持参金が用意できない貧乏士族令嬢は、幼馴染に婚約解消を申し込み、家族のために冒険者になる。

第一章冒険者偏

血闘

「慌てるな！
　ドウラの教えを守れ。
　それで勝てる！」

　ジョージ先生の激が飛びます。
　そうです、その通りです。
　慌てることなど何もありません。
　ドウラさんの教えを守ればいいのです。
　守れば属性竜であろうと勝てます！

　エマとニカが慌てて放っていた魔法攻撃を止めます
　ドウラさんがいる時なら、絶対にやらなかった、竜の鱗に向ける攻撃。
　精神的な支柱がいないという事が、これほど冷静さを欠くのですね。
　常に余裕を持って、時に薄笑いさえ浮かべて攻撃していたエマとニカが、見境なしに魔法を放つほどに。

　でもそれは私達も同じです。
　属性竜との間合がとれていませんでした。
　恐怖に支配されて、必要以上に逃げ腰になっていました。
　攻撃するどころか、牽制すらやっていませんでした。
　だからこそ、私達が殺されると恐れたエマとニカが、慌てて魔法を放ってくれたのでしょう。

　ですが、もう、これ以上恥ずかしい姿はさらしません。
　こんな醜態をさらしては、ドウラさんの名を穢してしまいます。
　ドウラさんの直弟子を名乗るのなら、それに相応しい戦い方があるのです。
　マルティンが一歩下がりました。
　自分ではまだ足手纏いだと判断したのでしょう。
　最後の牽制を命懸けでやる覚悟のようです。

　私とイヴァンとダニエル。
　言わず語らず、気配だけでやるべき事が理解できます。
　少しだけ安全距離をとり、先ほどまでとは比べものにならないくらい、小さな動きで属性竜を翻弄します。
　でも、それだけではドウラさんの直弟子とは名乗れません。

　エマとニカが魔法を眼や口に叩き込めるように、属性竜を誘導します。
　属性竜の素早さを計算して、翼で飛び立つ危険も考慮して。
　私達を一飲みにできると思わせて、逃がさないように囮になります。

　ですが、属性竜を舐めているわけではありません。
　属性竜に知性がある可能性も考慮して、時に攻撃する姿勢も見せます。
　私達が囮ではなく、属性竜を本気で狩ろうとしていると思わせるのです。
　不可能ではありません。
　暴竜牙槍を振るって眼を狙い、一撃必殺の逆転を狙っていると思わせるのです。

　いえ、絶対に不可能というわけではありません。
　この方法で禽竜も暴竜も狩ったのです。
　全身全霊の一撃を、最高のタイミングで叩き込めれば、眼を潰し脳を破壊できるはずなのです。

「ギャッ！」

　自分の身体から噴き出す血しぶきが視線に入ります。
　油断ではありません。
　単なる計算違いです。
　もしかしたら、属性竜の罠だったのかもしれません。
　今迄見せなかった、圧倒的な瞬発力で、前脚の一撃を放ってきたのです。
　最も警戒すべきは、ブレス。
　次に警戒すべきは魔法。
　前脚の一撃を下に見過ぎていました。
　それをわざと遅く見せ続けていたなんて、恐ろしく狡猾です。