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武田義信

激戦

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 7月27日午前『犬甘城 城外 小笠原長時』

 稲倉城の赤沢経康は、80騎400兵で兵糧を運ぶ弱い所に襲い掛かった。最初から略奪第一だが、今後のことも考え武田善信へのアリバイ工作だ、小笠原長時が信濃を失ったとき、自分が生き残るためには、最善のタイミングで味方するに限る。

 一方小笠原長時に忠誠を誓う赤沢経智は、川中島付近の善光寺平(長野盆地)の最南端に位置する塩崎城主で、赤沢城と小坂城も支配下に置いている。経智は息子の長勝・貞経と共に、20騎100兵を引き連れて略奪する経康に切り込んだ!

 当初は略奪に熱中していた経康勢が不意を突かれて損害を出した、だが最初から逆襲を想定していた経康勢は騎馬だけで迎撃する、足軽や農民兵は必至で略奪に励む、大半は武士に取り上げられるが一部は手元に残る、小さくて隠せる価値有るものと、食料を求めて貪欲に略奪を続ける、一部の者は押足軽の指揮で駄馬の轡を奪い、自分達の勢力下に有る茶臼山城に運ぼうとしていた。

 駄馬の背に兵糧を乗せて運んでいる訳は、この時代は道普請など行われておらず、兵糧や物資を運ぶ荷車は殆どなかった、少しでもトレッキングすれば判るが、平野部以外は急峻で細い岨道そばみちが殆ど。平地は少しでも耕作面積を増やしたいため、他人との境界である畦を利用した細い畦道あぜみちが殆ど。とても荷車が発達する余地などなかったのだ。また一度でも大雨が降れば濁流で橋は流され周辺の家屋や田畑は押し流される、橋を掛ける労力は徒労に終わる事が多い、だからこそ広大な河川敷が存在し、河原者が生きていける下地があるのだが。

 経智の20騎100兵は押し返され出した、80騎の経康戦力は40騎で騎馬戦を行い、2騎対1騎の有利な態勢を作りつつ、残る40騎は100の歩兵を馬蹄に掛け踏み潰すように槍で突き殺し、太刀で切り殺していく。

 「神田将監見参!」

 小笠原長時に忠誠を誓う、赤沢経智親子があわや討ち取られそうなその時、神田将監指揮下の小笠原馬廻り衆か戦場に切り込んで来た、敵味方合乱れ、小荷駄衆や女子供まで巻き込まれた戦場では得意の遠距離騎射は使えない、槍や太刀を構えての突撃だった。

 「構え! 放て!」

 形勢不利と見た赤沢経康は、馬首を返して1騎逃げようとしていた、家臣を見捨て己1人助かろうとしたのだ、だが神田将監は見逃さなかった、敵と切り結んでいない馬廻り衆に命じて騎射させたのだ。哀れ赤沢経康は幾重もの矢を受けて落命した。

 神田将監指揮下300騎の援護を受けた小笠原長時は、4500兵と将兵の家族共々犬甘城に落延びていった。これにより、信濃守護小笠我家の威信が著しく低下することになった。だが未だ4500兵と300騎の馬廻り衆を保持し、戦力的には侮り難いものがあった。


8月10日午前『林城 大広間』

 「城の接収は終わったのだな?」
 俺は鮎川善繁に確認した。

 「は、この林城を筆頭に桐原城・霜降城・水番城と、討ち死にした赤沢経康の稲倉城・横谷入城・三才山城・茶臼山城・横谷入城・赤沢氏館・三才山館に城代を派遣しました。」

 「洞山城にもこちらの城代を送ったのだな?」

 「は、それと若殿の御指示通り、最前線が前進したことにより、安全圏に入ったと思われる城砦群の兵を集め、代わりに小人衆だった足軽たちの一族一門を入れ城の運営を任せました。」

 「ああ、彼らに任せれば、山の幸川の幸を上手く集めてくれるだろう(養蜂・硝石作り・真珠養殖・酒造・椎茸栽培・漢方薬の材料集め・軍馬の繁殖・武具甲冑作り、やって貰いたいことが山積してる)、我らは小笠原との戦いに専念することが出来る。」

 「は! 承りました。」

 「新たな兵の募集はどうなっている?」

 「林城が武田家の物になり、足軽共が集まりだしております。恐らく小笠原から逃げ出した兵かと思われます。」

 「後方城砦の足軽隊に分散配備し守備兵と入れ替えろ、迂闊に信用することは出来ん、信頼できる兵を前線に回すように!」

 「承りました。」
 
 「降伏した兵を受け入れたとは言え、勝てば守らねばならぬ城が増え手元の兵が減る、敵は逆に守備していた兵を手元に集め兵力増強する、此方も城砦に分派した兵力を増強しておかねば小笠原に不覚を取るやもしれん。」


 8月13日午前『深志城(松本城) 大広間』

 「虎常、扶持武士団500兵を率いて林城を守れ、福山城は昌世が扶持武士団500兵を率いて守れ、水番城は米倉重継が扶持武士団500兵を率いて守れ、総指揮は虎常が執れ。」

 俺は、楠浦虎常・加津野昌世・米倉重継に林城と支城の守備を任せて、深志城(松本城)に移動する決意をした、毎日夜襲を受ける深志城(松本城)を確保する為だ、城を修理強化拡大して犬甘城の小笠原長時に圧力を掛ける。


8月14日午前『深志城(松本城) 大広間』

 「足軽が村娘を強姦しただと!」

 「はぁ、村長が抗議に来ておるそうでございます、追い返して宜しいですな?」
 漆戸虎光が、危機感も罪悪感も無く答えたのに、俺は切れてしまった。

 「ボケ、カス、アホンダラ、ワレ殺すぞ! 乱暴狼藉は絶対許さん、死罪にすると言ったはずだぞ!」

 「え、あ、いえ、兵どもも連戦で消耗し欲も溜まっております、このような前線では遊ぶ場所も無く、多少の乱暴狼藉は仕方なきこと思いましたが?」

 「それは、俺の命など無視して構わんと虎光が思っておると言う事だな!」

 俺は殺意を抑えきれなかった、俺の殺意に反応して側で寝側っていた赤狼・白狼・黒狼などの狼たちが呻り出す、何時でも飛びかかり喉笛を噛み切れるように低い態勢を取る、狼たちは明確に漆戸虎光に殺意を向けている。狗賓善狼も刀に手をかけ、何時でも切り掛かれる態勢を取る。善狼の甲斐犬も低い態勢を取っている。

 「申し訳ありません! 決して若殿の命を軽んじていた訳では有りません、我が愚かで有っただけ、伏して、伏して、お詫び申し上げます!」

 「虎光! 我が命を軽んじたこと許し難し、蟄居を命じる!」

 漆戸虎光は一瞬反論し掛けたが、俺の本気の殺意を感じ取り黙って出て行った。さて冷静にならねばならん、起きてしまったことを無かった事には出来ない、初期対応を誤るわけにはいけない、先ずは率直に被害者に謝り、信賞必罰を明らかにせねばならん。

 「城門を閉めよ! 誰一人逃がすで無い!! 我が軍令を蔑ろにした者を草の根分けても探し出し成敗いたす! 犯人を逃がした物も同罪じゃ、善狼が責任を持って出入りを禁止せよ、犬狼部隊を使え!」

 俺の身辺警護が手薄になるのを危惧したのか、狗賓善狼が一瞬話しかけようとするが、流れる様に嶽影達が俺の側に近づくのを見て口を閉ざした。

 「承りました!」

 「村長を呼んで参れ。」

 出て行く狗賓善狼の背を見送りながら、俺は怒気を抑えることに専念した。村長や村娘は被害者である、俺が加害者の総大将なのだ、怒りを持ったまま会うなど許される事ではない。村長と村の有力者なのだろう、酷く怯えた様子で4人の男が入って来た。ああそうか、乱暴狼藉の抗議で武田の総大将が会うなどとは想像していなかったのだろう、通常は好くて城代、普通は村担当の代官が対応するはず。

 「村長よ、ここに御られるのは総大将の武田善信様である、今回は、乱暴狼藉を禁じた善信様の命に違反した者を罰する為、特別に直接御会いくださることになった、感謝するがよい! で、どういう事情で有ったのだ?」

 俺の体面を思ってだろう、鮎川善繁が村長に話しかけた。

 「へい、御会いくださり感謝いたします。昨晩遅く、武田様の兵が名乗る者が村に参りまして、臨時の兵糧と軍資金の徴発だと申されたんです。城代様からの御知らせで、臨時の徴発は一切無いと聞いておりましたので、そのように申しますと急に暴れ出し、無理やり手近な物奪い、娘や若嫁を押し倒して乱暴していったんです。」

 「その者の面体は覚えているか?」

 「へい、私も含め多くの者が見ておりますので、間違えることは有りません」

 「若殿、いかがいたしましょうか?」

 「徹底的に調べて犯人を探し出せ! 1人も見逃すことは許さん。かばい立てしたり隠蔽いんぺいしたりする者は侍大将で有ろうと磔に致す!」

 「承りました。」
 
 「村長よ、今後このようなことの無きよう軍令を徹底する、安心して暮らすがよい。」

 「有り難き幸せ!」

 村長たちが近習に案内されて出て行った、犯人捜しの為に顔の確認をするのだろう、だが最低だ! 加害者大将の俺が偉そうに言って、被害者が感謝する、可笑し過ぎるだろ! 被害者が我慢して小さくなり、加害者が権利を主張して居丈高いだけだかに振る舞う、最悪の時代であり世の中だ。どうすれば今後このような事が二度と起こらない様に出来るのだろう? 御陣女郎はある程度自主的にに集まっているが、軍で管理運営した方が好いのか? 戦後日本で生まれ育った俺には、売春婦の管理運営を軍がする事には抵抗がある! 従軍慰安婦報道のトラウマだな、必要な事は薄々判っていた、判っていたが避けて来た、だがその所為で民が迷惑したいたのかも知っれない、今までは泣き寝入りしていたのかもしれない。

 「善繁! 御陣女郎を出来るだけ集めて兵たちの欲望を抑えろ、小屋や長屋もこちらで用意しろ、焼酎や肴も買えるように手配せよ、鐚銭や扶持米でも買える様にせよ、近隣城砦の兵も休みの時に遊べるように致せ。」

 「承りました、なれどそれは最前線の深志城(松本城)では無く、後方で縄張りの広い村井城(小屋館)に設置しては如何でしょうか?」

 「細かな事は任せる! 黒影、相談に乗ってやれ、どうせなら鐚銭と玄米を回収しろ。」

 俺は生理的な嫌悪感から、売春宿設置運営を善繁と黒影に丸投げした、黒影なら伝手が有るだろうし、闇影に連絡して内部情報の収集に役立てるかもしれない、内調を担当する闇影抜きには売春宿運営は出来ないだろう、だが闇影の存在は俺と影衆以外には絶対秘密だ!




 河原者・山窩に運営を任せて、兵を撤収させた城砦は以下。

山家城 加津野昌世 扶持武士団500兵
山家館
宮原城 米倉重継  扶持武士団500兵
埴原城 三村長親勢
尾池城 諏訪満隆勢
浅田城 千野靭負尉 千野光弘 千野昌房
小池砦
赤木北城
赤木南城
八間長者城
中原館
横山城
北熊井城
南熊井城
武居城
妙義山城
釜井館

新たな兵力配備は以下だ

深志城(松本城)   6700兵

林城   楠浦虎常  扶持武士団500兵
福山城  加津野昌世 扶持武士団500兵
水番城  米倉重継  扶持武士団500兵
桐原城  武居善種 武居善政 武居堯存
霜降城  花岡善秋
洞山城  三村長親勢
横谷入城 浅間孫太郎
稲倉城  千野靭負尉勢
三才山城 赤羽大膳
茶臼山城 諏訪満隆勢
横谷入城 丸山善知勢
赤沢氏館 千野昌房勢
三才山館 千野光弘勢
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