上 下
59 / 246
武田義信

戦略構想・朝廷工作

しおりを挟む
 12月1日『信濃・花岡城・義信私室』

 今年は長年の戦略構想が崩壊してしまった年だった。史実を知る俺は武田信玄・織田信長・上杉謙信に恐怖していた。信玄の猜疑心からの粛清に細心の注意を払いながら実力を蓄えて来た、硬軟使い分けて決して信玄の逆鱗に触れないようにしてきた。

 織田信長に対しては、今川氏真を活用する予定だった。武田・今川・北条の三国同盟を堅持しつつ、桶狭間後の今川軍を信虎爺ちゃんと信顕叔父さんを陣代に使ってコントロールする、その上で美濃に出た俺とで信長を挟み撃ちにする心算だった。その為に美濃の土岐頼芸を支援していたのだ。

 問題は上杉謙信だった、此奴が一番扱い辛いだろうと考えていた、だから史実通りに川中島合戦を誘発させ、誘き寄せた謙信を鉄砲一斉射撃で撃ち取る心算だった。その上で越後を手に入れ海に出て、北回り航路で蝦夷と明の中継貿易を行い、佐渡を手に入れ金山開発する心算だった。

 だが想定外に越中が易々と手に入り、その過程で鉄砲一斉射撃を披露してしまった。謙信も意外と組し易く越後統一に苦戦している、だから前倒しで信濃制圧も達成した。ここまで初期構想とズレが出てしまうと大幅な戦略変換をしなければならない。囲碁や将棋と一緒で相手の有る事だから思い通りにはいかないだろう、まして相手は1人では無く周辺諸国全てだ。

 何手先まで読むかは俺の能力次第だが、基本戦略だけは決めておかなければならない。今川と北条が攻めてこない限りは三国同盟は堅持したい。越後を盗り、佐渡を取る、佐渡金山の確保と開発は絶対条件だ! そして中継貿易で明から穀物を輸入して蝦夷の産物を輸出する。食料の絶対量を増やして民を餓えさせない! これが最初からの俺の基本理念だ、これを崩すのは己の命が危険に曝された時だけだ。それに自前のジャンク船で日本海を3往復できれば、日本各地で違う精銭・永楽銭・鐚銭の交換比率を活用できる、銭交換差益で莫大な利益を生むことが出来るのだ。

 次の手は周辺諸国の動向次第で流動が激しいが、考えられる戦略は美濃に出て斎藤を攻め滅ぼし、尾張に侵攻して織田信長と雌雄を決する事。勝つことが出来たなら今川も必要が無くなる。その時の関東管領の実力と北条の実力を天秤に掛けて、関東を切り取るのが1つの流れだろう。

 他に有り得るのが越中の一向宗を懐柔してから、越中一向宗と敵対している加賀の一向宗に攻め掛かり加賀を手に入れる事、越前に手を出すかどうかは、朝倉家の陣代で事実上の当主・朝倉宗滴の寿命次第、宗滴存命中に越前に攻め入るほど俺は馬鹿じゃない、亡くなってから内紛を起こさす工作をして、数年後に攻め込ばいい。問題は加賀に攻め入ったら本願寺とは泥沼の宗教戦争になるだが、一向宗内の権力争いを誘発させて、切り崩しを行なえば対応可能だろう。今までも準備して来たが、今年からはもっと銭と人材を投入しよう。

 後は上野・陸奥・出羽方面だが、この辺りの史実を俺は知らない、飛影に調べさせたことを近習達と検討しなければならないが、もし侵攻するなら北条殿と話し合いながら、境界線を確定していかねばならない。日本海沿岸を支配している大名とは争いたくない、交易での軍資金確保を優先すべきだろう、攻め込むべき国は幾らでもあるのだから。蘆名盛氏あたりが一番適当だろうか?

 今年の内政で困ったのは、6月の大雨で富士山北側山麓に洪水が発生し、7・8月にも大雨洪水が発生したことだ、更に事もあろうに8月3日には甲府でも洪水が発生したのだ。この洪水の所為で食料を失った民が大量に出てしまった。信玄は餓死者を出さないために困窮する民を黒鍬衆として雇用した、雇用した黒鍬衆を使って堤防を構築し、軍用道の整備と荒廃した田畑の再開墾に投入した。報酬は雑穀1日5合の現物支給にしだが、それは洪水による食料不足で食物相場が高騰していた為、銭の支給では更なる価格高騰を呼び起こしかねないからだ。支給した雑穀は備蓄していた兵糧を放出する事で対応したが、目減りした兵糧は秋の収穫後に食料相場が安定してから他国から輸入した。少しでも安価に兵糧を手に入れる為だが、銭の工面は俺が上納している軍資金を活用したようだ。今までなら他国に侵攻して略奪に走らねばならなかったが、今の武田には銭の余裕が有り、将来の統治の事を考えて信濃攻略に伴う略奪は厳禁とされた。

 しかし武田領内での物価高騰を抑えきることは出来なかった、歩合収入の有る荷役を筆頭とした裕福な者達が、食料不足の不安から物資の買い占めを始めたからだ、それに対応して商人が利益の為に周辺諸国で食料を買い占めて武田領に持ち込んだ。これによって徐々に領内の物価高騰は下落傾向になったが、今度は周辺諸国で食料価格が高騰し餓える者が出始めた、餓えた者達は俺が難民を保護していることを知っている周辺諸国出身者だ、結果大量の難民が武田領に逃げ込んで来る事になった。

 俺と信玄は相談して全ての難民を受け入れる事にした、足軽・黒鍬・小人・鉱山夫など難民の技能によって配置先は様々だが、武田の軍事力・国力に組み入れる。鉄砲一斉射撃を披露し海を手に入れた以上、もはや手加減をする必要が無くなった、全力で日本制圧に邁進する。

 だがこれで日本海貿易の必要性を痛いほど再確認できた、明や朝鮮の食料不足は考慮しない、手に入れることが出来る限界まで食料を輸入する。手持ちの淡水真珠を全て放出することになっても穀物を手に入れて見せる。

 
12月1日『京 鷹司屋敷 九条卿』

 新築・修築・増改築と銭に糸目を付けない工事が続く中、客間でこうしてくつろいでいると、帝との拝謁が思い出される。清廉潔白な帝を説得する為、包み隠さず全てのはかりごとを御話申し上げたが、やはり帝には御許しに成れる事では無かったようだ。

 血縁から武田義信の鷹司家継承は御認め頂けた、官位もさかのぼって任官したことに書類を改竄した、まあ何時ものことだ、いにしえより上洛して来た東胡あずまえびすの強要に対する朝廷の対処法だ。三条公頼卿が鷹司家を継承した時には義信殿も鷹司家の養嗣子であった事にして、その時に従三位の位階を得ていた事にした、そして今は鷹司家当主で正三位・左近衛権中将に改竄されている、来春には従二位と言うことになるだろう 。

 問題は秋に内親王宣下を御受けになられた、普光内親王と永高内親王の降嫁だ、これだけは何と申し上げても御認め頂けなかった。施療院を三条邸で開かれる義信殿の帝の心証は好かったし、銭では無く日々必要な生活品を毎日献納する奥ゆかしい尊皇の心も御認めになられていた。だが義信殿が鷹司当主の立場より武田の次期棟梁を優先するだろうとおっしゃられたことに、御返しする言葉は浮かばなかった。

 だが義信殿の養嗣子として三条実信殿を鷹司実信に改める事は御認めに頂けた。それに伴い三条公之殿を三条家の当主にする事も御認め頂けた。位階の方も現在鷹司実信殿が従四位上・左近衛権少将、三条公之殿が従四位下・右近衛権少将に成っている。来春には義信殿の昇叙任官に合わせて同時に昇叙任官する事も御認め頂けた。

 だがここで諦めるわけにはいかなかった、伊那にいる公家衆の為にも、京に残っている公家衆の為にも、武田の武と富を朝廷に取り込まなくてはならない。そこで、鷹司実信殿と三条公之殿なら武家の棟梁でもないし、公家の立場を優先すると誓った熊野権現の誓紙を出させると言う条件で、普光内親王と永高内親王の降嫁を説得申し上げた。この時には土佐の一条家・伊予の西園寺家・飛騨の姉小路家を例に出し、公家が大名家になり得ると説得申し上げた。

 帝は最後まで難色を示されたが、武田の次期棟梁でも無いので条件を達成すれば認めると申された。その条件は。
 1・最低1国の守護で有る事。
 2・公家としての立場を武家より優先する誓紙を出す事。
 3・守護地の御禁裏領・荘園・家職銭を保証する事。
 4・子息が産まれ成人したら早々に当主を交代する事。
 5・前当主・当主・次期当主は守護国と京を交互に行き交い、朝廷の仕事を疎かにしない事。
 以上であった、中々に難しい条件では有るが、武田なら認めるだろうと思い、間に立って交渉する事にした。今頃は武田の忍びが甲斐に走っている事だろう。

 実はこの方が九条家には都合が好い、我が愛しい娘を義信殿の正妻に迎えて貰う事が出来る。我が娘が産んだ子が何れは武田の棟梁となる、これほど喜ばしいことは無い、沢山の子が産まれれば次男に九条家を継承してもらう事も出来るし、娘を入代させて帝の中宮とする事も夢ではない。武田の武と富を後ろ盾に出来れば九条家は安泰だ。晴信殿も義信殿も我が娘との婚儀に反対はすまい。明日にも帝の許可を頂き忍びに連絡を届けて貰おう。来年には孫を抱けるかもしれないな。さて伊那からついて来てくれた山窩に飯綱の法を伝授してもらおうかの。


12月31日『甲斐 躑躅城 大広間』

 雪が降り他国の侵攻の心配が無くなり、俺は安心して花岡城から躑躅城に移動した。犬狼部隊の充実と馬橇・犬狼橇の開発で冬季の移動も便利になった。今日も一門揃って新年を迎える食事会だ、信玄父ちゃんに鷹司母上、次郎・三郎・四郎・五郎をはじめとする弟妹達、諏訪御寮人をはじめとする父ちゃんの側室たち、信龍殿をはじめとする城に残っている叔父叔母達、千代宮丸をはじめとする従兄弟たち。

 今日は色取り取りの料理が並ぶが、女衆に喜ばれているのは南瓜のシチューだった。牛乳に適量の小麦粉と南瓜を加えて煮詰め、更に蒸かした南瓜を磨り潰して溶かし込み、蕪・金時人参・岩魚の燻製で作った。鍋によっては猪や鹿の燻製を主材にしている物も有る。最近は戦と内政で忙しく新メニューを考えていなかったが、凶作対策でじゃが芋・薩摩芋・南瓜料理を冬季に普及させる事にした。

 料理の中にはじゃが芋をするめとたまり醤油で煮た物も有る、夏季ならば活け蛸と南瓜・薩摩芋・里芋などと煮た物を出すのだが、今回は民が真似し易い様に鯣とじゃが芋だけで試作してみた。後は菓子代わりの石焼薩摩芋や焼栗も女衆に喜ばれてている。

『現在の官位官職』

 鷹司義信 正三位・左近衛権中将 足利幕府・国持衆・越中守護
 鷹司実信 従四位上・左近衛権少将
 三条公之 従四位下・右近衛権少将
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

すてられた令嬢は、傷心の魔法騎士に溺愛される

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,080pt お気に入り:69

魔法武士・種子島時堯

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:239

アウトサイダー

現代文学 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

笑うヘンデルと二重奏

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

こんにちは、女嫌いの旦那様!……あれ?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:2,823

私はあなたの婚約者ではないんです!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:106pt お気に入り:6,171

処理中です...