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第二章

第27話:上洛部隊

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 新之丞は父親と上様の許可を取り、直々に聖珊内親王殿下を御迎えに上洛すると喧伝した上で、堂々と千代田のお城を出た。
 ここまでやったのは、もし本当に襲撃者がいるのなら、聖珊内親王殿下ではなく自分を襲うように仕向ける為だった。

「ここまでは誰も襲ってこなかったな」

 自分が乗るはずだった駕籠を遠眼鏡で見ながら新之丞が伊之助に話しかける。

「本陣にも脇本陣にも何の仕掛けもありませんでした」

 そう答える伊之助も、配下の修験衆も、周囲への警戒を怠らない。
 敵に天才的な軍略家がいるなら、新之丞が行列に参加せず、襲撃者を一網打尽にするために、機動的に動く事を見抜いているかもしれないと警戒しているのだ。
 こんな見晴らしのいい場所にいたら、狙撃される可能性があった。

「これからも油断せずに頼むぞ」

「「「「「はっ」」」」」

「今日は行列に戻るから手配を頼む」


 新之丞は常に行列外にいる訳ではない。
 上様の孫として、清水徳川家の世子として行列にいる事もある。
 今回は、上洛のついでに久能山東照宮に参詣する為に、行列に戻ったのだ。

 将軍の日光参詣にかかる費用は、御公儀だけ二十万両にも及ぶ。
 家光が、祖父家康と幕府の権威を高めるために仰々しくし過ぎたせいだ。
 権威をつけることはできたが、経費が掛かりすぎるようになって、そう簡単に将軍が日光参詣に行けなくなってしまった。

 だが、将軍の孫が代参するのなら、それほど仰々しくしなくてもいい。
 しかも日光ではなく久能山なので、東海道を使って参勤交代する大名や、京大阪警備に行く大名幕臣が参詣に立ち寄る事もできる。
 今までよりも気楽に家康の墓参りができるようになるのだ。

 ★★★★★★

 鞠子宿の外れにある林の中で、四人の牢人達が凶悪な表情で話し合っていた。

「ちっ、奴が久能山に参詣すると分かっていたら、鉄砲を持ってきたものを!」

 四人の中で特に凶悪そうな奴が小さく毒づく。

「そんな事をしたら、奴を殺せたとしても、俺達も斬られちまう。
 斬られてしまっては元も子もないぞ」

 四人の中で一番小柄な奴が、凶悪な顔の仲間を馬鹿にするように言う。

「はん、俺はお前のような間抜けじゃねぇ。
 無能な幕臣に捕まるかよ!」

「なんだと、この野郎!」

「黙ってろ、糞惚け共が!
 あれが俺達を誘いだすための罠だと言う事も分からないのか!?」

「はん、無能な幕臣などに俺達を罠に嵌める事など不可能だ!」

「いい加減黙れ!
 二度も失敗している現実が理解できない馬鹿など不要。
 これ以上愚かな事を口にしたら、殺すぞ」

 最も知的な顔をした、だが蛇のような冷徹な目をした男が、凶悪そうな顔の男に静かな殺気を向ける。

「……分かったよ」

「狙いは最初と変わらない。
 内親王を殺して幕府の威信を地に落とし泥にまみれさせる。
 宗武を将軍に担いで実権を手に入れ、栄耀栄華を極める。
 そのためにも慎重かつ確実に内親王を殺すのだ」

「……分かったよ」
「俺は最初からその心算だぜ」
「……」

 蛇のような目をした男は、何の感情も見せない目で三人の仲間を見ている。
 その眼には何の暖かさもない。
 目的のためならば妻子すら眉一つ動かすことなく殺せる目だ。

「分かったのなら予定通り罠をしかけておけ。
 後で俺が確認して、不出来なら殺す。
 仲間を危うくするような奴を生かしておくほど俺は甘くないぞ」

 ★★★★★★

 新之丞達は各宿場の安全を確認しただけでなく、宿場役人や東海道に隣接している諸藩に、街道に罠が仕掛けられないように厳しく命じた。

 次の次に将軍に成る事がほぼ間違いない新之丞の命令だ。
 参勤交代で帰国している大名家の当主は勿論、留守を預かっている城代家老も唯々諾々と新之丞の命令に従った。

 問題があるとすれば、尾張徳川家だった。
 祖父である徳川吉宗が八代将軍に成る前、徳川家宣の後継問題が取りざたされている時に、家継の対抗馬となっていたのは尾張徳川家四代当主の吉通だった。
 その吉道にとても可愛がられていたのが、当代の徳川宗春なのだ。

 尾張徳川家との因縁はそれだけではない。
 徳川吉宗が八代将軍に成る時も、尾張徳川家六代当主の継友が対抗馬だった。
 当代の徳川宗春とは、質素倹約政策で色々と問題が起きている。

 ただ救いなのは、大日本史の出版を許可していない事だ。
 水戸徳川家から献上され、朝廷に出版の許可を求めるも、十年も放置され、再度出版の許可を求めたら、不許可となった大日本史だ。
 
 当時老中首座だった松平左近衛将監乗邑は、朝廷の不許可など無視して出版しようとしたのだが、聖珊内親王殿下を新之丞の妻に迎えたいと思っていた吉宗によって、出版が見送られていたのだ。

 大日本史が強硬に出版されていた未来はどうなっていたのだろうか?
 尊王攘夷の思想と暴力の嵐が幕府を襲っていたかもしれない。

 単に尾張徳川家の立場で見ただけでも、五摂家の近衛家と九条家、清華家の広幡家、羽林家の正親町家と親戚関係にあり、幕府と朝廷の間で苦しい立場に立たされていただろう。

 その尾張藩は、当主徳川宗春が江戸にいる時期なので、尾張徳川家の付家老である竹腰正武を筆頭とした、反徳川宗春派が尾張徳川家を訪れた新之丞に接触してきた。

「清水宮内卿、よくぞおいでくださいました」

 新之丞を尾張名古屋城に迎えた、反徳川宗春派の幕府附属衆や重臣衆は下にも置かない態度であった。

 御恩と奉公、忠義について厳しい基準を持っている新之丞は、その態度に内心反吐が出る思いだった。

 新之丞は、聖珊内親王殿下を御簾中に迎えるにあたり、清水家の世子に過ぎないのに、従三位宮内卿に任じられていたのだ。
 当然の事だが、父親の宗哀は更に位を進められ、家重と同じ正三位大納言となっている。

「急に訪れてすまなかった。
 だがこれは将軍家と御公儀にとって重大な事なのだ。
 尾張で聖珊内親王殿下が狼藉者に襲われるような事があれば、尾張徳川家は勿論、幕府附属衆も重臣団も全員切腹しなければならぬ。
 領内隈無く取り調べて、絶対に怪しい者を立ち入らせるな」

「はっ!
 宮内卿のご期待に沿うよう、粉骨砕身働かせていただきます」

 私ではなく藩主宗春公のために働け!

 と言い放ちたい気持ちをぐっと胸に止めて、最高の笑みで反宗春派の歓待を受ける新之丞だった。

 新之丞にしても、宗春の政策は納得できないものだった。
 尾張名古屋は繫栄しているが、その分尾張徳川家の財政は大赤字になっている。

 新之丞は幼い頃から修験者の息子として身の丈に合った生活をしてきた。
 収入以上の贅沢な生活など論外だった。
 だが同時に、為政者として必要な出費がある事も学んでいた。
 上様が質素倹約で捻りだした余剰金を大切な事に投資しているのも学んでいた。

「尾張公と付家老の成瀬殿が江戸に出府されておられる今、尾張藩の命運は領内に残っている方々にかかっている。
 幕府附属衆を直参旗本に戻すのも、竹腰殿を独立した大名に取立てるのも、大幅に加増するかどうかも、全て今回の働きにかかっている。
 くれぐれも油断する事なく、御公儀に仇名す狼藉者を取り締まってくれ」

「「「「「はっ!」」」」」

 新之丞の命を受けた反宗春派の重臣達は、尾張藩士を総動員する勢いで藩内の警備に務めた。

 新之丞と聖珊内親王殿下が下向してきた時に、十分な歓待ができるように、惜しみなく藩の費用を投入して準備をした。

 当主宗春を失脚させる理由が、藩財政の赤字とは思えない、自分達の利だけを追う、見るに堪えない醜悪な姿だった。

『御附家老等の幕府附属衆』
「反宗春派」
今尾藩三万石:竹腰正武
渡辺半蔵家:一万四千石:渡辺綱保
渡辺半十郎家:二千石
渡辺半九郎家:千五百石
駒塚領主七千四百石:石河光當(一万石格)
中石河家:千五百石
西石河家:千石
「親宗春派」
犬山藩三万五千石:成瀬正太
成瀬半太夫家:四千石
成瀬吉太夫家:四千石
成瀬能登守家:千石
山村甚兵衛家:五千七百石:山村良啓
千村平右衛門家:四千四百石

『尾張徳川家重臣』
「反宗春派」
志水家:一万石
滝川家:六千石
山澄家:五千石
毛利家:二千石
横井家:四千石
澤井家:二千五百石
阿部家:四千石
肥田家:二千石
間宮家:三千石
水野家:千四百六十石
千賀家:千四百石
大道寺家:四千石
織田家:四千石
荒川家:千二百石
「親宗春派」
生駒家:六千石:生駒致長 
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