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武田義信

食料確保

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 『躑躅ヶ崎館 善信私室』

 「うぁっ!」

 へ? また夢かよ! 何で今更、親父にジベ漬けをさせられてる夢を見るんだ? 葡萄の種を抜く為にジベラリン? てホルモン剤を手で漬けるんだよな。葡萄の開花時期に限定されるから、短期間に漬けないといけないし。葡萄棚に生った小さな小さな葡萄の房を、ジベラリンを入れた容器に漬ける。1日中腕を上げっぱなしで辛かったよな! 種を抜く為に1回、粒を太らすために1回。乾燥や雨で効果が無効になるから、3回漬ける人もいるけど、残量ホルモンが問題なんだよな! 3回漬けるなとJAは指導していたけど。それに、少しでも漬け損ねると、葡萄の枝に近いほうだけ種が残ってしまう。

 デラウエアやマスカットベリーAを漬けさせられたけど、俺個人は大粒な巨峰、香りの好いカメことキャンベラ、家で親戚が作って無かった本葡萄が好きだったな。地元の土壌では、巨峰は味は好いけど色が薄くて商売にならないと作らなくなった、本来は本葡萄が土壌にあい絶品の出来なんだけど、晩生(おくて)のため蜜柑の時期に重なり売れにくいし、台風で全滅も有り廃れちまったんだよな。また喰いたいよな!

 でも最近見る夢は、俺の深層心理でこの時代に役立つ物が反映してるんだよな。葡萄か。。。。葡萄。。。。。本葡萄。。。。。甲州葡萄か! よっしゃ~~~葡萄ならワインが作れる、濁酒用の米を民に食べさせてやれる。水田に出来ないような急斜面に、葡萄棚を作ることも出来るし、庭に植えて屋根の部分に蔦を伸ばせば、屋敷地全体を無駄なく生産地に出来る。懐かしいな! 子供の頃は、家の屋根を覆う葡萄棚だったよな、小学校に通う通学路も、葡萄畑から伸びた蔦に覆われていたよな、一度だけ蛇が降って来たのは恐怖だったが!

 躑躅ヶ崎館に籠っていては、思い違いや無知を正すことは出来ない! 水腫の病を知ることが出来たのも、福与城攻めに館を出た御陰だ、これからは積極的に各地を回り、味噌蔵や酒造も見学しないとな、先ずは甲州葡萄を探し出すことだ。


『躑躅ヶ崎館 厩』

 「与兵衛、又来たぞ」

 「御待ちしておりました、今日はこれだけ搾(しぼ)れました。」

 与兵衛は、量が判る様に甲州桝・せんじ桝・なからせんじ桝・小なからせんじ桝と桶に入った乳を見せてくれた。甲州桝は俺の知っている一升桝(1・8リットル)よりはるかにデカイ! どうやら3升桝(5・4リットル)の事を甲州桝と言うようだ。せんじ桝は2・7リットル。なからせんじ桝は1・35リットル。こなからせんじ桝は0・625リットル程度だろう。戦国時代は地方によって桝の大きさが違うようだ。

 「馬一頭当たりどれ位の乳が搾れた?」

 俺は牝馬の搾乳量を訪ねた、母上や信玄に蘇や醍醐を食べさしてあげるため、厩に授乳中の牛馬を5頭づつ預けていたのだ。

「大体、小なからせんじ3分目です、若様の仰るように、日に何度も搾ってみましたが、全部でなからせんじ一杯でした。」

 そうか、一日で1350cc程度か、仔馬の分も必要だから600cc程度、年中搾乳できないが、四頭の牝馬で大人一人くらいは栄養学的に養える計算だな。

「牛の方はどうだ?」

「牛も日に何度も搾りましたが、こっちはもっと少なかったです。牛ごとに差は有りましたが、1日で少ない奴で小なからせんじ3分目、多い奴で小なからせんじ5分目です。」

 駄目だ、俺の感覚の乳牛と違いすぎる。品種改良なんて気の長くなるような年月がかかるし。大好きな乳製品を楽しむのと、農作業使役の合間に、少しだけの栄養補給程度に搾乳出来たら儲けものだな。

 「ありがとう、今日も台所に運んでおいてくれ。」

 「承りました」


『躑躅ヶ崎館 味噌蔵』

 「味噌の検分をいたす、開けよ」

 俺は近習と料理人たちを率いて味噌蔵にいた。俺は味噌を自作したことが無い、祖母が壺で白味噌を造っていたのを、僅かに覚えているだけだ、百聞は一見に如かず、実際に見てみることにした。

 デカイ! 館で使用する分だけじゃなく、出陣や籠城も考慮してるのか、祖母が造ってた壺とは比較にならない。覗いてみたら、俺の記憶と違いえらく水分が多い? これって、絞ったら醤油が採れないかな?

 「かわらけを持て!」

 「は!」
 普段から、俺の突飛な行動に成れている料理人の弟子は、素焼きの皿を取りに台所に走った。

 味噌を皿で押し、僅かな液体を掬い台所に向かう。生醤油で味見したいのは山々だが、水腫の病を知った以上生食は厳禁だ。火で加熱した僅かな液体を舐めると、うん、醤油だ。量は少ないがこれで醤油は確保できた!


『躑躅ヶ崎館 台所』

 さて、今日は何を作るかだが、牛乳から蘇を作るより、全部を使えるホワイトソース擬(もど)きを作るか? 小麦粉に牛乳を加えて、1時間程度放置する、時々混ぜて球に成らないようにする。バターを作ると乳清が勿体無いから封印、牛乳をそのまま使うから、俺が前世で食べてたホワイトソースよりは乳脂肪分は低い。あくまでも、民の食生活を少しでも豊かにする試作料理! その間に、料理人たちを指揮して具材を準備させる。戦国時代に手に入る夏野菜は限られているようだ、冬瓜と茄子を一口大に切り揃えさせる。難民達の常用食にするのだがら、粟餅と黍団子を主食分として試してみる。美味しくするためには、淡白な鹿肉を加える試作分も作ろう。生肉よりも、山桜で燻製した鹿肉の入ったものも試してみる。
信玄の耳に試作料理の話が入れば、持って行かなかったら嫌味を言われるかもしれない、信玄用は吟味しなければならないな。岩魚の燻製や各種味噌漬け肉など加えた試作シチューを作る。塩味の利いた各種燻製と、味噌味の利いた肉は、食べる直前に炙ってシチューに加えてみる。


『躑躅ヶ崎館 最外縁難民小屋』

 「みんな~~~~差し入れだよ~~~~」
 俺は近習衆に大鍋を持たせて難民小屋を訪問した。

 「若様~~~~、何持って来てくれたの!」

 「牛の乳と小麦粉を煮たものだよ、甘くておいしよ!」

 『わぁ~~~いい、早く頂戴!』
 
 子供達は、木の椀を持って集まって来た。近習たちは俺に感化されて、身分に関係なく子供達にシチューを振る舞ってくれた。

 『美味しい~~~~』

 うん、大丈夫だな。具は粟餅と黍団子だけ、風味付けに鹿の味噌漬けを炙って削った物を少量だけ加えている。

確か沖縄にでは山羊が飼育されていたよな?
沖縄まで素破を派遣できるかな?
南蛮貿易で乳牛や乳山羊を手に入れられるか?
もう一度民の為に考えてみよう!

 俺は信玄に、秋山虎繁を近習の1人に欲しいと願い出た、かなり駆け引きが必要かと思ったが、意外とあっさり認めてくれた。飯縄坊の息子も近習として仕えることになったが、流石に『飯綱使い』の子供と言う訳にはいけないので、飯富虎昌の猶子とした、名前は狼使いにする以上あの名前を授けたかったが我慢して、狗賓善狼とした。まあ、この方が山岳信仰を大切にしている彼らには喜ばれるだろう。勿論、善の字は諱を与えたのだ。

『躑躅ヶ崎館 難民小屋改め小人小屋』

 「どうだ、判らないことは有るか。」

 「へい、あの~~~その~~~何が何だか。」

 「まあ良い、儂の言うようにこの箱を管理すればよい、判らぬ事や異常が有れば館に聞きに来い。」

 「そんな、御館内に行くのは恐ろしいです。」

 「門番には好く言い聞かせて置く、大丈夫だ。」

 「でもやっぱり恐ろしいです。」

 「判った、なら儂か使いの者が毎日必ず確認に来よう。」

 「判りました若様。」

 俺は養蜂の技術を難民に指導した。テレビで、アイドルが農業をする番組を観ただけの知識だが、巣箱を使い女王蜂の世代交代と健康管理、巣箱の量産を試行錯誤させる心算だ。今回に関しては指導だけ、俺は絶対携わらない! 万が一、蜜蜂を餌にしている雀蜂に刺されて、アナフィラキシーで死ぬような事が有ったら洒落にならない。いや、正直になろう。俺は蜜蜂でも恐ろしいのだ、あれは前世で幼稚園児だった頃だ、幼稚園児の集団登校では1時間も掛かった登園だったな。寝惚け眼でタイツを履いた直後、感電したような激痛に襲われたのだ。自然豊かな地元では、洗濯物に虫が混じるのは当たり前だったが、蜂がタイツの中に入り込んでいたのは不幸だった。あの幼児体験は忘れられない、蜂は大嫌いだ! だから養蜂は、食料として当たり前の様に蜂を取っていた河原者や山窩に託した。伊那方面の福与城・荒神山城・竜ケ崎城・高遠城へは狼狩りが終わってから指導に行くつもりだ。


『甲斐の農家』

 「百姓、この葡萄の木を増やしたい、やれるか?」

 「へい、種をお分けすれば宜しいのでしょうか?」

 「それも欲しいが、春に枝を切らせてもらう。」

 「枝でございますか?木全部を堀起こして持って行ってしまわれる訳では無いのですよね!」

 「うむ、枝だけじゃ! 安心せよ。」

 俺は甲州葡萄の木を持つ家を全て訪ねてた、そして来春に種と枝を徴発すると宣言した。やれるかどうかは判らないが、挿し木と接ぎ木を試してみる。知識は有るが実際にやったことは無い、だが何としても甲斐の山々を果樹園に変えていく。既に、養蚕に必要な桑の木の植樹は大量に行った、桃、梨、柿、林檎、栗、石榴、銀杏、胡桃などもだ。林檎は俺の知る大きなものではなく、サクランボと同じ大きさの小さいものだった。


『躑躅ヶ崎館 小人小屋』

 「若様~~~~、御馳走だよ~~~、一緒に食べよ~~~~~」

 「おお~~~~分かったよ~~~」
 桔梗ちゃんが嬉しそうに両手に何かを持ってかけてくる。危なっかしいな、こけるなよ。

 「おんじぃたちがとって来てくれたの~~~~」

 「そうか~~~、よかったね~~~~」

 無邪気なものだな、心が洗われる。しかし、御爺さんが捕って来た御馳走てなんだ?木の枝に刺してるようだが?。。。。。。え。。。。。まさか。。。。まさか! う、う、う、う嘘だろ?来るな、止めてくれ、助けてくれ、だれか!

 「若様! 見て見て見て、美味しそうな蛙だよ!」

 駄目だ、冷汗が出てきた、勘弁して! 爬虫類と両生類は生理的に駄目なんだ! 記憶深くに沈めたはずの、おぞましい過去が沸き上がって来た。小学生の頃、俺の一番楽しみはザリガニ捕りだった。自宅の前は、砂利道を挟んで葡萄畑だった、毎日学校から帰ったら、ランドセルを投げ捨てて葡萄畑に直行、畑四隅の水路では沢山のザリガニが住んでいた。手を挟まれ出血するのも厭わず、手掴みでバケツ一杯集めたものだ。親父の時代の様に、茹でて食べたりはしなかったが。。。。あの日は、大きなザリガニを掴み損ねてしまい、そのせいで泥が舞い水が濁ってしまった、だがぼんやりと水底の泥が盛り上がり、その膨らみでザリガニが逃げ潜んだのが判った、素早く手を入れ挟まれるのも厭わず握りしめると『ぶにゅ』、絶対ザリガニでは有り得ない手応え、恐る恐る泥から手を出すと。。。蟇蛙(いぼがえる)が手の中にいたのだ! あのの気持ち悪い手の感触! 心臓が口から飛び出すかのような恐怖感! い・い・い・い・嫌だ~~~~

 「はい、若様の分!」

 あ~~~~何の疑問も悪気も無い満面の笑み。。。。
 大切な大切な食料を分けてくれる優しさ。。。。。。。
 逃げる訳にはいけない!
 拒むことも出来ない!!
 だが神様、せめて足だけを焼いてくれていたら、これほど恐怖しなかっただろう。
 あああああ、思い出した。
 中学校の時、同級生の1人が弁当箱に蛙の姿揚げを入れていたな。
 あれも恐怖だった!
 桔梗ちゃんの両手に握られているのも、尻から口に枝を突き刺し姿のまま焼き上げられている!

「桔梗ちゃん、もう少し焼こうね。ちゃんと焼かないと病に成るからね」

「え~~~~これくらいが美味しいのに!」

 「でもね、ちゃんと焼かないと、御腹が膨らむ病に成るんだよ! 大好きな桔梗ちゃんが病気に成ると、儂はとても悲しいよ」

 「判った、じゃあもう少し焼きに行こう!」

 俺と桔梗ちゃんは手を繋いで小屋の方に向かった。折角の『御手つないで』だが全く感覚が無い。蛙を食べなければならない恐怖感で、手の感覚が無くなっているのだろう。永遠に小屋に辿り着かなければいいのに、だがそんなことは不可能だ。小屋の外では大勢の人が焚火を囲んでいた、皆が手に蛙や鮒を枝に刺したものを持って火で炙っていた。

 「若様が来たよ~~~~~」
 桔梗ちゃんが嬉しそうに皆に声を掛けた、最早逃げようがない。

 「しっかり焼かないと、御腹が出る病に成るんだって、若様もっと焼きたいって!」
 皆がさっと火の周りを開けてくれた、もう観念するしかない。せめて粘膜だけでもしっかり焼いて! 神様!

 「若殿!御屋形様が御呼びです! ささ、急いでください。」
 飛影! ありがとう、この働きは一生忘れん!!

「桔梗ちゃん、僕の分も食べて!」
俺は蛙の串刺しを桔梗ちゃんに渡し、脱兎のごとく逃げ帰った。
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