裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全

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第一章

第6話:閑話・破れかぶれ

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「どうする心算じゃ、平八郎?
 このままでは破滅だぞ!」

「宗右衛門様、落ち着いてください。
 宗右衛門様の一族は家中でも重きをなしておられます。
 少々の事では処罰などできません」

「殿の姫君を襲う事が少々ですむはずが無かろう!
 成功したのなら兎も角、失敗しては姫の口を塞ぐこともできぬ。
 しかも人質まで取られただと!?」

「はっはっはっ、大したことではございません。
 人質など口を封じてしまえばいいだけの事です。
 どうせ微禄の家の部屋住みです。
 見舞金を少し多めに渡してやれば、親兄弟は涙を流して感謝します」

「……すべて金で済むというのだな?」

「はい、既に金の力で二の矢を放っております」

「儂に何の相談もなく次の手を打ったと申すか?!」

「宗右衛門様は何も知らぬ事でございます。
 失敗したとしても、この伊賀平八郎が勝手にやった事と切り捨ててくださればいいのです」

「本当に切り捨てるが、それでいいのだな?」

「構いません。
 我が忠誠は牢人の身から取立ててくださった宗右衛門様にあります。
 全ての成功は宗右衛門様の手に。
 失敗は我が身に受けさせていただきます」

「……よかろう、好きにするがよい」

「では、きれいどころを呼んで戦勝祝いと参りましょう」

 などと松平和泉守家の佞臣達が悪事を企んでいたのが聖天長屋襲撃前だった。
 佞臣伊賀平八郎が、旧知の悪友、長尾与四郎に手勢を集めさせた。
 近所で地獄道場と呼ばれるほど悪質な牢人が集まる道場の主が長尾与四郎だ。

 与四郎は牢人や地回りの中でも特に凶悪な連中を数多く集めた。
 集めた連中の半数以上が、既に人を殺した事のある凶状持ちだった。
 長尾与四郎は、自分の集めた刺客達が負けるとは露ほども思っていなかった。

「平八郎、大変だ!」

「何事だ与四郎?」

「襲撃が失敗した!」

「何だと?!
 お前ほどの使い手が討ち漏らしたと言うのか?!」

「今回俺は現場に行かなかった。
 これでも道場主だ。
 それなりに顔が売れてしまっている。
 直接道場とは繋がりはないが、確かな腕の連中を二十五人も送り込んだのだ。
 その中の十四人は人殺しの経験がある剣客か地回りだ」

「そんな連中が殺し損ねたと言うのか?」

「殺し損ねただけではない。
 一人残らず、全員捕らえられた!」

「何をやっている。
 さっさと江戸を離れろ!」

「いや、南北の奉行所を調べさせたのだが、刺客が運び込まれた様子がないのだ」

「火盗の方に突き出されたのではないのか?
 その連中、勢いに任せて火を放ったのではあるまいな?!」

「連中ならば、それくらいの事はやってしまうかもしれぬ。
 襲った長屋の裏には聖天社がある。
 近くには浅草寺をはじめとした多くの寺社がある。
 聖天社の境内で捕まったとすれば、寺社奉行所に突き出された可能性もある」

「与四郎、道場の後始末は俺がやっておく。
 お前は直ぐに江戸を離れろ!」

「いや、もう一度機会をくれ。
 平八郎に頼まれた事をしくじったままでは逃げられん。
 今度は俺自身の手で確実に始末してやる」

「お前の事だけを心配しているわけではない!
 お前が失敗して捕まるような事があれば、俺にまで火の粉が飛んでくる。
 さっさと逃げてくれた方が助かるのだ」

「俺が信じられないのか、平八郎!」

「俺は誰も信じていない」

「……そうだったな、お主は誰も信じぬし、誰も愛さぬのだったな」

「そうだ、他人は俺のために存在する。
 利用できるだけ利用して、役に立たなくなれば始末する。
 それはお前も同じだぞ、与四郎」

「分かった。
 だったら言葉通り最後まで俺を利用しろ。
 俺が上手く敵の牢人を殺せればよし。
 失敗して俺が捕まりそうになったら口を封じればいい」

「そうか、だったら好きにするがいい。
 ここに二十五両ある。
 逃げるにしても残るにしても金は必要だろう」

「遠慮はせんぞ」

「最初から遠慮などしておるまい。
 与四郎、お前には監視をつけておく。
 おかしな動きをしたら、その場で殺されると思え」

「……成功したら、これまで通り道場は任せてもらうぞ」

「こちらでも御上の動きを探らせる。
 敵の牢人を殺せたとしても、御上が動いている場合には江戸を離れて貰う」

「御老中の力で抑えられないのか?」

「その御老中自身が獅子身中の虫を潰しにかかる可能性もある。
 表だって動けないからお前に任せたのだ!」

「そうか、だったら最初に期待してくれていた通りの成果を見せてやろう。
 今日明日中に敵の牢人の首を持って来てやる」

「大口ばかり叩いていないで、さっさとやりに行け」

 一触即発、とまでは行かなかったが、悪党同士の思惑がぶつかる緊張した場面だったが、何とか最後まで刀を抜かずにすんだ。
 だが二人とも大きく追い込まれたのは間違いなかった。

「聞いていたか?」

 伊賀平八郎が屋根裏に向かって声をかけた。

「はい、全て」

「与四郎の後をつけて、裏切りそうなら始末しろ」

「承りました」

 平八郎は藩内の裏仕事をさせている懐刀に悪友を始末するように命じた。
 これまでは藩外の裏仕事を与四郎に任せていたのだが、その悪友を切り捨てる覚悟をしたのだった。

 一方の与四郎は、剣客の面目にかけて名も知らぬ敵の牢人を殺す覚悟をしていた。
 強請り集り殺人も平気な与四郎ではあったが、剣客としての意地があった。
『切り取り強盗は武士の習い』の覚悟で生きてきたのだ。

 お行儀のよくなった旗本御家人や宮仕えの藩士など歯牙にもかけない。
 今回も、御上の役人が行く手を遮るようなら斬って捨てる覚悟でいた。
 悪友の平八郎が邪魔をするようなら、松平和泉守の上屋敷に斬り込んででも、平八郎の首を取る覚悟ができていた。
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