裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全

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第三章

第40話:非人勧進2

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 新之丞は一度吹上御所に戻って非人について調べ各役所に問い合わせた。
 そうなると非人だけではなく穢多についても調べる事になった。
 そこで伊之助の話に多くの間違いがある事が分かった。

 一番大きな間違いは、長嶋礒右衛門が非人に落とされたという話だった。
 武士から町人にされたのは確かだったが、まだ非人ではなかった。

 そして非人小屋ではなく長屋を借りて町に住んでいた。
 月十八文支払う事で、町人が非人勧進を借り受けている形になっていた。

 これは大きな疑問であると同時に、故法を曲解している事だった。
 歌舞伎の興行権と共に、東照神君が弾左衛門に与えた権利の侵害だった。
 だが、弾左衛門が団十郎達を搾取していた事も事実だった。

 歌舞伎興行で得た金を体の不自由な者達の為に使っていたら、新之丞は喜んで歌舞伎の興行権を弾左衛門に戻していただろう。

「大岡越前守、木挽町の芝居を完全に潰したら、城下の治安が悪くなるのだな?」

「はい、吹上大納言様。
 上様も改革はとても素晴らしいものですが、多少の問題もございます。
 城下の活気がなくなり、各所で治安が悪化しているのは間違いありません」

 新之丞は上様も信頼する名奉行大岡越前守に知恵を借りることにした。
 上様の方針に逆らうことなく、できるだけ東照神君の故法を沿った形で、体が不自由な者達を救う落としどころを探し出したかったのだ。

 だがこの場にいるのは新之丞と大岡越前守だけではない。
 修験衆を中心とした新之丞側近達が同席していた。
 その中には間違った事を新之丞に教えてしまって顔を赤らめる伊之助もいた。

「吹上大納言様、元々非人は弾左衛門の配下と言うわけではありません。
 今も弾左衛門の配下となっている非人は、関八州の非人だけでございます。
 歴史のある京大阪では、非人は今も公家や寺社の支配下にあります。
 そもそも非人とは、聖徳太子が隋に習って大阪の四天王寺に建てられた、貧しい人や孤児を救う悲田院が管理している者の事でございます」

「それは真か?」

「はい、吹上大納言様の問い合わせを受けて調べた範囲ではそうなっております」

「幕府よりも古い故法に習うのなら、非人を弾左衛門から引き離せるか。
 問題は東照神君の御定めに逆らわない方法だが……」

「恐れながら吹上大納言様。
 非人を弾左衛門の配下と定めたのは、時の北町奉行中山出雲守です。
 私はその当時から南町奉行でしたので、間違いありません」

「だとすると、後は上様の面目だけか?」

「それも大丈夫でございます。
 中山出雲守の間違いを吹上大納言様が正された事にすればいいのです」

「それで大丈夫なら、残る問題は細部をどうするかだけだな」

「吹上大納言様が大切にされておられるのは、体が不自由な者が飢える事なく暮らしていける事でございますな?」

「そうだ、その為なら、多少の非難は喜んで受けよう」

「上様も執事様もそのような事は望んでおられません。
 できる限り問題の起きない御定めを考えましょう。
 どうしても憎まれる者は必要ならば、この越前守が引き受けさせていただきます」

「そう言う訳にはいかぬ。
 臣下に泥をかぶらせて己の目的を果たすような外道にはなれん。
 理想通りにいかなくてもよい。
 臣下が泥をかぶらずにすむ方法、悪しき賂を受け取った者以外が傷つかない方法を考えてくれ」

「では、私が知る限りの事を申し上げますので、ここにいる者達で知恵を絞って体が不自由な者達を助ける方法を考えましょう」

「うむ」

 新之丞はこの場にいる側近達を頼もしそうに見渡した。
 伊之助が汚名返上の決意を秘めた表情で越前守の話を聞こうとしている。

「先ず明らかにしておかないといけないのは、非人の仕事です。
 これをはっきりさせなければ、体が不自由な者達を仕事につけられません」

「そうだな、教えてくれ」

「吹上大納言様も御存じの事だとは思いますが、幕府末端の役人として、処刑場の下役や牢屋の下役、町木戸の番人を務めております」

「そうであったな。
 処刑された死体の片付けや犯罪者の世話、町の治安に携わっているのだったな」

「はい、次が勧進なのですが、それを1つずつ説明させていただきます」

「うむ」

「全ては大道や街角で行う芸だと思ってください」

「分かった」

「竹に房をつけて器用に投げとり客に見せる綾取り。
 顔を赤く染めて独り芝居を客に見せる猿若。
 二人で三河万歳の真似をして見せる江戸万歳。
 手玉を器用に投げとり客に見せる辻放下。
 人形を操って見せる操り。
 義太夫節や豊後節などを軽妙な節をつけて語って聞かせる浄瑠璃。
 昔物語に節をつけて語って聞かせる説教。
 歌舞伎の口上や鳥獣の鳴き声を真似て聞かせる物真似。
 能の真似を見せる仕形能。
 古戦物語の本を読んで聞かせる物読み。
 太平記や古物語を分かりやすく解説して聞かせる講釈。
 芸のできない者や子供が大道に座って銭穀を乞う辻勧進。
 これが毎日行われている乞胸ですが、他にも季節の祝祭に門口や座敷で一家の予祝の祝言を謡う「萬歳」があります。
 一家の職業によって色々な祝言がありますが、正月に行う有名なのが獅子舞や大黒舞ですが、ご存じですか?」

「知っている物も少しはあったが、殆どを知らなかった。
 多くが本格的な芸を真似た物なのだな?」

「全て上手くできるのなら、歌舞伎のように一本立ちした興行にできたでしょう。
 或いは、独立できるほどの芸人が、独りでは食べていけない者の分を稼いでいたのかもしれません」

「そうか、そうかもしれぬな。
 非人は江戸に逃げてきた百姓を野非人として抱えているのだ。
 最初は何の芸もできず、徒食するだけだろうからな」

「雑用などはさせるでしょうが、銭穀を稼げる存在ではないでしょう」

「越前守が教えてくれた事で考えると、長嶋礒右衛門一座を正式な一座と認めて彼らに稼がせる方法か、座頭や瞽女と重なる歌舞音曲ができる非人を座頭支配に繰り入れるかだな」

「吹上大納言様のお考えも素晴らしいのですが、非人の勧進を活用する方法もありますが、検討願えますでしょうか?」

「是非聞かせてくれ、越前守」

「では話させていただきます。
 非人の勧進は乞胸が中心なのですが、寺社は建物の修築費用を集める為に勧進平家や勧進相撲を興行していますし、勧進聖の為に勧進船を仕立てた事もありました。
 悲田院で身体の不自由な者を養い、非人小屋で江戸に逃れてきた無宿人を養う事を条件に、相撲興行を認める事も一つの方法だと思います」

「勧進平家は座頭の領分を犯す事になるが、磯右衛門を乞胸頭にして銭を支払わせたのと同じように、座頭に銭を支払ってやらせる方法もあるな。
 いや、逆に座頭に勧進平家を認めて、歌舞音曲のできる非人を抱えさせることも可能ではないか?」

「はい、その方法もよいと思われます」

「歌舞伎の連中はどうする?
 このまま認めるか?
 それとも弾左衛門の支配下に戻すか?」

「吹上大納言様の望まれている答えは分かっておりますぞ。
 勧進は非人の物だから、非人支配に戻せと申されるのですね」

「色々と問題があるのは分かっているのだが、どう思う」

「既に弾左衛門の支配下から逃れた者を、車善七の支配下に置くとなると、色々と抵抗があるでしょうし、評判も悪くなります。
 ここは、磯右衛門の時と同じ方法を使いましょう」

「月十八文の銭で好き勝手させるのか?」

「千両役者と呼ばれるほど大金を得ている者もいるのです。
 それに応じた金を納めさせましょう」

「隠したり誤魔化したりする奴もいるのではないか?」

「罪によっては身分を非人に落とす場合があります。
 本来は車善七の勧進を借り受けて歌舞伎興行を行っているのです。
 誤魔化したり払わなかったりするのなら、罪を明らかにして堂々と非人手下として車善七に預ければいいのです」

「なるほど、そう言う方法もあるな。
 細かい所は上様や父上と事前に話し合ったうえで、評定所に図ろうと思うが、問題は何処の役所が管轄するかだ。
 これまで通り町奉行所で預かるべきなのか、弾左衛門とは違う寺社奉行所や勘定奉行に任せるべきなのか、越前守の考えを教えてくれ」
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