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武田義信

土石流・城取

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単語ルビ  『土石流』

 7月5日、富士山北側山麓に大雨が降り、土石流が発生してしまった、山や田畑が押し流されてしまった。

『躑躅ヶ崎館 信玄私室』

 「善信、土石流の話は聞いたか?」

 「はい、聞き及んでおります。」

 「国衆や地侍から、合戦願いが出るだろう。」

 「御屋形様、今年2度目の合戦となりますが?」

 「判っている、被害の無かった地域の者達からは、批判が出ると言いたいのであろう。」

 「はい、批判は不満に繋がり、不満は謀反を育むやもしれません。」

 「だが、被害を受けた住民と国衆に合戦を認めなければ、彼らは飢えて死ぬか家族を奴隷として売らねばならん。」

 「御屋形様は、それも謀反に繋がると思われているのですね。」

 「先の大井との戦で、乱暴狼藉を認めていれば、奴らにも多少の余裕が有ったんだがな。」

 「しかし、それでは新たに取り込んだ領地と領民に恨みが残り、戦力化できなくなってしまいます、御屋形様の戦略は正しかったと思いますが。」

 「善信の覚悟を聞きたい、民の為に汚れる覚悟は有るか!」

 「大井との合戦に加わらなかった、我が兵を参戦させて佐久郡を襲えと言うことですね。」

 「勝てとは言わん、青田刈りでも、奴隷狩りでも、食料略奪でも構わん。遣って退ける覚悟は有るか!」

 「漢方薬の材料を集める為の山狩りではいけませんか?」

 「大雨で甲斐の全ての山々が危険じゃ、そんなことは百も承知であろう!」

 「愚かなことを申しました、お忘れください。」

 「さあ、どうする!」

 「農民兵は、京への行列要員として、銭を出して雇うと言う事ではいけませんか?」

 「京へ何の為に行列を送る?」

 「我が武田家の家紋を押し立てて、天皇すめらみこと・足利将軍家・細川晴元伯父上の管領家・三条卿へ貢物を送ります。」

 「それが何になる?」

 「天下に武田家の忠誠心と武威を示すことが出来ますし、土石流で被害を受けた民を雇えます。信濃守護や信濃守を得る為にも、天下に納得させえる理由を示さねばなりません。」

 「理由が薄いの善信! 綺麗でありたい気持ちもわかるが、甲斐守護はそのような甘い気持ちで務まるほど容易くは無いぞ! 甲斐の貧しさを軽く考えるでない!」

 「は、申し訳ございません。」

 「善信! 判っておろう、京は戦乱の真っただ中じゃ、合戦に撒き込まれる事もあろう、甲斐を遠く離れて命終える民や、残された家族の事考えてみよ。」

 「誠に申し訳ありません。」

 「ではどうする?」

 「合戦願いを出した国衆や地侍を率いて戦います。」

 「うむ、略奪が嫌なら見事勝って見せよ、城取が出来ればそれが一番良いのじゃ、そなたは潤沢な軍資金を持っておるのだろう?」

 「はい」

 「ならば、それを使って早くから訓練をさせればよかろう、今までの武田にはできなかったことじゃ。」

 「承りました。」

 俺は、陣代の飯富虎昌、副将の甘利信忠・曽根昌世、近習の滝川一益・相良友和・今田家盛・狗賓ぐひん善狼よしあきなどに、土石流の被害を受けた地域の国衆や地侍を束ねて訓練をさせた。

 俺の直臣が、弓1000兵、槍500兵
 飯富虎昌が、槍800兵
 甘利信忠が、国衆や地侍を率いて500兵
 曽根昌世が、国衆や地侍を率いて500兵
 総勢3300兵を早くから訓練した。

 訓練と言っても、号令に合わせて漁猟を行い、土石流に押し流された田畑を再度開墾する作業だ。再開墾する田畑は、国衆や地侍の了解を取り、持ち主から買取り俺の所領とした。土石流被災者の家族、つまりは婦女子は賃金を支払い果樹園や田畑で働かせた。何れは家臣領民に取り込み、養蚕や果樹栽培を教えねばならないのだ、少し早くなっただけだと思えばいい。

 ここで、地侍の領地のついて話して置こう。彼らの中には、農民兵から手柄を立てて侍身分になった者もいる。彼らの持つ領地は、農民としての領地と侍としての領地が混在している。最初自作農又は小作農として10反の領地が有ったとしよう。この10反は、収穫の6割を領主に収めなければならないものだ。後に合戦に参加して、目覚ましい手柄を立てて10反の武士としての領地を拝領したとしよう。この10反は、自作していれば収穫全てが自分の物である。但し、10反分の兵役義務が有る。こういう状態だから、主家滅亡後に武士を捨て帰農することも容易い。農民として規定の税を税を納めれば済むだけだからだ。


『躑躅ヶ崎館 善信私室』

 「若殿、鉄砲は使われますか?」
 ある日飛影が確認してきた。

 「いやまだだ、鉄砲は乾坤一擲の大勝負の時に使う。」

 出来上がった鉄砲は、近習や古参足軽、元流民の小人の中でも子供から少年と言える年になった者に貸し与え、充分な訓練をさせている。実戦訓練も兼ねて、山狩りの狩猟に使わせている、これによって狩猟で得られる獣の数が飛躍的に増えた。

 「ならばそのように伝えます。」

 「うむ、信濃国衆の城に入り込んでいる手の者はいるか?」

 「申し訳ありません、荷役と飛騨木曽に重点を置いておりました。」

 「いや、俺がそのように命じていたのだから当然だ」

 そうなのだ、バタフライ効果を恐れて、信濃には手を出さない心算だったのだ、今回はそのツケが回って来た。

 「縄張りが判る城は有るか?」

 「今絵図を御持ちします」
 さてどうする、本格的に城取するか? それとも、青田刈り程度のと止めるか?

 『城取』

 8月に畿内では、畠山稙長の後を継いだ畠山政国と遊佐長教が細川氏綱を援助し、細川氏綱と畠山政国、そして足利義晴将軍が連携して細川晴元伯父上排除の動きを見せた。

 8月16日に三好長慶は細川晴元伯父上の命令を受けて越水城から堺に入った。

 しかし20日に堺は河内高屋城から出撃した細川氏綱・遊佐長教・筒井順昭などの軍に包囲された、準備不足であり戦況不利を悟った三好長慶は、会合衆に依頼して軍を解体し越水城に撤退したのだ、細川氏綱らも包囲を解いて撤兵した。そうやって三好長慶の動きを封じて摂津国の殆どを奪い取ったのだ。

 9月には、上野元治も再挙兵し、細川国慶と京を制圧し細川晴元伯父上を丹波に敗走させてしまった、伯母上は大丈夫だろうか? 更に戦勝を重ね、細川氏綱は12代将軍足利義晴の支持を獲得したそうだ、将軍の支持を失うほど細川晴元叔父上は追い詰められてしまった。この後も細川氏綱らの攻勢が続いて、細川晴元伯父上と三好長慶は敗北を重ねられた。

 しかし、三好長慶の実弟である三好実休・安宅冬康(鴨冬)・十河一存ら四国の軍勢が到着すると細川晴元伯父上は一気に逆転された。


『躑躅ヶ崎館 善信私室』

 もう直ぐ稲刈りだ、そろそろ決断しないといけない。城取りはやれない訳では無い、だがそうなると歴史が変わり過ぎる。青田刈り・奴隷狩りは趣味じゃない、絶対に嫌だ! もう一度死んだとき、ばあちゃんに合わせる顔が無い。歴史を変えない程度に城を落とし、その褒美として土石流被害者に玄米を与える、これ以外に手はない。では何処を攻略すべきか?

 1つ目は天竜川を下る方法だ。
 叛意を隠している国衆や地侍を掃討するか?  高遠城から鈴岡城の間の、今宮城・飯田城・愛宕城・切石城・桜山城・虚空蔵山城・知久平城などだが。
 それとも、もっと下って茶臼山城・西平城・小野郷城・久米ヶ城・駒場城・伊豆木城・甲賀館・吉岡城・根羽砦まで攻略するか?
 いや、いっそ国境まで下って三河の設楽城と別所城を攻略するか?
 そうなると、遠江の奥山屋敷・高根城・大洞若子城・片桐屋敷・小川城・水巻城・平賀屋敷・裏鹿城・鶴ヶ城あたりまで攻略することになるか?
 だが戦略上、武田・今川・北条の同盟は成功させなければならない、桶狭間の合戦は絶対起きて貰わなければならない、だとすると国境を越えるのは拙いか?
 ならば、青崩れ峠に城を作り今川との国境線を確定するか? 青崩城・熊伏山城・袴越城・観音山城・天ケ森城などの城砦群を作る手だな。

 2つ目は、葛尾城の村上義清を攻略することだが、これは歴史を変えすぎるか?
 川中島の合戦は絶対に起きて貰わなければならない。
 根津城・望月城などに入って村上義清を圧迫する程度では、信玄は納得しないだろうな。
 虚空蔵山城・積城・亀井城・鳥小屋城・高津屋城・煙の城・物見城・和合城・燕城・持越城・飯綱城など虚空蔵山に築かれた連珠砦を落とすか? だが、これだと被害も多くなる。
 領民の事だけを考えるなら、素直に青田刈りか奴隷狩りをするのが、戦国の領主の務めだろう。

 3つめは、林城の小笠原長時を攻略することだが、これも歴史を変えすぎるかもしれない。
 南熊井城・北熊井城・赤木南城・赤木北城・横山城・八間長者城・浅田城・小池砦・妙義山城・小池砦・釜井庵館・中原氏館・丸山氏館・福応寺館などの城砦郡の内、防備の手薄な城を落とすか?


『福与城 大広間』

 俺は、主だった者を集めて決断を下した。

 「飯富虎昌、直轄兵800を率いて赤木南城を攻めよ。」

 「は、承りました。」

 「甘利信忠、国衆兵500を率いて赤木北城を攻めよ。」

 「は、承りました。」

 「曽根昌世、国衆兵500を率いて横山城を攻めよ。」

 「は、承りました。」

 「滝川一益、槍足軽兵500を率いて八間長者城を攻めよ。」

 「は、承りました。」

 「相良友和、弓足軽兵500を率いて北熊井城を攻めよ。」

 「俺は残りの弓足軽兵500を率いて南熊井城を攻める。近習衆は俺の警護をせよ。」

 『は!』

 熟考の上で、青田刈りや奴隷狩りは禁止した。信濃は俺が統治する! 今後は俺の領民として統治する以上、民力を下げるわけにはいかない。土石流の被害に有った農民兵は、日当玄米5合の足軽として落とした城に詰めさせる。最前線になる、赤木北城・横山城に守備兵として配備するのだ。後詰として、赤木南城には歴戦の飯富虎昌主従800兵を配備する。少し離れた八間長者城には、新参の難民出身の槍足軽を配備する。以上4城と、板垣信方の上原城の間に、俺と相良友和が攻める南北の熊井城に大切な弓足軽を配備する。全ては、夜襲が成功した場合の事だが、やってのける自信は有る。

 6つの城は時を合わせて夜襲を敢行した。音を立てないように具足を付けず、最前線で戦う者だけ音のしない革鎧を着用させた。素破衆が組体操の様に人が人の上に乗り、城壁を乗り越え一気に本丸まで乗り込んだ。略奪や手柄を考えず、ただ城を占領し無力化することだけに専念した。城兵に発見された時点で、それぞれの城の大将は逃げだしていた、逃げる兵は見逃すと大声で呼ばわった効果だった。

 俺は一夜にして6つの城を落とした名将となった。全ては、城の詳細な絵図を用意してくれていた飛影の御蔭だ。
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