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海外雄飛

激闘、武田信繁対モンゴル騎馬軍団

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1567年9月:アムール州・ゼーヤ湖周辺・モンゴルとの決戦場:武田兵部卿信繁・望月左衛門佐義勝・望月左衛門尉義永:武田信繁視点

「兵部卿を助けまいらせよ」
「兵部卿を助けまいらせよ」

 四方八方から、余を助けよと言う声が聞こえる。

 最悪の想定が当たってしまったが、ここで踏みとどまることが出来れば、少なくとも民だけは助けることが出来るだろう。

 ドーォーン

 大砲がモンゴルを叩いてくれているようだが、残念ながらそれほど効果を与えていないようだ。

「父上様、そろそろ本陣に引かれた方がいいのではありませんか」

「駄目だ。このまま引けば村々が蹂躙されてしまう」

 ダッーン

「しかし父上様、モンゴルの馬は女真と違い、鉄砲の音を怖がりません。大砲の音には多少驚くようですが、モンゴルが上手く御してしまうので、壊走するまではには至りません。このままではモンゴル騎兵に押し包まれてしまいます」

「大丈夫だ。このまま負けた風を装い、大砲の射線にまで誘導するのだ」

「それは危険すぎます。どうしてもやる必要があるのでしたら、父上に成り代わり、私が囮になります」

「御待ち下さい。父上や兄上は、将兵を纏めるのに欠かせない御方でございます。ここは私に御任せ下さい」

 ドーォーン

「まあ待て。左衛門佐と左衛門尉の気持ちは嬉しいが、この駆け引きは非常に難しい。歴戦の将兵を選んではいるが、一つ間違えば釣り野伏りの心算が、裏崩れの敗走になりかねぬ。ここは儂が指揮するのが一番確実じゃ」

「父上様はまだ私が未熟と申されますか」

「武士としての技量に些かの問題もないが、将としての実績にかける。こればかりは戦場の場数を踏み、名を売るしか他に手はないのだ」

 ダッーン

「ではここで名を売らせてください」

「信鷹殿下の愚を、その年になって犯す心算か」

「申し訳ございません」

「兄上様」

「お前たち2人には、頃合を見て逆撃してもらう。だが決して攻め急ぐことなく、老臣の諫言を無にするでないぞ」

 ドーォーン

「自分が焦っていたことがよくわかりました。老臣達の忠義を無駄にはしません。しかしながらモンゴルに押し包まれるのは我らではないのですか」

「互いの尻尾を喰わんとする二匹の蛇と同じよ。我らが喰らわれてしまうか、それともモンゴルを喰う事が出来るかは、今まで培ってきた武芸と軍略次第よ」

 ダッーン

 ゴーン

「引くぞ。殿は余に任せよ」

 歴戦の重臣が判断した引き太鼓にあわせて、全軍を本陣に向けて引かせた。

 残念ながら目の衰えた今の余では、遠眼鏡を使っても戦況判断が難しい。

 配下の者共は見事な繰り引きを見せ、騎馬鉄砲隊は100騎単位で鉄砲を撃ってモンゴル騎馬隊を撃退してから後退し、次の部隊が新たに現れるモンゴル騎馬隊を撃退した。
 20個に分かれた100騎の騎馬鉄砲隊と、同じく20個に分かれた騎馬弓隊の連携により、何とか次発装填の時間を稼ぎながら、モンゴル騎馬隊に追いつかれることなく、本陣の射程内にまで引くことが出来た。

 ドンドンドンドンドン
 ドン
 ドンドンドンドンドン
 ドン

 全軍総掛かりの陣太鼓が打ち鳴らされ、本陣から十分な休憩と腹ごしらえを終えた精鋭が討って出た。

 左右の虎口から討って出た近衛武士団が、一騎も逃さぬようにモンゴル騎馬隊を包み込むように陣形を展開しつつ、機を見て鉄砲を撃ち矢を射かけている。

 各部隊を預かる百騎長の指揮は見事なもので、モンゴル騎馬隊に近づき過ぎることなく、安全な距離を取りながら一方的に攻撃している。

「父上、我らも討ちかかりましょう」

「そうです父上。今が好機ではありませんか」

「この部隊の者共は囮で疲れておる。今は馬に一息入れさせ、追撃に備えるのだ」

「父上は先ほど逆撃を任せると言ってくださったではありませんか」

「そうです父上。先程の言葉は嘘だったのですか」

「そうだ」

「「父上」」

「馬が疲れてしまい、負けるはずのない者に討たれるなどあってはならぬ事だ」

「「父上」」

「配下の者共をそのような危地に向かわすようでは、将たる資格はないぞ」

「では馬を替えて追撃部隊に参加させてください」

「私も馬を替えますから、兄上と一緒に追撃部隊に参加させてください」

「それよりも今は陣立てを勉強せよ。釣り野伏りは戦機と陣立てが大切なのだ。精強なモンゴル騎馬隊を押し包む陣立てを学ぶのだ」

 余は再び遠眼鏡を使い、鐙を短く調節して馬上に立つようにして戦況を確認した。

 2人の息子達も渋々同じように遠眼鏡で戦況を確認しているようだ。

 ドンドン
 ドン
 ドンドン
 ドン
 ドンドン
 ドン

 不味い
 想定以上にモンゴル騎馬隊が強すぎる。
 いや、我が軍が弱くなってしまったのかもしれない。

「父上、現状死守の陣太鼓ではありませんか」

「どう言う事でございますか」

「うろたえるな。左衛門佐、左衛門尉」

「「しかし父上」」

「敵が想定以上に精強なのと、我が軍が弱くなっておるのだ」

「そんな馬鹿な」

「そうです父上。我が軍が弱くなるなどありえません」

「我が軍も兵数が増えた分、若武者や新規召し抱えの者が増えておる。特に左右の近衛武士団には雑多な大名から移ってきた者が多い。功名に眼がくらんで一騎駆けを仕掛け、陣形を崩してしまえば、軍略が破綻することもある」

「本陣からはその状況が見えていると言うのですか」

「本陣には戦況を把握するための櫓と遠眼鏡がある。歴戦の老臣が敵味方の状況を見定め、最良の指揮を取っておる。10万近い敵味方が戦っているのだから、馬上から見渡せる事には限界があるのだ」

「では父上様は急ぎ本陣に引かれて下さい」

「何を申すか」

「兄上の申される通りです。父上様が本陣から指揮されない限り、万全とは申せません」

「だが今馬印を後方に下げれば、余が退却したと思われ、味方が壊走してしまう」

「馬印は私と左衛門尉がこの場で死守いたします」

「そうです父上。兄上と私でこの場は支えて御覧に入れます」

「分かった。後の事は釣閑斎と相談して決めよ。無理に軍を進めるではないぞ。馬印をここに留める事が必勝の策と心得よ」

「「は」」

「2人の事は頼んだぞ、釣閑斎」

「御任せ下さい」

 若い左衛門佐と左衛門尉にここを任せるのは心配だが、万が一にも余が討ち取られるわけにはいかない。

 武田家の為には、左衛門佐と左衛門尉を見殺しにすることになってでも、ここで踏ん張らねばならぬ。

 長坂釣閑斎が後見してくれれば、万が一にも討ち取られるようなことはないと思うが、戦に絶対などありはしないから、これが今生の別れになるかもしれぬ。

「父上、早く行ってください」

「そうです。そして早く新たな手を討って下さい」

「では任せたぞ」
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