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海外雄飛

女難

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1569年8月:薩摩一宇治城・本丸義信寝室:鷹司義信・茜・楓・桔梗・紅・緑ほか:鷹司義信視点

「若様、どうなのですか。義正は処罰されてしまうのですか」

「義剛はどうなのですか。義剛も処罰されるのですか」

 楓ちゃんと桔梗ちゃんが本気で怒っている。
 
 母親の子供を護ろうとする気持ちは、夫に対する思いとは比較にならない。

 今回の一連の命令軽視に対して、軍師や古参重臣から処分すべしという話が出た途端、それぞれの居城から薩摩一宇治城に結集してきた。

 そして俺に対して、読みが悪かった軍師や重臣が、自分の失敗を糊塗する為に策謀を巡らし、妾腹の諸王孫を排除しようとしていると詰め寄ってきた。

 柳眉を逆立て、まなじりを決して迫って来る女たちの迫力は、万余の軍勢にも劣らない。

 いや、むしろ俺にはこっちの方が怖い。

 確かに今回の件は読みが甘かった。

 いや、疫病と言う不確定要素が多過ぎたので、対応策を絞り切れなかったとも言える。

 いやそれも違う。

 俺も軍師達も、方信や信鷹の時ほど真剣にリスト管理しなかったのだ。

 スペインの反撃が合った場合や、疫病の蔓延段階によって事細かに作戦を変えて指示書を出しておくべきところを、現地総司令官や部隊司令官が自由裁量を許す隙を残してしまったいた。

 自由裁量を許すのなら、最初から完全に自由にすべきところを、義近・義正・義剛の三人を上陸させて陸戦経験を積ませろと言う命令をしてしまっていた。

 これに上陸回避や上陸部隊数を制限する、疫病の大流行が重なったのだから、現地司令部の懊悩は容易に想像できる。

 俺の子供達に上陸戦や陸上戦を経験させろという命令の優先順位は高い。

 だが上陸させたら、子供達が疫病に罹患して死ぬ確率は五割だった。

 実際今回の上陸作戦で一番損害が出た部隊は、千兵中五百兵弱の兵士が戦病死してしまっている。

 だから三人の副将と現地軍師達の判断は正しい。

 俺の命令の優先順位を読み替えて、義近・義正・義剛を死なないようにしてくれたことには、心から感謝している。

 だがこれを認めてしまったら、後々必ず悪影響が出てしまう。

 本国や上位軍の命令を曲解し、現地で勝手に戦争を始めるような組織になってしまう。

 だがここで三人の副将や現地軍師を処罰してしまったら、今度は硬直した融通の利かない組織になってしまう。

 本国や上位軍の、現地に則さない愚かな命令を厳守してしまい、死ななくていい将兵を無駄死にさせることになる。

 どちらを選択しても、長い時間が経てば組織は腐る。

 五十年後百年後に、英邁な諸王が現れなければ、武田諸王国も滅びの危機を迎えるかもしれない。

 そこまで行かなくても、内部腐敗が進んでしまうだろう。

 だがその時に、せめて油田地帯を一つだけでも確保してくれていたら、第二次世界大戦の開戦時のような危機的状況は回避できるだろう。

 いや、砲艦外交で脅かされ、無理矢理不平等条約を結ばされたような、屈辱的な開国をさせられることくらいは回避できるだろう。

「若様。いつまでだんまりを決め込んでいるのですか」

「ごめん茜ちゃん」

「九条様の御子様達と、官位や石高で差を付けられるのは当然ですが、愛情にまで差をつけるのは許しませんよ」

「本当にごめん。だけど子供達への愛に差はない。これは間違いないとここに誓うよ」

「だったら義近殿、義正殿、義剛殿に罪はないとここで断言してください」

「断言するよ」

「では明日には、諸将に義近殿、義正殿、義剛殿の無罪を宣言し、名誉を回復してくださるのですね」

「ああ、間違いなく三人の無罪を宣言し、名誉を回復する。それだけではなく、三人の副将と現地軍師達の判断が正しく、俺の命令が不十分だったと非を認める」

「いえ、何も若様に非を認めていただきたいわけではありません」

「いや、ここは俺が非を認めなければならない」

「そんな」

「まあこの話はこれまでにしよう。副将達の賢明な判断で、義近も義正も義剛も、疫病の魔の手から逃れることが出来たのだ。今はそれを喜ぼう」

「「「「「はい」」」」」

「義正とは会えるのでしょうか」

 楓ちゃんはまだ心配なようだ。

「大丈夫だよ。直ぐにここに帰って来るよ」

「でも、台湾上陸戦が勝利に終わり、多くの艦艇が帰国したのに、義正達を乗せた船だけが帰ってきません」

「万が一義正達に不利な決定が下ったら、そのまま義正を異国に逃がす心算だったのだろう」

「義剛の船が戻ってこないのも、それが理由ですか」

 桔梗ちゃんも心配だったのだな。

 まあ当然だな。

「ああ、義剛も義近も、近習や戦友に恵まれているのだ。戻って来てしまったら、不利な評定が出てしまった場合にはどうしようもない。だが遠方の海上にいれば、疫病病に罹って死んだとか、海に落ちて死んだと言って、幾らでも逃げす方法があるからな」

「まあ」
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