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武田義信

四郎誕生 

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 天文15年1546年『躑躅ヶ崎館 善信私室』

 三条の母上の縁戚には何の注意も払っていなかった、前世の知識も皆無だ。そこで調べさせてみたが、判ったのは以下の事柄だった。母上の母、俺の祖母は武家伝奏を務める勧修寺の出身だった。何気に工作しがいのある家系じゃね?

 現在・曾祖父そうそふ勧修寺尚顕かんじゅうじひさあき殿は、義弟で能登守護を務める畠山氏の当主、畠山義総はたけやまよしふさ修理太夫を頼りに動乱の京を離れ、能登国に下向しておられるようだ。 出家され、法名は泰龍を名乗られているとのことだ。畠山義総は昨年亡くなってしまっていた、惜しい事をしたものだ、血縁の事をもう少し早く気付いていたら、採れる策も他に有ったものを。能登畠山家は、畠山義続はたけやまよしつぐ殿が継いでいるようだ、信玄と相談して遠交近攻を計ろう。

 大伯父に当たる、勧修寺尹豊かんじゅうじただとよは参議で武家伝奏として京にいるようだ、支援して取り込むか? 従伯父いとこおじに当たる、勧修寺晴秀かんじゅうじはるひでも京都で苦労しているようだ、足利幕府の内乱が激し過ぎるからな。


『躑躅ヶ崎館 信玄私室』

 3月20日、諏訪御料人が4男を出産した、後の勝頼だろう、名前がどうなるかは未定だ、今はただ四郎とだけ呼んでおこう。

 「御屋形様、4男誕生おめでとうございます。」

 「うむ、頼菊の産後の肥立ちが心配じゃ、食養と薬湯は任せたぞ。」
 
「承りました、血が増える食事を心がけております。」

 因みに家族の食事は同じものを用意している。今、俺と信玄の前に出ている食事と同じものが、三条の母上にも諏訪御寮人のも出されている、因みにメニューは以下の通りだ。

 1・鯖へしこの塩焼き
  鯖・塩・糠

  2・猪肝の味噌煮込み
  猪肝・葱・生姜・麦味噌

  3・紅白なます
  茹大根・茹人参・干柿・梅酢

  4・玄米飯
   玄米

  5・澄まし汁
   たまり醤油・干椎茸・干瓢かんぴょう・牛蒡・田螺たにし

  6・梅干

  7・胡桃くるみ黍団子きびだんご
   胡桃を炒って磨り潰した餡を、黍団子に絡めたもの

  木気 梅干・梅酢
  火気 筍・銀杏・牛蒡
  土気 大豆・玄米・猪肝
  金気 生姜・葱
  水気 鯖・塩・たまり醤油

 「畠山家との工作は御考え頂けましたでしょうか?」
 以前から信玄に働きかけていた事を確認してみた。

 「必要なのか?」

 「はい、このまま信濃侵攻を続ければ、越後の実質的な支配者長尾家や、山内上杉家と争う事になります、その場合は長尾家に対して、越中の畠山家と能登の畠山家を動かせれば楽になります、山内上杉家に対しては北条家を動かせれば楽になります。」

 「その為の布石を打っておけと言う事か?」

 「縁戚を活用できれば楽になるかと考えました。」

 「ならばやってみるか。」

 「はい、それで越後の長尾家ですが、守護代の長尾晴景の弟、長尾景虎が謀反を起こした黒田秀忠を攻め滅ぼしたそうです。」

 「御前が名前を出すと言う事は、注意が必要な武将なんだな?」

 「はい、警戒しておく必要が有ります。」

 「では、御前の素破を荷役として越後に送り込み、内情を探らせておけ、場合によっては越後国内に内乱を仕掛けよ。」

 「承りました。」

 「そういえば、三条卿は1月に左大臣に任じられたようだの、祝いは送るのか?」

 「はい、孫として100貫文送りました。」

 どうもこの時代の公家は、役職を持ち回りしてるようだ、官位は何人でも同時に貰えるが、役職には定員が有るから頻繁に任官と辞任を繰り返している感じがする。私見だが、地方の大名や国衆を頼って下向しなければ生きていけない公家は、下向前に役職に任官しているのではないだろうか? 少しでも高位の官職を得られれば、下向先での待遇も好くなる、いや、そもそも高位高官でなければ、下向を大名に受け入れて貰えらなかったのではないだろうか? 戦国時代は武士だけでなく、公家にも厳しい、勿論庶民には生き地獄だ!

 「儂や御前の官位を斡旋してもらおう、信濃攻略には信濃守官位が有れば都合がいい。」

 「承りました、虎繁に工作を指示いたします。」


『躑躅ヶ崎館 善信私室』
 
 「若殿、京の虎繁殿から文が届きました。」
 俺はざっと手紙を読んでみたが、落胆することになった。

 「三条の御爺様が左大臣を辞退されたそうだ。」

 「それは残念なことでございますな。」

 「もう少し役に立っていただけたらよいのだが、仕方ないな、将軍家と細川晴元伯父上に働きかけて信濃守護職狙うか。」


 4月20日の夜、北条氏康が関東連合軍を破った。氏康は自軍を4隊に分け、そのうち1隊を多目元忠に指揮させ、戦闘終了まで動かさなかった。氏康自身は残り3隊を率いて敵陣へ向かい、子の刻、氏康は兵士たちに鎧兜を脱がせて身軽にさせ、上杉連合軍に突入した。上杉軍は大混乱に陥り、氏康は扇谷上杉軍の当主の上杉朝定と難波田憲重を討ち取った。山内上杉の方は、大将上杉憲政を上州平井まで敗走させた、更に重鎮の本間江州、倉賀野行政を退却戦で討ち取っている。氏康はなおも上杉勢を追い散らし敵陣深くに切り込んだが、戦況を後方より見守っていた多目元忠が危険を察し、法螺貝を吹かせて氏康軍を引き上げさせたようだ。城内で待機していた「地黄八幡」綱成はこの機を捉えて打って出ると、足利晴氏の陣に「勝った、勝った」と叫びながら突入し、既に浮き足立っていた足利軍も散々に破られて古河へ遁走したようだ。

 北条氏康の勝利を受けて信玄は信濃侵攻をを決意した。

 5月3日、信玄が佐久郡侵攻を開始する、内山城主の大井貞清おおいさだきよは籠城して抵抗するが、5月20日に城は落城し貞清は降伏した。貞清は躑躅ヶ崎館に連行され、忠誠を誓わされたうえで、館に軟禁された。内山城代に小山田虎満おやまだとらみつを任命し、貞清の家臣団を与騎同心として指揮させた。

 今回の侵攻では、乱暴狼藉は行われなかった、信玄が大井氏の兵を取り込む思惑だったからだ。前年の収穫が平年並みで、武田の民が餓えるほど困っていなかったのも大きいが、何よりも、俺の提案で信玄が行った山狩りが民を豊かにしていた。狩猟によって得られた獣肉が、民の餓えを劇的に減少させたのだ。
更に民の収益となったのが、俺の漢方薬材料の買取だ、彼らは血眼ちまなこに成って材料を探し回った、特に刀傷用の油薬の原料、熊脂・鹿脂・猪脂は品不足の為高価で買い取った、その所為で野生種が減ってしまったくらいだ。

 殺菌効果のある薬草を練り込んだ油薬は、蛤1杯分で最低1貫文と恐ろしく高価で売れた。抗生物質などなく、泥まみれの殺し合いで受けた刀傷は命取りになり兼ねない。生まれ変わる前には聞かなくなっていたが、子供の頃は破傷風で死ぬ人は当たり前にいたのだ、ましてこの戦国の世だ、些細な傷でも傷口に泥が着くの命取りなのかもしれない、俺も気を付けよう。大名にとっては刀傷用油薬は、功有る家臣に与える土地が無い場合に、褒賞代わりに成るようだ、血統を残すための精力剤と、命永らえる為の傷薬の需要は際限が無く、俺の資金源としては最高だ。

 そこで、鹿に続いて猪の養殖も始めることにした。永田徳本先生の指導で、猪が材料の漢方薬生産も軌道に乗ったのだ。猪は漢方薬の材料としては使えるところが多い、皮膚(猪膚)、胆嚢(猪胆)、胆汁(猪胆汁)、胆嚢結石(野猪黄)、肝臓(猪肝)、胃(猪肚)、大腸(猪腸)、蹄、爪、頭骨、精巣、膀胱、腎臓、心臓、肺、被毛、血液など全身が生薬に使える貴重な動物と判ったのだ。

 ただ、残念ながら水腫病の予防法と治療法は分からず終いだ、いっそ腑分けさせてみるか? そんなことをすれば、俺の信用がガタ落ちに成るだろうか? 腑分けの所為で、永田先生が感染するリスクは避けないといけないな、送り込んでいる子供達が一人前になるまで我慢するか。潜伏期間なのかもしれないが、福与城の兵士たちが発症していなないことを喜ぶだけだな。
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