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武田義信
悪夢
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「善信様、御暇に参りました。」
「どうしたのだ虎昌?」
「このような仕儀になり、最早御側での御仕えが叶わなくなりました。」
虎昌が着物をめくり肥大した腹を見せた、みるみる四肢が痩せ細り、肌が黄色くなる。
「某も、御暇に参りました。」
水腫の姿になり果てた飛影が腹を見せる。
『某も、某も、某も。。。。。。』
飯富源四郎、甘利信忠、曽根昌世、茜ちゃん、楓ちゃん、桔梗ちゃん、近習衆、難民たちが地獄の餓鬼のような姿で現れて暇乞いをする。
「うぁ~~~~~~~~~」
絶叫と共に飛び起きた! 急ぎ回りを確認したが誰もいない。心臓が早鐘の様に打つ、全身から冷汗が流れている、本当に恐ろしい。夢か? 夢なんだな! 何だ、何でこんな夢を見たんだ? 予知夢か? 単なる恐怖か! 考えろ、考えるんだ、何か心の中に引っかかってる事が有るかもしれない。
冷静に考えろ、俺が為さねばならない事が有るのかもしれない! 何故皆が病になる夢を見たんだ、水生昆虫による感染なら武将が感染するはずがない。うん?! そうだ!! 俺が福与城に送った難民兵は、漁労と田仕事で既に感染し保菌者に成ってる可能性がある! 彼らの便から、甲斐独特の病が信濃にまで広がる可能性も有る! ヤバイ! 考えてる余裕はない、一刻一秒でも早く対策を立てないと。
「誰が有る、誰か馬の用意をしろ!」
「若殿、悪夢にうなされておられましたが、何か大切なことでも出来いたしましたか?」
「飛影、福与城に送った兵が病を持っているかもしれん、急ぎ参って対策を取らねば病が信濃中に広まる恐れが有る、馬を用意いたせ!」
「承りました、右幻は厩に参って馬を用意して来い、左幻は近習衆を起こして来い」
飛影が配下の素破に指図する。
『は!』
俺はその間も自分で着替えて福与城行きの準備をする。
『福与城』
「若殿、いったい何ごとでございます?」
近習30騎と飯富源四郎、飛影達素破を急がせ、馬で駆けに駆けてやってきた俺達に、飯富虎昌は随分驚いていた。
「一大事じゃ、甲斐の水腫病が福与城下にも広がるかもしれん!」
「どういう事でございますか?」
「水腫の病は、甲斐の川筋に多く表れておる、儂が漁労と田で働かせていた浮民は、既に病がうつっておるかもしれないのじゃ、下手をすれば信濃全土に病が広まってしまう!」
「なんと! では如何に致す御心算りですか?」
「甲斐に難民兵を戻せば、御屋形様に疑心を抱かしてしまう、福与城に駐屯させるのは仕方ないが、病を広げないように城内各所に便所を多くして、必ず城内の便所で用を足させよ! 通常の肥溜めでの発酵では死滅させれない虫が居る、糞便も一度焼くか煮立ててから田畑に撒くようにさせよ、恐ろしく臭いが致し方ない」
「承りました」
「それと、甲斐から送った1000兵の仕事は狩り・椎茸養殖・養蚕・算盤作りに限定する。水辺に行く新田開発や漁労、蟹や貝を集めるのは今後他領からやってくる難民に任せよう。」
「御意!」
「今日は予定外で参ったが、次いでじゃ、今後の事をそなたと相談したい。」
「は! 何なりと」
「先ず早急に手を打たねばならんのは、兵役で不足している600兵だ、来年に合戦が有れば不足のままでは御咎めを受ける、最悪老人を荷駄兵として送ることで許して貰えると思うか?」
「許していただけると思いますが、その心配はいりますまい、来年の合戦に若殿が動員されることは有りますまい。」
「は? 何故そんなことがわかる?」
「今年は不作の村が多う御座います、各村々から合戦願いが国衆に出ておると聞き及んでおります、来年は何処かに戦を仕掛け食料を奪わねば、餓死者が大量に出てしまいます」
「ちょっとまて、ちょっと待て! 一寸待て!!」
「不作や凶作だと、甲斐で餓死者を出さないために、他国を襲い食料を強奪するのか!」
「左様でございますが、それが何か? あ! 若殿は神童とは申せまだ幼かったのですね! では説明させていただきます。どんな小さい村でも、不作で餓死者を出すより、他の村を襲ってでも生き残ろうといたします。餓死するも、戦で死ぬも、死ぬことに変わりはございません、少しでも家族皆で生き残れる道を選びます、反対する者など居りません。もしいたとしても、そのような者は良くて追放、悪くすれば戦勝祈願の生贄にされます」
あ~~~~~~~~最悪だ!
「もし、国衆が他の村を襲うことを許さなかったら?」
「百姓衆は、無視して他の村を襲うか、国衆に謀反を起こすかです」
「では、国衆は領内の村同士が争うくらいなら、兵として纏めて他領を襲うことを選択するのだな? 御屋形様なら、他国を襲うことを選択するのだな!」
「左様でございます、万が一御屋形様が願いを取り上げなならなければ、先代信虎公の様に追放されるかもしれません。」
「ちょっとまて、ちょっと待て! 一寸待て!! 聞き捨てならんぞ、信虎公は御屋形様を差し置いて、信繁叔父を跡目にしようとして追放されたのではないのか? 四方八方に合戦を仕掛けたために、それを苦慮した家臣団と御屋形様の合議で追放されたのではないのか!」
「そう申す者もございますが、某の見解は違います。あの年は酷い凶作で甲斐の民は餓えておりました。家臣団は何度も信虎様に手を打ってくださいと願い出ておりました。」
「待て待て! あの当時に家臣団は食料収奪の合戦を願っていたのだな? 信虎様は他国への食料収奪の合戦願いを取り上げにならなかったのだな? それは確かなのだな!」
「確かでございます! どこに合戦を仕掛けても勝てる見込みがなかったのでございましょう。いや、身内の諏訪氏を襲って食料を強奪する決断が出来なかったのでしょう。」
「では、諏訪氏と共に更に信濃の奥深くへ攻め入ることは出来なかったのか?」
「あの頃は海野棟綱との合戦で、関東管領・上杉憲政を敵に回してしまっておりました。信濃奥地までの侵攻は勝ち目が無かったのです。万が一諏訪氏が裏切り、甲斐との国境を閉じれば武田は滅亡です。いえ、裏切らずとも少しでも合戦に手間取り、甲斐を長く留守にするような隙を見せれば、今川も北条も国境を越えて来ます。」
「甲斐の民を餓死から救うために、御屋形様は父親である信虎公を追放され、義弟である諏訪頼重殿を殺したというのか!」
「某はそう思っております!」
虎昌の身贔屓もあるだろうが、そういう視点を加えてのシュミレーションをしておかないと、信玄の行動を読み違えて俺が死ぬことになる!
今までの事を加えて考えれば、俺が食糧生産に力を入れて民を豊かにすればするほど、四方の大名や国衆から襲われる可能性が増大するのか、嫌、武田一門や家臣領民からすら襲われるのか! ならば、豊かになればそれに見合った兵力を揃えなければならない。だが、それだけでは不足だな、近隣大名が強大化するなら、それに合わせて自分も強くならなければ餌食になる。でも、国衆を味方に取り込んだり人を増やせば、それだけの命に責任が出る。彼らを餓死させないように、他人を襲わせる決断をしなければならないこともある!
あ~~~~嫌だ!!! 戦国時代は生き地獄だよ!!!!
「虎昌、一旦話を戻すが俺は出陣を免除されるのだな?」
「はい、恐らく我らは躑躅ヶ崎館の守備か、高遠頼継殿に備えてこの福与城の駐屯でしょう。いや、場合によっては、高遠氏を滅ぼす軍を福与城に迎えることになるかもしれません。」
「そうか、高遠氏を攻めるとしたら、拠点となるこの福与城の守備兵を動かすことは無いか。」
「左様です、守備兵ならば老弱兵でも数さえ揃えれば御咎めは有りません。何より略奪をさせねばならない餓えた兵を、敵地に送り込まねばなりませんから。」
その話は聞きたくないよ!
「高遠氏以外を御屋形様が攻めるとしたらどこだろう?」
「左様ですな、城取よりも略奪や青田刈りを優先した場合、松本の小笠原長時か北佐久の笠原清繁でしょう。いや、笠原の志賀城なら城取も可能でしょう。」
「どちらにしても、俺の兵は福与城を動かすことは無いか? だが、虎昌の領地はどうなのだ? 民は餓えておらんか?」
「大丈夫でございます、福与城攻めの際に若殿が褒美をくださいました。1兵当たり1貫文有れば、凶作で米価が高騰していても家族共々餓えることは有りません。ついでに言えば、若殿なら福与城下の民を餓えさせることは無いと、御屋形様は御考えでしょう。」
「だが、御屋形様が我ら単独で、高遠氏を攻め取れと命じる可能性も考慮しておかねばならん!」
「可能性は少ないとは思いますが、備えあれば患いなしですな。」
「飛影、新しく俺の元に逃げてくる民は、全て竜ヶ崎城と荒神山城に収容いたせ、さすれば水腫の病に感染した福与城の民と接触させずに済む。」
「は! 承りました。」
「虎昌、竜ケ崎城の城代を飯富源四郎に、荒神山城の城代は飛影に一任する、それでよいな?」
「お気遣いは感謝いたしますが、竜ケ崎城も飛影の配下に任せましょう。源四郎には城攻めや領地の代官を任せねばなりません。」
「判った、飛影聞いてたな?」
「は! 承りました。」
翌日は丸1日かけて福与城の検分を行った。
2日目は竜ケ崎城の検分。
3日目は荒神山城の検分に費やした。
その間に、永田徳本先生の御宅が諏訪に有ることが飛影の配下から知らされた。
4日目の早朝に荒神山城を出た俺は、諏訪の永田徳本先生を訪ねた。
「武田太郎善信と申します、永田徳本先生は御在宅でしょうか?」
「武田太郎善信殿? 早朝より何事でございますか?」
奥から不審がる声色で聞き返してきた
「甲斐の水腫の病で先生に御願いが有って参りました、どうか御会い願います。」
「水腫の病で願いじゃと?! 武田の若君が直々に?!」
「はい、どうか先生の知恵をお貸しください。」
「判りました。」
先生は急いで表戸を開けてくれた。
「先生、お初に御目にかかります、武田太郎善信と申します。」
「御丁寧な御挨拶痛み入ります、永田徳本と申します。あばら屋ですがどうぞお入り下さい。」
「飛影だけ付いて参れ、他の者は表の警備を任せる・」
『は!承りました』
日頃の俺の言動に感化されてきたのだろう、近習たちは修験者出身の飛影だけ優先したことに、疑問も文句も言わず素直に警備についてくれた。
俺は徳本先生の案内で奥の板の間に通された、そこで膝を交えての談判を始めた。
「先生、最近に成って甲斐の水腫の病を知りました、そこで、この飛影と配下の者に色々調べさせたのですが、水腫の病いは腹に虫が湧いているのではないかと思い至ったのですが、先生は如何に御考えですか?」
「私も兼ね兼ね水腫の病には心を痛めていたのだが、原因を突き止めるまでには至らなかったのです」
「私も確証が有る訳ではないのですが、飛影に調べさせた現象を突き合わせると、虫の可能性が一番かと思い至ったのです。」
俺は飛影が作ってくれた絵図を取り出し広げた、その上で鉱毒説やウィルス説をこの時代風に説明した。
「水毒であれば、同じ地域に住む地主が病に掛からぬ説明が付きません。風邪などの邪気から来る病なら、地主と百姓で罹患率が変わるの説明が付きません。そこで一番疑わしいのが田や川に住む虫が田仕事や川仕事をする百姓を襲うと考えたのです。」
「よくぞ思いつかれましたな! 不敬ながらそのように幼き身での慧眼、いや、何より民を思って御自ら病の原因を探られるとは、永田徳本感服いたしました!」
「いえ、甲斐守護者の一門として当然のことです。そこで御願いなのですが、先生にはどの虫下しがこの病に効くのか、確かめていただきたいのです。薬の原料収集と生成は、私の配下を何人でも使っていただいて構いません。」
「善信様、この永田徳本に、このような重大な役目を任せていただき光栄至極でございます。全身全霊を掛けて当たらせていただきます!」
「どうかお願いいたします、飛影、薬種に詳しい者と警護の者を先生にお付けしろ、それと見所の有る子供を先生の弟子に推挙せよ。」
「は! 承りました。」
「先生、戦乱で親を亡くした子供たちを保護しておりまして、その子供達に生きる道を教えておるのですが、先生にも弟子として受け入れていただけないでしょうか?」
「聞き及んでおります、善信様が行く当ての無い民を助けておられる事! 何人でも構いません弟子としましょう。」
卑怯かもしれない、だが、全てを俺一人で解決できるはずもない。俺が武田太郎義信として産まれたのを運命と考えよう、医師や百姓に産まれなかった、織田信長や今川義元でも無かった。甲斐の地に、信玄の息子に産まれたのだから、その地位でしかできない方法で民を助けていこう。内乱を起こさない様に信玄に従い、外敵に攻め込まれないように兵養い、民を餓えさせないように内治と殖産に励む、その為なら、飛影達を使い外道な暗殺も厭わん! より多数の民を助けるために、少数の民を殺すこともやるしかない! 悪鬼羅刹となろうともやり遂げる。
その初めとして、俺は水腫の病の責任を永田徳本に丸投げした・・・・・・・
「どうしたのだ虎昌?」
「このような仕儀になり、最早御側での御仕えが叶わなくなりました。」
虎昌が着物をめくり肥大した腹を見せた、みるみる四肢が痩せ細り、肌が黄色くなる。
「某も、御暇に参りました。」
水腫の姿になり果てた飛影が腹を見せる。
『某も、某も、某も。。。。。。』
飯富源四郎、甘利信忠、曽根昌世、茜ちゃん、楓ちゃん、桔梗ちゃん、近習衆、難民たちが地獄の餓鬼のような姿で現れて暇乞いをする。
「うぁ~~~~~~~~~」
絶叫と共に飛び起きた! 急ぎ回りを確認したが誰もいない。心臓が早鐘の様に打つ、全身から冷汗が流れている、本当に恐ろしい。夢か? 夢なんだな! 何だ、何でこんな夢を見たんだ? 予知夢か? 単なる恐怖か! 考えろ、考えるんだ、何か心の中に引っかかってる事が有るかもしれない。
冷静に考えろ、俺が為さねばならない事が有るのかもしれない! 何故皆が病になる夢を見たんだ、水生昆虫による感染なら武将が感染するはずがない。うん?! そうだ!! 俺が福与城に送った難民兵は、漁労と田仕事で既に感染し保菌者に成ってる可能性がある! 彼らの便から、甲斐独特の病が信濃にまで広がる可能性も有る! ヤバイ! 考えてる余裕はない、一刻一秒でも早く対策を立てないと。
「誰が有る、誰か馬の用意をしろ!」
「若殿、悪夢にうなされておられましたが、何か大切なことでも出来いたしましたか?」
「飛影、福与城に送った兵が病を持っているかもしれん、急ぎ参って対策を取らねば病が信濃中に広まる恐れが有る、馬を用意いたせ!」
「承りました、右幻は厩に参って馬を用意して来い、左幻は近習衆を起こして来い」
飛影が配下の素破に指図する。
『は!』
俺はその間も自分で着替えて福与城行きの準備をする。
『福与城』
「若殿、いったい何ごとでございます?」
近習30騎と飯富源四郎、飛影達素破を急がせ、馬で駆けに駆けてやってきた俺達に、飯富虎昌は随分驚いていた。
「一大事じゃ、甲斐の水腫病が福与城下にも広がるかもしれん!」
「どういう事でございますか?」
「水腫の病は、甲斐の川筋に多く表れておる、儂が漁労と田で働かせていた浮民は、既に病がうつっておるかもしれないのじゃ、下手をすれば信濃全土に病が広まってしまう!」
「なんと! では如何に致す御心算りですか?」
「甲斐に難民兵を戻せば、御屋形様に疑心を抱かしてしまう、福与城に駐屯させるのは仕方ないが、病を広げないように城内各所に便所を多くして、必ず城内の便所で用を足させよ! 通常の肥溜めでの発酵では死滅させれない虫が居る、糞便も一度焼くか煮立ててから田畑に撒くようにさせよ、恐ろしく臭いが致し方ない」
「承りました」
「それと、甲斐から送った1000兵の仕事は狩り・椎茸養殖・養蚕・算盤作りに限定する。水辺に行く新田開発や漁労、蟹や貝を集めるのは今後他領からやってくる難民に任せよう。」
「御意!」
「今日は予定外で参ったが、次いでじゃ、今後の事をそなたと相談したい。」
「は! 何なりと」
「先ず早急に手を打たねばならんのは、兵役で不足している600兵だ、来年に合戦が有れば不足のままでは御咎めを受ける、最悪老人を荷駄兵として送ることで許して貰えると思うか?」
「許していただけると思いますが、その心配はいりますまい、来年の合戦に若殿が動員されることは有りますまい。」
「は? 何故そんなことがわかる?」
「今年は不作の村が多う御座います、各村々から合戦願いが国衆に出ておると聞き及んでおります、来年は何処かに戦を仕掛け食料を奪わねば、餓死者が大量に出てしまいます」
「ちょっとまて、ちょっと待て! 一寸待て!!」
「不作や凶作だと、甲斐で餓死者を出さないために、他国を襲い食料を強奪するのか!」
「左様でございますが、それが何か? あ! 若殿は神童とは申せまだ幼かったのですね! では説明させていただきます。どんな小さい村でも、不作で餓死者を出すより、他の村を襲ってでも生き残ろうといたします。餓死するも、戦で死ぬも、死ぬことに変わりはございません、少しでも家族皆で生き残れる道を選びます、反対する者など居りません。もしいたとしても、そのような者は良くて追放、悪くすれば戦勝祈願の生贄にされます」
あ~~~~~~~~最悪だ!
「もし、国衆が他の村を襲うことを許さなかったら?」
「百姓衆は、無視して他の村を襲うか、国衆に謀反を起こすかです」
「では、国衆は領内の村同士が争うくらいなら、兵として纏めて他領を襲うことを選択するのだな? 御屋形様なら、他国を襲うことを選択するのだな!」
「左様でございます、万が一御屋形様が願いを取り上げなならなければ、先代信虎公の様に追放されるかもしれません。」
「ちょっとまて、ちょっと待て! 一寸待て!! 聞き捨てならんぞ、信虎公は御屋形様を差し置いて、信繁叔父を跡目にしようとして追放されたのではないのか? 四方八方に合戦を仕掛けたために、それを苦慮した家臣団と御屋形様の合議で追放されたのではないのか!」
「そう申す者もございますが、某の見解は違います。あの年は酷い凶作で甲斐の民は餓えておりました。家臣団は何度も信虎様に手を打ってくださいと願い出ておりました。」
「待て待て! あの当時に家臣団は食料収奪の合戦を願っていたのだな? 信虎様は他国への食料収奪の合戦願いを取り上げにならなかったのだな? それは確かなのだな!」
「確かでございます! どこに合戦を仕掛けても勝てる見込みがなかったのでございましょう。いや、身内の諏訪氏を襲って食料を強奪する決断が出来なかったのでしょう。」
「では、諏訪氏と共に更に信濃の奥深くへ攻め入ることは出来なかったのか?」
「あの頃は海野棟綱との合戦で、関東管領・上杉憲政を敵に回してしまっておりました。信濃奥地までの侵攻は勝ち目が無かったのです。万が一諏訪氏が裏切り、甲斐との国境を閉じれば武田は滅亡です。いえ、裏切らずとも少しでも合戦に手間取り、甲斐を長く留守にするような隙を見せれば、今川も北条も国境を越えて来ます。」
「甲斐の民を餓死から救うために、御屋形様は父親である信虎公を追放され、義弟である諏訪頼重殿を殺したというのか!」
「某はそう思っております!」
虎昌の身贔屓もあるだろうが、そういう視点を加えてのシュミレーションをしておかないと、信玄の行動を読み違えて俺が死ぬことになる!
今までの事を加えて考えれば、俺が食糧生産に力を入れて民を豊かにすればするほど、四方の大名や国衆から襲われる可能性が増大するのか、嫌、武田一門や家臣領民からすら襲われるのか! ならば、豊かになればそれに見合った兵力を揃えなければならない。だが、それだけでは不足だな、近隣大名が強大化するなら、それに合わせて自分も強くならなければ餌食になる。でも、国衆を味方に取り込んだり人を増やせば、それだけの命に責任が出る。彼らを餓死させないように、他人を襲わせる決断をしなければならないこともある!
あ~~~~嫌だ!!! 戦国時代は生き地獄だよ!!!!
「虎昌、一旦話を戻すが俺は出陣を免除されるのだな?」
「はい、恐らく我らは躑躅ヶ崎館の守備か、高遠頼継殿に備えてこの福与城の駐屯でしょう。いや、場合によっては、高遠氏を滅ぼす軍を福与城に迎えることになるかもしれません。」
「そうか、高遠氏を攻めるとしたら、拠点となるこの福与城の守備兵を動かすことは無いか。」
「左様です、守備兵ならば老弱兵でも数さえ揃えれば御咎めは有りません。何より略奪をさせねばならない餓えた兵を、敵地に送り込まねばなりませんから。」
その話は聞きたくないよ!
「高遠氏以外を御屋形様が攻めるとしたらどこだろう?」
「左様ですな、城取よりも略奪や青田刈りを優先した場合、松本の小笠原長時か北佐久の笠原清繁でしょう。いや、笠原の志賀城なら城取も可能でしょう。」
「どちらにしても、俺の兵は福与城を動かすことは無いか? だが、虎昌の領地はどうなのだ? 民は餓えておらんか?」
「大丈夫でございます、福与城攻めの際に若殿が褒美をくださいました。1兵当たり1貫文有れば、凶作で米価が高騰していても家族共々餓えることは有りません。ついでに言えば、若殿なら福与城下の民を餓えさせることは無いと、御屋形様は御考えでしょう。」
「だが、御屋形様が我ら単独で、高遠氏を攻め取れと命じる可能性も考慮しておかねばならん!」
「可能性は少ないとは思いますが、備えあれば患いなしですな。」
「飛影、新しく俺の元に逃げてくる民は、全て竜ヶ崎城と荒神山城に収容いたせ、さすれば水腫の病に感染した福与城の民と接触させずに済む。」
「は! 承りました。」
「虎昌、竜ケ崎城の城代を飯富源四郎に、荒神山城の城代は飛影に一任する、それでよいな?」
「お気遣いは感謝いたしますが、竜ケ崎城も飛影の配下に任せましょう。源四郎には城攻めや領地の代官を任せねばなりません。」
「判った、飛影聞いてたな?」
「は! 承りました。」
翌日は丸1日かけて福与城の検分を行った。
2日目は竜ケ崎城の検分。
3日目は荒神山城の検分に費やした。
その間に、永田徳本先生の御宅が諏訪に有ることが飛影の配下から知らされた。
4日目の早朝に荒神山城を出た俺は、諏訪の永田徳本先生を訪ねた。
「武田太郎善信と申します、永田徳本先生は御在宅でしょうか?」
「武田太郎善信殿? 早朝より何事でございますか?」
奥から不審がる声色で聞き返してきた
「甲斐の水腫の病で先生に御願いが有って参りました、どうか御会い願います。」
「水腫の病で願いじゃと?! 武田の若君が直々に?!」
「はい、どうか先生の知恵をお貸しください。」
「判りました。」
先生は急いで表戸を開けてくれた。
「先生、お初に御目にかかります、武田太郎善信と申します。」
「御丁寧な御挨拶痛み入ります、永田徳本と申します。あばら屋ですがどうぞお入り下さい。」
「飛影だけ付いて参れ、他の者は表の警備を任せる・」
『は!承りました』
日頃の俺の言動に感化されてきたのだろう、近習たちは修験者出身の飛影だけ優先したことに、疑問も文句も言わず素直に警備についてくれた。
俺は徳本先生の案内で奥の板の間に通された、そこで膝を交えての談判を始めた。
「先生、最近に成って甲斐の水腫の病を知りました、そこで、この飛影と配下の者に色々調べさせたのですが、水腫の病いは腹に虫が湧いているのではないかと思い至ったのですが、先生は如何に御考えですか?」
「私も兼ね兼ね水腫の病には心を痛めていたのだが、原因を突き止めるまでには至らなかったのです」
「私も確証が有る訳ではないのですが、飛影に調べさせた現象を突き合わせると、虫の可能性が一番かと思い至ったのです。」
俺は飛影が作ってくれた絵図を取り出し広げた、その上で鉱毒説やウィルス説をこの時代風に説明した。
「水毒であれば、同じ地域に住む地主が病に掛からぬ説明が付きません。風邪などの邪気から来る病なら、地主と百姓で罹患率が変わるの説明が付きません。そこで一番疑わしいのが田や川に住む虫が田仕事や川仕事をする百姓を襲うと考えたのです。」
「よくぞ思いつかれましたな! 不敬ながらそのように幼き身での慧眼、いや、何より民を思って御自ら病の原因を探られるとは、永田徳本感服いたしました!」
「いえ、甲斐守護者の一門として当然のことです。そこで御願いなのですが、先生にはどの虫下しがこの病に効くのか、確かめていただきたいのです。薬の原料収集と生成は、私の配下を何人でも使っていただいて構いません。」
「善信様、この永田徳本に、このような重大な役目を任せていただき光栄至極でございます。全身全霊を掛けて当たらせていただきます!」
「どうかお願いいたします、飛影、薬種に詳しい者と警護の者を先生にお付けしろ、それと見所の有る子供を先生の弟子に推挙せよ。」
「は! 承りました。」
「先生、戦乱で親を亡くした子供たちを保護しておりまして、その子供達に生きる道を教えておるのですが、先生にも弟子として受け入れていただけないでしょうか?」
「聞き及んでおります、善信様が行く当ての無い民を助けておられる事! 何人でも構いません弟子としましょう。」
卑怯かもしれない、だが、全てを俺一人で解決できるはずもない。俺が武田太郎義信として産まれたのを運命と考えよう、医師や百姓に産まれなかった、織田信長や今川義元でも無かった。甲斐の地に、信玄の息子に産まれたのだから、その地位でしかできない方法で民を助けていこう。内乱を起こさない様に信玄に従い、外敵に攻め込まれないように兵養い、民を餓えさせないように内治と殖産に励む、その為なら、飛影達を使い外道な暗殺も厭わん! より多数の民を助けるために、少数の民を殺すこともやるしかない! 悪鬼羅刹となろうともやり遂げる。
その初めとして、俺は水腫の病の責任を永田徳本に丸投げした・・・・・・・
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