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武田義信

信濃の敵と越中統治

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 5月5日『信濃 稲倉城外 小笠原長時』

 兵糧と軍資金の確保は急務だった、中塔城なら3000の兵と兵糧さえあれば、3年は武田の攻めに耐えられる、民からの略奪は最早無理、ならば北条城の西牧信道のような裏切り者の城から奪い取る! 今夜は赤沢左衛門尉が持っていた稲倉城だ!

 「掛かれ!」

 小笠原長時の号令一家3500兵が我攻めを開始した。近隣城砦から援軍が来る前に攻め落とし、めぼしい物を略奪し無事に帰城しなければならない、損害を考慮してはいられないのだ。籠城しているだけでは雑兵は逃亡するし、忠義な者も最後は兵糧を喰い潰して滅亡。民から略奪する手も封じられた以上、損害を覚悟で城砦を攻め落とすしかない。無理な攻撃を続けても雑兵は逃げてしまうが、少なくとも名を残すことは出来る。戦って戦って戦い続けて名を残す、最早その道以外残されていないのだ!

 「殿! 稲倉城が攻められております!!」

 「馬引け! 援軍に参る。」

 伊深城の後庁重常は500の兵を率いて援軍に向かう事を決意した、ここで武勇を見せれば若殿の信頼を勝ち得る。赤沢一門とは洞山城を巡っての因縁も有るが、ここでそれを持ち出しては若殿の信頼を失う事は自明の理、伊深城の守りは若殿が付けてくれた援軍に任せればよい。

 「出陣!」

 援軍に向かう為に一旦平地に下り、稲倉城への登り口手前に来たとき不意に矢の雨が降って来た、敵の伏兵がいたのだ! 赤沢政智率いる馬廻り衆が待ち構えていたのだ、敵は5射した後で一気に勝負を付けるべく騎馬突撃を開始して来た。時間が勝負の略奪夜襲、周辺城砦の援軍が合流する前に各個撃破しなければならないのだろう、ならば無理せず時間稼ぎに徹する。

 「殿様、下で戦いが始まったようでございます。」

 「うむ、判っておる。略奪はどうなっておる?」

 「主郭と二之郭が頑強に抵抗しておりますが、他の郭の兵糧と財貨は押さえました。」

 「ならば頃合いじゃ、逆撃に備えつつ中塔城に戻る。」

 「は!」


 5月5日『信濃 稲倉城内 百姓』

 主郭と二之郭に籠った民と兵は必至で戦った、野良仕事が終われば山城に帰る、不便だが生きるためには仕方が無い、今日も不便を堪えて城に戻ったからこそ生き残れたのだから。武田の若様の御陰で、民の食料・財貨を保管する小屋が主郭に作られた。敵が引いていく、俺達の食料は守り切れたのだ!

 「守り切ったぞ! 勝鬨を挙げよ!! えい、えい、えい」

 「おー


 5月5日『佐久郡 稲荷山城外 神田将監』

 300騎の馬廻り衆を率いて武田領奥深くまで切り込んだ、村上・武田の境界線では民が財貨と供の城砦に籠ってしまい略奪が出来ない、危険を承知で攻め込むしかない。兵糧と軍資金無くしては信濃に踏みとどまる事すらできない。年貢折半の境目領域を広げる為にも略奪と焼き討ちを続ける!


 6月1日『吉岡城 二之郭 三条夫人』

 三条夫人・三条実信・三条公之・鷹司公頼・鷹司藤花の家族水入らずの団欒の場だ。

 「御父上、藤花、よく参られました。」
 三条夫人が涙を流して父と妹の無事を喜んでいた、継母がいないのは父親の配慮だろう。

 「うむ、生きて御前の顔をもう一度見れるとは思わなかった。」
 「姉上様、藤花と申します、御世話になります。」
 三条実信・三条公之は行儀好く黙って座っている。

 「御父上、妾も今生で今一度御会いできるとは思っておりませんでした、藤花とも一度も会えぬままで生を終えると覚悟しておりました。」
 
 「うむ、義信の御陰で御前にも会えた上に、鷹司の名跡も継ぐことが出来た、更に太政大臣にも昇れた、最早望む事はない、後は安楽に暮らせればよい。」
 鷹司公頼卿もしんみりと答える

 「されど太政大臣を辞されたのですね?」

 「あのまま京にいては戦に巻き込まれて死ぬやもしれん、九条殿に任せて逃げて来た。」

 「左様でございましたか、都はそこまで荒れておりましたか。」

 「夫人、菓子を御持ちいたしました。」
 
 「お入り。」

 女中が義信直伝の団子を作って持って来た、食料状況が改善したので米で作られた団子に各種の餡が乗せられている。枝豆を潰したずんだ団子をはじめとして、胡桃・南瓜・栗・赤味噌・白味噌・水飴・果物などを餡にした、色とりどりの団子が並んだ。

 「綺麗!」
 藤花が思わずつぶやく。

 「さあ、皆で食べましょう。手あぶりも用意しております、味噌や飴醤油は炙ると更に美味しくなりますよ。」

 三条夫人はこの後、鷹司簾中と呼ばれるようになった。


7月1日『越中・能登国境線』

 畠山在氏殿が、越中で集めた300騎1000兵を率いて七尾城に向かった。畠山義続殿の大名権力を強くするため、能登七人衆の兵を上洛させる為だ。当主かそれに準じる者を能登から遠ざける策なのだが、国境線に武田の大兵力が結集しなければ不可能な策だ。七人衆は足利義藤将軍、細川晴元管領、畠山義続・能登守護の命令に逆らい、上洛を拒むことが出来るか? 拒むとしたら戦覚悟になる、なれば誰かと手を組まねば敗戦必死。越後は内乱中で当てに出来ない、越前は加賀が間に有り無理、残るは加賀・越中の一向宗。宗教権力闘争中の加賀の尾山御坊(金沢御堂)か越中の勝興寺・瑞泉寺と手を組む可能が有るのだが。どちらにしても宗教戦争は覚悟しないといけない。

 だが七人衆は上洛に同意した、将軍・管領・守護連名の命に逆らえば、2万を超える軍勢に逆賊として討ち滅ぼされると諦めたのだろう。各家が上洛を命じられた兵数も、家を傾けるほどでは無かったので受け入れやすかったのだろう。七人衆は畠山義続殿を圧迫していた当主が出陣する事で、能登国内で勢力を著しく減じることになった。

 畠山在氏殿の下には越中・能登の国衆800騎3000兵が付き従い上洛することになった、京で最も必要な歴戦の中下級指揮官を確保出来たのだ。畿内では銭さえ積めば足軽などの雑兵は幾らでも集まる、必要なのか核となる指揮官なのだ。

 問題は上洛経路だったが、今回は本願寺支配下の加賀を強行突破しても、越前・若狭を経由して近江の将軍家に合流するか、山城に入って京を目指すかは臨機応変となった。加賀の一向宗と争う事なく上洛できればいいのだろうが。

 俺は上洛軍を見送りつつ内政の手配りを行った、越中の民を豊かにすることが急務だ。船大工に小早船・関船・安宅船建造を依頼して、進捗状況に応じて銭を払った。飛騨を含む山岳地帯には、艦船建造用に材木切りだしを大量依頼した。各種職人には、技能に応じて打刀・槍・弓矢・具足・馬具・農具などを大量依頼した。職能の無い領民は城砦の新築・増強改築に雇い銭をばら撒いた。更に農業に欠かせない水を確保する為の溜池作りや、水車・踏車・激龍水の建造も始めた。

 更に当然塩田開発を行った。風車と激龍水で海水を汲み上げ、竹と笹で組上げた巨大な幾層もの笊状櫓に流し込み、天日で自然結晶化させる方法と、塩田を作って最終的に焚いて作る方法と、塩田で濃縮した海水を氷見温泉の地熱で温め結晶化させる方法の3つで塩作りを行った。

 もう1つは鰯・はたはたにしん・魚の粗を使った魚肥の生産を始めた。魚肥の生産が軌道に乗れば、大量の肥料を必要とする綿花や菜種の栽培にやっと手を付ける事が出来る。俺は民を餓えさせないことを最重要としていた、その為に生産できなかった商品作物や軍需必需品をやっと栽培できるのだ。

 その上で甲斐・信濃・飛騨・越中の領内全ての関所を廃止して、物資流通を促進させた。俺の軍用馬増産政策で伊那で馬料が不足し高騰していたのだ。今川領との交流促進・木曽・甲斐からの緊急輸送で対応し、越中に騎馬の扶持武士を常駐させることで対応したが、領内の物資輸送が速やかに行われるようにしなければ、騎馬隊の集中運用など絵空事に成ってしまう。信玄に技術者を派遣してもらい、河川防波堤兼用の軍用道路網の構築を急がなければならない。馬料だけでは無い、軍勢や全ての物資の領内移動の早さが、今後の戦いの帰趨を制すると言っても過言ではない。史実の豊臣秀吉の中国大替えし、賤ヶ岳の兵の機動運用を思い出せば判る事だ。勿論国を守るための国境城砦群周辺には作らない、敵に攻め込まれて、一気に重要中心地を押さえられるわけにはいかないからだ、国内の兵力集積地から国境までの移動可能時間を逆算して、軍用道路網構築を考えなければいけない。

 木曽と飛騨に関しては公家衆を迎え入れる準備で既に銭をばら撒いていた。領民だけではなく地侍の家族すら雇って、それこそ湯水の如く銭を使った。その御陰で木曽・飛騨の民は豊かになり生活が著しく向上した、その上で一向宗の高僧が御布施を私して、戒律を破り酒池肉林の贅沢を行う破戒僧だと噂を流した。


8月1日『越中・松倉城』

 「信繁叔父上、後の事を宜しくお願いします。」

 「任せてくれ、義信殿がここまで段取りしてくれたらしくじりようがない。」

 「しかし叔父上、一向宗は油断できません。」

 「まあしかし義信殿がばら撒いた越中開拓の銭で一向宗も潤っておる、『武田を攻めれば銭の流れは途切れる』、義信殿が流した噂は強烈だ! 上は住持から最下層の信徒まで、教えを捨てる必要などなく、ただ支配者が武田に変わる事を認めるだけで豊かになるんだ、暫らく大丈夫だろう。」

 「判りました、越中の事は叔父上に御任せします。扶持武士団2400兵と、飛騨・木曽・諏訪衆2200兵、槍足軽3000兵は残して行きます。」

 「判った、飛騨への脱出路の確保と、氷見・新湊・滑川・魚津の湊は開発確保は任せてくれ。」

 「はい、それと各漁湊も手配りしてください。」

 「そうだな、水軍を設立するなら漁民を掻き集めねばならんのだったな、必要な事は伝令で伝えてくれ、義信殿の指示通りにする、冬場は伝書鳩を飛ばしてくれ。」

 「はい判りました、そのようにさせてもらいます。」

 俺は越中の事を信繁叔父上に任せて信濃に戻る事にした、小笠原長時が史実より能力があるのが明白で、このままでは信濃制圧が頓挫する恐れが出て来たからだ。史実との違いが早くも顕著になり、越中が武田の支配下となった。謙信も越後統一に苦戦している。ここまで来れば全力で信濃統一に邁進するのみ。封印していた鉄砲一斉射撃も使っちまった! これからは出し惜しみ無しで攻めの一手だ!!

 足利義藤将軍と細川晴元伯父上は、越中と能登の援軍が到着して狂喜乱舞した。喉から手が出る程欲しかった中下級指揮官が手に入り、将軍権威・管領権威を保つ遠国からの国衆援軍だったらだ。この御礼に守護職を送って来たのだ。俺は越中守護に移り準国持衆から国持衆に格上げ、更に信玄に飛騨・信濃守護職を与え、越中守護代に武田信繁を任命して来た。

武田信玄  従四位上 大膳大夫兼甲斐守・足利幕府・礼式奉行 国持衆
           甲斐・信濃・飛騨守護 
武田義信  従五位下 大膳亮 足利幕府・国持衆・越中守護
武田信繁  正六位下 左馬助 足利幕府・越中守護代
武田信廉  従六位上 大膳大進
姉小路信綱 従六位下 飛騨国司 足利幕府・飛騨守護代
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