信濃・諏訪城』

 諏訪城に戻った俺達は人口増加を図る作業に励んだ。開墾・産業振興・合戦など何をするにも人ありきだ、長らく本拠を留守にしていた将兵には富国強兵の為頑張って貰わなければならない。今回の合戦でも敵味方多くの人が死んだ、日本全体の事を考えれば明らかな衰退と言える。

 「黒影、北条の見極めはつかないか?」

 「佐竹がしきりに武蔵に兵を送っております、北条としても動き難いと思われます。」

 「全軍は無理にしても一部の軍勢でも動かす素振りは無いか?」

 「小田原に足軽を集めておりますが、それが何所に向かうかは分かりません。」

 「兵数はどれほどだ?」

 「農繁期でも動かせる足軽だけで3000兵を、城普請させながら何時でも動かせる様にしております。」

 さて北条がどう動くか? 小田原城に集めているなら駿河を狙っていると思いたいが、武田が兵を駿河に入れた隙に甲斐を狙う事も有り得る、楽観できる状況では無い。だが新九郎殿の暗殺を知って怒り狂ったとの噂も流れている。

 「若殿、佐竹の兵に中に客将の小笠原長時が加わっております。」

 「あの漢もしぶといな、馬廻り衆を立て直したのか?」

 「は! 関東管領・上杉の名の下に集めたようでございます。」

 「まだまだ公方と管領の名は役に立つのだな、しかし以前と同じ弓主体の騎馬なのだな?」

 「は! その通りでございます。」

 「ならば何とかなるが、引き続き調べてくれ。」
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