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武田義信

凶行

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 『出羽・湯沢城』

 俺は八柏道為の守る湯沢城で休息を取った。道為は小野寺家随一の知将と近隣諸将に恐れられていたので、一度側近くでその能力を確かめてみたかったのだ。

 「鷹司大将が差し向けて下さいました医者の御陰を持ちまして、『ぼやまい』で苦しんでおりました領民が助かりましてございます。」

 「そうか、少しは民の生活に役立ったか、蟲を全て打ち払うは無理なれど、半数の民は助けてやりたいものよ。」

 「『ぼやまい』が蟲の仕業とは皆知りませんでした、鷹司大将が御恵み下さいました、蟲払いの秘薬の御陰を持ちまして、『ぼやまい』に祟られる者自体が減っております。」

 「まあ蟲とは言っても人や神が祟ったものではない、山野に住む蟲がおり、その住処に人が入った時に祟られるのだ、出来れば蟲の住処には近づかないのが1番じゃが、どうしても近づかねばならぬ時は、蟲払いの秘薬を使い、それでも祟られてしまった場合は毒消しの術を施すしかない。」

 「鷹司大将の御慈悲は領民一同感謝致しております。」

 「それであれほど多くの民が我を迎えてくれたのか。」

 諏訪に連絡して永田徳本先生に弟子を派遣してもらったが、早々直ぐに物理的効果が有ったとは思えない。越後での評判がプラセボ効果として広まったか? 重湯の経口補水塩としての効果が想定以上に有ったか? 腋窩や頸動脈を冷やす方法で脳炎を減らすことが出来たのか? どちらにしても領民の心を直接つかめたら、出羽の直轄化が早まるかもしれない。

 
 『出羽・岩花城(岩鼻館)』

 今回も雄勝峠を越えて岩花城(岩鼻館)に向かったのだが、湯沢城の手前から岩花城までには『赤虫・ぼやまい』の発生する、雄物川・最上川流域を通らなければならない、将兵に決して寝転んだり座ったりしないように厳命して進軍した。軍勢も小集団に分け、休憩は途中の城砦群で小まめに取る様に指示した。

 岩花城では、小野寺家・客将から鷹司家直臣の取り立てた佐々木貞綱が迎えてくれた。彼の話を聞いても、俺の雄物川・最上川流域での評判上々だった。これなら地侍や国衆クラスは俺に逆らえないかもしれない、嫌な手だが、鷹司家直領や味方諸将の領民は診察売薬を16文で行い、敵対領の民は見捨てる様に指示しよう。助かりたければは鷹司領へに移民するしかないようにしよう。本当に嫌な手段だ! 自分の行いに反吐が出る。

 「鷹司大将、寒河江では飯富虎昌殿が伊達・最上・八盾に大勝為されました。今は諸城を攻略された後、最上義守が籠城する山形城を囲まれておられます。」

 「八盾の者達はどうしている?」

 「夫々自分の城に戻り領民を動員して籠城しております。」

 「それでは今年の収穫に差し障りが有るのではないか?」

 「それは国衆も自覚しております、農繁期は自然と休戦しております。」

 「成る程、それなら我は民が城を出た後で戻れぬようにすればよいのだな。」

 「まさか民を害されるのですか?」

 「そのような事はせぬよ、城攻めに巻き込まれぬ様にするだけじゃ。」

 「安心致しました。」

 ここまで南下出来れば諏訪に帰る日数も逆算できる。真っ向から逆らって攻撃を仕掛けてくれた伊達・最上・八盾を潰して直領化出来れば日本統一への大きな一歩となる。最低でも鉱山だけは奪い取って直轄化しないとな。先ずは延沢銀山を支配している延沢城主・延沢満重を攻め滅ぼす事にしよう。

 延沢城を含む近隣諸城館全てに何時もの矢文を射た。城主一族全員の切腹を条件に家臣領民の助命、城門を開けた者1人当たり100貫文を与える、城壁・柵を乗り越え逃げて来た城主一族以外の助命と言う内容だ。

 数日で多くの城砦が落城したり開城したりした。中には寒河江広種や佐々木貞綱に仲介を頼んで来る城主一族もいた。その場合は2人の顔を立てて山形の伊達家に逃げる事を許した。延沢城・楯岡城・長瀞城・尾花沢城・飯田館・佛向寺(僧兵)と八盾の大半を攻略した。

  今回主要攻略経路から外れていた為後回しになっていた、小国城主・細川直元、志茂手館主・細川直茂兄弟は、山刀伐峠を越え350兵を率いて臣従の誓いにやってきた。奥州細川家の末裔で本家の細川晴経は将軍家や細川晴元に仕えている。その関係で許されると思ってやって来たのだろうが、俺は許さなかった。

 「直元・直茂、この度の私戦は将軍家の命か、それとも管領の命かどちらじゃ!」

 「は! 将軍家の御内書を賜り仕方なく。」

 「直元・直茂! 我は近衛左大将として今上帝の民を思う心を説いて私戦を禁じたはず、その命に逆らうは今上帝と朝廷に逆らった逆賊、我に逆賊として成敗されるか、将軍家の忠臣として腹切るか選ぶがよかろう。」

 俺の周りにいた近習と犬狼が殺気を感じて一気に緊張した、直元・直茂兄弟が逆上して俺に襲い掛かってこないか、身構えているのだろう。

 「鷹司大将、我ら2人の命で一族郎党の助命を約束して頂けますか!」

 直元が決意の籠った眼差しで問いかけて来た、俺としてもここで甘い顔をすれば後で弊害が出てしまう。将軍家の御内書を貰った戦は負けても許される前例は作れない。かと言ってここに来た350兵全員を殺すのも躊躇われる。

 「うむ、己が命で一族郎党の助命を請うとは天晴である、見事切腹して見せたら一族郎党は助命いたそう、但し城地は召し上げて扶持を与えるゆえ、近衛府の兵として諏訪での奉公を命じる。それでよいかな?」

 『有り難き幸せ!』

 吐きそうになりながらも必死で我慢して切腹を検分した。こんなものを見て喜ぶ趣味は無いのだが、武士としての矜持を示し、一族郎党の助命の為の大事な儀式なのだろうから、見届けるのが俺の責任だろう。
 

 『近江堅田・称徳寺』

 「おのれ偽公方! 事も有ろうに帝に強訴するとは許すまじ、馬引け! 者共ついて参れ!」

 京に落延びて以来、三好家の客将として大小の合戦で武名を鳴り響かせていた。曹洞宗(そうとうしゅう)の下級武士・野武士・地侍・足軽を中心に兵を集め、今では3000兵を束ねていた。軍資金も曹洞宗の豪農や国衆から支援を受けている為、急速に独自に動かせる兵を養う事が出来るようになっていた。

 本来なら彼を止めるべき目付の松永久秀は独断で見逃した、いやむしろ積極的に情報を流して暴発させた。三好家に汚名を着せるわけにはいかないが、ここが勝負所。公方が大失態を犯した今直ぐに動かねば、朝敵討伐の大義名分を失ってしまう。時間が経ってからでは駄目なのだ、だからと言って公方殺し・主殺しの汚名からは逃れられない。ならば『主殺し』の2つ名を持つあの漢にやらせればいい、最悪俺がやらせたことにすれば長慶様に汚名が行くことだけは避けられる。

 大山崎を怒りに任せて出陣した漢だったが、本庄実乃と地元の侍達の献策を受けることにした。山科本願寺の一向宗に見つからないよう夜間に逢坂関おうさかのせきを越える。この時に地理に明るい地侍が大いに役立った。

 急ぎに急いで夜明け前に近江堅田・称徳寺に着いた漢は、史実で行った、気に喰わない村を兵で囲んで焼滅ぼしたのと同じ凶行を行った。寺の出入り口を兵で厳重に封鎖した上で四方八方から火をかけたのだ。寺の中で一向宗から酒池肉林の接待を受けていた将軍家は泥酔状態だった。将軍家と近臣の奉行衆・御供衆の大半は、眠ったままガスで意識を失い焼き殺されるか、逃げ惑いながら生きたまま火に撒かれて焼け死ぬか、門前で切り殺されることになった。

 凶行から逃れられたのは、領地の差配に戻っていた朽木稙綱と、越前国境で軍の指揮をしてる細川晴元との連絡に行っていた細川藤孝だけだった。上忍の和田惟政は寺の城壁を越えて逃げようとした所を槍で突かれて討ち取られた。

 長尾景虎はこれで2代4度の主殺しに加えて、公方殺しの汚名悪名を受けることになったが、独自の正義感を持つこの漢は、平島公方・足利義冬様と帝への忠義を尽くしたことに大変満足していた。しかし彼独自の正義感が画竜点睛を欠くことにもなる。義藤の2人の弟、一乗院門跡・覚慶(かくけい)と相国寺・塔頭・鹿苑院主・周暠に何の注意も向けなかったのだ。

 足利義藤の死を知った者達の動きは劇的だった。面目を潰され激怒した六角義賢は急ぎ兵を集めて三好との決戦を決意し。越前国境で陣を張り、朝倉を牽制して加賀一向宗を支援していた細川晴元は、若狭武田勢と共に陣払いをして急ぎ六角との合流を目指した。細川勢の陣払いを知った朝倉宗滴は、軍を編成し加賀を攻める決意をした。この情報が今川北条まで届くには今暫くの時間が必要だった。

 
 『出羽・山形城』

 いよいよ最上八盾の盟主・天童頼貞の天童城を囲んだのだが、舞鶴山・八幡山・越王山が連なる山全体を城郭とし堅固な山城の上に、人望も厚い様で、他の城砦の様に直ぐに内部から開城落城とはいかなかった。これだと野戦で鉄砲の一斉斉射で方を付けた方が早いので、各城門付近に付け砦を設けて山形城を囲んでいる飯富虎昌と合流する事にした。

 「若殿、お久しぶりにございます。」

 「昌景(山県昌景)も元気で何よりだ、虎昌はどうしておる?」

 「兄は寒河江兼広殿・白鳥長久殿と軍議でございます。」

 「昌景も今度の戦では大活躍で有ったな、そろそろ虎昌の元を離れて独自で軍勢を差配して貰わねばななんな。」

 「有り難き御言葉、これからも若殿の為武田家の為、粉骨砕身奉公させて頂きます。」

 「うむ、期待しておるぞ。」

 山形城は比較的堅固では有るが平城で、野戦で大敗した後の為士気も低い、雑多な勢力が逃げ込んだ為纏まりも無い。そこで既に俺の名で射込んでいた何時もの三種の矢文に加えて、飯富虎昌の名で最上義守の首を持参した者に、銭5000貫文を与えると大量の矢文を射込ませた。

 俺の名に傷が付くのは拙いが、出来るだけ味方の損耗を減らしたいし、早期に諏訪に戻る為には仕方なかった。だが効果は絶大だった。疑心暗鬼になった兵達の殺し合いが勃発したのだ、最早誰も信じられずろくに眠る事すら出来なくなった最上義守は、妻子の助命を条件に切腹開城しようとしたが、その噂を聞いた雑兵たちは、切腹されては5000貫文が泡と消えると考え、皆で分け取りを相談して二之丸から本丸に攻め込んだ。

 哀れな最上一族は家臣や雑兵共に攻め殺され滅亡する結末となったが、最後に欲に駆られた雑兵同士が最上義守の首の奪い合いが始まり、義守の首は判別不可能なほど千切り取られてしまい、見るも無残な有様となった。流石にそんな首を見たら悪夢にうなされそうだったので、責任を虎昌に押し付けて、山上城の攻略に向かう事にした。5000貫文は約束通り虎昌が支払ったが、義守の首だと肉片を持って来た皆に公平に分配した為、1兵当たりの額が激減した。その噂を聞いた雑兵全てが、その辺に転がっている死体の顔の肉を引き千切って持って来たからだ。虎昌が銭の支払いを証書の形にした為、兵達は日本海沿岸の湊に一度行くしかなくなり、自然に伊達家・山形から引き離されることになった。
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