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イスパニア本格開戦
望郷
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1574年11月:京・二条城:武田諸王信玄・山本検非違使別当(山本勘助)・秋山弾正大弼虎繁:武田信玄視点
「陛下、宮中はいかがでしたか」
「特に何事もなかった」
「フィリピンへの侵攻に疑念を持つ公卿はいなかったのですか」
「何も心配することはない、勘助。それにその方が本当に心配しているのは、その事ではあるまい」
「はい。次郎准大臣様と三郎准大臣様は、陛下がおられなくても、宮中で力を振るう事が御出来になるのでしょうか」
「宮中では維新皇子と智陣皇子が力を付けておる。九条准三宮と鷹司准三宮もかくしゃくとしておる。何の心配もない」
「ですがだからと言って、陛下が京を離れる必要などないではありませんか」
「いや。そろそろ諸王は蝦夷地に常駐する形をとりたいのだ。京の事は二郎と三郎に任せればいい」
「弾正大弼殿はどう思われるか」
「はてさて、どうしたものでしょうな」
「真剣に考えておられるのか」
勘助はいらだっているのか。
儂のように甲斐が懐かしい訳でもあるまい。
歳を取り、天下が定まると、妙に甲斐が懐かしく感じられる。
領内に腹水の病がはびこり、毎年のように水害に襲われ、他国を襲わねば家臣領民を喰わせてやれなかった貧しい国だったが。
今はどうなっているのか。
荷役衆からの話では、山は石垣で補強された上に果樹が植えられ、毎年豊かな実りがあるという。
川も堤防で補強整備されて氾濫しなくなり、大雨の時にも民は枕を高くして眠ることが出来ているという。
腹水の病がはびこっていた湿原は埋め立てられ、一面の桑畑となり、甲斐錦の源になっているという。
雪に閉じ込められる冬になっても、飢える事も凍えることもなくなり、豊富な材木を使って鍛冶仕事にいそしんでいるという。
儂が甲斐を離れた時にも、十分豊かになっていた。
父を駿河に追い、形振り構わず戦って居た頃が信じられないくらい豊かになっていた。
だが今は、それ以上に豊かで平和だという。
死ぬまでにもう一度甲斐をこの目で見てみたい。
勘助と弾正は、儂のそんな気持ちに気が付いているのかもしれない。
だがそんな弱気な事を口に出すわけにはいかない。
京に住むなら天下の為になるが、甲斐では弱すぎる。
確かに一門の誰かを置かねばならないが、それは義信の息子で大丈夫だ。
いや、義信と九条の間に生まれた者でなければならない。
それに甲斐信濃の開墾開発は十分進んでいる。
今更大軍を駐屯させても、労働力を無駄にするだけだ。
京の周辺も十分開墾開発させた。
十万を超える近衛衆が常駐して荒れ地を耕し、河川に堤防を築いて用水路を整備し、街道も馬車鉄道が走れるようにした。
何より近淡海と京を結ぶ疎水を開通させたことが大きい。
敦賀から尼崎まで水運が開けたのだ。
京は都としての繁栄だけではなく、物流の拠点としても大いに栄えている。
今なら近衛軍の大半を蝦夷に移しても問題はない。
近衛軍には、京周辺の開発で培った経験を活かし、蝦夷地を開拓してもらう。
冬には豊富な木材を利用して、鍛冶の技術を生かしてもらう。
儂が若い頃には考えもしなかった事だが、日ノ本の外にまで領地を広げ、戦い続けている以上、刀や鎧は幾らあっても無駄になるという事はない。
何より鉛玉は有り余るほど必要だ。
それに、専業兵は日ノ本に残すべきではない。
兼業兵は仕方ないが、戦うこと以外仕事のない者は、新たに開拓開墾する土地がある場所に移住させなばならない。
そして武田の国土となった蝦夷地を、日ノ本を超える豊かな土地に変えねばならない。
だが儂の目が遠くに離れる以上、野心と能力を持った大名と国衆も一緒に移動させなければならない。
信廉や信智に謀叛を起こすような能力と度胸はないと思うが、儂の目の届かないところに能力のある者がいて、一門を担いで天下を狙うかもしれない。
義信と相談した上で、蝦夷に連れて行ってもいい。
それにしても、王とはな。
儂が王を名乗るなどとは考えもしなかった。
京に上り、細川や三好に成り代わり、足利を担いで幕府の実権を握る事を考えたこともあったが、武田幕府どころか、武田王国だからな。
空恐ろしいく感じた事さえあった。
だが建国した以上、むざむざと滅ぼすわけにはいかない。
義信がいるから、蜀漢のように二代で外敵に滅ぼされることはないだろうが、孫呉のように四代で外敵に滅ぼされる可能性はある。
一番の問題は、曹魏のように重臣に国を乗っ取られる事だが、それを防ぐには一門内の権力争いを防がねばならない。
信繁が生きている間は心配ないが、信繁の子が心配だ。
武田家の躍進は、全て義信の智謀の御陰ではあるが、信繁の武名と人望は一門内では傑出している。
信繁の子供達が、その声望に勘違いして、独立を企てないとも限らない。
それに義信の庶子や庶子の側近が加われば、取り返しのつかないことになる。
現にそのような企てがあったという報告も受けている。
ここは蝦夷地の北に拠点を設け、何時でも儂が軍勢を率いて攻め込む体制を作っておくべきだろう。
そのまま蝦夷地で死ぬことになるだろうから、最後にもう一度甲斐を見てみたい。
「陛下、宮中はいかがでしたか」
「特に何事もなかった」
「フィリピンへの侵攻に疑念を持つ公卿はいなかったのですか」
「何も心配することはない、勘助。それにその方が本当に心配しているのは、その事ではあるまい」
「はい。次郎准大臣様と三郎准大臣様は、陛下がおられなくても、宮中で力を振るう事が御出来になるのでしょうか」
「宮中では維新皇子と智陣皇子が力を付けておる。九条准三宮と鷹司准三宮もかくしゃくとしておる。何の心配もない」
「ですがだからと言って、陛下が京を離れる必要などないではありませんか」
「いや。そろそろ諸王は蝦夷地に常駐する形をとりたいのだ。京の事は二郎と三郎に任せればいい」
「弾正大弼殿はどう思われるか」
「はてさて、どうしたものでしょうな」
「真剣に考えておられるのか」
勘助はいらだっているのか。
儂のように甲斐が懐かしい訳でもあるまい。
歳を取り、天下が定まると、妙に甲斐が懐かしく感じられる。
領内に腹水の病がはびこり、毎年のように水害に襲われ、他国を襲わねば家臣領民を喰わせてやれなかった貧しい国だったが。
今はどうなっているのか。
荷役衆からの話では、山は石垣で補強された上に果樹が植えられ、毎年豊かな実りがあるという。
川も堤防で補強整備されて氾濫しなくなり、大雨の時にも民は枕を高くして眠ることが出来ているという。
腹水の病がはびこっていた湿原は埋め立てられ、一面の桑畑となり、甲斐錦の源になっているという。
雪に閉じ込められる冬になっても、飢える事も凍えることもなくなり、豊富な材木を使って鍛冶仕事にいそしんでいるという。
儂が甲斐を離れた時にも、十分豊かになっていた。
父を駿河に追い、形振り構わず戦って居た頃が信じられないくらい豊かになっていた。
だが今は、それ以上に豊かで平和だという。
死ぬまでにもう一度甲斐をこの目で見てみたい。
勘助と弾正は、儂のそんな気持ちに気が付いているのかもしれない。
だがそんな弱気な事を口に出すわけにはいかない。
京に住むなら天下の為になるが、甲斐では弱すぎる。
確かに一門の誰かを置かねばならないが、それは義信の息子で大丈夫だ。
いや、義信と九条の間に生まれた者でなければならない。
それに甲斐信濃の開墾開発は十分進んでいる。
今更大軍を駐屯させても、労働力を無駄にするだけだ。
京の周辺も十分開墾開発させた。
十万を超える近衛衆が常駐して荒れ地を耕し、河川に堤防を築いて用水路を整備し、街道も馬車鉄道が走れるようにした。
何より近淡海と京を結ぶ疎水を開通させたことが大きい。
敦賀から尼崎まで水運が開けたのだ。
京は都としての繁栄だけではなく、物流の拠点としても大いに栄えている。
今なら近衛軍の大半を蝦夷に移しても問題はない。
近衛軍には、京周辺の開発で培った経験を活かし、蝦夷地を開拓してもらう。
冬には豊富な木材を利用して、鍛冶の技術を生かしてもらう。
儂が若い頃には考えもしなかった事だが、日ノ本の外にまで領地を広げ、戦い続けている以上、刀や鎧は幾らあっても無駄になるという事はない。
何より鉛玉は有り余るほど必要だ。
それに、専業兵は日ノ本に残すべきではない。
兼業兵は仕方ないが、戦うこと以外仕事のない者は、新たに開拓開墾する土地がある場所に移住させなばならない。
そして武田の国土となった蝦夷地を、日ノ本を超える豊かな土地に変えねばならない。
だが儂の目が遠くに離れる以上、野心と能力を持った大名と国衆も一緒に移動させなければならない。
信廉や信智に謀叛を起こすような能力と度胸はないと思うが、儂の目の届かないところに能力のある者がいて、一門を担いで天下を狙うかもしれない。
義信と相談した上で、蝦夷に連れて行ってもいい。
それにしても、王とはな。
儂が王を名乗るなどとは考えもしなかった。
京に上り、細川や三好に成り代わり、足利を担いで幕府の実権を握る事を考えたこともあったが、武田幕府どころか、武田王国だからな。
空恐ろしいく感じた事さえあった。
だが建国した以上、むざむざと滅ぼすわけにはいかない。
義信がいるから、蜀漢のように二代で外敵に滅ぼされることはないだろうが、孫呉のように四代で外敵に滅ぼされる可能性はある。
一番の問題は、曹魏のように重臣に国を乗っ取られる事だが、それを防ぐには一門内の権力争いを防がねばならない。
信繁が生きている間は心配ないが、信繁の子が心配だ。
武田家の躍進は、全て義信の智謀の御陰ではあるが、信繁の武名と人望は一門内では傑出している。
信繁の子供達が、その声望に勘違いして、独立を企てないとも限らない。
それに義信の庶子や庶子の側近が加われば、取り返しのつかないことになる。
現にそのような企てがあったという報告も受けている。
ここは蝦夷地の北に拠点を設け、何時でも儂が軍勢を率いて攻め込む体制を作っておくべきだろう。
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