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武田義信

硝石

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 山犬や狼を、隣国に追いやるための山狩りが始まった。まあ、猪・鹿・熊・狸などの食料確保のついでは有る。普通なら、獣を狩りやすいところに勢子が追い込むのだが、今回は国境に向けて進みながらの狩りに成る。当然効率は極端に悪い、だが一番の目的が、人を襲う山犬と狼を敵国に里に追いやることだから仕方が無い。

 「若様、大丈夫ですか、辛くは無いですか?」

 「昌世こそ辛いだろう、儂は近習に背負って貰うから、もう降ろしてくれてよいぞ。」

 「なぁに、全然平気です!」

 子供の俺に山狩りは厳しい、飯富虎昌が居れば奴が背負うのだろうが、今回は曽根昌世が背負ってくれた。甘利信忠と、どちらが背負うか争いが有ったようだが、俺は関知していない。

 「若様は、近習に飯富虎昌の猶子を御加えになられたとか?」

 「それがどうかしたか?」

 「虎昌の猶子を近習に加えたのなら、我が息子も加えて頂いて当然ではないでしょうか。」

 「だが、昌世の息子は儂と同じ6歳では無かったか? あまりに早いであろう?」

 「されど若様はもう一人前の御働きでございます。」

 「そう焦るでない、だがどうしてもと申すのなら、勉学だけは共にいたしても好いぞ。」

 「真でございますか、有難き幸せでございます!」

 「ただし! 我が教えている小人の子供達と同席じゃ!」

 河原者や山窩が多い難民は、そのままの身分では俺の側にいるのは争いの元と考え、全員武家奉公人としての地位を与え、側近くの雑用係と体裁を整えた。

 「結構でございます、真にありがとうございます。」

 「そろそろ交代いたせ、いざという時の為余力は残しておくものだぞ。」

 「承りました」
 俺は32騎に増えた近習衆に交代に背負われることになった。


『高遠城 大広間』

 「若殿、新たな縄張りですが、理由をお聞かせいただけますか?」

 飯富虎昌は、高遠城の城代に成っている、福与城は虎昌が選んだ者に任せた。水腫病保菌者の恐れが有る1000兵は隔離しなければならない。基礎的な訓練は虎昌がしてくれた、後は虎昌の家人に任せればいい。その上で、高遠・竜ケ崎・荒神山の3城を拡張増築した。

 「牛馬の乳の量が、儂の考えていたより遥かに少なかったのだ、河原者に任せれば増えるかと思ったのだが、駄目であった。それで別の手を考えることにした。」

 「それがこの、極端に高い塀と深い堀でございますか?」

 「そうじゃ、鹿が逃げれないような深い堀と塀を設ける、そこに生け捕りにした鹿を放して飼うのじゃ」

 「漢方薬を安定的に採るた為でございましたな?」

 「そうじゃ、春に鹿の角が脱落した後、新生する幼角を乾燥した鹿茸は特に高価に売買できる。漢方薬の中でも精力剤は好く売れるが、採れる季節が限定される鹿茸が安定的に採取できれば、軍資金の柱に出来る!」

 「承りました、それと新たな難民の為に作る、小屋や屋敷の周りに棚を設けるのですな?」

 「そうだ、春には多くの甲州葡萄の種と枝が手に入る、それを小屋や屋敷の周りに植え、屋根の上に実らせる。敵が襲撃した時に迎え討つ、城壁の上に設ける屋根の上も同様じゃ。」

 「承りました」

 「必ず成功するとは申さん、考え得るあらゆる手を試し、少しでも甲斐を豊かにするのじゃ。」

 「は!」

 「飛影、購入した牛馬は民に貸し与え使役させよ、ただし肥育繁殖も責任をもって行わせるのだ。」
 俺は静かに控えていた飛影に話しかけた。

 「承りました。」

 「子を育てるのに必要な乳を与えた後で、余剰の乳は食料として活用いたせ。」

 「承りました」

 「牛馬を養うのに、1頭当たり10反以上の田畑が必要だろう、1800町の田畑を開墾いたしたが、保有する牛馬は350頭ほどであったか?」

 「買い増しいたしましたので、牝馬が238頭、牝牛が127頭となりました。」

 「出来るだけ公平に貸し与えてやってくれ、種付けを必ず行い来年には倍増させるよう努力する様に、また、万が一死ぬようなことが有れば、牛黄など漢方薬の材料になる物は必ず確保するように。」

 「承りました。」

 「ところで、以前指導した新しい肥料の作りは順調か?」

 「はい、しかし5年もかかる肥料作りは必要なのでしょうか?」

 「どうしても必要だ、必ず成功させよ!」

俺は、稲の実りが倍増する肥料と偽り硝石作りを始めさせた。これだけは、絶対他国に知られるわけにはいけない。だから、支配下に置いた高遠・竜ケ崎・荒神山の3城内に硝石を生産する小屋を作ったのだ。硝石の生産法は2つ試した、1つは硝石丘法、1つは培養法。

 硝石丘法は、草を切り刻み,乾かす。これに黒い土と腐り水を混ぜる。これを作り硝石小屋30m×4・8mの内部に積みあげる。これを硝石丘とよぶ,その長さは15m,幅3m,高さ1・2mにする。この土丘に腐敗尿,糞堆よりの汚汁を注ぎ放置する。2ヶ月後,この硝石丘を鋤返し,よく混ぜ風に曝す。さらに腐敗尿,糞汁を加える。2ヶ月毎にこの様に混ぜ返しをして土丘を湿潤に保って置く。4~5年後にこの硝石丘の表面の土を削り取り,硝石の抽出を行う。この方法は先ず硝石丘が雨水に濡れない事,小屋の風通しを良くする事が必要である。それに冬季低温の地域では生産量の低下は避けられない。この方法では硝石丘の土が空気に触れるのは表面のもののみであり,そこで硝化反応が進む,従って土の回収も表層のものに限られる。

 培養法は、麻畠等の水気のないホロホロとした上田の土を用いる。水気の無い真土の赤黒い上田の土が良い。この土を家の床下の囲炉裏の辺に約2mの穴を堀り,3・6m四方を摺り鉢型にし,縁の方程浅く90cm程度とする。穴への出入りは囲炉裏の周りの敷板を撒くって行う。6月蚕の時分に,この穴の底に稗殻を切らずに敷く。その上に麻畠の土と蚕の糞を鍬でよく混ぜたものを,厚さ30cmばかり敷く。その上に稗殻,たばこ殻,蕎麦殻,麻の葉,山草の肥えたものを刈って干したもの,或いは積み置いて蒸し草にしたものを,15cm位に切って穴の中一面に敷く。山草はヨモギ,「さく」を専ら用いる。「さく」はウドに似た草でキツネウドとも言われる。近頃物産家の説に「さく」は真のウドであると言い,それを硝石の生産に用いれば格別なりと言う。農家でも稲の苗が病気に罹るときには,苗代に撒き入れれば苗蘇ると言う。次に培土の上に蚕の糞を切り交ぜた土を30cmばかり敷く。また蒸し培土を敷く。この様に土と培とを何層にも敷き重ね,床敷き板の下20cm程空く位に積み込む。土はどの層でも皆蚕の糞と切り混ぜたものを敷く。八月上旬にその土を掘り出し,莚持籠(むしろかご)で板敷きの上に揚げる。その時穴の底の土は30cmばかり残す。板敷きに揚げた土は,鍬で蚕の糞などを切り交ぜ,初めに積んだ様に蒸し草などと交互に積んで置く。翌年からは春,夏,秋と三度づつ同じ様に切り返す。春培では稗殻,たばこ殻,そば殻を使う。夏培には蚕の糞を使い,秋培では山草の積み置いたものを用いる。この様にして4年程繰り返す。5年目に灰汁煮焔硝とする事なり。6年目からは毎年冬にその土を取りだして,水で浸しその水を取って煮詰める。隔年に土を取り出し水で抽出すると焔硝は多く出来る。敷板は培養の熱で反り返るので大釘で打ちつける必要がある。冬の家屋内はそれ程に暖くなる。

 以上の事を書き記した書を飛影に渡す、後日虎昌にも渡す心算だ。

 「承りました。」

 「これに携わるのは厳選した者に限らせよ、家族を持ち、甲斐を故郷にする覚悟を持ち、我に忠誠を誓う者だけじゃ。」

 「椎茸作り、貝の養殖、蜂蜜飼い、蚕の洞窟管理と同じでございますな?」

 「そうじゃ、他国に秘密が漏れることは絶対に有ってはならん。」

 「承りました。」

 「虎昌、この縄張りで以上の物を城内に収め切れるか?」
 自分が書き記した縄張りで、全ての生産拠点が収まるか飯富虎昌に確認した。

 「これからも、若殿を頼って多くの民が集まりましょう、いっそ竜ケ崎・荒神山の2城は郭と城壁を山側にもっと拡張いたしましょう。」

 「そのほうが好いか?」

 「城内の収容力が格段に増えまする、若殿が密かに設けようとされている、肥料小屋を沢山作れましょう。」

 「判った、新たな縄張りを書に示してくれ。」

 「承りました。」
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