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武田義信

謀略戦

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 10月1日『信濃・諏訪城』

 「飛影、武器の開発は順調かい?」

 「はい、大型弩砲は分けて運べるようにしました。荷を運ぶための大八車も道普請みちぶしんの済んだ領内では使えるようになり、荷の移動が随分楽になっております。」

 「大八車に大型弩砲や抱筒かかえづつを、据え置きできるように出来たかい?」

 「はい、駄馬で引いて移動できますが、それはあくまで道普請が済んだ領内だけです、他国に侵攻する時は道が狭くて使えません。」

 「今はまだ迎撃戦しか使えないのは仕方ないな、だが戦術訓練は敵が大型弩砲で殺傷用射出槍を撃ち出す想定でやってくれ。」

 「承りました、しかしそれ程の知恵者の敵がおりますでしょうか?」

 「小笠原馬廻り衆の夜襲の時に使ったからな、神田将監あたりが開発して我ら相手に使って来たら大損害を受けることになる。」

 そうだ、神田将監なら1度受けた攻撃を遣り返して来るかも知れない。長さ2間・横1間の十文字竹槍を密集陣形に撃ち込まれたら大損害を受けてしまう。ただの矢・投槍の攻撃なら点の損害で済む、だが長い横棒を付けた射出槍なら面の攻撃になる、地面に落ちた射出槍が跳ね回りながら勢いに任せて進めば、十数人の兵や馬を傷つけるだろう。十文字矢を普通の弓で射るのは難しい、十文字投槍も人が投げるのは難しい、軌道が安定せず射程も著しく短く成ってしまう。だが多数の大型弩砲で力任せに撃ち出せば殺傷力は絶大だ。

 「承りました、危険を察知したら密集陣形を解き、人馬の間隔を取った包囲戦に素早く移行できるよう訓練いたします。神田将監と小笠原長時は最上に居たようでございますが、今は佐竹にいるようでございます。」

 「関東管領・上杉が佐竹を頼ったからか?」

 「恐らくその為かと思われます、信濃の戦いでも上杉が援軍を出していますから、共に戦う心算かと思われます。越後への逃亡戦で磨り減った馬廻り衆も立て直しております。」

 「最上・佐竹で大型弩砲が使われていないか調べておいてくれ、それと尾張の調略はどうだ?」

 「承りました、尾張の方は順調でございます、守護の斯波義統をはじめ、守護代2家や弾正忠家などの有力国衆が相争うよう各家に軍資金を支援しております、萱津の戦いなど尾張国内での争いを頻発させております。」

 尾張守護家・斯波義統
 尾張上四郡守護代家(伊勢守家)・織田信安
 尾張下四郡守護代家(大和守家)・織田信友
 尾張大和守家・清洲三奉行・因幡守家・藤左衛門家・弾正忠家
 弾正忠家・織田信長・織田信行
 川並衆・蜂須賀正勝・松原内匠・坪内勝定・加治田直繁

 「どこか1つが尾張を統一しないようにしてくれ、だが織田信長だけは潰してくれ、他の者が尾張を統一する危険が有っても、織田信長だけは排除しなければならん。」

 「暗殺いたしましょうか?」

 「いやそれは駄目だ、天下を統一するには仁徳が不可欠だ、暗殺を使って天下を統一しても長続きはしない、正々堂々と天下を勝ち取るだけの能力を示さなければならない。」

 「承りました、しかし敵は毎日の様に刺客を送り込み、若殿を暗殺しようとしております。」

 「今川殿の事かい?」

 「はい、どうやら伊賀の藤林長門を使って仕切りに若殿を狙っております。返り討ちにした者の中に、滝川一益殿の顔見知りがいたので藤林長門と義元殿の仕業と判明しました。」

 「まあ仕方ないだろう、俺を殺せば武田の勢い止めることが出来ると判断したのだろう。だが俺だけだろうか? 北条新九郎殿も評判が好かった、義元殿が甥である俺を殺す決意をしたのなら、同じく甥の新九郎殿を殺す決意をしてもおかしくはない。」

 「申し訳ありません、病で死んだのは確かですが、その病が毒であるかどうかは判りません。」

 「そうか、まあ犬狼達を身辺に置いているから、その鼻で毒は直ぐ判断してくれるし、夜陰に乗じての侵入も防いでくれる。指揮する半身も飛影が鍛えてくれた影衆だ、奥も茜ちゃん達が取り仕切ってくれているから、安心して眠ることが出来る。」

 「しかしながら若殿、義元殿だけでなく将軍家や管領殿も暗殺を企てておられるようでございます。」

 「義輝将軍と晴元伯父上かい? まあやるかもしれないとは思っていたけど、本当に仕掛けて来たか。儂が幕府の役職を返上したことで危機感を感じたのだな。馬鹿でもない限り当然の事だ、俺が幕府より朝廷を主軸に据えて戦おうとしているのは明々白々、伯母上も亡くなられ六角から後添えを迎えられておる、六角配下の甲賀衆が動いたか?」

 「御慧眼の通りでございます、甲斐望月家の伝手も使い、我らも独自で調べて合わせて判断いたしましたが、甲賀山南七家の和田惟政が指揮しての事と思われます。」

 「畿内での軍事均衡を崩して、帝や叔母上たちを危険に曝すわけにもいかない、防御に徹してくれ。出来るな?」

 「承りました。若殿の指示で甲賀・伊賀の忍びの引き抜きも順調でございますし、難民から筋の好い者を鍛えてもおります。それに余程の事が無ければ忍び同士の殺し合いは起こりません。ただ伊達・最上・南部の忍びは、忍同士の戦いを仕掛けてくるかもしれません。」

 「来年には攻め込まれると思っているのだろう。生産拠点の焼討ちや荷役への襲撃に備えてくれ。」

 「承りました。」

 「そうだ、俺への毒殺未遂が毎日起こっていると言う噂を流してくれ、特に北条家に届くようにしてくれ。」

 「北条新九郎殿の病死を今川家の毒殺と思わせて、両家を戦わせる御心算ですか?」

 「俺に忍びを送って毒殺を計っているのは紛れも無い事実だ。時を同じくして新九郎殿が病死している。影衆では遺体を掘り起こして調べ直すことは出来ないが、北条氏康殿が風魔衆に調べ直させる決断をすれば、真実が判るかもしれん。まあどう転ぼうとも、同盟話は破綻するだろう、そうなれば今川贔屓の譜代衆を抑えて駿河遠江へ侵攻する手を使う事もできる。」

 「今川が先に甲斐や伊那に攻め込んで来たらどうなさる御心算ですか?」

 「義元殿は猜疑心が強く、家に逃げて来てる井伊直親の父・井伊直満の様に多くの国衆を粛清している。心の中では恨んでいる国衆も多いのだろう?」

 「はい、特に遠江は元々斯波家が守護を務めていたのを、今川家を武力で奪った国でございます、度重なる斯波と今川の争いは、国衆同士の騒乱や家臣が国衆を追い落とす事すら起こっております。事が起これば調略出来る様に繋ぎは付けております。」

 「そのまま義元殿に悟られぬ様に続けてくれ、それと以前話していた、遠江・頭陀寺城主・松下之綱に仕えるだろう、六本指の男を連れて来てくれ。」

 「承りました、改めて配下の者の指示いたします。」

 しかし最早前世の知識は役にたたんな、畿内は暫らく様子見だな、直接戦力投入するには甲斐は遠すぎる。織田信長もまだ頭角を現していない、尾張統一どころか弾正忠家の家臣団すら纏められていない。これならば当初想定していた、今川と織田を噛合せて勢力を削ぐ必要もないな。北条が今川と対立してくれれば、佐竹に関東管領・上杉を担がせて北条を攻めさせる。その上で武田が駿河・遠江・三河に攻め込めれば一気に占領も可能だろう。

 その場合は出羽陸奥の統一は遅れるだろうが、肥沃な駿河・遠江・三河を手に入られたら、蝦夷に送る米も自前で手に入れる事が出来る。関東管領・上杉と直ぐに敵対を解消できるとは思えないが、佐竹とは何の遺恨も無い、佐竹に上杉を説得して貰って北条を攻めさせる段取りを整える。今川が北条を攻めた隙に三河・遠江攻め込む手も有れば、北条が今川を攻めた隙に三河・遠江攻め込んでも好い。

 上総の庁南・真里谷の両武田に兵を蓄えさせて、関東の拠点にする為にはもう少し支援軍資金を増やした方が好いな。


10月5日『信濃・諏訪城』

 「九条よ、太郎は元気でいるか?」
 俺は帰城してから日課としている、九条と太郎への面会に来た。

 面会とは大袈裟だが、家族団欒の時間が大切なのだ。戦国の世を生き抜くには家族不和だけは防がねばならないし、乳幼児死亡率が5割を超える時代だから、僅かでも体調に異変が有ればいち早く察知し処方しなければいけない。また予防法として毎日自ら小児鍼を施術しないと安心できない、その為に車鍼や掻鍼を作らせていたのだから。

 「殿様、太郎だけなく妾も構っていただきとうございます。」

 「いま少し待っていてくれ、太郎への施術は直ぐ終わる、やり過ぎると逆効果だからな。」
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